第十四話「魔法道具製作師」
魔術師ギルドを出た俺達は、ゲオルグのための防具を購入してからギレーヌ・カーフェンを探しに魔法の杖の店に向かう事にした。
身長が低いゲオルグのための防具はなかなか見つからなかったが、従魔のための防具を取り扱っている店を探して回ると、意外と低身長の従魔のための防具の品揃えが豊富な事が分かった。
美しいシルバーのメイルとガントレット、ダガーを二本買い足した。
今日の買い物でゲオルグから頂いたお金の大半を使ってしまった。
まずは自分のための装備を買い足したいところだが、仲間の防御力を上げる事の方が重要だろう。
ゲオルグのための買い物を終えて魔法の杖の店に向かうと、店の前には人だかりが出来ていた。
急いで店に近づくと、一人の少女が複数の男に囲まれていた。
男は全部で七人、盗賊のような身なりのをした男達は、ロングソードを握り締めて少女に向けている。
紫色の髪にウェーブが掛かっている、いかにもお嬢様の様な少女は、目に涙を浮かべながら大切そうに大きな鉄の箱を守っている。
もしかするとあの子がギレーヌ・カーフェンで、少女が守っている鉄の箱が溶解炉なのだろうか。
「すぐに助けましょう!」
「待て! 無茶だ! 敵が多すぎる!」
「無茶でも見過ごすわけにはいきませんよ! グレゴールさん!」
俺は剣を抜いて少女の前に立った。
ララは瞬時に男達の背後に回り、レイピアに風のエンチャントを掛けて待機している。
リーゼロッテは俺の肩の上から飛び上がり、少女の足元に着地した。
いつでも氷の魔法を放てる様に、両手には強烈な氷の魔力を溜めている。
「君がギレーヌ・カーフェンだね?」
「ええ……」
俺が話し掛けると、彼女は驚いた表情で俺を見つめた。
細く形の整った眉毛と大きな紫目が特徴的だ。
彼女は大切そうに大きな鉄の箱を抱き、目に涙を浮かべた。
盗賊達のリーダーだろうか、一人の大男が俺に剣を向けた。
「どけ! お前に用はない!」
「それは出来ませんよ。俺はこの子に用があるんです」
「どかなければ殺す!」
「試してみて下さい。俺はそう簡単にやられませんよ」
俺は右手に持っているブロードソードに炎を纏わせ、左手を上空に向けた。
瞬間、男はロングソードの突きを放った。
俺は同時に攻撃を仕掛けた。
「メテオストライク!」
魔法を唱えると、炎を纏う岩が男の肩を捉えた。
骨が砕ける音が静かな町の中に響いた。
男はロングソードを落とし、苦痛のあまり地面をのたうち回っている。
それからすぐに乱戦が始まった。
俺は盗賊のロングソードの攻撃を剣で受け、ロックストライクの魔法で敵の武器を叩き落とした。
武器を落としても戦いを挑んでくる者に対しては、容赦なく肩や腕に岩を直撃させた。
日常的にゲオルグの高速の剣を受けているからだろうか、盗賊達の攻撃はあまりにも遅い。
ララはかなり手加減をしながら、退屈そうに盗賊の攻撃を回避している。
盗賊が必死に切りかかっても、盗賊の攻撃がララの間合いに入る事はない。
ララは相手の攻撃の瞬間に、圧倒的な回避速度で瞬時に後退するからだ。
盗賊の攻撃を回避したララは、盗賊の手首に鋭い突きを放った。
ロングソードを握る手には、ララのレイピアが深々と刺さっている。
これではもう二度と剣は振れないだろう。
グレゴールさんはついに戦いに参加した。
地面に落ちているロングソードを拾うと、剣に魔力を込めて盗賊に切りかかった。
雷のエンチャントを使うのだろうか、ロングソードには力強い雷の魔力が宿っている。
盗賊はグレゴールさんの一撃を剣で受けると、激しい雷が炸裂し、盗賊の剣は遥か彼方まで吹き飛んだ。
雷のエンチャントで攻撃力を強化し、敵の武器を弾く事も出来るのか……。
