俺は先輩を家に呼ぶ事になりました。
「……そういうわけで、今度月光門先輩にはうちへ来てもらう事になりました」
「……ずいぶん急だね」
MSWにログインしたLinkerは開口一番にMLGへそう告げる。予想通りにだいぶ困惑した返事が返ってきた。
「うん、つまり私がリンくんの恋人か何かだと間違われているわけだ。たしかにそれでは君たちは困るだろう。ならば是非とも協力させてもらおう」
「え? 俺たちが困る……?」
言われて、Linkerは思い出した。すっかり忘れていたが現実世界では凛花と進太郎が恋人同士だと思われているのだ。
彼女と出会ったのも学校中でそれが噂されていたのが始まりであったが、訂正するのを忘れたままになっていた。
学校に広まってしまった方は今更どうにもならないだろうが、LinkerとしてはMLGには真実を知っておいてもらいたい。
「あの、ですね。長らく言いそびれてしまったんですが、俺とシンは別に付き合ってたりとかはしてません」
「えっ、そうなのか……?」
「そして、MSWの中では近々結婚する予定でもあります」
「えっ、そうなのか……?」
「シン! ややこしくなるから何も言うな!!」
嘘は言っていないが進化カードは一旦黙らせた。というかすっかり忘れていたがLinkerは進化カードと結婚するのだった。どうしよう。
いやいやしかし今はそこを悩んでる場合ではないとLinkerは一旦忘れる。
「う、うむ。つまり君たち2人は現実で近いうち結婚するがゲームの中ではそういう関係ではない、という事だね?」
「という事だね? じゃないですよ逆です逆! もうわざと言ってるでしょ先輩!」
「……確かに、今のはちょっとウケを狙いにいったよ。すまない」
謝られた。
まあ、それはおいとして、とMLGが話題を元に戻す。
「何にせよ、用件は分かったよ。明日は土曜だし、私も用事はないから丁度いいな。お母さんに明日伺うと伝えておいてくれ」
せっかくできた友人との親睦を深めるいい機会だ、とMLGは言った。
友人、と言ってもらえて嬉しい。母ほどではないが内心で喜ぶ。新しい友達の言葉に、Linkerは力強く返事をした。
「さて、明日行くのは構わないとして……親衛隊の彼女らはどうしたものかな」
MSWにおいては解決されたが現実には未だMLGの周囲を付きまとう月光門先輩親衛隊。その対策を考え始める彼女に進化カードは問題ないと切り返す。
「そこはリンの母さんがどうにかしてくれます。なんで心配はいりませんよ」
「……そう、なのか。リンくんのお母さんはそんなに強いのか?」
「あはは……、あんまり自慢するような話じゃないんですけど、そうですね」
麗は凛花を、もとい夫と2人の愛の結晶である凛花と自分達の暮らす家を守るためには手段を選ばない傾向にある。
何をしているのかは見せないし、聞いても「捕まるような事はしてないわ」と笑って言うだけだ。
まあ強いかどうかという話ならば、強い人だなあとLinkerは思っている。
「多分、先輩の事も守ってくれると思います」
翌日。麗は朝から月光門を歓迎するために準備を始めた。
こんなには食べきれないのではないかというほどの食材の下ごしらえを凛花は手伝っていると、進太郎が家に来た。
月光門が来るのは昼過ぎ。あと3時間ほどは猶予がある。それまで凛花と格闘ゲームで遊ぶつもりらしい。
料理の下準備は大体済んだのでちょうどいいと思ったが、そこで麗からおつかいを頼まれてしまった。
というわけで、凛花と進太郎は今デザートを買いに茅原町商店街近くまでやってきた。
「デザートかー。俺あんまり甘いのって食べないからどういうのがいいかわかんないな……シンはどう思う?」
「俺はドーナツが好きだな」
「じゃあ、マスタード・ナッツでいいか」
凛花はそう言って、商店街の中にあるドーナツ専門チェーン店のマスタード・ナッツに向かおうとするが、進太郎に止められる。
「待て待てリン。実はこの間商店街の裏の交差点のトコに新しいドーナツ屋ができたんだ。そっち行かないか?」
「あー、そういえばそんなチラシうちにも来てたっけ」
進太郎に言われて凛花は思い出した。シュガーフェストという名のドーナツ専門店がオープンしたというチラシを見たのだ。
店のマスコットか何かなのか、なぜか魔法少女らしきものが描かれていたのがやけに記憶に残っている。
記憶には残ったが正直怪しい感じがして行こうとまではならなかったが、まだやっているのかは無性に気になってきた。
