俺は初めてのログインをしました。
結局凛花がログインできるようになったのはあと数分で深夜0時になろうという時間になってしまった。
時間も時間なので今日はこのまま寝るべきかとも思ったが、もしかしたら進太郎はまだ凛花のダウンロードが終わるのを待っているのでは? と考え念のためメールで完了報告をした。
送ってからもしも寝ていたら起こしてしまったのでは、と不安になったがそんな心配をよそにすぐさま返事が返ってきたが。
まだしばらく起きているという返信だったので、今日はとりあえず最初の町で顔合わせをしておく事にした。
そしてヘッドセットに映るゲーム画面を前に、今凛花は悩んでいる。
「そうだよな、ネトゲなんだしダウンロードして終わり、じゃないよな……」
ログインまでは果たした凛花だが、次なる関門に苦戦していた。
キャラメイク。
それは、こだわる人なら平然と一日単位で時間をかけるというシロモノ。
凛花はそこまでこだわるタイプでは無いが、それでもかなり悩んでいる。
進太郎を待たせている以上はあまり時間をかけずにいくべきなのだろうが、デフォルト状態だとあまりもモブっぽいのだ。
VRゲームはその性質上自分の分身であるキャラクターがほとんど見えないため、デフォルトでも凛花自信は気にならないのだが。
「でもやっぱこの見た目はパッとしなさすぎだしなぁ……お?」
ふと、そこでクリエイト用のウインドウをスクロールすると、最下部に「リアルデータを使用する」という項目があった。
軽く説明を読んだところ、現実世界のデータを使用してキャラクターのアバターとして利用できるシステムらしい。
「……」
当然、平時の凛花なら選ばなかっただろう。だが、今は状況が悪かった。
深夜、それに加え人を待たせているという状況で、桜野凛花には正常な判断を下す事ができなかったのだ。
「へー、便利なシステムだな。じゃこれでいいや」
ボタンを押し、一瞬の読み込みを挟んだのちにキャラ名を決定し、凛花はミリオンスターワールドの世界へと旅立った。
暗転した世界に色が付き、周囲のモノの形がはっきりとわかり始める。
凛花、もといキャラ名Linkerはゲーム開始時に一番最初に訪れる町、アリアナにいると理解した。
メニュー画面からリアル時間を確認すれば、既に0時を数分過ぎたところだ。改めて、Linkerは自分の失念に反省する。
「さて、ともかくシンを探さないとだな……」
Linkerは辺りを見回す。現実では真夜中だがそんなものは知った事じゃないとばかりに日の光のあるアリアナでは人探しならばそう難しくはない。
露店を出している者、それを見て品定めする者、仲間と共にお喋りに夢中な者。それらを一人一人見て回る。
近くのプレイヤーらしきキャラを注視すると頭上に名前が浮かぶ。有名作品のキャラの名前や記号の羅列、食べ物やオリジナルの二つ名らしきものなど珍妙な名前の中から事前に聞いておいた名を探す。
「おーいたいた」
そして、自分と同じように辺りをキョロキョロと見ているキャラを見た瞬間、名前を確認するまでもなくLinkerは進太郎だと確信する。
「よっ、進化カード」
「おおリン……Linker」
小門進太郎、キャラ名進化カードはLinkerと同じく、現実世界の顔と同じだった。
「えっと、シン……でいいかな。流石に俺そのネーミングはどうかと思うんだけど」
「はっはっはっ、リンもリンで割とまんまだと思うがな」
両者キャラ名的に問題ないと判断し、とりあえずお互いいつもの呼称で呼び合う事にした。
結局いつもとあまり変わらないのかぁと呆れ気味に笑うLinkerに進化カードは渋い顔をする。
「というか、リンも選んでしまったんだな、リアルデータ使用。まあ俺としては助かるんだが」
「ん、ああキャラメイクの事すっかり忘れててさ。シンを待たせてるしあんま時間かけるの良くないなって。探すのも楽だったし結果オーライって事で」
「……まあ、それもそうだな」
どことなく含みのある物言いにLinkerは首を傾げたが進化カードはなんでもない、とすぐに話題を切った。
「あーともかくさ、今日はもう時間も時間だしとりあえずフレンド登録だけして終わろうかなって思ってたんだよ。……えっと、どっから申請するんだったっけ」
「ああそれならだな……」
進化カードの助言通りにフレンド申請をし、登録完了した所でLinkerはログアウトボタンを探す。
「そんじゃあちょっと早いけど、今日はこのへんで……」
「いや、すまないリン。あとちょっとだけ付き合ってくれないか?」
進化カードの頼みにLinkerは止まる。顔を上げれば、真剣な表情で進化カードが見つめてきている。
リアルの表情を投影するようなシステムがあったかはさておき、そうも真摯に見られてはLinkerも断る理由は無い。むしろ断れない理由の方がある。
「ああ。いいぜシン。何するんだ?」
一緒にMSWで遊ぶために長い時間待たせてしまったのだ。自分の用件だけ済ませておしまいではあまりにも自分勝手だろう。
元より他ならぬ親友の頼みだ。よほどの事でなければ断る気すらLinkerにはない。
「いや、何するってほどでもないさ。ただ、ちょっと町の外で話でもしたいってだけだ」
「で? 何だよ話って」
進化カードの希望でLinkerはアリアナを出てすぐのフィールド、イラル平原へとやってきた。
周囲に他プレイヤーらしきキャラがいないのを確認して声をかけたのだが、それでも進化カードは渋るように唸っている。
「どしたよシン。俺とお前の仲なんだしさ、何でも言ってくれていいんだぞ?」
「そ、そうか?」
もちろん、と頷くと進化カードは再び口に手を当ててしばし唸る。
「ほんとに、何でも言っていいのか?」
「当たり前だろ。俺とシンとはもう10年以上の付き合いなんだしさ」
「怒らないか? 俺の事嫌いになったりとかもしないか?」
「んもーしつこいって。何度もシンが助けてくれた恩、今も忘れちゃいないぞ? いいから話してくれって」
桜野凛花にとって小門進太郎は親友。それだけでもはばかり無い間柄ではあるが、凛花にとってはそれだけではない。
過去、幾度となく凛花は救われてきた。進太郎はいつもそれを「気にするな」と一言で済ませたが、その時受けた恩を凛花が忘れた事は一度も無い。
だから、進太郎が困っているなら自分が助ける。見るに、恐らく進太郎は何事かを悩んでいるのだろう。だったらその力になりたい。凛花はそう考えた。
そしてLinkerの言葉に観念したのか、進化カードはようやく重い口を開き始める。
「実を言うとだな、リンに頼みがあるんだ」
「やっぱりか。いいぜシン。お前の助けになれるってんだったら俺何でもやるからさ」
「何でも、か。そう言われると心強いな。それじゃあ」
「おーおー何でも来い来い!」
ここまで言い渋っていたのだからさぞ重度の悩みだろう。いじめか、それとも何かの事件に巻き込まれたのか、はたまた借金だろうか。
借金だと自分の財力では厳しいかも……と思ったがすぐに想い改める。
すでにどんな内容だろうと力になると決めたのだ。決めた以上は絶対にやる。Linkerにだって、多少は男らしい所があるのだ。
「リン、俺と結婚してくれ!」