第十七話「ギルドマスター」
朝の魔術師ギルドは爽やかな紅茶の香りがしていた。
きっとアンジェラさんが紅茶を飲んでいるのだろう。
ギルドに入った俺達はすぐにカウンターに向かった。
アンジェラさんと初めて見る女性が俺に会釈をした。
「アルフォンス、紹介するわ。こちらは魔術師ギルドのマスター、ティファニー・キルステン氏」
「どうも、俺はアルフォンス・ブライトナーです。それからこの子はドラゴニュートのリーゼロッテです」
「商人のグレゴール・アイクです」
「魔法剣士のララ・ジルベールです」
「魔法道具製作師のギレーヌ・カーフェンです」
三十代前半だろうか、黒い艶のある髪を綺麗に結んでおり、手には木製のロッドを持っている。
人生で感じた事もない強烈な魔力を感じる……。
間違いなくこの人がこの町で最高の魔術師だろう。
俺はなんとなくそう思った。
「紹介ありがとう、アンジェラ。皆さん、私の事はどうぞティファニーと呼んで下さい。アルフォンス。一度あなたにお会いしたかったのですよ。精霊の錬金術師、ジェラルド・ベルギウスの秘宝を持つ精霊魔術師……二週間でレベルを12も上げたんですってね」
「はい。お会い出来て光栄です! ティファニーさん」
「こちらこそ光栄だわ。早速本題に入りましょうか。今朝、私が直接ギーレン商業組合に出向いて、アルフォンスの三万ガルドの借金を全て返済してきたわ。これがその証明」
「え……? 本当ですか?」
「ええ。当ギルドは、アルフォンスの魔術師としての人生を全力でサポートします。レベルの上昇具合や保有する加護、将来性を考慮すれば、三万ガルドという金額は決して高い金額ではないの」
「ありがとうございます! 三万ガルドはすぐに返済します」
「いいえ。このお金はあなたに対する投資だから、返済する必要はないわ。その代わり、あなたに一つお願いがあるの」
「投資ですか……ありがとうございます! 俺に出来る事なら何でもします!」
「その言葉を待っていたわ」
ティファニーさんは俺の肩に手を置くと、優しい笑みを浮かべた。
暖かくも力強い魔力が俺の体に流れてくる。
「アルフォンス。あなたに育ててほしいモンスターが居るの」
「モンスターですか?」
「そうよ。アンジェラ、彼女を連れてきてくれる?」
「はい、マスター」
アンジェラさんはカウンターの奥の部屋から、手の平サイズの小さなモンスターを連れてきた。
見た事も無いモンスターだ。
髪は金色、上半身は人間で下半身は蛇。
背中には翼が生えている。
気持ち良さそうにアンジェラさんの手の中で眠っている。
「この子はエキドナの雛よ。私がダンジョンの探索中に発見して持ち帰って来たモンスターなのだけど、餌をあげようとしても食べてくれないし、会話をしようともしないの」
「ダンジョンで発見したんですか? この子には親は居なかったんですか?」
「ええ。私が発見した時点では親の姿は無かった。自力で生きる力が無いと思ったから連れて帰って来たのだけれど、私やアンジェラでは心を開いてくれないみたい……」
「この子を俺が育てれば良いんですか? ティファニーさんの頼みなら俺は何でもしますよ」
「本当? あなたは頼もしい魔術師ね。エキドナというモンスターは非常に希少なモンスターなのだけど、エキドナの言語を理解出来る育成師が存在しないみたいなの」
「そこで俺の出番という訳ですか……」
「そういう事よ。大切に育てれば、並の魔術師では逆立ちしても敵わない程の魔力を身につけるでしょう」
俺はアンジェラさんからエキドナを受け取ると、彼女は退屈そうに顔を上げて俺を眺めた。
俺の手の上を器用に移動し、腕を伝って胸元に入り込むと、心地良さそうに眠りに就いた。
不思議なモンスターだな……。
「その様子なら大丈夫みたいね。アルフォンス、これからどうするつもり?」
「そうですね……本来なら借金返済のために、モンスターを狩ってお金を作るつもりでしたが、その必要もなくなったので、すぐにグリムリーパー討伐の作戦を練ります」
「フォルスターに巣食う闇属性のモンスターね。アンジェラから話は聞いたわ。協力してあげたいけど、自分の力で敵を討ちなさい。それがあなたのためになる」
「はい! まずはパーティーの平均レベル25を目指して鍛錬を積むつもりです」
借金返済のためにお金を作る必要は無くなったが、フォルスターに巣食うモンスターを狩るには、メンバーの新しい装備が必要だ。
モンスターの素材を集め、金属を購入し、ギレーヌに新しい装備を作って貰おう。
ギレーヌがクラフトの魔法で装備を作るには、モンスター素材と金属があれば良い。
まずはお金と素材を集めなければならない。
「ちょっとアイクさん……」
ティファニーさんがアイクさんを呼ぶと、ティファニーさんはおもむろにアイクさんの胸ぐらを掴んだ。
「アイクさん。こんな幼い子供に自分の借金を押し付けるとはどういう事ですか? あなたにプライドはないのですか?」
「いや……無いわけでは無いが……」
「フォルスターの権利を無償でアルフォンスに譲るという選択肢もあったはずです。土地の相場すら知らない十五歳の魔術師に借金を負わせるなんて。私はあなたの事を許しませんからね。自分作った借金は自分で返済するのが道理でしょう?」
「まぁ……それはそうだが。俺も苦しかったんだ……金を稼ごうにも取引も出来ない、町の外でモンスター討伐をして金を稼ぐ事も出来ない。長い間、グロスハイムで肉体労働をして、少しずつ借金を返済していたが、そんな生活に耐えられなくなったんだ」
「それで、十五歳の少年に価値もない土地を押し付けたという訳でしょう? 言い訳は必要ありません。今後のアルフォンスに対する対応を、私が目を光らせて見ているという事をお忘れないように」
「……」
グレゴールさんは申し訳なさそうに俺に頭を下げた。
しかし、俺はフォルスターとソロモンの指輪には三万ガルドの価値があると思っている。
フォルスターを再生する事が、ベルギウスの加護を受けた条件だからだ。
ベルギウスの加護を失えば、俺は再び自分の力では魔法が使えない人生に戻ってしまう。
それだけは何が何でも避けたい。
「アルフォンス。これからの人生で大きな取引をする場合は、必ず私に教えて頂戴。私はあなたが順調に魔術師としての人生を歩み、いつしか大魔術師になるまでサポートしようと思っているの。だから信頼出来る大人を頼ってちょうだい」
「ティファニーさん。ありがとうございます! ですが、俺はグレゴールさんとの取引は失敗ではなかったと思っています。フォルスターは、俺にとって必ず手に入れなければならない土地でしたから」
「あなたが納得しているのならそれで良いのだけど……兎に角、次からは私を頼る事! あなたは私のギルドのメンバーなのだから、私の家族も同然なの。わかった?」
「わかりました、次回からは必ずティファニーさんに相談しますね!」
俺の言葉を聞いたティファニーさんは、嬉しそうの俺の頭を撫でた。
この人は見ず知らずの俺の借金を返済してくれた恩人だ。
いつか必ず、三万ガルド以上の利益を魔術師ギルドに返還する。
まずは徹底的にモンスターを狩ってお金と素材を集めなければ。
俺はアンジェラさんとティファニーさんに相談して、討伐すべきモンスターを確認する事にした。




