第十六話「三人の時間」
二週間ぶりの風呂か……。
森の中ではリーゼロッテが作り出した水をタオルに含ませて体を拭いたり、手頃な川で行水をして体を洗っていたが、やはり湯に浸かるのは最高だ。
森の中でモンスターの襲撃に怯えながら大急ぎで行水をするのは、それはそれでスリリングだが、ゆっくり休む時間も必要だ……。
俺はリーゼロッテを抱きしめながら目を瞑った。
生まれ故郷を飛び出してから、今日まで随分忙しく生きてきたな。
これからは更に忙しくなるだろう。
明日からも徹底的に剣と魔法を鍛え、最低でもグリムリーパー以上の魔力を身に付けた状態で戦いを挑む。
魔力はレベルとして計る事が出来るが、魔力が高ければ強いという訳ではない。
戦闘経験、使用する武器や属性の関係等も重要だろう。
闇属性の敵を討つ場合には、聖属性の魔法を取得すれば有利に戦う事が出来る。
聖属性の魔法の中には、闇属性のモンスターを消滅させる魔法も存在するのだとか。
しかし、俺は自分の力で魔法を習得する事は出来ない。
聖属性の力を持つ魔法道具があれば、フォルスターでの戦闘で有利に戦える事は間違いないが……。
父さんから貰ったブロードソードは聖属性の魔力を持つ武器だが、防具なども聖属性の物に変えた方が良いだろう。
「アルフォンスはいつも考え事してるね」
「ああ、ごめんごめん」
気がつくとリーゼロッテが退屈そうに俺を見つめていた。
リーダーとして考えなければならない事があまりにも多い。
俺の選択が仲間の人生を左右するのだから、仲間にとってのメリットを考慮しながら指揮を取らなければならない。
モンスターは人間が豊かな生活を手に入れるための道具ではない。
心を持つ仲間だ。
仲間達の要望を取り入れ、皆が満足出来る様にフォルスター奪還計画を進めなければならない。
フォルスターからモンスターを駆逐すれば、ギレーヌは自身の夢である魔法道具の店を構える事が出来る。
ゲオルグは理想の家を建てる。
グレゴールさんは商人としての信用を取り戻すために協力してくれる。
ギレーヌが製作するアイテムを地道に販売し、地に落ちた信用を回復させると言っていた。
三人にとってのフォルスター再生は、人生を変える程のメリットがある。
しかし、リーゼロッテとララに関しては特にメリットがないのでは?
彼女達の要望を聞き出して、二人が幸せに生きられるように動かなければならない。
「リーゼロッテ。何か欲しい物とか、したい事はあるかい?」
「うん……よくわからないけど、私はアルフォンスと居たい!」
「ありがとう。俺も君と一緒に居たいよ。それ以外には何か無いかな?」
「早く強くなって皆を守れるようになりたい」
まだ生まれたばかりで欲が少ないのだろうか。
俺と一緒に居る事と、仲間を守る事が今一番したい事らしい。
この子が更に成長して夢や目標を見つけたら、俺は彼女を全力で支えながら生きるつもりだ。
「リーゼロッテ。したい事があったり、欲しい物があったらいつでも言うんだよ。俺は君の保護者、家族だと思っている」
「うん……ありがとう。アルフォンス」
リーゼロッテは恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めた。
しばらくリーゼロッテを抱きしめてから、俺はリーゼロッテの翼を洗う事にした。
ドラゴンの翼に触れると、改めて彼女が人間ではない事を思い出す。
白く美しい翼に石鹸をつけ、丁寧にタオルで拭く。
リーゼロッテは自分では翼の付け根までは洗えないのだろう、俺が翼を洗うと心地よさそうに鼻歌を歌い始めた。
しばらく二人でくつろいでから風呂を出ると、ララは自分の体にブラシを掛けていた。
「アルフォンス。良かったらブラシを掛けてくれる?」
「ああ、良いよ。貸してごらん」
俺はララからブラシを受け取ると、ララを膝の上に乗せてブラシを掛け始めた。
こんな穏やかな時間が永遠に続けば良いのだが……。
しばらくララにブラシを掛けていると、リーゼロッテは先に眠ってしまったみたいだ。
「アルフォンス。一人で森の中にいるゲオルグが少し可哀相ね」
「そうだね……ゴブリン族は討伐対象のモンスターだからグロスハイムには入れないんだよね。俺達も明日からはゲオルグと共に野営をしようか」
「そうね。彼はゴブリンだけど、なんだか他のゴブリンとは違う気がする……知能もかなり高いし、アルフォンスに懐いているし」
「まさかゴブリンから好かれるとはね。これもソロモンの指輪のお陰だ」
俺とララはソファに座ると、ゆっくりと葡萄酒を飲み始めた。
夜はこうして二人で葡萄酒を飲む事もある。
眠るまでの仲間との時間が一番好きだ。
「アルフォンス。私は偉大な魔法剣士になる事だけを考えて旅をしていたの。ずっと一人でモンスターとの戦いに身を置いていた。こうして誰かと一緒に夜を過ごす事も無かった……」
「やっぱり仲間が居る生活は楽しいよね」
「そうね。最初に仲間になってくれたのがアルフォンスで良かった……」
「俺はフリッツ村に居た頃、モンスター討伐のパーティーを組んでも、荷物持ちや料理係しか任されなかった。だけど俺はモンスターと戦うための魔法を身に付けた。これからは仲間を守りながら生きるつもりだよ。十五年間もフリッツ村の人達に守って貰っていたんだ」
葡萄酒を口に含み、風味を味わってから飲み込む。
乾燥肉を小さく切ってゆっくりと噛む……。
「虚無の属性。体内の魔力を体外に放出する事が出来なかった……ベルギウスの加護を得るまでは。魔術師になりたかったのに魔法すら使えない生活は大変だったよ。子供でも使える簡単な魔法すら、俺には一度も使えなかった。今はこうして素晴らしい加護を頂いて、強くなるための可能性を手に入れた。だから俺はこれからはとことん強さを追求するよ……ララと共にね」
「それが良いわ。一緒に最強を目指しましょう。私の父は偉大な魔法剣士だった。モンスターとの戦いで命を落としたのだけど……私はいつか父の様な偉大な魔法剣士になる」
ララは目を輝かせながら、楽しそうに決意した。
ララは今でも十分強いと思うが、自分自身の強さに満足していない様だ。
「そろそろ寝ましょうか」
「そうだね」
俺は先にベッドに入ったリーゼロッテを抱きしめて横になった。
しばらく目を瞑っていると、いつの間にか眠りに落ちていた……。
朝、目が覚めるとリーゼロッテが部屋の中で魔法を練習していた。
氷の魔力から武器を作ろうとしているのだろうか、リーゼロッテの手には細い剣が握られている。
デザインはララのレイピアにそっくりだ。
俺も自分の力で魔法を使えたら、リーゼロッテの様に新たな魔法を自在に作り出せるのだろう……羨ましい限りだ。
ララは俺の隣で心地よさそうに眠っている。
俺はララのモフモフした耳を撫でると、彼女は嬉しそうに俺の手に頬ずりをした。
仕草は完璧に猫なのだが、話し出せば彼女がケットシーだという事を思い出す。
なんとも不思議な生き物だ。
部屋で簡単に朝食を済ませ、装備を点検してから荷物を背負った。
すぐに宿を出よう。
支度を済ませて部屋を出ると、宿のホールにはグレゴールさんとギレーヌが既に支度を終えて俺達を待っていた。
まずは魔術師ギルドで借金の件について話をしなければならないな。
俺達はすぐに魔術師ギルドに向かった……。




