まだ元気だった頃
■異世界生活:2日目
■所持金:0Z
異世界転生なんて現実逃避だろ。
そうSNSに呟いた翌日、まさか自分が異世界に飛ばされるとは思ってもみなかった。……飛ばされた当日、もっとおぞましい出来事もあったが。
俺が飛ばされたのはバッカス王国という、異世界にある国。
いわゆる剣と魔法のファンタジー的な世界らしく、住人達は当たり前に魔術を使い、魔物と戦う日々を繰り広げているようだった。
俺をこの世界に飛ばした――連れ去って来た? 神様が言葉だけは通じるようにしてくれたものの、もう元の世界には帰してくれないらしい。クソったれ……。
仕方ない、とは思えない。
こうなったら元の世界に帰る方法を探す。探すのは自由だと言われたしな。
何とかこの世界で生き抜きつつ、帰る方法を探そう。大丈夫だ、異世界に来れた以上、逆の事が出来てもおかしくは無いはずだ。
元の世界に帰るためにオレは冒険者になる事にした。
この世界の……バッカス王国の冒険者稼業は「誰でもなれて誰でも稼げる可能性を秘めている」らしい。稼げるかどうかはともかく、この世界では戸籍すらないオレでもなる就く事は出来た仕事だ。
住所不定無職でもなれる仕事。有り難いね、ははは……。
前向きに考えよう。
冒険者稼業は世界中を回る事になるらしい。元の世界に戻る方法を見つけたいオレにはバッチリの仕事だ。そう思うしかない。
諦めるわけにはいかない。
オレは絶対、現実逃避なんかしない。
■異世界生活:5日目
■所持金:10,500Z
「クソが……! 何が、誰でも稼げる仕事だ……!」
都市郊外の森の中、走って逃げ回る。
オレは冒険者になった。冒険者になる事だけは簡単だった。
冒険者になれた上に支度金まで貰えたので、それで必要最低限の装備を手に入れた。食事も食べた。ボロ宿に部屋を借りた。
買ったのは剣と盾。
どっちも中古品だが、安かったので買った。
支度金を貰えたとはいえ、今後も稼いでいけるか不安だったんだ。金は切り詰める必要があると思った。ホントは刀でも欲しかった。
だが、この買い物が失敗だった。
大失敗だった!
「くそ……! 生きて帰ったら、あの中古屋……ぶっころしてやる!」
森の中で出くわした魔物に剣を振り下ろしたら、壊れた。
一撃で刃がポロっと取れた! 最悪だ! 目の前には致命傷から程遠い手負いの化け物! 壊れた剣は柄しか回収出来なかった! ちくしょうちくしょう!!
剣と盾を売りつけてきた中古屋、怪しいとは思ったんだよ! 路地裏に風呂敷広げて商売しててさ! 貧相なナリの怪しい店主だとは思ったんだ!
必死に逃げて、横の薮に突っ込んで――猪みたいな魔物をやり過ごす。
ぴぎぃぷぎぃ、と鳴いてる魔物は荒々しい鼻息を立てながら真っ直ぐに森を走っていった。頭も鼻もそんなによくなかったのか、俺に気づかずどこかへ行った。
何とか生き残った。
「……剣の刃を回収にいきたいが……」
無謀だ。
この辺の地理は詳しくない。
この世界事体……わからないことだらけだ。
現地人が「この辺りは雑魚の魔物しか出ないよ」と言ってたが、その雑魚すら倒せずに追い回された身だ。武器もない今、無理は出来ない。
今日は帰る。
急いで帰って、あの中古屋を締め上げてやる……!
