7
夕食も終わり、そろそろ帰ろうかと思ったが、おばさんが引き止める。
布団も用意したし、明日は花火だし、また明日来るよりも泊まっていってと、おばさんは私の帰る理由をなくしていき、そのまま泊まることになった。
二人と世間話をしばらくして、夜も深くなった頃、そろそろ寝ましょうかとおばさんが切り出した。それを合図に、各々がおやすみなさいと挨拶して、部屋へと向かう。
用意された真新しい布団に入って、明日は晴れるだろうかと、考える。
しん、と静まった夜。外ではささやかに虫の音を耳にしながら、私は目を瞑ったのだった。
どことなく寒い、真っ暗闇にぽつんと一人。
遠くを見ようにもどこまでも続く漆黒に、ふと自分の身体を見るが、それすら認識できなかった。
私はここにいるのだろうか。思考だけじゃなくて、頭や首や胴体、腕、足はちゃんと存在しているのだろうか。
視界は【黒】しか映さない。手を伸ばすことも怖くてできない。私は暫くその場で立ちつくしてしまう。
ふと誰かの気配を感じた。遠くからだんだん近づいてくる気配。こんなに不安な場所なのに、けれどその気配は不思議と怖くはなかった。
真っ直ぐではなく、右に左に、はたまた戻ってすらしまうその気配。
私はもどかしくてつい、声をかけてしまう。
誰?貴方は誰?
誰を探しているの?
声をかけた瞬間、気配はぴたりと動きを止めた。
そして私の方へと動き始める。間違いなく近づいている。誰かはもちろん分からない。けれど、やっぱり怖くはなかった。
その“人”は私を見つけてくれたらしい。
ふんわりと周囲の空気が暖かくなった。
私はちゃんと、ここにいる?
ー君はちゃんと、そこにいる。
貴方は、貴方もずっとここにいたの?
ーずっと。ずっと君を、探していた。
私を?
ー君を。今度こそ、君を幸せにする。
貴方は…誰…?
ー待っていて。迎えに行くよ。
「しき」
「…あ」
ふ、と意識が戻る。
視界に色が広がった。腕を上げて手のひらから腕へと、目で自分の身体を確かめてしまう。
「おはよう、しき。朝だよ。ご飯ももうできてる」
さっきのは夢?夢にしては、なんだか少し、懐かしかった。
懐かしかった?それって何だろう?
「おーい、起きてる?しき?」
さっきの事をぼんやり考えていると、いきなり伸ばしていた腕を掴まれ、引っ張られる。突然のことに頭が追いつかない。
私は布団の上で座った状態になり、とりあえず引っ張ったであろう犯人の手を叩く。が、相手の方が一枚上手だったらしい。ひょいと腕を離され、力の入らない私はまた布団に逆戻り。
背中から倒れるのはやはり怖い。目を瞑って身体を縮こませて衝撃に備える。
が、背中に回った腕が衝撃を和らげてくれたらしい。そっと目を開けると、変な顔をした縁がそこにいた。
「しき、無防備すぎ」
「うん、ありがとう」
「ありがとうじゃないでしょ。しきって寝覚め悪かったっけ?」
「そうじゃないの、夢が…」
「夢?」
「そう、大したことないんだけど、大事な夢だった気がする」
またぼんやりし始める私に、縁は「そっか」と相槌を打つ。
「とりあえず顔、洗っておいで。ご飯食べよう」
今度は縁から腕を出してくれた。ありがたくその腕に手を伸ばし、起き上がる。襖を開けて、天気のいい青空を見上げた。
今日は花火。よかった、ちゃんと見れそうだ。