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先に台所に立ったおばさんはもう、準備を始めている。
おばさんの包丁がリズミカルにトントンと音を立てている。
その音を聞きながら私は横で野菜の皮むきを始める。
お鍋からはグツグツと、フライパンからはジュワジュワと。この台所ならではのアンサンブルがとても好き。
野菜の皮むきが全部終わるまであと少し。というところで、包丁の音が、トン、と途切れた。
「ねえしきちゃん?」
おばさんは真っ直ぐ私を見て、そして躊躇したのだろうか。
次の言葉を言い出すのに少し間ができた。
「…羽衣は、大丈夫?」
羽衣。その言葉に私も反射的に手を止めてしまう。
どうやら私はおばさんに、そこまで心配をかけてしまっていたらしい。
羽衣の話は本来、繊細な話であるため、大人になればなるほど話題に上がらない。
なのにおばさんは、それを話題にした。絶対言いづらかっただろうに、けれどその話をしたおばさんは、本当に優しい。
だから私もおばさんを安心させられるように、しっかり微笑んで答える。
「大丈夫ですよ。私は比較的辛くない方みたいで。大丈夫です」
背中から生えている羽衣の話は本来、母親から娘に伝えられる。でも私には養父しかいなかったため、肉親では誰も教えてくれない。そして羽衣が初めて痛みだしたとき、おばさんが私に教えてくれたのだった。
女の子は月に一度、腕を伝って羽衣は伸びるのだと。
伸びた羽衣は、伸びれば伸びるほど、両端の繊維がその分傷んでくる。そのため、端からぽろぽろと崩れ出してしまう。
ただ伸びて、傷んで、崩れるだけならいいけれど、羽衣には神経が通っている。だからその傷みは直接の痛みとして感じてしまう。
痛みを感じる感覚は多少の個人差はあるらしい。それでも耐え難いほど、辛い痛みに襲われる。
その感覚を知っているのは、同じ女性だけだ。
「しきちゃん、それでも辛いでしょう?」
「大丈夫ですよ。それに私には、おばさんも縁もいるから幸せなんです。月に一回の痛みなんて、へっちゃらですよ!」
「しきちゃん…」
「おばさん、いつも気にかけてくれてありがとう」
痛みを知っているからこそ、こうやっておばさんは私を気にかけてくれる。
けれど世の女性は、早い段階でその痛みと無縁になる。
羽衣の痛みを避ける方法がひとつあり、皆それを実行しているからだった。
羽衣の手入れをすること。それが、痛みを避ける唯一の方法。
でも、その手入れは【羽衣を染める相手】、契約相手である伴侶にしかできない。
だから女性は早い内に伴侶を作り、仮契約を結ぶ。そして十八歳で成人になると共に、婚姻の本契約を結ぶ。
私は今年、十九になった。だからもう遅いくらいで、それをおばさんも気にしているのだった。
私も小さい頃は、そんな夢を見た時期もあった。絵本を読みながら、いつか私も、って思ったこともあった。
いつかは、私にも相手ができて、羽衣を染めてもらって、赤ちゃんもできて、幸せに暮らしたいなって、思ったこともあった。
けれど、現実は甘くない。
色がすべてのこの世界。
女の子は家色こそ継がないが、両親から色の因子を貰っている。だから優劣はあれど、子供がどんな色を持って生まれるかは、生まれてみないと分からない。
母親なのか、父親なのか、もしくは混ざるのか。
両親の家色すら分からない私は、家を継いでいく大事な子供の色が読めないのだから、世間から忌避されるのは当然だった。
だからといって、自分を不幸だとは思っていない。
確かに月に一度は痛いけれど、だからといって死ぬわけではない。それにこんなに優しい人が近くにいてくれる。
それだけで、自分は幸せ者だと思った。
「もー、分かった!分かりました!けどしきちゃん、辛くなったら絶対に言うのよ?絶対に縁がしきちゃんを助けに行くんだから!」
弱音を吐かない私に根負けしたおばさんが、いつもの口癖を言って、私は少し笑ってしまう。
おばさんは、小さい頃から何度も、何かあるごとに、「縁が助けに行く」と言っていた。
そんなおばさんの教育により、縁は女の子は大事にするものだと叩き込まれている。そして縁はその教育通り、本当に私によくしてくれた。
しきは自分が守るんだと言って、学校の登下校は絶対一緒だったし、私が泣いていたらいつでもどこでも、縁が必ずすっ飛んで来てくれた。
そんな昔が懐かしい。
でも。
「でもそろそろ縁離れしないとダメかな…」




