俺は……。
毎度ご利用ありがとうございます、こちらはミリオンスターワールド運営チームです。
日頃よりミリオンスターワールドのご愛顧、まことにありがとうございます。
これまでご愛用いただきましたお客様へ、心苦しいながらもお伝えしなくてはいけない事がございます。
昨日1月1日16時より発生しておりましたサーバー内データの致命的な破損が発生していたために行っていた緊急メンテナンスについてご連絡させていただきます。
データ破損のほどが想定以上に深刻であり、バックアップ用データへの損傷も確認されており、スタッフ総出での修復作業を行ってまいりました。
なんとかサービス再開をすべく弊社の上層部とも連携を取り調整を行っておりましたが、データ復旧は不可能と呼ばざるを得ない状況であると判断されたため、この度終了させていただくという状況になりました。
そのため誠に勝手ながら、本日1月4日をもってミリオンスターワールドのサービスを終了させていただく事となりました。
長らくご利用いただいたお客様にはこのような結果になった事、心より謝罪させていただきます。
MSWへのログインすら不可となった日から3日後。
公式HPの一番上に特大のフォントで表示された赤文字リンクをクリックした凛花は、その文章を読んでから数十分の間、何が起こったのか理解できず半ば気絶したような状態で硬直していた。
意識を取り戻した凛花は、藁にも縋る思いで俗に本スレと呼ばれているスレッドを見に行った。
凛花だけがサービス終了の幻覚を見せられているか、もしかしたら今日は4月1日だったのかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら覗いたスレッドの中は、凛花の希望を否定するように、さながら地獄の様相を呈していた。
凛花と同じく何が起こったのか理解できず困惑する者、突然ではあったが自分なりに気持ちに整理を付けこれまでの運営に感謝を述べる者、感情のままに運営への罵詈雑言を書き殴る者、MSWに全てを注いでいたと語りロープと七輪の写真をアップする者、全部ゼロからでいいから再びのサービス再開を望む者、火炎瓶の制作方法と運営会社の住所を書き込む者、他多数。
無数の反応があったが、少なくとも、慣れ親しんだものが突然の死を迎えるという事態に、冷静でいる者は誰一人としていないように凛花の目には映った。
更新ボタンを押す度にスレッドの書き込み限界に達し新しいスレッドが立てられるような惨状を見ていると、凛花はむしろ落ち着きを取り戻してきた。
MSWの中で楽しい想い出はいくつもできた。だが1年経たない程度のプレイ時間が幸いしてかダメージは軽かったのだ。終わってしまったものは仕方がないと、比較的早い段階で諦めはついた。
だからといって、心残りがないという話でもないのだが。
「……結婚、できなかったなあ」
運営のせいで先延ばしとなってしまった約束は、運営のせいで二度と叶わなくなってしまった。
結果的に、親友との約束を破棄してしまう事になる。凛花は、それを悔しそうに呟いた。
それからまた数か月が過ぎて、春。
MSWで遊べなくなったからといってこれまでの仲間と疎遠になるという事もなく、内容は多少変われども今まで通りの付き合いが続いている。
今日は、凛花と進太郎2人だけで何か面白いゲームがないか探しに近所のゲームショップへとやってきている。
「おおリン、これを見ろ! このゲームの裏パッケージ!」
凛花の目の前に突き出されたものを見ると、そこにはゲーム内容を軽く紹介するためのスクリーンショットが写されているのだが、その内の1枚がおかしい。
ADV風の会話シーンのようなのだが、背景いっぱいにその場面とは関係なさそうな文字が表示され、ヒロインらしき女性の画像は横から真っ二つになっており、その片方が文字の表示されるべきウィンドウのど真ん中に表示されている。
わかりやすく一言で言えば、バグっている。他の画像はどれも正常であり、同時に乗っているゲームのあらすじもごく普通のものであり、それを主題にしているというわけでもなさそうだ。
それなのにこんなものが写っているとは。
「明らかに特大の地雷じゃねーか……」
「ああ、これは買いだよな」
「……おかしいな、俺が知らない間に買いって言葉の意味変わったのかな」
進太郎は嬉しそうに手に取ったゲームを眺めている。どうやら、既に購入を決意しているようだ。
そんな具合に、進太郎はまるでMSW終了を気にしていない。当日こそ落ち込んだ様子を見せたが、翌日には普段通りに戻っていた。
月光門はというと、進太郎とほとんど変わらなかった。「いきなりの終わりではあったが、強敵を打ち倒せたのだから満足ではあるよ」といった様子だ。
4月を迎え高校を卒業し、宣言していた通りにどこかの会社に就職した月光門は今、親衛隊からは解放されたようだ。が、先日凛花の家へ遊びに来た際に「今度は月光門騎士団なるものが設立されてしまったよ」と嘆いていた。……どうやら、月光門の受難はまだまだ続くようである。
夏条涼は、相変わらずである。やや過激な手段を用いつつ、凛花を通して間接的に進太郎と繋がろうとしている。
シュガーフェストも、今なお営業し続けている。あの絶望的なまでの客引きでどう資金繰りをしているのかの謎は、凛花にはまるでわかりそうもない。
ミリスちゃんとミリスたんは、サービス終了と共にアカウントが消えてしまった。その内片方の中の人との交流がある進太郎が聞かされた話では、MSWというゲームは無かった事にされる方針らしい。
