俺はユニークアイテムを手に入れました。
戦いが終わった。
Linkerの予想に反し、勝敗は一瞬でつけられた。
「ふっ、まさか一撃で終わりとはな」
「意外とあっけないもんだったな、リン」
「俺も一回くらいは耐えてくれると期待してたんだけどな」
背後からのアイアンダガーでの一撃は見事にクリティカルヒットし、通常以上のダメージを叩き出す。
ジェリフェルは赤い髪と服をふわりと持ち上げながら華麗に一回転するが、その時点で決着は付いたのだ。
今は二人の眼前に敗者が横たわり、勝者が立っている。
「まさか、俺もリンも即死するとはなあ。はっはっは」
足元を見下ろすと、Linkerも進化カードも足がなく、体が全体的に透き通っている。というか、足元に自分達のアバターがぶっ倒れている。
ジェリフェルが一回転したと同時に凄まじい爆熱が巻き起こり、二人は即座に死亡したのだ。
今は興味を失ったジェリフェルが再び周辺を当てもなく飛び回っている。
「確かにジェリフェル自体のレベルはとても一桁台のレベルで太刀打ちできない差だったが、ワンパンチで終わるとはなあ」
「ろくに相手の情報も調べずに見慣れないモンスターにとりあえず突っ込んで死ぬ。これこそオンラインゲームの醍醐味だよな!」
「だなあ。と言うかよく見たら髪と服の色が通常のジェリフェルと違うしありゃあ多分ボスクラスのモンスターだったんだろうな」
「そりゃーなおさら勝てなかったな。ハハハハ!」
顔を見合わせ、二人はとても楽しそうに笑った。
現実的に考えれば詳細も知らず敵に突撃するなど愚の骨頂とでも言うべきだが、ゲームの中ではそうと限らない。
それこそLinkerのように仲の良い友人が共にいれば、むしろ楽しく馬鹿をやった思い出ともなる。デスペナルティで経験値が5%減ってはしまったが低レベルな二人には微々たる差。何の痛手もありはしない。
「……さて帰るか」
「そうだな」
ひとしきり笑い終わると二人は落ち着きを取り戻し、表示されたウィンドウを見る。復活するか、町へ戻るかの二択が表示されていた。
死亡した場合他のプレイヤーが復活させてくれるのを待つか復活用のアイテムを使用する事もできるようだが、どちらもアテはない。
そんなわけで近くの町へ戻るボタンをタッチしようとする。
「いいや、その必要はないさ」
その直前。後ろから声がしてLinkerは一瞬光に包まれた。何事かと驚いているうちに、気付けば先ほどまで出ていたウィンドウが消えている。
足元に転がっていた体もない。いきなりの事ではあったが、どうやら復活したらしい。
後ろを向くと同じように進化カードも復活している。そしてその後ろには全身に無数の鈴を付けた衣装のやたらと特徴的な男がいた。
「あ、ありがとうございます。えっと、ベル・ウッドマンさん。……俺の自爆のせいで死んだんで、正直申し訳ない気持ちの方が大きいんですけど」
「ベルって呼んでくれていいよ。ボクがやりたくて勝手にやった事だし、気にしないでよ」
Linkerが注視するとキャラネームはベル・ウッドマンと判明した。勝手に突撃して勝手に死んだ手前謝るべきだと考えたのだが、優しい笑顔で謝らなくていいと言われてしまった。
「でも、オンラインゲームの蘇生アイテムって大体高価だったりリアルマネー絡みだったりですし」
「いーからいーから。ボクお仕事してるから一人二人復活させるぐらいなら痛くもないさ。それに」
ベルはLinkerの前に歩み出ると、赤いジェリフェルと相対する。
「君達が敵わないって事はボクが倒していいって事だからね。ボスドロップを貰えるなら、それでボクは満足だよ」
死因となった範囲攻撃を再び受けないよう二人は退避し、遠くから見守る事にした。
「気を付けてくださいベルさん! そいつ俺達じゃあ到底倒せない強さですから!」
「と言っても俺達どっちも一桁台のレベルだから参考になるかわからないが、油断はしないで!」
はいはい、と軽く手を振ってベルは返事をすると拳を構える。獲物を持たないという事は格闘家系の職だろうか。
