第二話「魔法都市を目指して」
母から頂いた首飾りは、モンスターの魔法を習得する物だった。
こんな優れたアイテムを俺が使っても良いのだろうか。
何度魔法の練習をしても、一度も魔法を使えなかった俺が、モンスターの魔法を覚えられるとは都合が良い。
この首飾りは、装備している間にのみ魔法を使えるのだろうか。
俺は首飾りを外した状態でもメテオストライクが使えるのか試してみる事にした。
首飾りを外そうとすると、留め具が非常に強い力で締まっており、びくともしない。
外れないな……。
一度装備すると外せない魔法道具なのだろうか。
『その首飾りは外せないよ』
何だ? 今の声は?
俺の頭に直接話し掛けて来るような声が聞こえた。
「どこだ!」
辺りを見渡しても誰も居ない。
確かに声が聞こえた気がしたのだが……。
『その首飾りは、ベルギウスの首飾りという精霊の秘宝。私、精霊の錬金術師、ジェラルド・ベルギウスが製作した魔法道具だ』
「え? 魔法道具?」
『そうだ。効果はもう分かるだろう? 倒したモンスターの魔法を習得する力がある』
「この声はどこから聞こえているのですか?」
『私は二百年前にモンスターの襲撃に受けて命を落とした。今は墓の中から君の意識に直接話しかけている』
「墓の中からですか……」
『そうだ。この首飾りを最後に装備した者は、大魔術師として数多のモンスターを討ち、民を守り続けた。君はこの力をどう使うだろうか……』
「俺は……魔術師になりたいんです!」
俺がそう宣言すると、首飾りは返事をするように柔らかな光を放った。
まるで父さんや母さんの様な優しい魔力を感じる。
これがベルギウス氏の魔力なのだろうか。
『この首飾りは生まれつき魔法を使う力を持たない、虚無の属性を持つ者のために製作した。君の様な者が使うためにな』
「虚無の属性を持つ者のためにですか?」
『うむ。これから大切な事を君に伝えよう。この首飾りの力を君に授ける代わりに、私の願いを聞いてくれないだろうか』
「はい、何でも聞きます!」
人生で十五年間、俺は一度も魔法が使えなかったんだ。
この力をこれからも継続して使用出来るのなら、俺は何だってする。
『君はフォルスターという村を知っているだろうか? 私が生まれ育った村なのだが、モンスターの襲撃を受けてから誰も寄り付かなくなってしまった。今では悪質なモンスターが蔓延る廃村と化している。どうか、私が愛した村を再生してくれないだろうか?』
「村を再生ですか?」
『うむ。村の権利は魔法都市グロスハイムに住む、グレゴール・アイクという者が持っている。首飾りの力を授かる代わりに、村の権利を買い取り、フォルスターを再生してはくれないだろうか』
とんでもない条件を提示されてしまった。
まず、村の権利をどうにかして買い取り、村に蔓延るモンスターを駆逐する。
それからどうにかして村を再生する。
果たして俺にそんな事が出来るのだろうか?
そもそも、村の権利を買うなんて、どれだけのお金があれば良いのだろうか。
皆目見当もつかない。
『村の権利を所有するグレゴール・アイクという男なのだが、かつては名の通った商人だった。五年前に取引で失敗し、多額の借金を抱えている。これは俺の予想だが、フォルスターを買い取るのに殆どお金は必要無いだろう』
「それはどうしてですか?」
『モンスターの棲家と化している廃村には何の価値も無いからだよ。価値がないから放置されている。二百年もの間な……』
「価値が無いだなんて。ベルギウスさんの故郷なのでしょう?」
『そうなのだが。今では冒険者も寄り付かない朽ち果てた村だよ。悪質なモンスターの棲家になっているのだ』
挑戦してみようか。
ワクワクしてきたな……。
上手くいけば、首飾りの力を得る事も出来て、フォルスターの土地まで手に入るんだ。
やってみよう……。
「その条件、飲みます。ベルギウスさん。俺がベルギウスさんの故郷を再生します!」
『ありがとう……精霊の彫金師、ジェラルド・ベルギウスの名によって、この者にベルギウスの加護を授ける。私が愛した村を頼んだぞ……』
「お任せ下さい!」
瞬間、首飾りが強く光り輝いた。
俺の意識からは、ベルギウス氏の声が消えた。
これで契約は完了したのだろうか。
ベルギウスの加護か……。
殺害したモンスターの魔法を習得する、反則的な加護だ。
この力を使ってフォルスターという廃村を再生させなければならない。
