俺は親友と戦う事になりました。
Linkerの視界の端に白い綿のようなものが見える。よく見るとそれは兎のようだ。ワイルドラビットと頭上に表示されているそれは良く見れば平原の至る所に点在している。
なるほど、あれはモンスターだな、とLinkerはあたりをつけた。
「こらこらリンいきなり何の関係も無い描写を始めるんじゃない! 俺と話している途中じゃないか!」
「リン、これログアウトボタンってどこにあるんだっけ?」
「おお、それならオプションの一番下の所に……いやいやだからリン! まず話を聞こう! きっとお前は今何か勘違いをしている!」
ログアウトしようとし始めたLinkerを進化カードは必死に止めようとする。が、進化カードが一歩近付くたびにLinkerもまた一歩下がる。
「いや勘違いしてるのはお前の方だろリン! 10年以上一緒の学校でクラスなんだからとっくにわかってると思ってたのに気付いてなかったのか!? おれは! 男だよ!」
両手を拡げてLinkerは叫ぶ。
重ねて説明すると、桜野凛花は男である。
しかし幼少の頃より高校の現在に至るまで、「男と女どちらに見えるか」と問えば即「女」と返ってくるような顔立ちであった。
面倒くさがりであまり床屋にも行こうとしないため、肩にかかる程度ではないが長めでサラッとしている。
アウトドアよりインドアな遊びが好きで肌も白っぽく、身長も160あるかないか。
加えて声も高めで、名前もかなり女の子っぽい。何も言われなければ女性であると誰もが思い込むだろう。
とはいえ水泳や体育等で男子と共に着替えていたのくらいは進太郎も目撃していただろうし、凛花自身から言った覚えがないにしても、まさか今の今まで女だと思っていたとはとにかく予想外であった。
「いや、それは知ってるぞ」
「そっか。お、あったあった、これがログアウトボタンだな」
「待てってリン! ログアウトする流れに戻ろうとするな! 勘違いだと言ってるだろうに!」
ボタンをタッチする直前だったLinkerだが、止まる。
「勘違い……? まさかシン、お前女だったのか……!??」
「いやそれも違う! ゲーム! ゲームの中の話だリン!」
10年以上に渡る男だと思っていた友人の驚愕の事実に勝手に驚いていたがすぐに進化カードはそれを否定する。
「ゲームって、この、ミリオンスターワールドの事か?」
「そうだよリン。まったく、どんな勘違いしてるんだリンは」
進化カードの説明ではミリオンスターワールドは結婚というシステムがあり、結婚したプレイヤー同士でパーティを組んだ際にステータスにボーナスが付与されるらしい。
「……まあ結婚するには互いのレベルが20以上にならないといけないんだがな。ともかくこのボーナス、結構馬鹿にならない数値が上がるから一緒に遊ぶ機会が多い俺とリンとでした方がいいかと思ってさ」
聞き終えて、Linkerは安堵した。なんだ、そういう話だったのか。
「あぁービックリした。なら最初にそう言ってくれって。てっきり俺はシンがリアルに俺の事好きなのかなーとか思っちゃったじゃないかよ」
「いや、リアルでも好きだぞ?」
核爆弾級の衝撃発言に、Linkerは思わずログアウトボタンに手が伸びたが、いやいやと手を下ろす。
「……だ、だから驚くって。友達としてだろ? シンってばたまに説明不足なトコあるし、気をつけようぜ?」
「友達としても好きだが、リンの事は好きだぞ。あ、LOVEの方な」
早速、親友の助言通りに進化カードは誤解がないように自身の言い分をはっきりと解説した。バチコーンと音がしそうなウインクを添えて。
「なあシン、フレンドの解除ってどうやるんだ?」
「おう、それなら……ってそれは俺の事なのか!? そしてそれはゲームの中での話なのかリアルでの話なのか!?」
どっちもだー、と叫びたかったがLinkerは口をつぐんだ。衝撃も衝撃なインパクトある話だが流石にそれだけで友達を止めるなんて所まではいかない。