「まあ確かにネトゲのボスって大体そのフィールドのモブなんか比較にならない強さだからねー。でも、ボクも結構強い方だから」
ベルがジェリフェルへ急接近していく。手を伸ばせば触れる距離まで近付くと、跳躍した。
「"氷刃大乱舞"!」
叫ぶと共にベルの周囲に鋭利な刃物の形状をした氷が無数に生まれ、ジェリフェルへ向かって飛んでいく。
雨のように降り注いだそれは15回ヒットし、それぞれが10数万ものダメージを叩き出して見せた。
そのダメージ量にも驚いたLinkerだったが、さらに驚く事に勝負はその一撃でついてしまったのだ。終わったよ~とのんきに両手を振ってベルが二人を呼び戻す。
「す、すごいですねベルさん……」
「いやいや、元であるジェリフェル自体が80レベルくらいだからね。それがボスになってもボクとのレベル差はかなりあるままだろうからそこまででもないよ」
「そんな事は無いさ。氷刃大乱舞なんて咄嗟に浮かぶネーミングとは思えない」
「い、痛いロールプレイとかじゃないからね!?」
「ん? しかし俺の覚えている限りではそんな名前の攻撃スキルは無かったような」
進化カードの疑問に対してあー、とベルは納得したように頷く。
「それはね、ボクの職がトレーサーって言う特殊な職だから、だと思う」
「トレーサー?」
「あのイラスト界隈でよくある?」
「いや職だってば!? そんなの職業にしてる人なんていな……えっと、いないよね? ……と、ともかくその話は置いといてボクのゲーム内の職はトレーサーって言う、敵のスキルをラーニングして戦える職なんだよ」
「おお、敵の技を」
感嘆を漏らしてLinkerはトレーサーに興味を抱く。
敵の使う技をコピーして戦う、というのはLinkerの思うカッコイイ物ランキングの上位に位置する戦い方だからだ。
そんなに楽しそうな職があるなら無難に戦士系を目指すのではなくベルのようにトレーサーを目指してみようかと考え、もう少し詳しく聞いておく事にした。
「ちなみに、そのトレーサーってのはどうすればなれるんですか?」
「あ、なりたい?」
「なりたいです! 楽しそうだし!」
Linkerがキラキラした目で返すと、ベルは眉をへの字に曲げて笑う。
「あはは、まあ確かにいろんな技が使えるし楽しいのは保証できるけど、同レベルの他の職と比べて全ステータス低めではっきり言って弱いし前提クエストも面倒であんまりオススメできないんだけど……」
「いえ、俺カッコイイの好きなんで、是非教えてください!」
熱意に根負けしたのか同じ職の仲間が増えるのを良く思ったのか、ベルはそこまで言うなら、と嬉しそうに微笑んでみせた。
「じゃあ、ちょっと長いけど転職方法を教えよう」
「はい!」
「まず光都ロムディアの下水道のどこかにランダムで湧く鏡面トカゲってモンスターを倒すと低確率で鏡の破片を落とすんだけどそれを10個集めてロムディア南東の廃教会の割れた鏡の前に捧げると喪失者ってNPCが出現してね彼に奪われた力を取り戻してほしいって言われるとクエストが始まるから降魔火山と大氷河と雷雲魔境と岩竜神殿に現実時間で2日おきに湧くボスを倒した際に稀に落とすクエスト受注時限定で落ちるアイテムを集めるんだけどこいつらみんな人気ボスだから会うのすら難しくってなんだけどここさえ越えれば後は全職の強スキルを使ってくる上にアホみたいな体力の喪失者とのタイマンバトルだけだから頑張ってほしいなそれで喪失者を倒したら君も晴れてトレーサーへの転職クエストを受けられるようになるよ」
「えっそこまでやってまだ前提クエストだったんですか!?」
「うん。それじゃあここから転職クエスト編なんだけど」
「だっ、大丈夫です! 参考にはなりましたので後は自分の目で確かめます!」
「そう? まあ聞いての通りな上にそこから先もちょっと長いからね、苦労の割に火力は低めだから面倒そうだなーって思ったら遠慮せず他の職でMSWを楽しんでね」
ちょっと長い、というのがどれほどのものか気になったが、Linkerはそれ以上聞くのはやめる事にした。
「さて、それじゃあボスドロはどう分けようか」
「えっ?」
