俺はエスティメス王国へやって来ました。
運がいいのか悪いのかよくわからない引きを見せたLinker達3人は、エスティメスへと続く道、『叡智の街道』を特に変わったこともなく進んで行った。
道中、大型のカニの姿をしたモンスターを討伐しながらではあったが、何の変哲もない街道に湧く普通のモンスターだった。
目的地が同じくエスティメスであるというベルはそれなら、と二人に道中の護衛を申し出たので、Linkerと進化カードはその厚意に甘える事にした。
またボスモンスターに瞬殺されるのでは、という懸念からだったが、特にそういった出来事はおこらず、二人のレベルはちょうど10まで上がっていた。
そして3名揃ってエスティメス王国の大きな門の前までやって来たのであった。
「さて。それじゃあボクはここで失礼するね」
MSWをめいっぱい楽しんでね、と言ってベルは手を振りながら門の中へと消えていく。Linkerと進化カードもここまでの護衛の礼を返し、それを見送る。
「……えっと、まずはマリーの兄の門番にお弁当渡すんだよな」
「ああ。……多分、あの人だな」
進化カードの示す方向には、どことなくマリーと似た容姿の青年NPCがいる。対となる位置にも一人立っているが、そちらは女性なのでおそらくはこちらが当たりだろう。
二人は門番の方へ近づいてみる。
「エスティメス王国へようこそ! 何かご用ですか?」
溌溂とした返事と共にLinkerの視界に2つの選択肢が現れた。「弁当を渡す」と「空の弁当を渡す」の二択。
「あれ、こんなの出るんだ」
「基本NPCの話は聞いてるだけだがたまに選択肢が出るみたいだな。話の大筋は変わらんだろうし好きな方選んでいいんじゃないか?」
進化カードの言葉に従い、Linkerは普通に弁当を渡す方を選んだ。それが妹からの物であると気付いたのか嬉しそうに「ありがとう。後で食べます」と言って門番は受け取る。
「なるほど、マリーを助けてくださったのですね。でしたら、さあどうぞ。エスティメスでゆっくりしていってください」
やはり何も話していないが、話したというていで進んで行く。そうして門番は丁寧な一礼をすると中へ迎え入れるように手を伸ばした。
ちょっとしたイベントだが、悪くはないかな、とLinkerは思った。
「ふむ、空の弁当を渡すとHPが最大まで回復するみたいだな」
「食ったのか……」
「リンが選ばなさそうなの選んだ方がいいかなと思ってな。あと弁当渡したときに軽さに違和感を覚えたような顔して睨むような視線を向けてはくるが基本話の内容は変わってなさそうだ」
……普通の選択肢選んで良かった、とLinkerは思った。いくらゲームのNPCとはいえ他人に恨まれるような事はしたくない。
それはそれとして、二人はエスティメスの中へ進んで行く。
「うおお、人がたくさんだな」
真っ先に飛び出してきたのはそんな感想。アリアナ以上に広い街路には、アリアナ以上に多くのプレイヤーがあふれかえっていた。
「他の町なんかへのワープポータルがあるらしいからな。初心者からランカーまで、ほとんどのプレイヤーはここを拠点にしてるそうだ」
進化カードの言葉通り、周囲にいるキャラのレベルを確認すれば、1桁から3桁まで様々なレベル帯のプレイヤーがひしめいている。
軽く会話に耳をすませてみれば、近いレベルのプレイヤーを募って狩りに出かけようとしている者や、恐らくはレアなのであろう強そうな名前のアイテムのトレードを求めている者、フレンド同士で雑談する者などの楽しそうな声が絶え間なく聞こえる。
聞いているだけでも「ああ、今まさに俺はオンラインゲームで遊んでるなあ」とLinkerの中に満足感が生まれる。
「……ま、それはともかく。次は何すればいいのかとかってわかる? シン」
「ああ。確か15までレベルを上げたら次のメインストーリークエストが発生するはずだったから、目標はあと5レベル上げるってとこだな」
「5かぁ。それじゃさっさと」
上げちゃうか、と言いかけてふと視界の隅に表示されている現在時刻を見ると、なんともうすぐ深夜0時になろうかというところだった。
「あ、すまんシンやっぱ今日はここまでで。もうだいぶ遅いし、寝るよ」
「……もうこんな時間か。楽しい時間ってのは思いのほかあっという間だなあ」
まだまだ時間はあるかと思っていたが、進化カードの言葉通り。時間を忘れて没頭しすぎて、あやうく朝起きられなくなるところだ。
「じゃ、今日はここまでだな。おやすみ」
「おう、おやすみー。また明日な」
軽く言葉を交わして二人はログアウトした。
そしてPCの電源を切り速攻でパジャマに着替えてベッドに入ると、桜野凛花は改めて、楽しかったなぁと今日の出来事を思い返して満足そうな笑顔になる。
進太郎にいきなり結婚してくれ、と言われた時にはどうなる事かと思っていたが、MSWは楽しいし、今後も凛花は一緒に遊びたいな、と考えている。
若干勢い交じりで結婚をOKしてしまったのについてはどうなんだろう、と悩んでいたりもする凛花だが、まあゲームの中だしそう気にしなくていいだろう、とそっちはあまり深くは考えないようにした。
リアルで変な事はしないと約束しているし、進太郎の気が変わって約束を破ったりしない限りは楽しくやっていこう(親友を信頼しているしまずそうはならないだろうけど)、そう思いながら凛花は眠るのだった。