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短編:学生に理想郷などまだ早い

作者: 大久保周

 学園ものというよりテストの期間中の話です。短いけど蘭の性格や可愛さが出てると思います!

 学生さんには息抜きという感じで共感してもらえたらと、大人の方には懐かしいなと思ってもらえたならば嬉しいです。

 今日から四日間、地獄が始まる。


 白黒のプリントに新しく黒が足されていく。暫くすれば赤も足されるだろう。それがどのように足されるのかなんて今はまだ分からないけれど、いずれは知ることになる。

 日差しが照りつけて本格的に夏になってきた今日この頃。窓を全開にしても心地のよい風を感じることはなく、じっとりとした空気が教室中に蔓延する。そんななかで今まさにテストが行われているのだ。


 校内は静まり返り、ただカリカリとシャープペンシルが動く音だけが機械的に流れている。静寂に、というよりも時間に支配されている生徒達の心中は皆全て同じであるというわけではないが、やはり心穏やかとは言えないだろう。

 この状況になってからおよそ五十分が経った頃、それぞれの教室で終了の合図が伝えられた。

その中のとある教室に、緊張の糸が解れて即座に机に突っ伏した女子生徒がいた。

 彼女の名は舞川(まいかわ)(らん)。動かないところを見ると、今行われたテストの出来が相当に悪かったのだろう。


「蘭、大丈夫か?」

 蘭の頭をぺちぺちと叩きながら、後ろの席の眞栄田(まえだ)宏大(こうだい)が笑いかけてくる。幼馴染みで互いに気心が知れているからこそできる行動だ。そうやって蘭をからかう宏大の機嫌が良いのは明白。テストの出来が満足できるものだったようだ。


「宏大はいいねー……。頭良くてさー……」


 少しだけ見せた蘭の顔色は血の気が引いて青白かった。とんでもなく怖いホラー映画を観てきたかのようだ。いや、それよりもそのキャストと表す方が正しいだろうか。思わず「うおっ!」と声を出してしまった宏大に非はないはずだ。

「……本気で大丈夫か?」

「ねぇ、何で英語なんてあると思う?」

 宏大の問いかけには問いかけが返ってきた。うつむいていた蘭はゆっくりと顔をあげるながらいつもより低い声を口にする。


「一億歩譲って英語があっても良いとしよう。でも、何で英語なんてやらなければいけないのさ。日本語だけで良いじゃあないか」


 そんな言葉を聞いた宏大は「聞くんじゃなかった」と言いたげな顔をした。

 今行われたテストはコミュニケーション英語1。蘭が最も苦手とする英語だ。対して宏大にとっては最も得意とする教科である。だから宏大はなぜ蘭が英語を理解できないのか分からないのだ。「英語は毎日こつこつとやってれば点が取れる簡単な教科である」とは宏大の持論である。

 しかしながら蘭は勉強を毎日こつこつとやれるほど利口で計画性のある人間ではない。むしろ直前に溜め込んでテスト後に記憶が霧散するようなやり方をする。


「まあまあ、思い返してみろよ。今までのテストではいつもよりもいい点が取れたんだろ?」

 宏大のその言葉に、蘭はテストの日々を初日から順に思い返してみた。


 ◇◇◇◇◇◇


 一日目


 テスト初日の教科は数学A。蘭が、ワークの提出日が試験当日だったのにも関わらず、全くやってなくて宏大に泣きついていた。

 前日の夜の九時に気づいて隣の家のドアを叩きまくったのはまだ蘭の記憶にも宏大の記憶にも新しい。結局十一時半になって蘭の母が引き取りに来るまで蘭は勉強付けだったのだ。


「十二時頃に蘭の声が聞こえたときには呪いかと思ったんだぞ」

「ごめん、ごめん。全然終わらなくて」


 一時頃までワークを解いていたが、結局終わらないまま学校に来てテスト前にしばらくワークの残りを解いていた蘭。といっても残りのページ数は少なかったのでギリギリ完成したのだが。

 その調子のままテストを受けたので、それはもう今までに無いくらいの点数を取れたことだろう。


 二日目


 二日目の教科は科学基礎と英語表現1だった。科学基礎は覚えるの面倒だなーと思う蘭だが、物質の構成や分解などに興味があるので意外と点は取れる。問題は英語表現1だ。知っての通り蘭は英語が大嫌いだから、何週間も前から日々の勉強に加えてテスト勉強をしていた。……というのに、解けないのだ。

 まず単語が覚えられない。こういう単語があったなとは思うのだが、スペルミスが酷い。科学基礎で多くの物事が覚えられているのが信じられない程だ。どれだけ単語帳を捲っても、どれだけ単語を書き綴っても、一晩眠れば全てが抜け落ちる。

