俺はこれまでの事を振り返る事にしました。
ついにこの日がやって来た。
MSW最終ストーリークエストの追加アップデートの日が。
自室で一人、パソコンを起動して公式HPを見ながら彼はそれを実感する。
それは長くもあり、短くもあった一つの冒険の終わり。ゲーム自体はまだまだ続くが、これも一つの区切りの時。
このゲームを通じて少なくない数の友人ができたし、いくつもの想い出が生まれた。
思い起こせば、一生忘れないであろう記憶を昨日の事のように思い出せる。
ふとモニターに視線を向けると、アップデート完了まではあと数時間はかかるようだ。
改めて、ここまでの道は長く、それでいて短かったなあ、とため息をこぼす。
アップデートが終わるまでの間、折角だからこれまでの出来事を思い出してみようと思い、彼はここに至るまでの話を改めて振り返ってみる……
「なあリン、ネトゲやろうぜ!」
N県の茅原高校に通う一年生の桜野凛花は学校からの帰り道に同じ学年の古くからの親友、小門進太郎に唐突にそう言われた。
「急だなシン……」
見上げながら凛花は呟く。170をゆうに超える進太郎とはそうしなければ顔を合わせて喋れないのだ。
とても同い年には見えない体格差に凛花は時々進太郎を羨ましく思う。
「おぉ、乗り気じゃないなリン。俺のオススメが今まで外れた事なんざ無かったろうに」
「そうだっけか? 後で評価調べたら大体クソゲー扱いだった気がするんだけど」
ちょっとしたあだ名で互いを呼び合うほどには長年の付き合いではあるが、思い返した限りでは進太郎のオススメというのはどうも一般的には酷い評価のものが多かったように凛花は思う。
「まぁそんな事もあったやもしれんな。だが今回は心配いらないぞ。攻略Wikiによるとそこそこ人気があってそこそこ人のいるそこそこ楽しいオンラインゲームという話だからな!」
「ずいぶんとまた中途半端な評価受けてるなそのゲーム……」
あまり楽しくはないのではないだろうかと凛花は困惑したが、その後も続く進太郎の内容紹介を聞けば、確かにそこそこ面白そうではあった。
最近一般化し始めたVR技術を駆使したオンラインゲーム。それ自体は進太郎が推しているもの以外にいくつか人気タイトルはあるが、基本有料だったりパーティを組むのが前提の難易度だったりで、学生で人付き合いが苦手の凛花には気が引ける部分が多く今まで手を出しては来なかった。
が、進太郎の話ではそのVRゲーム、ミリオンスターワールドは基本無料、一部の強敵等を除けば単独でもどうにかなる程度のバランスというだけでかなり興味も湧いてきた。
「とまあそんな感じで、俺的にも面白そうな要素とか結構あったし、よかったらリンとも一緒に遊んでみたいなー、って思ってさ」
そして一番の決め手はこれだった。
オンラインゲーム自体は一人でも遊べる。しかし、一緒にパーティを組む仲間がいなければとても味気ないものになってしまう。
一人で遊ぶにしても、チャットを交わせる誰かがいなくてはすぐに飽きてしまうだろう。そんな考えの凛花としては唯一にして最長の友である進太郎が遊んでいる、と聞けばもはや返事は決まっていた。
「そうだな、わかったよシン。帰ったら早速ダウンロードするよ!」
「長い……」
パソコンの画面を眺めながら凛花はまあある程度は分かっていたがため息を漏らした。
リリースから既に半年は経過しているミリオンスターワールド、略称MSWはダウンロード完了まで3時間はかかる代物だった。
残り時間はあと1時間半ほどではあるが恐らくこの後に追加のアップデートファイルなどのダウンロードもある事を考えるとそこから更に30分から1時間はかかると考えるべきだろう。
進太郎にはメールで状況を知らせているので待ちぼうけを食らわせる心配はせずとも良いが、明日も学校は休みではないので遊べても1時間に満たないなと出鼻をくじかれたような気分に凛花のテンションは落ちる。
VRゲーム用のヘッドセットを見て凛花は再びため息を吐く。
「仕方ない事だけどさー。まいいや、公式でも見とくかな」
このままダウンロード状況を眺めるだけでは味気なさすぎる。ひとまず凛花はMSWの公式ホームページにアクセスしてゲーム性やストーリーなどの確認をする事にした。
『はじめまして! 私はジェリフェル! 私と一緒にミリオンスターワールドの事を学んでいきましょう!』
そう書かれた吹き出しの横に触覚と羽の生えた金髪の少女らしきイラストがトップに来る「ゲームのあそびかた」を凛花は開いた。
操作の自由度がかなり高い、という点を除けば後は他のネットゲームでよくあるようなシステムの解説ばかりだったので途中で読むのは止めた。
次に職業の説明を見る事にした。が。
「うわ、長っ!」
一瞬でスクロールバーが米粒のようなサイズに変わった。
ダウンロード完了までの時間つぶしではあるが、こうも膨大な量を示されるとそれはそれで凛花は読む気をなくしてしまうタイプだった。
そして、その一番上の説明は「ミリオンスターワールドでは、さまざまな職業に就くことができます」という一文から始まっている。
イラストと共にの紹介らしいので凛花の想像よりは少ない総数だろうが、それでも全てを見るにはかなりの時間を要しそうだ。
「……さ、さて、ストーリーでも見ておこうかなー……」
とりあえず戦士系の職を選んでおけば間違いはないだろうと凛花は読むのを諦める。
気を取り直して、MSWの物語を確認する事にした。
もしかしてこっちもかなり長いのでは、と心配したがこちらは大丈夫だった。スクロールせずに全て読める程度。
〝全ての人々が自由に言葉を交わし、協力し合って生きていた世界。
ある時人々は神と同じ場所へ至るための果てしなく高い塔を作る事を決意した。
長い時を経て塔は無事に完成し、人々は神の姿を見る。
神とは、一つの巨大な星だった。
神の本当の姿を目にした人々だが、今までと変わらぬ信仰を捧げようと決めた。
しかし完成した塔に悪い神が現れ、神を砕いてしまう。
百万の欠片に分かたれた神は地上へ降り注ぎ、そこへ住まうあまたの生物に宿った。
神は砕かれ、もたらされていた恩恵は消えたが、欠片を宿す者には特別な力が与えられた。
そして神の欠片を宿した者たちは、その全てを一つに集めるべく旅に出る。
再び、神を復活させるために――〟
以上の内容だった。
多人数参加型のゲームとしてはあまり珍しくもない話だが、凛花は好きだ。だいぶワクワクしている。
その後ある程度公式の内容を見て回りモチベーションを高めた凛花がちらとダウンロード状況を確認すると、既に95%ほどが完了していた。
「おおっ、これはもうすぐできそうかな」
が、ウインドウを拡大すると残り時間が突如増加し、そこから更に20分ほど待つ事となり、凛花は叫びたい気分になったが既に寝ている親を起こさないようにこらえた。