ベルの視線が向く方を見ると、赤ジェリフェルが倒された場所に大きな赤い宝箱が置かれている。
ボスを撃破したらあの赤い宝箱が現れてその中に戦利品が入っているらしい、と進化カードに囁かれたのでLinkerにも何の話かはわかった、が。
「そんな、分けるなんて! 俺達はさっき見ていた通り突っ込んでHP1ドットすら削れないで死んだんですから、何か貰うわけにはいかないですよ!」
「遠慮しないでいいよ。1ダメージだけでも与えたられたんだから、せめて一つくらい持って行ってよ。ボクは新規プレイヤーを大事にしたいんだ」
たとえわずかでも撃破への貢献は貢献なのだから、と辞退しようとするLinkerへとベルは微笑む。
蘇生してもらっただけでなくボスモンスターのドロップまで譲ってもらえるとなっては正直申し訳なさでいっぱいではあったが、これ以上相手の好意を無下にするわけにもいくまいとLinkerは申し出を受ける。
「……うう、そこまで言うのなら。じゃあ、ベルさん先に選んでください。俺は残ったのでいいですから」
「謙虚だねえ。君がそれでいいならボクも構わないけどね」
感心したように頷いて、ベルは宝箱を開けて中身を確認し始めた。
それと入れ替わりに進化カードがLinkerのそばへやってくる。
「……それにしても、すごいなあのベル・ウッドマンという男は」
「だなー。まさか一撃で倒せるなんてなあ」
「いや、それもすごいがそれだけじゃあないぞリン。体中に鈴がついていると言うのにあの男、一度も鈴の音を鳴らしていない」
「……! ほ、本当だ……! そういえば一瞬だったとはいえ、あの戦闘中でも鈴は鳴らなかった……!」
「ああ。あれは間違いなく相当な訓練を重ねてきたに違いないな」
「そうだよな、でないと無音でなんて戦えないだろうし……。名付けて、サイレント・マンって言ったところだな……」
「盛り上がってるトコ悪いんだけど、これってそういうアバターなだけで別に特別な訓練とかそういうのはしてないからね」
「……」
「……」
お喋りに夢中になっている間にベルは選定を済ませて戻ってきていた。
そして、超常の力を持った者の技巧に驚愕するもの達的な会話を聞かれた二人はいたたまれない様子で顔を伏せる。
「リン、サイレント・マンはちょっとダサいと思う」
「うっうるせぇとっとと忘れろ!!!」
顔を真っ赤にして宝箱へと走るLinkerは中身を確認した。
そこに残されていたのは『劫火の姫の加護』という紫色の文字の装備品だった。
レベル1から装備可能と書かれているのですぐに装備できる。おそらく自分に即使える物を残してくれたのだろう、とLinkerはベルの気遣いに更に感謝した。
「あの、ほんとすみませんこんなレアそうなもの貰っちゃって」
「いいっていいって。ボクの狙ってた装備じゃないし、君がすぐ装備できる物を残せてよかったよ。ボス級のモンスターがこんなものを落とすなんて、もはや奇跡って言ってもいいかもね」
本当にこのまま貰ってしまってもいいものかLinkerは未だに悩んでいたが、嬉しそうに笑顔を見せるベルを前にしてはもう返そうという気にはならなかった。初心者を大事にしたいという気持ちをこれ以上無碍にはできない、とありがたく受け取る。
そんなわけで貰ったからには早速装備してみせる事にした。アイテム欄から『劫火の姫の加護』をダブルタップして装備する。
が、Linkerには何か変わったようには思えなかった。
「……えっと、シン。俺なんか変わったか?」
「おう。すっごいメラメラしてるぞ」
「メラメラ?」
振り向くと、紫がかった炎がLinkerの背後で燃え盛っていた。どうやら装備個所はマント的な扱いのようだ。
「おぉ、な、なんかかっこいいな、俺。すっごい強くなった気がする」
「ユニークアイテムだからね。実際、何か特別な効果とかが発動してかなり強化されてるんじゃないかな」
「ユニーク……? シン、何か知ってる?」
「ああ。各サーバーに同一アイテムが50までしか出現しない上に超が3つは付くほど出にくい低確率でドロップする様々なアイテムの事だったはずだ。確かアイテム名の色が紫になってるのが特徴だったはずだ」