まずはグロスハイムに向かおう。
グロスハイムの魔術師ギルドで魔術師として登録をした後、グレゴール・アイクという男を探す。
男がどれくらいの金額を提示してくるかは分からないが、時間を掛けてフォルスターの権利を買い取れば良い。
気長に頑張ろう……。
まずは、自分自身に与えられた加護の力を使い、次々と魔法を覚えよう。
俺はグロスハイムに向かいながらモンスターを探し、倒して回る事にした。
ゴブリンのような武器や防具を装備するモンスターなら、戦利品にも期待出来る。
アイテムを集めてグロスハイムに持ち込んで売れば、少しはお金を作れるだろう。
しばらくはグロスハイムの安宿に滞在しながら、グレゴール・アイクの居場所を探す。
フリッツ村から魔法都市グロスハイムに向かう道を進む。
まさか俺が魔法を使える様になるとは思わなかったな。
これも俺に加護を与えてくれた精霊の彫金師、ジェラルド・ベルギウスという方のお陰だ。
この力を生かしてモンスターの魔法を覚え、剣の練習もしながら魔術師を目指す。
希望が見えなかった人生に、一筋の光が差し込んだようだ。
暖かい日差しが差し込む森の中を歩いていると、一体のゴブリンを発見した。
赤色の皮膚で角が生えている。
ゴブリンの亜種、ファイアゴブリンだ。
その名の通り、ファイアの魔法を使いこなすゴブリンだ。
これは都合が良い。
新しい魔法を覚える良い機会だ。
ファイアゴブリンは森の茂みから飛び出して襲い掛かってきた。
右手に炎を溜め、俺に向けて魔法を唱えた。
瞬間、弱い炎が俺の頬をかすめた。
危ない……。
俺は急いでブロードソードを引き抜いた。
ファイアゴブリンは腰に差しているダガーを左手で抜くと、ダガーと魔法攻撃を交互に繰り出してきた。
俺はファイアゴブリンの攻撃をブロードソードで受けている。
ファイアゴブリンは通常のゴブリンよりも魔力は高いが、力は弱い。
俺は左手に魔力を込めた。
借りるぞ……メテオスライムの魔法!
「メテオストライク!」
左手を頭上高く上げると、遥か上空には炎を纏う岩が現れた。
ファイアゴブリンがダガーで斬り掛かろうとした瞬間、メテオがファイアゴブリンの頭部に直撃した。
強烈なメテオの一撃により、ファイアゴブリンは一撃で息絶えた。
「勝てたか……」
やはり魔法が使えるのは爽快だ。
自由に魔法を使える事がこんなに楽しいとは!
ファイアゴブリンが倒れた瞬間、体からは赤い魔力の塊が抜け出した。
魔力の塊は俺の体に吸収されると、体内にファイアゴブリンの魔力が流れてきた。
これで新しい魔法を覚えたのだろうか?
俺は左手に炎を作るイメージで魔力を込めた。
「ファイア」
魔法を唱えた瞬間、俺の手のひらには小さな炎が現れた。
これは良い……。
最高の気分だ。
倒せば倒すだけ魔法が覚えられるのだからな。
俺は息絶えたゴブリンの荷物の中から、ダガーを頂戴する事にした。
鋼鉄のダガーだろうか、短くて使いやすそうだ。
それから更に荷物を確認してみると、お金が入った袋が出てきた。
お金まで持っていたとは。
きっと人間を殺めて奪ったのだろう。
ゴブリンの所持金は三ガルドだった。
ちょうど堅焼きパンが三つ買える金額だ。
この大陸の貨幣は全部で四種類。
一ガルド銅貨、十ガルド大銅貨、百ガルド銀貨、千ガルド金貨。
俺が今回の旅のために集めたお金は全部で五百ガルドだ。
両親が営む店の手伝いをして、コツコツと貯めてきたお金だ。
当分の宿代には困らないだろうが、積極的にモンスターを狩って戦利品を集めなければならない。
この辺りにファイアゴブリンが居たという事は、近くにゴブリンの巣でもあるのだろうか。
ゴブリン族は基本的に集団で行動する。
巣を見つけ出して叩けば、もしかすると大量の戦利品を獲られるかもしれないな。
俺はファイアゴブリンの足跡を辿りながら、森の中を進んだ。
深い森の中を、ファイアゴブリンの小さな足跡を追いながら歩いていると、俺はついにゴブリンの巣を発見した。
モンスターの皮から作られたテントが三つ並んでいる。
テントの前には、ファイアゴブリンとゴブリンが二体ずつ居る。
四体のゴブリン達は昼食を摂っているのだろうか、大きな鍋を囲み、お酒を飲みながら楽しそうに食事をしている。
モンスターもお酒を飲むのだな。
しかし、敵が酒に酔っているとは都合が良い。
俺は茂みに隠れたまま、攻撃を仕掛ける事にした……。