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ふんわりと彼の動きに合わせて揺れる新緑色の髪。そして綺麗な優しい目は静かに細められる。さわやかに笑っている彼に、私もつられて笑みをこぼした。
「嘘なんて言ってないよ」
そう、嘘なんて言ってない。私は「今日戻ってくるって聞いた」と、真実をそのまま子供達に言っただけ。
それに噂の張本人が、いつからそこにいたのかも分からない。けれどこの幼馴染は裏口から入り、我が家と言わんばかりに寛ぎながら今まで様子を伺っていたのだろう。
ともあれ、久しぶりに顔を見せた幼馴染に、挨拶。
「おかえり、縁」
「ただいま、しき」
縁は、そのへんのお嬢さんがのぼせ上がるような笑顔を浮かべて、私を抱きしめた。
昔からそう、この幼馴染はこんな感じで無自覚で人をたらしこむ。
けれど縁にこうして抱きしめられると、私も安心してしまう。そうして避けられない私も大概だとは思う。
「今回はどれくらいこっちにいられるの?」
「明後日には戻らないと。それから暫くは遠征」
本来、縁の立場ともなると、こうやって実家に帰るのは困難なのだろう。軍に入ってからは、正月ですら一度も帰ってきたことがない。
また、やっと帰ってきたと思っても長くはいられない。帰ってきたその日にとんぼ返り、なんてことも当たり前だった。
それでもこうして二、三ヶ月に一度は顔を見せてくれる。
今回は遠征前という事もあり、いつもより少し長めの滞在なのだろう。
「しきはどう?変わったことはない?大丈夫?」
「何にもないよ。今日もお店番して…そうだ、おばさんにおつかい頼まれてたんだった」
縁が帰ってくると私に教えてくれたおばさんは、せっかくだから一緒に夕飯を食べましょうと、その時私を誘ってくれた。そして来るついでにと、ちょっとしたおつかいを頼まれている。
時計を見るとまだ三時。時間はまだまだ余裕で、よかったと胸をなでおろす。
「ちょっとお店に寄らなきゃいけないけど、一緒に来てくれる?」
「もちろん」
縁が快く頷いてくれたので、駄菓子屋の営業はおしまい。
ここでほぼ一人で暮らして早数十年。
私も縁も慣れたもので、何も言わなくても閉店準備は着々と進む。
私には両親がいない。両親の記憶もない。
養い親である養父はとても良くしてくれた。家色は無名が多くなっている世の中だが、養父の家色は【赤紫】。
養父はそれなりに裕福で優しくて、とてもいい人なのだけれど、唯一の欠点はほぼ家にいないという事。それは今も昔も変わらない。
どこへ行ってるのか、何をしているのか、いつ帰ってくるのか。
一切何も言わずにふらっといなくなる。
そしてふらっと帰って来ては、私に両手いっぱいのお土産を持ってくる。そのお土産こそ多種多様で、メジャーなお菓子からぬいぐるみ、ボール、靴、帽子と本当にいつも何が出てくるかわからない。
養父はびっくり箱のような人だった。
ここの駄菓子屋も、養父の自由な思いつきから始まっている。
私が大人になり、そろそろ働かなくてはと思い始めた頃だった。いきなり養父が「駄菓子屋を作ろう」なんて言ったかと思うと、一週間もしないうちに本当に作ってしまったのがこの駄菓子屋だった。
駄菓子屋なんて儲からないだろうに、「子供にはこういう場が必要だから」という理由で店を作ったはいいけれど、彼の失踪癖は変わらない。作るだけ作って、私をここで働かせた。
そんな様子の養父だったから、縁のお母さんは私によくしてくれたんだと思う。
私が家に帰っても一人になることを知っていたから、昔はよく夕飯をご馳走になった。
悪い事をすれば叱られて、いい事をすれば褒められて。
本当にお母さんのように接してくれた。おばさんにはいくら感謝してもしきれない。
おもちゃつきのお菓子がたくさん詰まったワゴンをしまって、お金をしまって、最後に店の前のシャッターを下ろして、鍵を閉める。これで店じまいは終わり。
「手伝ってくれてありがとう、縁。じゃあ、行こうか」