■異世界生活:6日目
■所持金:8,200Z
「あのクソ店主、どこ行きやがったあああああ!!」
昨日からずっと探してるのに見つからない。
あの、人様に粗悪な中古武器を売りつけやがった露店主は姿をくらましていた。
狭い街ならともかく、結構広い街のようなので一度バックれられると中々見つからない。聞き込みしたもののクソ店主に繋がる証言は皆無だった。
それどころか笑われた。
「兄ちゃん、そりゃ騙されるアンタも悪い」
「んだと……こっちは死にかけたんだぞ!? あのままホントに死んでたら死人に口なし。騙したもん勝ちじゃねえか……!」
「でも、兄ちゃんも怪しいとは思ったんだろ?」
「…………」
「なら、その時に買うのやめときゃ良かったんだ。冒険者にとって装備は命を預ける道具だぜ? それにかける金をケチったんじゃどうなるかは火を見るより――」
「チッ……!」
うざったい原住民はオレを笑って、説教してきた。
どうにも見下されている気がする。
小耳に挟んだところによると、オレみたいに別の世界から来る奴は珍しくない。
着の身着のまま異世界に放り出された事で貧し、窮して犯罪に走る奴もまた珍しくなく、この国では嫌われているようだ。
「不法入国者みたいなもんなんだから、捕まらないだけ魔王様の温情に感謝しとけ。ま、あんまり怪しまれる行動してたら捕まるから気をつけな」
「チッ……」
「だいぶ気が立ってんなぁ。ま、これでも食えよ」
情報収集のために立ち寄った食堂でメシを食う。
まかないの余りらしい。今日だけタダで食わしてやると言われたが、哀れまれる義理もねえと言った――が、腹の虫がタイミング悪くなった。ちくしょう。
笑われながらもかきこんで食べる。異世界だけどメシの味は元いた世界と大差ないのは救いだ。……ここが実は異世界ではなく、日本だったら良かったのに。
「大変だろうけど、ま、頑張れよ」
「…………」
「ウチの嫁さんもアンタと同じ異世界人なんだけどよ、最初は食うの困ってたが真面目に働いてたら道が拓けて、今じゃ俺より収入多い職人だぜ。すげえだろ」
「ふぅん……職人、ねぇ」
「夏至祭で出会って身体の相性めっちゃ良くって、今じゃ四児の母だ。未だにうぶなとこあるんだが、一度乱れはじめたらメチャクチャ欲しがりになる子でさ――」
惚気が始まった。うぜえ。
食べ終わったので逃げよう。
「何ならウチで雇ってやろうか? 三食まかない付き、部屋も屋根裏でいいならあるぞ。部屋代差し引いて日給8000ジンバブエで皿洗いから、とかさ」
「結構だ。ごちそうさん」
「つれないねぇ。ま、腹へったらまた来いよ……大変だろうけど、頑張れよー」
「チッ……!」
見下しやがって、こいつの施しは受けねえ。
だが、どうする?
所持金はもう残り少ない。
冒険者として仕事をする以上、武器ぐらい欲しい。いくらなんでも中古の盾だけで魔物の相手をするのは、厳しそうだ。
仲間を集めてパーティーを組むにしても、さすがに武器の問題は何とかしないとダメだろ……。ああ、でも、武器を買う金がねえ……どうすりゃいい。
これが日本なら、親なり消費者金融に借りるってのも一つの手かもしれないがここは異世界。少なくとも前者に頼る事は出来ない。友人すらいねえ。
「いまある金で、やりくりするしかない」
だが、これで武器を買うのは苦しい。
また中古に手を出すにしろ、金はかかる。支度金の残金で買えるものなどたかが知れてるし、生活費が無くなる。腹が減っていては何もかもままならなくなる。
武器屋を見つけ、立ち寄ってみた今のオレにはがどれも手を出し難い値段だ。
結論を先延ばしにすればするほど、余裕は無くなっていく。
「どうするよ……」
中古屋の露店主を見つけ、金を取り戻す?
見つけられるのか? 探してるうちに豊富とは言い難い所持金がつきるかもしれないし、見つけ出したところで金を取り返せるかもわからない。
見つけたら殺してやりたいぐらいなのに……!
「待てよ」
解決策があった。
目の前の武器屋の――ワゴンセールらしきカゴに解決策があった。これなら何とかギリギリ、数日分の生活費は確保できそうだ。
最終的には仕事を成功させなきゃ、だけどな。
「おい店主、これを寄越せ」
「は? 会計まで持って来い、しつけのなってないガキだな」
「くそっ…………これください」
「あいよ、ナイフだな。3000ジンバブエな」
「もうちょっとまけてくんねえかな」
「既に値引きしてる品だぞ」
「……ならなんかオマケつけてくれ」
「既に値引きしてる品だぞ」
同じ言葉繰り返しやがって、お前はNPCか!
