俺は先輩と仲直りしました。
月光門の制止をきっかけにして、凛花はまた今まで通りに接してもらえるようになった。
今凛花が受けていた辱めで詫びとしては十分と思われたのか、それとも彼女自身が言っていたように本当に気にしていなかったのかはわからないが、ともかく元通りだ。
「いやあ、それにしても」
ようやく過剰に着込んでいた上着を脱ぐと、汗が水でもかぶったかのように下に着ていた服を濡らしている。
ぴったりと体に張り付いているせいでボディラインが浮き上がっているのだが、それは気にならないようだ。
指摘するとまたひと悶着ある予感しかしないので何も言わないが、女心というのはよくわからないものだなあと凛花は目を逸らしながら思う。
「ハロウィンって何やるんだろうね」
そして、話が戻ってきた。今日がまだハロウィンでない話はもういいとして、とにかく凛花は返答する。
「それは、お菓子を貰ったりとかでしょう?」
「そうなんだけど、それはもう終わっちゃったじゃないか。じゃあここから先はどうするのだろうって話さ」
「あーそれ俺も疑問だったんですよ。仮装してみたはいいけどその後何すればいいんだろうなって」
進太郎も同じ事が気になっていたようだ。月光門に便乗して凛花に答えを求めてくる。
「何するって、そりゃ……」
答えようとして、凛花は止まった。あれ、そういえば何をしたらいいんだろうか。
少し考えてみるが思い浮かぶものは何もない。普通にお菓子を貰うだけのイベントだったような気がする。その後に何をすればいいかという質問の答えは出せなさそうだ。
何すればいいんだろうな、と返そうとした時、涼が助け船を出した。
「ハロウィンというのは本来10月31日に死んだホロウという名の怪物を追い払うためのイベントだったんです。毎年この日になるとホロウは1日だけ蘇り、大暴れをしてまた眠りに就くのですが、ホロウは甘いお菓子の匂いと楽しそうな人の声がとても苦手なのです。ですからホロウを寄せ付けないようにするために毎年10月31日は近所の家を回ってお菓子を集め、御馳走を食べながら楽しく家族や友人と笑い合ってホロウを追い払う習慣が、やがて時を経てハロウィンという日になったのですわ」
涼の意外な博識ぶりに凛花は驚いた。ハロウィンにそんな由来があったとは知りもしなかった。
「へえ、始めて聞いたよ。そんな話があったんだな」
「当然です。今思いついたんですもの」
「えっ……なんでそんな嘘ついたの」
結局、ハロウィンが何をするものなのかはわからないままとなってしまった。
じゃあ、今日はこのまま何だかもやっとした空気で解散なのか、と凛花が考えていると、麗がはいはい、と手を叩いた。
「ま、由来とかそういうのはどうでもいいんじゃないかしら。イベント事があるんなら、細かい事は気にしないでおいしい物を食べて楽しめばそれでいいんです!」
そう言って、麗はキッチンへと引っ込んでいった。
「実はクッキーだけじゃなくて、カボチャをくり抜いて作ったパンプキングラタンも作ってあるのでした~! 器のカボチャもおいしく食べられるのよ~」
話の流れを読んででもいたのか、麗はかなり手の込んだものを用意していたようだ。
テーブルに人数分のグラタンが並べられると、凛花たちはハロウィンが本来何をするイベントなのかはどうでもよくなっていた。
用はただイベントを楽しめばいいだけなのである。暖かいグラタンを食べながら、凛花はそんな当たり前の事に気が付く。
「トリックオアトリート!」
さて、今日は10月31日である。そう、今日こそが本当のハロウィンである。
とは言っても先日行われたハロウィン前夜祭(前夜でもないが)で凛花の母を含めた5人は既にイベントを満喫した雰囲気になっていたので現実では何もしない事になっている。
そんなわけで、今はMSW内にて行われているハロウィンイベントに参加していた。
「トリックオアトリート!」
「トリックオアトリート!」
Linkerに続き、進化カードとMLGも同じ言葉を叫ぶ。
すると、所持品の中に消費アイテムが追加される。この日だけに入手できる特別なものだ。
その名もハロウィンあめ。使用すると10分31秒の間10.31パーセント攻撃力が上がる。
このアイテムは10月31日にMSWにログインして「トリックオアトリート!」と発言すると、特に何のイベントも発生せずにいつのまにか所持品の中に追加されている。1時間おきに再入手可能になるので、最大で24個まで獲得可能だ。まあ学校帰りなのでLinker達は多くて5、6個だが。
効果の方はまあまあと言ったところだ。バフ効果は上書きされる仕様なので、より大きな倍率で攻撃力を上げるアイテムやバフがあれば無用だが、効果時間はそれらと比べて3分ほど長めなので使い道もなくはない。
「……で、このあめを使ってハロウィン限定のイベントに参加できるわけだな」
