俺は学校のテストを乗り切りました。
「終わった……!」
「おつかれさま~」
何日か経ち、凛花はようやく勉強とテストから解放された。手ごたえの方はなんとも言えないが、少なくとも追試の心配はしなくていいだろう。
MSWで何時間も狩りをし続けた時以上に疲れている気がする。家に帰ってきた凛花はリビングのソファーに頭から突っ伏し、ようやく自由の身になった事を実感する。
「月光門さんたちが手伝ってくれてよかったわね」
「うん、おかげでなんとかなった感はすごいあるよ」
MSW内でテストの事を告げられた次の日から、月光門と涼が2人に勉強を教えてくれていた。
先輩である月光門はともかく涼の方は凛花らと同学年なので本来教えられる側だが、理解力の方は2人よりも高く、こういう時は真面目に教えてくれていた。
それでも平均的な知力しか持ち合わせていない凛花と進太郎の二人は全てを覚えきる事はできなかったが、それでも2人だけで勉強するよりはマシだったのはわかる。
余力があればMSWにログインしようかとも思っていたが、今の凛花の体にはそんなもの残ってはいない。帰り道の進太郎も魂の抜けたような表情だったので、向こうもおなじようなものだろう。
テスト勉強を始めてからずっとログインしていなかったので今日こそは、という思いもあったが、今日は休む事にしよう。
早めにご飯食べてお風呂入って寝ようと思い、とりあえず制服から着替えようと凛花は立ち上がった。
「それにしても優しいわよね、月光門さん。来年は受験とかもあるでしょうに」
「……あー、先輩、3年だもんね」
当たり前のように凛花らと共にMSWで遊んでいるのであまり実感が湧かないでいたが、月光門は高校3年生。近いうちに大学受験が控えているはず。
今年ももう半分は切ったし、そろそろそちらに専念していてもおかしくはないのだが、凛花がMSWにログインしている頃には既に月光門もいる。
それに気付いた凛花は突如不安になった。もしかして、無理して付き合ってくれているのでは。
思えば、月光門先輩親衛隊を名乗る彼女らに対しても「善意でやっているから」と月光門自身へ多大な迷惑が被ろうとその活動をやめさせはしなかった。
それと同じように、受験が近いけれど凛花たちの誘いを断れずに仕方なく遊んでいるのかもしれない。
だとしたら、それはよくないと凛花は思う。ゲームは楽しいから遊ぶべきであって、嫌々やるようなものではないはずだ。
明日学校でその辺りについて詳しく聞いておかなくては、と凛花は決意した。
「それで、実際のところどうなんですか先輩!」
朝、奇跡的に親衛隊の面々がいない内に凛花は月光門と顔を合わせる事ができた。あいつらもたまには空気読めるんだな、と感心する。
というか、近くにいるにはいるようだ。どこからともなく視線だけは感じる。ひょっとすると、麗の一件で凛花もまとめて恐れられたりしているのだろうか。
とはいえこれは好都合だ。凛花は昨夜生まれた疑問を包み隠さず月光門にぶつける。
返答次第では、今後は進太郎と2人だけで遊んでいく事になる。それはとても寂しく感じるが、だとしても聞かなくてはいけない。
そんな覚悟もしていた凛花だったが、想像以上にあっさりと月光門は首を振った。
「まさか。私は楽しく遊ばせてもらっているよ。本心からそう思っているさ」
「……じゃ、じゃあ大丈夫なんですか? 受験とか……」
「心配御無用。実は友人の会社に来年から採用してもらえるのが既に決まっていてね。むしろMSWは学生時代最後の想い出作りに一役買っているよ」
「友達って……。先輩は親衛隊のせいで俺ら以外に友達いないんじゃなかったですか?」
受験の心配もないというが、それは凛花を心配させないようするための嘘なのだろうか。
確かに現在はこうして凛花が月光門と話せている。という事は親衛隊がいない時もあるのかもしれないが、そうそうそんな状況になるはずがない。
見え透いた嘘を吐かないでほしい、と凛花は思うが、月光門は不敵に笑ってみせる。
「ふっふっふ。実はこの間凛花くんたちがログインしていなかった間に、MSWの中で友達ができたのだよ」
修学旅行とテスト勉強の間、月光門は実はMSWにログインしていたという。
レベル差ができて凛花たちと狩りができなくなってはいけないのでモンスターを倒したりはしていなかったらしいが、そこで一人の女性プレイヤーに声をかけられたという。
「で、住んでる場所が近いから会ってみる事にした、と」
「うむ、その通りだ」
