俺達は3次転職間近になりました。
「もうすぐ3次転職か。早かったような、長かったようなだね」
あれからまた何週間かが経ち、季節はもうすぐ秋だ。
夏条涼もまた何度か凛花の家に現れては凛花を誘惑しようとしてきたが、それらはどうにかかわしてきた。
涼が男ではなく女性の部分を強調して迫ってきたときは流石に凛花も危なかったが……。
ともかく、それ以外はやはり概ね平和だった。これでようやく凛花もLinkerとしてMSWの方に集中できるというものだ。
順調にレベルも上がり、現在は海の中に沈んだ町、海中都市レンディアス付近でレベルを上げ、118まで到達した。
「ちょっと時間的には遅いですけど、このまま転職できるとこまで上げちゃいますか?」
これまでを感慨深く振り返っているMLGにLinkerは聞く。
時間は11時を少し回った所。無理をすれば、あと2レベルくらいは上げられなくもない。
が、MLGは首を横に振る。
「やめておこう。明日から修学旅行だしね」
「ああ、そうだった」
進化カードもそういえばと思い出したように頷く。
そうか、よく知らなかったが先輩は明日から修学旅行だったのか。無理やり遅い時間まで付き合わせてしまっただろうかと心配する。
「そうだったんですか? ごめんなさいこんな時間まで付き合わせちゃって。月光門先輩、楽しんできてください」
「いや、旅行に行くのは君たちだろう? 楽しんできてくれは私のセリフだよ」
いい想い出を作ってくるように、と言うとMLGはログアウトしていった。
なるほど、どうやら勘違いをしていたらしい。明日から修学旅行に行くのはLinkerや進化カードの方だったようだ。
「それじゃあシン、俺も落ちるわ」
「おう、一緒の班になれるといいな」
ログアウトした凛花は、ふうと息を吐く。
そうだった、明日から修学旅行だった。すっかり凛花は忘れていた。
どのくらい忘れていたかというと、ゲーム内で月光門に言われてようやく思い出したくらいだ。
そしてどのくらい明日の準備が済んでいるかというと、思い出すまで何の準備もしていなかったくらいだ。
つまりどういう事かというと、凛花は明日の準備を何もせずに迎えてしまったというわけだ。
「……母さーーん!!!!」
それから、2時間ほどかけて凛花は準備を終えた。
レベル上げに集中しすぎたせいで学校行事の方を忘れかけるとは。
ほどほどにしておかないとな、と凛花は反省するのだった。
そんなわけで、桜野凛花の学年は今日から明後日まで修学旅行である。
その土地に根付いた文化に触れ、同じ学年の友人と仲をより深めたり、思い切って気になる人に告白してみたり、学生にとっての一大イベントである。
目的地へ移動するまでのバスもうまいこと進太郎と隣り合った席だったので会話も弾んだし、様々な場所を見て回ったし、宿泊先のホテルの料理だってとても美味しかった。
きっと、どれもが一生忘れられない想い出の一つになると凛花自身も思えるほど楽しかった。
しかしそれらの全てが今の凛花には記憶の中から消し飛びそうなほどの衝撃に襲われていた。
「いや、それはおかしいだろ……」
楽しい楽しい修学旅行の一日が終わり、就寝時間となった。
凛花も今日からはMSWにログインする事はできない。夜更かしはせず明日に備えて早めに寝ようと割り当てられた部屋のドアを開けた時、自然とそう呟いていた。
「遅かったですわね、凛花さん」
そこにいたのは夏条涼だった。当たり前のような顔をしてそこにいる彼女は、なぜかバスローブを羽織ってる。
まあ、そこは気にならない。凛花も涼の奇行には大分慣れ始めていた。
「な、なぜ夏条がここに……俺と相部屋だったのはシンのはずだが!」
「ええ、先生に少しばかりお小遣いをお渡しして変えていただきました。私が凛花さんと恋仲だと言ったら快く許可してくださいましたわ」
「ぬうう……金持ちのお嬢様だけあって大胆な事を……! あと勝手に付き合ってる事にするなよ!! ……ところで、それじゃあシンはどうなったんだ?」
「本来私と相部屋だった女生徒と一緒の部屋になってます」
「夏条と相部屋だった女子にとばっちりが!!!」
涼と同じ部屋だった女子は災難だ。進太郎自体は優しいものの身長は高く割と筋肉もある方なので初対面だったらさぞ怖がられる事だろう。
……というか、改めて考えると進太郎ばかり女性との縁が多く思えてきた。この時、凛花は初めてちょっぴりだけ親友に嫉妬を覚えた。
「とか言ってる場合じゃない! 俺も俺でこれはピンチだぞ!」
「うふふふ、さあ観念してシャワーを浴びてきてください! そうしたら私がもう一回シャワーを浴びないといけない状態にしてさしあげましょう!」
進太郎の方はどうにかなるだろう。なにせ根が優しい分打ち解けるのも早いはずだから。
それはいいのだが、凛花の身に危険が迫っているのは変わらない。どうやって切り抜けたものだろうか。
教師の方に縋るのは駄目だろう。おそらく全員買収されている気がする。
他の男子の部屋に匿ってもらおうか、とも考えたがやたらと同性間の恋愛に理解のある学年であるためむしろ涼の味方をされるのではないだろうか。これも駄目だ。
女子は論外だ。よしんば匿ってもらえても凛花が落ち着かないし。
考えたが、やはりいい策は思いつかない。
仕方がない、危ない橋を渡る事になるが、ここは屁理屈で押し通す事にした。
涼の言葉は無視して、凛花はベッドの上に胡坐をかく。
「覚悟はできている、という事でしょうか。でしたら私も」
「いや、それはシャワーを浴びてからだ!」
「……? でしたら部屋に備え付けのがあるのですから、早く……」
「だから、シャワーは浴びないよ」
「えっと、どういう事です?」
涼の頭の中は「?」でいっぱいのようだ。顔にも声にもそれが出ている。
そこで凛花はすかさずどうしようもない屁理屈を叩きつけた。
「夏条はシャワーを浴びてきたら、……するって言った。だから俺はシャワーを浴びない。これで、夏条は俺に手出しができない状態なわけだ。手を出そうものなら、最初の言葉が嘘になるからな」
「はあ、では前言撤回を……」
「それは駄目だ! だって、男に二言はないからだ! 夏条も今は男である以上、一度言った事は最後まで貫き通す義務があるッ!」
酷い屁理屈だなあと凛花は改めて思う。危ない橋とも言ったが、正直言って橋というより丸太の上を歩いているようなものだ。
涼が一言「そんなもん知った事じゃねえ」と言えばそれまでである。
が、どうやら涼はそうはしないようだ。凛花の言葉に衝撃を受けたのか一歩後ずさり、口惜しそうに膝をついた。
「くっ……わかりました、この夏条涼、男として凛花さんの言葉を受け入れましょう……ッ」
「えっ、自分で言い出しておいて何だけど、いいんだ……」
内心、凛花はガッツポーズした。これで旅行中の身の安全は保障されたようなものだ。
明後日までは少なくともシャワーを浴びる事が出来なくなってしまうが……それはまあ、安全には代えられないので仕方がないだろう。
結局のところ、涼が突如約束を反故にしないか心配でほとんど眠る事はできず、2日目以降の旅行はほとんど凛花の記憶に残らないのだった。