MSWで知り合ったプレイヤーには、当然会えていない。週末の4騎士もベル・ウッドマンも、それ以外に出会った多数のプレイヤーもだ。
彼らがどんな面持ちでサービス終了の報を受けたのか、凛花は気になってしょうがない。
凛花の母である麗は、言うまでもなく普段と同じだ。変化を挙げるとすれば3が日が終わった所で夫が帰ってきて、先月あたりまでずっとハイテンションだったくらいだろうか。
凛花以外は、そんな所である。変わった部分もあるが、概ねは特段変化していない。MSWの終了は、悲しい事件の一つとしてそれぞれの想い出に残り、それで終わりだ。凛花以外は。
では、凛花はどうなったかというと。
「……なあ、シン」
「おう、どうした?」
ゲームショップを後にし、2人は帰路に着こうとしている。
2人以外誰もいない。そんな中、桜野凛花は意を決して切り出した。
「MSW、結婚できなかったよな」
「……あー、そうだな。やっぱあのセリフは死亡フラグだったかな、ははは」
いやあ残念残念、と進太郎はおどけたように言って見せる。軽い調子で言われたが、むしろそれは凛花には「気にしていない」という演技に見えてならない。無視して、続ける。
「俺さ、このままシンとした約束、うやむやにしたくないんだ」
「…………そ、そうか。じゃあ、また何か新しいネトゲでも初めて」
「いいや、そうじゃない」
進太郎の左手を握る。凛花の手より2回りも大きい手だ。それを両手で包み込むように、しっかりと。
「これだけ待たせて先延ばしにして、当初通りの約束じゃ俺の気が済まない。……シンには、俺と付き合ってもらう」
凛花は、親友の顔を見上げながら言った。言われた方は、一瞬だけ驚愕とも歓喜とも取れるような表情を見せ、すぐにそれを消した。
「リン、気持ちは嬉しいが、俺はこれまでの詫びだとか、謝罪だとかでお前と付き合いたくはないんだよ。リンが俺の事を知って、本気で俺を好きになって、その上で言ったのならともかく、そうでないなら俺はお前と付き合う事は望まないよ」
「知ってるよ、シンの事は昔っから」
「……だよな。じゃあ、俺の事好きか? 本気で」
進太郎のその問いに、凛花は躊躇うことなく首を横に振った。
「わかんない。でも、それが本気なのかどうかを確かめるのが付き合うって事だろ? いきなり結婚してくれなんて言ってるわけじゃないんだ。俺がシンの事本当に好きかどうかくらい、確かめさせてくれたっていいだろ?」
「……ん、んんぅ……」
進太郎は唸った。どうするべきか悩みに悩んでいるのが見ただけでわかるほどだ。
そして、凛花は変わったのだ。
親友は凛花への想いを何年も抱いていた。それがどれほどのものか正確に測る事はできないが、年月を重ねた想いが軽いはずがない。
その熱く厚い想いを、ただ「同性だから」という理由だけで拒み続けるのは、凛花にはもう我慢できなかったのだ。
だから、果たせなくなったゲーム内での結婚の代わりに、現実での交際を試みた。
ゲームと同じく結婚を、としても凛花はよかったが、親友として見れば最高でも付き合う相手として見始めると印象は変わってしまうかもしれない。なので、まずはその一歩手前から始める。
そうして凛花の提案に進太郎は2分近く唸りながら悩み、そしてついに溜息を吐き出し、右手に提げていたゲームショップの紙袋を地面に下ろすと、左手を包んでいた凛花の手を、上から握る。
「……わかった。リンがそこまで言うのなら、俺も頷かざるを得ない。付き合ってみようじゃないか」
「な、なんだよ……もうちょっと嬉しそうにしてもよくないか? 好きだった人からの告白みたいなもんだろ?」
もっと思い切りの喜びを表に出すのかと思っていた凛花だったが、予想外に薄い反応に動揺する。もしかして嫌だったのか、と不安になるが、進太郎は言うかどうか迷いながら口を開いた。
「嬉しいは嬉しいんだが、シチュエーションが好みと違うからな」
「へえ、どんなだったらよかったんだ?」
「ああ、まず後頭部をいきなり殴りつけられて、気が付いたらベッドの上に両手両足を手錠で拘束されて裸にされた状態で、そこにリンが「お前がっ、お前が悪いんだからな……!」って責任を押し付けながら瞳をハートにして俺の体を貪りつつ愛の告白をしてくれたら最高だったかな」
「びっくりするぐらいの無理難題だな……」
というか、そんなもの教えられたところで誰も実践できそうにない。そう思っていると、進太郎は笑ってみせる。
「ははっ、冗談だよ。いきなりそこまでは求めんさ」
「……それはつまりいずれは求めるという事か?」
進太郎は答えなかった。意味深に瞳を閉じ、静かに口角を上げる表情を見せると、凛花の手を解き地面に置いた紙袋を手に取り、歩き始めた。
「ま、何はともあれ、帰ろうぜ」
「……そうだな」
凛花は進太郎の後に続き歩いていく。どこまで今の発言が本気かはわからないが、今すぐに考える必要はないと一度忘れる事にする。
「そういえば、この間ゲーム拾ったんだけどさ……」
「拾ったって……そんなそこらに落ちてるようなもんじゃないだろ……」
桜野凛花と小門進太郎。親友である二人の関係は、付き合う事になったからと言ってそうすぐに進展するものではないだろう。
恋愛の対象として見る事に決めたとはいえ、その関係がどこまで発展するのか。すぐに終わってしまうのか、それとも結婚までいき、その後も幸せに暮らす事ができるのか。
凛花と進太郎の未来にどんなものが待ち受けているのか。今はまだ、誰にもわからない。
俺はVRMMOで男と結婚する事になりました。おしまい




