第十八話「幻の指輪」
「アンジェラさん、ティファニーさん。これからモンスター討伐に出ようと思うんですが、何か討伐しなければならないモンスターは居ますか?」
「そうね。実はアルフォンスに討伐を依頼したいモンスターが居たの」
アンジェラさんがカウンターに一枚の羊皮紙を置いた。
羊皮紙には首のない鎧の体のモンスターが描かれていた。
一体どんなモンスターなのだろうか。
「今回の討伐対象はデュラハン。推定レベルは20。グロスハイムから北に十日程進んだ位置にある遺跡で生息が確認されているモンスターなの」
「デュラハンですか?」
「ええ。強力な魔力を持つモンスターが死後、鎧に取り憑いて周辺に生息するモンスターを見境なしに殺めているの」
「え? モンスターがモンスターを殺害しているんですか?」
「そうなの。デュラハンが殺害しているのは、主に人間にとって害のある闇属性のモンスターが多いのだけど、人間と共存している聖属性のモンスターも殺害しているという情報が入ってきたの」
モンスターを殺すモンスターが居るという事は、俺自身がゲオルグと共に暮らしているから珍しい事では無いが、ゲオルグがモンスターを殺害するのは、人間の俺と手を組んでいるからだ。
「私やアルフィンスが生まれる遥か昔から、遺跡に訪れた冒険者を癒やす神聖なモンスターが居たの。聖属性レベル30、ユニコーン。回復魔法や補助魔法に特化したモンスターなのだけど。デュラハンは遺跡の守り手であるユニコーンまでも殺害してしまった」
「今回はそのデュラハンというモンスターを討伐すれば良いんですね?」
「そういう事よ。このクエスト、受けてくれるかしら?」
「はい、お任せ下さい。俺に投資して下さったティファニーさんのためにも、グロスハイムのためにも、俺がデュラハンを討ちます」
クエストの報酬は500ガルドだ。
借金を支払って頂いた上に、モンスター討伐の報酬まで貰うのは、なんだか人として間違っていると思ったので、俺は仲間にクエストの報酬を受けずにモンスター討伐を行いたいと伝えた。
グレゴールさんは金銭が発生しない無償の奉仕は反対だと言ったが、リーゼロッテとララは俺の意思を尊重してくれた。
ギレーヌに関しては、討伐対象のモンスターとレベルが離れすぎているので、今回のクエストには参加しない事になった。
遺跡までは共に移動し、道中のモンスターとの戦闘には参加するが、遺跡内でのデュラハンとの戦いには参加しないのだとか。
話し合いの結果、グレゴールさんとギレーヌは遺跡の外で待機。
俺、リーゼロッテ、ララがデュラハンに勝負を挑む。
ゲオルグはこの場に居ないので意思を確認できないが、ゲオルグは強い敵と戦う事が大好きだ。
彼がデュラハンとの戦闘を拒否するとは思えない。
後でゲオルグの意思を確認してみよう。
「ティファニーさん、アンジェラさん。デュラハンの討伐クエストを受けさせて頂きます。ですが、報酬は頂きません」
「それはだめよ、アルフォンス。さっきも言ったけど、魔術師ギルドは経済的に余裕があるの。遠慮なんてしなくていいわ」
「しかし、俺はティファニーさんに三万ガルドもの大金を投資して頂きました。モンスターを討伐する事によって、魔術師ギルドに少しでも貢献出来るのなら、別に俺は報酬は必要ありません。クエストの報酬以外にも、俺達はお金を得る手段があるので、どうか無償でクエストを受けさせてくれませんか」
「そうね……分かったわ。全くアルフォンスは欲が無い男なのね」
「ありがとうございます。今回のクエスト、必ず成功させます!」
俺はギルドカードをアンジェラさんに渡し、正式にデュラハン討伐のクエストを受けた。
ギルドカードには討伐対象のの名前が記入された。
これで良いんだ。
俺はもうグロスハイムの魔術師ギルドからはお金を受け取らない。
お金は自分の力で作る。
幸い、俺達にはギレーヌとグレゴールさんが居る。
ギレーヌはモンスターの素材と金属さえあればアイテムを作れるのだから、俺達はアイテムの販売で生計を立てれば良い。
「アルフォンス。これは私からプレゼントよ。きっと必要になると思うの」
アンジェラさんが差し出したのは、マナポーションが入った袋だった。
これはありがたい。
今回の旅で使い切ろう。
魔力の自然回復を待つ時間が勿体無いからな。
「このマナポーションはモンスター討伐に向かうメンバーに対して、無料で配布しているの」
「本当にありがとうございます! アンジェラさん」
俺はアンジェラさんの手を握ってお礼を述べた。
暖かくて優しい魔力が流れてくる。
マナポーションがあれば効率良く魔法の訓練を行えるからな。
クエストを受注した俺達は、すぐにデュラハン討伐のための準備を始める事にした。
遺跡までの移動に必要な食料と、ギレーヌの溶解炉を運ぶための馬を用意しなければならない。
流石に大きな溶解炉を担いて片道十日の距離は移動出来ないからな。
食料の準備はララ、ギレーヌに、馬の調達はグレゴールさんにお願いした。