「へー紫か……」
Linkerと進化カードは劫火の姫の加護を確認した。Linkerの方は三回くらいベルの顔と交互に見た。
「「これの事だーーーーーー!!!!!!」」
「ハハハだから今そう言ったじゃないか」
Linkerは即刻装備を外してベルにトレード申請をした。
「むっ……無理ですこんなレア物受け取るなんて! やっぱりベルさんにお返ししま……えっあれ嘘返せない! トレードできないんですけどコレ!?」
「うん、ユニークアイテムは全部トレードと売却不可なんだよね。その辺もわかってたし、ボクにも不要だからあげたわけだしそんなにあわあわしなくっていいってば」
桜野凛花は知っている。オンラインゲームにおける出にくいアイテムとは、本当に出ない事を。
オフラインのゲームであれば出にくいと言ってもせいぜい1%程度の確率ではあるが、ネトゲではまるで当然の権利であるかのように小数点の位に突入し更にゼロが7つ8つは並んでいたりする。
宝くじの一等を当てる方が楽なのではないかというような確率のものがいくつも存在しており、受け取ってしまったコレもその類の物なのでは、とLinkerは戦々恐々だ。
「で、でもやっぱりこんな貴重な物貰っちゃうなんて……」
「いいって。ボクの装備もそれなりに強化してるし、それを持っててもきっと宝の持ち腐れになっちゃうよ。それよりかは新人にプレゼントして特別なパワーでガンガン強くなってってくれる方がボクは楽しいから、ね?」
「…………は、はい」
超レアアイテムを貰ってしまったという事態に気付き再度返却しようと食い下がったLinkerだったが元よりトレード不可であるし、ベル自身もその必要はないと言ってくれたので徐々に落ち着き始めた。まだ多少の葛藤もあったにはあったが、最終的には首を縦に振る。
「うん。それじゃあ君も納得してくれた事だし、ユニークアイテムの性能を改めて確認してみようか!」
「はい!」
ベルの言葉に元気よく返事をする。自分に有効利用してほしいと言われているのだからとLinkerは前向きに考える事にして、入手した劫火の姫の加護の詳細を見る。
劫火の姫の加護。
装備可能レベル:1。
「……?」
「ん? どうかしたかい?」
「いや、あの、これ……」
バグか何かだろうか、と一旦装備した状態で確認する。しかし何も変わらなかった。
装備されたそれを見て、進化カードが困惑したような唸り声をあげる。
「これ、何の効果も書いてないな」
「……本当だ」
劫火の姫の加護は、紫色のアイテム名と装備可能レベルの二つ以外、何も書かれていないのだった。
「あ、あの、ベルさん。これって特別な効果とかが備わったユニークアイテム……なんですよね?」
「そのはずなんだけどねぇ。うーん……、ランダムで強力な効果が付く装備だったけど奇跡的に全ての抽選に漏れて追加効果ゼロ、とかかな」
「そ……そんな奇跡嬉しくない……!!」
ベルの推測を聞きLinkerはうなだれた。
実を言えばゲーム開始早々超強力なアイテムを手に入れてその力で無双する、だなんて事を夢想してもいたのだが薄いところの更に引かなくてもいい方の薄いところを引いてしまったと知っては非常に心にクるものがあった。
御大層な名前をしているだけあってさぞ強力なのだろうと期待していたのに。物欲センサーでも働いてしまったのだろうかと考え始めるLinkerに対し進化カードが慰めにかかる。
「まあそう落ち込むなリン。今サッと調べてみたがどうやらこのアイテムはまだ誰もドロップした事はないみたいなんだ。攻略wikiにも名前が載ってなかったし、きっとお前が初めてそれを入手した男に違いないぞ!」
「……いやぁ、いくら初ドロップでも、こうもショボいとボスを撃破してくれたベルさんにもなんか申し訳なくなってくるわ……」
それを聞いて、気にしなくっていいのに、とベルは笑って見せてくれる。
そんな訳で、Linkerの初のユニークアイテムはどうしようもない性能の装備となってしまったのだった。