難しい文法が覚えられないことも点数が伸びない要因だろう。

ただまあ、今回ばかりは中学校の復習だったので普通よりはとれてるだろう。


「英語は無理、共通語を日本語にすればいいのに」

「いや、それは無理だろ」

「分かんないじゃん、そんなの」


 手遅れな感じだが、いつかきっとなんとかなると信じる宏大であった。


 三日目


 三日目は国語総合である。国語は別に得意でも何でもない。なかなか点が上がらないが落ちることもない。どちらかといえば宏大の方が苦手な感じだ。まあ、教わろうとしても蘭の気合い論を当てにすることは出来ないのだが。


「国語は気合い!」

「なぜそれでできるのか意味が分からん。そういうところはある意味すごいよな」

「おおぅ! 宏大がデレたー!」

「殴んぞ」

「ちょいとふざけました。ごめんちゃい」


 苦手と言っても勉強をすれば、七十点くらいは取れるのだから良いだろう。自分の母国語だからこそ普段の言動をもとに考えてしまい、点が取れないのだ。要するに意識しすぎなのである。


 ◇◇◇◇◇◇


 昨日の教科までを順に思い返し、今日に戻ってきた二人。四日目、つまり今日である。先程受けたコミュニケーション英語1とこれから受ける数学1が今日のテスト科目だ。ついさっき終ったコミュニケーション英語1の結果については言わずもがな。


「うーん。いい点数を取れてるかも知れないけど、こう考えると私ってやっぱりダメダメだなぁ」

「今さら気づいたのかそれ?」


 自分たちで起こした冷たい空気のなかで談笑するというある意味すごいことをしている二人の耳に、聞き慣れたチャイムの音が鳴る。それは休み時間終了の合図であり、次のテストの始まりを予知するものでもあった。

「席につけ。プリント配るぞー」

 テストの監督役として来た担任の声に慌てて座る生徒達。その人影のなかには宏大の姿もあった。そして座る直前に。


「じゃあ最後のテストだし」

「いっちょ頑張りますか!」


 それは自分に対する鼓舞の言葉であり、相手に対する激励の言葉であった。二人の口許には軽い笑みが乗せられていたが、どうやら二人は自分の笑みに気づかないほどの無意識の行為として行っていたようだ。

 暫くし、再びのチャイムの音とともにテストの開始が告げられる――。


 ◇◇◇◇◇◇


「テ・ス・ト・しゅーりょおーー!!!」

「うるせえよ。蘭、大声出しすぎ」

 思わず大声で換気の声をあげる蘭。担任の注意も今はその耳に届かないようだ。耳を塞ぐ仕草をしながらも苦笑いを浮かべる宏大はそんな幼馴染みを慈しむように見ていた。二人ともやりきったという気持ちが溢れていていかにも幸せそうだ。回りの空気も数学1のテストが始まる前とは大違い。やっと日常が戻ってきたようだ。

 そろそろ大騒ぎしている蘭が煩くなり始めたのか他の生徒も会話に混じってきた。大袈裟だが、小説の中の戦争が終結したと知った人々のようだと蘭は思った。それだけ嬉しかったのだろう。

――だが、幸せは長く続かなかった。


「あー、盛り上がってるところ悪いが、うちの学校は三期生だから来月またテストあるぞ?」


 空気が固まるという表現はこの時のためにあったのだろう。そして担任は全身を刺すような精神的な痛みに苛まれた。事実を言っただけなのに耐えられないような居心地の悪さを味わった担任は今回ばかりは生徒に恨まれても仕方がないだろう。


 特に、舞川蘭という名の生徒には。


「う、嘘ですよね先生」

 担任の言葉を必死に否定する蘭だけは宏大を含む他の生徒とは違った思いを胸に抱えていた。蘭以外の生徒は「何故今それを言う!」といったような空気を読めない発言に対する憤りだが、蘭は、蘭だけは、「そんなのは嘘だ!」というあり得ない発言を否定するように懇願しているのだ。

「何を言っているんだ舞川。一年間の予定に載っていただろうが。確認していなかったのか?」

 呆れたように笑う担任と壊れた時計のように固まる蘭。


「いやぁぁぁぁぁああああ!!!」


 一瞬の間をおき、つんざくような悲鳴が響き渡る。それは蘭にとって夢見た理想郷が一瞬で壊れたための破壊音だった。

 舞川蘭の真の幸福は何処にあるのやら……。


 蘭はどうでしたか? 共感できるとか懐かしいなと思ってもらえましたか?

 初の短編なので結構緊張しますが、誤字脱字報告とともに感想などを大募集しています!

 読了感謝。

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