俺はリーゼロッテとエキドナを連れて、ファッシュさんが営むモンスター屋に孵化を報告しに行く事にした。
エキドナは相変わらず俺の胸元で心地良さそうに眠っている。
上半身は人間なのだが、下半身は蛇だ。
不思議なモンスターだな……。
俺は鞄から堅焼きビスケットを取り出してエキドナに差し出すと、つまらなそうに顔を背けた。
「アルフォンス。多分この子は肉が好きなんだと思うよ。なんだか私に似ている気がするの」
「肉か……」
「そう。沢山食べさせてあげてね。私達の仲間なんだから」
「わかったよ、リーゼロッテ」
鞄から乾燥肉を取り出してエキドナに差し出すと、エキドナは小さな手で乾燥肉を掴み、ゆっくりと食べ始めた。
リーゼロッテの育成も終えていないのに、新たなモンスターを育てる事になるとは……。
ゲオルグもモンスターだが、彼は非常に知能が高く、他人に依存しないので、付き合いやすい友達の様だ。
最近、パーティーのメンバーの増加が激しいな。
一人で始めた旅が、これ程大きなパーティーになるとは思わなかった。
これもソロモンの指輪のお陰だろう。
モンスターと意思疎通出来るこの指輪は、俺にとっては非常に価値がある。
美味しそうに食事をするエキドナを見ながら町を歩いていると、ファッシュさんの店に到着した。
店の扉を開けると、ファッシュさんが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「アルフォンス! 久しぶりだな。その子が卵の中身かい?」
「はい! ドラゴニュートのリーゼロッテです」
「随分逞しく成長したんだな。まさか卵の中身がドラゴニュートだったとは」
「この子は性格も良いし、何より魔力も高いんですよ。新しい魔法だってすぐに覚えてしまうんです」
「うむ。ドラゴニュートは生まれながらにして高い知能と魔力を持つモンスターだからな。大切に育てるんだぞ」
「はい! 俺はこの子を自分の家族だと思っています、最高の仲間が出来て嬉しいですよ、これもファッシュさんが卵を売って下さったお陰です。ありがとうございました!」
「そんなに喜んで貰えたなら俺も嬉しいよ。ところでアルフォンス……その胸元に居る人間の様な生き物は……?」
ファッシュさんは俺の胸元で気持ち良さそうに眠っているエキドナを指差した。
「この子はエキドナですよ。魔術師ギルドのマスター、ティファニー・キルステン氏から頂いたんです」
「エキドナ!? 蛇と人間の中間種。ドラゴンにも勝る魔力を持つ幻のモンスターだ。こんなに希少なモンスターをお目に掛かれるとは……」
「グロスハイムにはエキドナの言葉を理解出来る育成師が居ないので、俺に白羽の矢が立ったみたいですよ」
「エキドナの言葉まで理解出来るのか?」
「ええ。実は……」
俺はファッシュさんにソロモンの指輪の効果を話した。
ファッシュさんは俺の指に嵌っている指輪を見つめながら、静かに語り始めた。
「ソロモンの指輪か……幻のアイテムだと思っていたが、本当に存在したとは。全てのモンスターの言語を一瞬にして習得出来る魔法道具。羨ましくもあるが、その指輪は使い方を間違えればたちまち命を落とす」
「え? どうしてですか?」
「モンスターの言葉が理解出来るのは素晴らしい事だが、悪質なモンスターから目をつけられれば、たちまちモンスターに囚われて道具にされてしまうだろう。グロスハイムの様な都市を狙うモンスターは多い。聖属性以外の大半のモンスターは、人間が納める土地を略奪しようと目論んでいる」
人間も敵国の兵を捕虜にして情報を聞き出したりするからな。
モンスターの言語が分かり、都市の構造や使用する武器、魔法を知る者が居るとなると、モンスターは俺を標的にするだろう。
悪質なモンスターに捕まらない様に気をつけなければならない。
「アルフォンス。ソロモンの指輪を所持している事は、今後誰にも話すでないぞ。人間の中にもその指輪を欲しがる者も居るだろう。特殊な魔法道具を持つ者は、いつの時代も命を狙われるのだ」
「気をつけるようにします。ご忠告ありがとうございます! ファッシュさん」
「うむ、素直でよろしい!」
店内で俺とファッシュさんの会話を聞いていたガーゴイルは、久しぶりに俺に近づいてくると、俺の肩の上に飛び乗った。
「久しぶりだな、人間」
「ああ。久しぶりだね、ガーゴイル。ファッシュさんとは上手く行ってるかい?」
「うむ。ここの暮らしは良いものだ。毎日新鮮な食事を食べられるし、時間が穏やかに過ぎてゆく。俺はこんな生活を求めていたんだ」
「それは良かったね」
俺はガーゴイルの言葉をファッシュさんに伝えると、ファッシュさんは嬉しそうにガーゴイルを抱きしめた。
なんだかこの二人は良い関係だな。
俺もファッシュさんとガーゴイルの様な良好な関係を築きたい。
幼いエキドナとリーゼロッテに愛情を注いで育てなければ。
俺は久しぶりに再開したファッシュさんとガーゴイルに別れを告げると、店を出て仲間と合流する事にした。