「その、なんだ。俺もさっきは何でもするとは言ったけどさ、その上でこんな事言うのよくないよなとは思うけどさ、俺、男同士っていうのはちょっとさ……」
恩返しのチャンスだ、などと思ってはいたが、Linkerには重すぎた。背負えない荷を前に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そこは心配しなくてもいい。俺もリンがそう言うだろうとは思ってたからな。リンが嫌なら今まで通り親友でいてくれるだけでいい」
Linkerの返事に、進化カードは知ってた、と言うかのような顔で応え、話を移した。
「ま、その話はともかくとしてこの世界での結婚の話だ。なんでも、同性キャラ同士でも結婚できるらしくてな。こっちの方なら、別に問題ないだろ?」
「まあ、ゲームだし……」
別にいいよ、と言いかけた所でLinkerはある事を思い出す。
そういえば、二人ともリアルと同じ姿なのだった、と。
それに思い至ると、途端にOKをしてはいけないような気がしてきた。
いくらゲームといえど自分と同じ姿のキャラが進太郎と同じ姿キャラと結婚する、と考え始めると、かなりダメな気がしてきた。
「……い、いや、ごめんシン。やっぱりちょっと」
「そうか。まあ、仕方ないな。そうなるかもなとは思ってたしな」
Linkerは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。流石にゲームの中でくらいは進太郎の希望を叶えるべきでは、と思ったが駄目だった。
進化カードを見れば、やはり残念そうにしていた。もう一度ごめん、と口に出そうとした時、
「こうなったら、力ずくでやらせてもらう」
呟き、進化カードの右手にいつの間にか握られていた剣がLinkerの体めがけて振り下ろされた。
何のつもりかわからずLinkerは呆然としていたが、すぐに体が動きギリギリのところで攻撃を回避する。
そして視界の端に『PVPが発生しました!』の赤く点滅するウインドウが出ていると気付く。
「なっ、何するんだシン!?」
「すまないリン、断られてしまったらこうしようと決めていたんだ! この正々堂々の戦いに勝ったらリンには俺と結婚してもらう! ゲームの中で!」
「説明も無しにいきなり不意打ちしといてよく正々堂々とか言えたな!?」
指摘を受けた進化カードは「そこはその、すまなかった」と申し訳なさそうに謝ると、片手剣を構え直す。
戦闘自体を止める気はなさそうなので自分が勝ってもメリットがあるような気は一切しなかったがLinkerも応戦せざるを得ないようだ。
構えたまま動く気配が無いのでとりあえずLinkerは相手の装備とステータスを見てみる。
レベルは5。自分よりも先に始めていた割には低いと思うがひとまず絶望的なレベル差がないとわかり安堵した。
そして防具は頭、手、体(上)、体(下)、足にレザーと名の付いた装備で武器はアイアンブレードという片手剣。
全て一桁台の数値のプラスだと判明した。これなら、防具なし素手のLinkerでもどうにかできるのではと思えてくる。
「ふっ、どうしたリン。ゲーム開始時に貰えるアイアンダガーをアイテム欄を開いてダブルタッチして装備して構えないのか?」
「ああそんなのあるんだ、素手で戦わなきゃいけないかとちょっと不安だったよ」
「そうだったのか、ちなみに俺の防具は打撃には強いが斬撃には弱いから背後からの攻撃を狙うのはやめておくんだぞ、クリティカル出てより大ダメージになるからな」
そういえばモンスター戦PVP問わず背後からの攻撃はクリティカルダメージが出やすくなってダメージに補正が加わるんだったなとLinkerは公式で読んだ仕様を思い出していた。
それと、ここまで聞いてシンは力ずくとやらで勝つ気が本当にあるのだろうかと疑問に思い出した。
「参ったなんて言っても聞いてやらないぞリン! 行くぞ!」