「いや、それネットで絶対やっちゃいけないやつですよ……会わない方がいいと思うんですけど」
「そんな事はないさ。事前に聞いてた通りのいい子だったもの」
「もう会ってた!!!」
オンラインゲームで知り合った人間の会社に採用してもらう、それはそれで凛花は心配になってくる。
だが既に月光門は相手に会って信頼できる相手だと確認しているという。信じていいものか、正直なところかなり不安だった。
が、凛花は信じる事にした。友達がそう言うのであれば、それはむしろ信じなくてはいけない。
「ええと、言いたい事がないでもないんですが……それじゃあ、今日からまたMSWで一緒に?」
「ああ! 夜な夜な両手に刃物を持って私達以外の動くものを切り刻もうじゃないか!」
「せ、先輩めちゃくちゃ人聞き悪いです……!」
人はまばらだがいないわけでもない。声を大にして言うのはいかがかと思う台詞だが、月光門はまるで気にした様子を見せない。
まあ、気合が十分なのは伝わってくる。凛花はパーティメンバーが欠けずに済んだ事を心から喜んでいた。
「うわあ、人多いなあ」
3次転職を終え、新たなる狩場、暗黒海域にやってきたLinkerの第一声はそれだった。
これまでの狩場でも人を見かける事自体は幾度かあったものの、この場所はその比ではなく多い。
それもそのはず。ここ暗黒海域はMSWの最終狩場となっている。
入り口付近は120レベルから狩れるものが多く、先へ進んで行けば徐々に敵のレベルは高まっていき、最深部では160レベルまでのプレイヤーが敵を倒し続けている。
160以降も一応、一部の高レベルボスモンスターを倒す事によってレベル上げができないでもないが、それらはどれも非常に強くまた競争相手も多いため、存在しないものとしておく。
「ともかく、ここが最後の狩場というわけだね。なら、張り切って行こうじゃないか、2人とも」
「おうとも!」
「はい!」
人は多いが、空きスペースがまったくないわけでもない。
3人は気合十分に狩りを始めるのであった。
「効率が悪い!!」
1時間ほど狩り、Linkerが放った感想がこれだ。
空き場所があると最初は喜んでいた3人だったが、すぐになぜそこが空いていたのかを思い知る事になった。
まず、敵があまり湧かないのだ。出るには出るが、他と比べて再出現までの間隔が長い気がしている。
だからといって狩りの範囲を広げようとすると他のプレイヤーの陣地に入り込んでしまう。
明確にどこからどこまでという決まりがあるわけではないが、ちょっとLinkerらの位置とは離れた場所の敵を倒そうとすると物凄い速さで他のパーティに囲まれ、彼らに見守られながら戦う事になる。
そして倒し終わると彼らから「すみません、この辺の敵は俺らの獲物なんで、もうちょっと別のトコ言ってもらえます?」と言われる。
本来ならそれに従う必要はない。狩場はみんなものであり、特定の誰かの物ではないのだ。
が、数人に囲まれてそう言われるとLinkerの方が悪い気がしてくるので、さっと謝って元の場所へと戻る。
文句がないというわけではない。しかしモンスターに手出しをせず、倒し終わるのを待ってからわざわざ注意してくれるという、オンラインゲームにおいて信じられないほどの善良さを前にしては何も言えなかった。
無言で特定のスレッドなどに晒されたり、Linkerたちの領土に入ってきてモンスターを狩らせないようにしながら暴言を吐き続けたりするプレイヤーが多数いるゲームなども多いので、その良質ぶりはなお輝いて見える。
とまあそんなわけで、3人は微妙な湧きの場所で狩り続ける事しかできず、10パーセントほどしか経験値を稼げなかった。
「この調子でいくと10時間で1レベルか。これは長丁場になりそうだな」
「むうう、あまり敵を切れなくて、不完全燃焼だなあ」
進化カードもMLGも唸っている。これまでが順調にレベル上げをできていたせいか、ここにきての急ブレーキで不満そうである。
最終狩場を名乗るだけあって、一部の廃人を除く現在のMSWの高レベルプレイヤーのほとんどがここに集結しているわけだから、その分効率が悪くなってしまうのも仕方がないだろう。
「……まあ、良い場所取れるように頑張るしかないかな」
もっとガンガン狩りたいと思うLinkerだったが、こればかりはどうしようもない。
誰かが狩りをやめないかしっかりと監視しながらまったりやっていくしかないのだろう。
Linkerたちはレベル上げが難しくなりそうだというのを認めるしかないのだった。