粘り強く交渉したが、ケチくさい店主は「値引き済み」の一点張り。買えたのは少し大振りのナイフだけだった。ちくしょう。
だが、これがあれば何とかなる。
これで武器問題を解決してやる。
■異世界生活:7日目
■所持金:3,000Z
「おら死ねや……!!」
中型犬ぐらいの大きさのトカゲを殴り、殺す。
一撃では殺せなかったが、頭を2回、3回、4回……と殴ってるとようやく動かなくなった。死んだ。オレは勝利した。
「へ、へへ……意外と、何とかなるもんだな」
オレは大トカゲを殺した得物を眺め、勝利の余韻に酔った。
得物の名は棍棒。
都市郊外で拾った木をナイフで削り、棍棒を作ったんだ。
棍棒を作れるほどの木の枝を探すとなると苦戦したが、結局は通りがかった身なりの良い冒険者に頼み込んで、木を切って貰った。
あの冒険者、剣で木の幹をバターみたいに割いてくれた。黒髪巨乳のべっぴんエルフで、身体は結構ほっそいのに双剣でスパスパと木を切り倒していた。
魔術を上手く使えばアレぐらいは簡単に出来るらしい。
オレもいずれ、アレぐらいの冒険者にならないとな。
「今の得物が棍棒なのは、カッコがつかないが……」
これでも最低限の殺傷力はある。
実際、魔物を殺せた。雑魚中の雑魚みたいだが殺せた。……魔物を殺した生々しい感触が、オレの手の中にある。
「……こんなの、なんてことはない」
そう思う。
怖くない。殺さないとこっちが殺されていた。
オレはこれからどんどん強くなる。あの黒髪巨乳の双剣使いみたいに強くなる。強くなって生き伸びて……元の世界に帰ってやるんだ。
もう、あそこには居場所なんて無いかもしれないけど……それでも、わけわかんねー事だらけの異世界に残るよりはずっといいはずだ。
生きるためには――死なないためには殺さないといけない。
ビビんな、相手は殺していい魔物なんだ。
「討伐の証を、取らないと」
トカゲの尻尾をナイフで切る。
トカゲといってもクソでかいから切るのに殺した時より苦戦し、時間をかける事になったがこの尻尾をギルドに持っていけば討伐報酬が少し貰えるらしい。
あくまで、少しだけ。
相手が雑魚中の雑魚だけに報酬は少ない。こいつ一匹殺しても一食分にすらならない。まだまだ殺さないと食事代すらままならない。
「よし……次だ。次の魔物を殺しにいくぞ」
震える足を叩き、気合いを入れる。
ビビってんじゃねぇ……ビビってんじゃねぇぞ、オレ。
■異世界生活:8日目
■所持金:3,100Z
昨日のトカゲ狩りは、成果が乏しかった。
何とか数匹狩れたものの、生活費を差し引くと所持金微増。棍棒はタダとしても、ナイフの代金を考えるとまだまだ金が回収出来ていない。
ベッドすらない安宿で寝てるから、身体の節々が痛い。疲れが全然とれない。もっと、稼がないとジリ貧だ。
「……トカゲじゃ駄目だ、もっと強いヤツを狩らないと」
収支が悪いなら獲物を変える。
冒険者ギルドでオレでも受注可能な依頼を漁る。
昨日はトカゲ以外の魔物を見なかったが、魔物は他にも色々いる。オレぐらいの駆け出しとなると、まだ割りのいい討伐依頼は振ってもらえないみたいだけどな。
もっと、実績を積む必要があるようだ。
実績を積み、実力を証明し、信用を得ていけば自ずと道は開けますよ――と冒険者ギルドの職員が上から目線で言ってきた。ムカつくが、事実なんだろう。
何を狩るのがいいんだろうか。
仕方なく、ギルドの受付に相談に行く。
あんまり人に貸しを作りたくはないんだけどな。
「キミぐらいなら森狼討伐かなぁ」
「森狼……」
「狼型の魔物なんだけど、強さは凶暴な野犬程度。駆け出しなら単騎の森狼ぐらいはバンバン倒していってくれないと、他の討伐依頼を振るわけにはいきませんね」
「野犬程度、ね」
それぐらいならオレでも倒せるか……?
狼とは言うものの、大きさは昨日のトカゲと大差ないようだ。
「ただ、森狼に殺される冒険者は少なくなくてね。駆け出し冒険者ならパーティーを組む事をオススメしたいかな? 一人だと、何かあった時も危ないからね」
「パーティーだと、一人あたりの取り分も悪くなるだろ」
「それはそうだけど、単独行は危険だし、今後の事も考えると――」
「だいたいわかった。じゃあな」
「あぁ、ちょっと……! ホント、一人は危ないんだって」
話が面倒になりそうだから、受付を後にする。
せめて森狼に関してよく知っておけ、と詳細を書かれた資料を押し付けられたが、野犬程度なら負ける気しねーよ。
他の奴らとも馴れ合いたくない。
今はまだ、誰かと組むのは早い。
今のオレだと、確実に買い叩かれる。舐められる。
単独行で地盤を固めて装備もある程度整えて、舐められないようにしてからが本番だ。いずれ単独行にも限界来るだろうが、人と組むのはそっからにしよう。
とりあえず狼狩りと行こう。
「釘でも買うかな」
棍棒に釘を打つだけでも釘バット――もとい、トゲ付きメイスになる。野蛮な武器だが威力は高める事が出来る改造案だ。
「狼に勝って、釘買って、そっから……」
まだまだやる事はある。
まだまだ始まったばっかりだからよ……オレの異世界生活は……!
■異世界生活:9日目
■所持金:2,300Z
やめろ。
くそ。
お、おれの足……。
ちくしょう。
狼畜生が、よくも……!
し……死んでたまるか……。