「いや、そういうのはないぞ。これは普通に攻撃力を上げるだけのアイテムだ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、やっぱりエスティメスとかかな。一番人の集まってる場所だし、そこでイベント用のNPCと会えるのかな」
「いやだからそういうのはないんだってばリン。各街に「今日はハロウィンだよ!」とだけ発言するNPCが設置されてはいるがそれだけだぞ」
ふーん、とLinkerは簡単に返事をする。そうなると、たまに各フィールドにイベント用のボスが現れるか、通常モンスターのドロップ品でイベントアイテムとの交換が可能だったりとかだろう。
「じゃ、狩りつつイベントアイテムでも集めるか」
「いやいやだからな、MSWのハロウィンは1時間ごとにあめ貰うだけなんだよ」
「え、何だよその冗談」
さすがにLinkerも苦笑する。オンラインゲームのイベント事がそんなに手抜きなはずはないだろう。
当然、変なジョークかと思っていたLinkerだったが、MLGがそれは真実だと告げてくる。
「公式サイトのイベント告知ページがあっただろう? そこにも「トリックオアトリート! と叫んでお菓子を貰おう!」という1文しか書いていなかったじゃないか」
「……え、何シン、もしかしてマジにこれだけか……?」
「聞いて驚くなよリン、それ以外はいつもとなんも変わらんらしい」
なんと、MSWのハロウィンは本当にただお菓子を貰うだけのイベントだったようだ。
こういう季節のイベントというのは大抵どこのゲームも気合を入れて新規プレイヤーを獲得するために色々と楽しめる要素があるものだと思っていたLinkerだったが、その期待は見事に打ち砕かれた。
とはいえ毎回こうだというわけではなく、年末年始や夏場の水着イベントなど、他のものはそれなりに力が入っているらしく、ハロウィンだけがこの扱いなのだそうだ。
某所のスレッドなどでは「ハロウィンの日に親を殺された奴が運営にいる」「お菓子を貰いに行ったら泥棒扱いされて殴られたのでは」「もっとやれる事を増やせと運営に文句を言うまでがイベント」と散々な評価を受けているらしい。
「まあ実際のとこは年末の大型アップデートに人員を割いてるせいで割を食らってるだけみたいだがな」
MSW関連の話題がされるスレッドでそういう結論が出たそうだ。
それを肯定するかのように、毎年ハロウィン後のアップデートではかなり力の入ったイベントが開かれているそうだ。
それはそれでどうなんだろうか、とLinkerは思う。ここまでショボいイベントならいっその事開催しない方がマシなのではと考えずにはいられない。
がしかし、という事はだ。
「つまり大型アップデートが近いって事か?」
「おう! なんと今年の年末、ついにメインストーリー完結だそうだ!」
「なるほどな……で、その情報のソースってどこさ」
「本スレ!」
「一番信用ならないやつじゃねーか……」
自信満々に進化カードは不確定情報を持ち出してきた。
公式での発表ならまだしもいくらでも捏造可能なネットの情報を鵜呑みにするのはよくないと思うのだが。
「情報の確度は置いておくにしても、年末に何かしら力を入れたイベントが来る可能性は例年通りなら高そうだし、真実として見てもいいんじゃないかな」
不安を覚えていたLinkerだったが、MLGの言葉にそれもそうか、と頷く。
年末にはそういった何かしらのイベントがある事は、今までの例を聞くと確実と考えてもいいのかもしれない。
そして最新のストーリーは必要レベル120。となると当然それ以上に要求されるレベルも高くなるのだろう。確か、前にLinkerの聞いた話では150ほどだったか。
「つまり、年末までに150くらいまではレベル上げたいってとこですかね」
「ああ。そこまでいけば結婚もできるもんな」
それを聞いて、Linkerは思い出した。そうだ、そういえば結婚も150から可能に変更されていたのだ。
仕様変更がしばらく前の事だったので長らく忘れたままだったが、Linkerは進化カードと結婚する約束をしている。レベルが150になったなら、その時こそ約束を果たさせねばならないだろう。
「俺、このメインストーリーが終わったら、リンと結婚するんだ……」
「お前またそんなわかりやすい死亡フラグ立てるなよ……また必要レベル上げられるんじゃないか?」
「ははは、流石にないだろう」
進化カードは笑い飛ばした。
まあ、150レベルはMSWにおいて一般人と廃人との境界線である。そこから先は要求される経験値が膨大になっていくので、一部のエンドコンテンツを除けば大体はこのレベルまでに遊べるようになっている。
という事は結婚システムもこれ以上のレベルを要求される事にはならないが、それはつまり今度こそLinkerにも逃げ道が用意されていない事をも示す。
が、既にLinkerも覚悟は決めている。今度こそ、逃げずに進化カードと結婚するつもりだ。今度こそ。




