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「しきちゃんあったわ、ほらこれ、どうかしら?」
おばさんはちゃんと探してくれたらしい。
淡いベースの薄緑に、濃い緑の大きな花がたくさんついた、可愛らしい浴衣。それを広げて私の腕にあててサイズを図る。
「大きさも問題ないと思うの。だからよかったら着てちょうだい。もししきちゃんが着てくれたら、縁にも浴衣を着せるから」
「…なんだか私にはもったいないです」
「何いってるの、着てもらえない浴衣の方がもったいないわ。それにもうちょっと甘えてくれると嬉しいんだけどな」
おばさんは茶目っ気たっぷりにそう言った。
少しだけ、家色が頭によぎったけれど…そんな風に言われたら私も断れなくなる。それに、嫌ではないと思う自分も確かにいた。
「ありがとう、おばさん。私も、嬉しいです」
「本当にしきちゃんって、可愛いわ」
おばさんはにっこり笑って頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「さて!女の子の方が着付けに時間がかかるから、先にしきちゃん、着せてもいいかしら?」
「はい。お願いします」
肌着の上から襦袢を合わせ、着物を重ねる。するすると慣れた手際で着物を着せてくれて、あっという間に帯を締めて、完成。更におばさんは更に髪まで整えてくれた。
「…うん!やっぱり可愛いわ!」
大満足の様子のおばさんに私は少し照れてしまう。
「次は縁ね。あの子のもやってくるから、ちょっと待っていてちょうだい。そう、まだ縁に見せちゃだめよ?二人でせーので見せましょうね」
「はい。なんだか楽しみです」
「そうね、わくわくしちゃう!じゃあしきちゃん、待っていてね」
おばさんが部屋から出て行ってしまうと、私は一気に手持ち無沙汰になってしまった。
外の方へ視線を向けると、既にもう、黄昏時。
裏山まで行くので、きっと着く時間は丁度いいくらいかもしれない。
いつもと違う格好というのは、そわそわするし、どきどきする。
その時。
ピンポーン。
軽快に、誰かの来訪の音が鳴った。
今おばさんは縁に着付けをしているから、きっと出られない。縁も同じく出られない。
ピンポーン。
再び、チャイムが鳴る。もしかしたら大事な用事なのかもしれない。
少し迷ったけれど、私は玄関へ向かう事にした。
廊下を渡り、横扉まで来ると、やはり向こう側には人影があった。
「どなたですか?」
そう声をかけて、横扉に手を伸ばす。
扉に手が触れた途端、ピシャン!と思いっきり扉が開いて突風が吹いた。
私は伸ばした手を引っ込めて、風が止むまで目を瞑る。
風が落ち着いてきて、そっと目を開ける。
そこには【黒】がいた。
女性と同じような黒髪に、黒い瞳。
そして、絶対的な、支配者がそこにいた。
「待たせてごめんね、しき。迎えに来たよ」
会ったことはないはずなのに、今初めて会ったはずなのに、私の胸はどうしようもなく騒ぎ、ざわついた。申し訳なさと、喜びと、悲しみと。そんな色んな感情が私の中でごちゃ混ぜになる。
この人は、この人は一体、
「しきちゃん、ごめんね、どなたが…」
遅れてきたおばさんが、奥からやってくる。けれど、玄関先にいる人物を前に言葉を失い、そのまま座礼をした。
「これは【緑】の奥方、突然の来訪失礼しました。今度改めて挨拶に伺おうと思います。それでは失礼」
おばさんに口を挟む隙すらみせない。彼はささっと挨拶を終えると、私に向かって手を差し出した。
「さあ、行こう、僕の伴侶」