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「よし、しきちゃん、こっちはもう大丈夫だから、縁と二人で少しだけ待ってて。あと、できたらテーブル拭いてくれると助かるんだけど、頼まれてくれるかしら?」
そんな私たちに、おばさんはそう言った。
返事をしようとした私を、縁が何も言わずに引っ張り、強制的に歩かされた。
その突然のことに一瞬、思考が停止してしまって、はっとした私は慌てておばさんに「はい」と返事をしたが、ちゃんと聞こえたのだろうか。
ずんずんと引っ張られて、縁が前を向いたまま話しかけてきた。
「ねえしき」
「ん?何?」
「しきは【緑】、好き?」
「もちろん好きだよ」
「じゃあ俺は?」
「もちろん好き。縁大好きだよ」
縁は当たり前のことをたまに聞いてくる。
嫌いになんてなれるはずがないのに。こんなに大事にしてもらっているのに。
そう言うと縁はやっと振り返り、そのまま大きな腕で私を抱きしめた。
「俺も。しき、俺もしきが大好きだよ」
やっと、私の知る縁が見れた気がして、あったかい気持ちが私の全身に広がっていく。
抱きしめられながら、私はやっぱり、少しだけ苦しい。
縁、好きだよ。でも、縁、このままじゃ駄目なんだよ。
このままじゃ、縁は幸せになれないんだよ。
少しだけチクリとした胸を私は今だけ、気づかない振りをして、私は彼の背中に腕を回した。
暫くして、料理が次々と並んだ。それを手伝うと、あっという間に夕食の準備が整う。
天ぷら、煮魚、煮物、おひたし、大根のお味噌汁。
食卓には本当に縁の大好物が並んでいる。
皆で手を合わせて、美味しいご飯を食べた。
「縁は明後日、何時に戻るの?」
「三時には出るよ。遠征の準備もあるし、いつもより早めに帰る」
「遠征かー。気をつけて行ってね」
「ん、ありがとう」
縁はばくばくとご飯を食べる。男の子だからなのか、あんなにあった料理がどんどん減っていくのを見ると、いっそ清々しさを感じてしまう。
縁は背が高い。けど外見では細身に見える。なのに一体どこにこんなにたくさんのご飯が入るんだろう。
見たことはないけど、筋肉とかいっぱいついているのかな。だからご飯、いっぱい必要なのかな。
なんて考えていると、段々縁の動きがぎこちなくなってきた。
「あの、しきさん、視線が痛いんだけど…」
「あれ、そんなに見てた?」
「穴が開くほどばっちりと。何かあった?」
思っていたことを正直に言うには、なんとなく言いづらくて、私はふと話題を変える。
「明日からお祭りがあるんだよ。今年も花火をやるみたい。知ってた?」
「ああ、そっか、明日だったんだ」
毎年行われる夏祭り。二日間だけ出店が立ち並び、毎年とても賑わっている。初日には花火があがり、二日目は抽選会などの催し物。
昔はよく、縁と一緒に遊びに行ったものだった。それが何だか懐かしい。
「しき、明日のお祭り一緒に行こう」
「え、いいの?」
「あら、いいじゃない。確かうちに浴衣もあるはずよ。よかったらしきちゃん着て行って?」
おばさんも乗り気で、どこにあったかしらと考えを巡らしている。
だけど。
「あの、それはありがたいんですけど…縁、有名人だから楽しめないんじゃないかな、って…」
縁は今日だって誘いを断りきれずに女の子に囲まれていた。なのに人の集まるお祭りに行ったものなら大変なことになることが簡単に予想がつく。
言葉を濁しながらそう言うと、縁も困ったように頬を掻いた。
「あー…そっか、ごめん、きっと落ち着かないよな」
「落ち着かないっていうか、縁が楽しめないかもしれないって考えると、ね。だから、ほら、裏山覚えてる?あの高台のところ。そこからなら花火もきれいに見えると思うの。だから」
本当は一緒にお祭りに行ければ一番だけど、そこまで我儘を言えない。
けれど、花火なら。当日はみんなお祭りに行くから裏山の高台であれば人はいない。もしいたとしても少ないと考えられる。それにあそこなら花火も絶景ポイントだからきっと縁も楽しんでくれるはず。
「だから、もしよかったら花火、一緒に見ようよ」
もちろん行かないという選択肢もある。でもできたら、昔みたいに二人一緒に花火だけでも見られたら、とちょっとした気持ちを織り交ぜて、私は一生懸命言葉を紡いだ。
「しき、ありがとう。うん、一緒に花火、見に行こう」
縁は嬉しそうに笑ってくれた。私もその笑顔を見て、嬉しくなる。
だから今回だけ。縁離れもちゃんとするって決めたけど、今回だけは縁と一緒に花火を見たい。そう、思った。