「まあ、ドーナツならハズレでも酷い事にはならないだろうし、いっか」
「よーし、それじゃ行くか! 俺もこんな外見だから知らんお菓子屋にはいまいち入りづらくってなあ」
進太郎は厚い胸板を叩いて言った。確かに、主に女性がメインターゲットであろうお菓子屋さんにこんなのがいきなり入ってきたら悪目立ちしそうだ。
シンも色々と苦労してるんだな、と凛花は思いつつシュガーフェストへ向かう事にした。
「おおっ! もしかしてお客さん!? まじかあいらっしゃいませー!」
開口一番に来客を驚かれた。思わず凛花はパッケージ裏の時点でヤバそうな臭いのプンプンするゲームを手に取った時の顔になった。
シュガーフェストの外観は新装開店だけあって真新しく輝いてるし内装もそれなりにお洒落なものの、客は嘘のように誰もいない。
時間が悪いのかとも思うが、土曜の昼前にこれはどうなのだろう。
凛花は微妙な顔をするが、進太郎は新しい店のラインナップを見て回っている。少なくとも凛花よりは楽しんでいるようだ。
「おいリン凄いぞ! 煮干しのダシを練り込んだ煮干しドーナツなんてものがある!」
「ふふんそいつは店長謹製の一品だ! うちは他にも食べられるドーナツもいくつか作ってるんだぜ!」
到底ドーナツと組み合わせてよさそうだとは思えない味のドーナツに進太郎は目を輝かせている。そして男性店員はそれを誇らしげに説明する。
そこで凛花は思い出した。進太郎の勧めるものは、どうしてか世間の評価からかなりズレているものばかりだったと。
大体の場合は光る要素があるのだが、それを補いきれないほどに悪い部分が目立ちすぎる。今回もそんなところだろう。
というか、なぜドーナツ屋のドーナツに「食べられる」と頭につける必要があるのか凛花には理解できない。と思って軽く見回すと、鉄パイプを円形に曲げたものが乗った皿に「ドーナツ(鉄パイプ)」と書かれたプレートが値段付きで置かれている。なるほど、これは確かに食べられない。
いやいや、確かに食べられないけどなんでこんなものを店頭に並べてるんだ!? と内心ツッコミを入れた凛花に店員が話しかけてくる。
「いやあ、それにしても君ら運悪いね。もう少し早く来ればウチの可愛い店員さんに会えたのに」
「……へえ、もう帰っちゃったんですか?」
この店に来てしまったのが一番の悪運だ、と言いかけたが心にしまっておく。凛花にはおふざけで経営しているようにしか見えないが、店側としては真剣かもしれないから。
「いや、外で仕事があってね。どのくらいかかるかはまちまちだからいつ帰ってくるかはわかんないかな。……ま、それはそれとしてドーナツ食べてってよ。ほらここの新商品コーナーは試食もできるから」
「……あの、金ピカのがあるんですが」
手で示された所に試食品は5種類ある。そしてその内1つはなぜが黄金色に輝いている。
「あー、それは見なかった事にしといて。食べられないやつだから」
「食べられないやつがなんで試食コーナーに!?」
気を取り直して、凛花は他のドーナツの切れ端に目を向ける。真紫色のと、真っ青のと、真っ黒のと、普通のキツネ色のドーナツ。
始めから選択肢が無かった。
食べ物にあっていいのか疑問な色のドーナツには目を向けず、凛花は普通のドーナツの切れ端を口に放った。
……おいしかった。生地に染みたハチミツの甘さに続き、ほのかにバターの香りが広がる。
「……おいしい」
「それは俺の作ったハニーバタードーナツだ、他のみんなは奇抜な方向に走ってこういう真面目なの作ろうとしなくってねー」
そこからしばらく他の従業員への文句が続くが、凛花は聞き流した。これほんとにおいしいな、母さんの分も買って帰ろう。
4つほどこのドーナツを買うと決めた凛花の元に、1人で品定めしていた進太郎が戻ってきた。
「リン! 見ろよこれ! この真っ赤なハバネロドーナツ! 俺これに決めたよ!」
「そ、そっか。良かったな」
進太郎は嬉しそうに血のように赤いドーナツを取り皿に乗せて見せに来た。
自分で食べる用なので凛花もとやかく言わないが、月光門が間違って口にしないよう袋は分けてもらおう。
「ところで、今の試食の他のってどんな味なんです?」
「うん。紫が濃縮ムラサキシメジドーナツで黒が岩海苔ドーナツ、青は海外で売ってた原料不明の青食紅ドーナツで金のはそのまんまドーナツ型の金だよ」
「……」
当たり外れの幅のでかさに思わず絶句する。
ハニーバタードーナツ目当てにここに来てもいいかも、と思い始めていた凛花の考えは揺らぎ始めたのだった。