武器を失った盗賊は、グレゴールさんに対して殴り掛かるも、彼は盗賊の足に蹴りを放ち、一撃で盗賊の足をへし折った。
強いな……。
グレゴールさんが六人目の盗賊を倒した瞬間、残る一人の盗賊が少女の首に剣を当てていた。
「動くな! 一歩でも動いたらこの女を殺す!」
これはまずい事になった……。
目の前の敵との戦闘に集中しすぎていた。
この状況ではうかつに手は出せない。
俺が剣を振り上げる前に、盗賊は少女の首を切るだろう。
どうすれば良いんだ……。
「武器を置け!」
俺は地面にしゃがみ込み、ゆっくりとブロードソードを置いた。
この最悪な状況を覆す方法は無いだろうか。
せめてもう一人でも仲間が居れば……。
うん? 仲間といえばゲオルグが居るではないか。
俺は地面に手を当てて魔力を放出した。
頭の中でゲオルグをイメージする。
盗賊に聞こえない程の小さな声で魔法を唱える。
「双剣のゲオルグ……召喚」
瞬間、盗賊の背後にはゲオルグが現れた。
ゲオルグは瞬時に状況を察したのか、目にも留まらぬ速度でダガーを引き抜き、二本のダガーを盗賊の背中に突き立てた。
突然の背後からの攻撃に盗賊が狼狽した瞬間、俺はブロードソードを拾い上げて一瞬で距離を詰め、盗賊の武器を叩き落とした。
盗賊が背中の痛みに悶え苦しんでいると、すぐに町の守衛が駆けつけてきた。
俺達の戦いを傍観していた市民達からは、熱狂的な拍手が湧いた。
奇跡的に死人が出なかったのは運が良かった。
守衛は盗賊の身柄を拘束した後、回復魔法を掛けて盗賊の傷を癒やした。
俺はすぐに少女に駆け寄った。
「怪我はないかい?」
「ありがとう……本当にありがとう……」
少女は涙を流しながら俺に抱きついた。
彼女の豊かな胸が俺の胸板に当たる。
ララは優しい笑みを浮かべて少女の頭を撫でている。
リーゼロッテは他に隠れている敵が居ないか探すために、町の上空を旋回している。
「もう大丈夫だよ。俺はアルフォンス・ブライトナー。魔術師ギルドに登録している精霊魔術師だよ」
「私はギレーヌ・カーフェン。助けてくれて本当にありがとう……」
「いいんだよ。俺達はアンジェラさんから君の居場所を聞いてきたんだ。少し落ち着いたら俺達の話を聞いてくれるかな?」
「ええ。今は一人になりたくないから……」
「そうだね。しばらく一緒に居ようか」
「ありがとう。あなたの事、アルフォンスって呼んでも良い?」
「勿論だよ。俺もギレーヌって呼んでいいかな?」
「うん……」
盗賊は無事に退治出来たが、グロスハイムの内部でゴブリンを召喚したのはまずかった。
俺はリーゼロッテに頼んで、ゲオルグを町の外まで送ってもらう事にした。
ゲオルグの活躍を目の当たりにした町の人達は、ゲオルグに対して持ちきれない程の食料を感謝の証として差し出した。
普段は人間と敵対しているゴブリン族だが、人間を救った英雄的行為に対して、市民はゲオルグに感謝の言葉を述べている。
ゲオルグは人間の言葉でしっかり挨拶をし、食料を抱えて俺にウィンクした。
まったく格好良い奴だ。
俺はゲオルグに新しい装備を渡すと、リーゼロッテはゲオルグの体を抱きしめて飛び上がった。
町の人達はゲオルグの姿が見えなくなるまで熱い拍手を送っていた。
ララはギレーヌの手を握り、ゆっくりとグロスハイムの町を歩き始めた。
ギレーヌはケットシーを初めて見るのだろうか、嬉しそうにララを見つめている。
俺はギレーヌが持っていた大きな鉄の箱を運ぶ事になった。
やはりこの鉄の箱が溶解炉なのだとか。
ギレーヌの父が作り上げた特殊な魔法道具で、いかなる素材、金属をも溶かす効果があるらしい。
溶解炉といってもただの鉄の箱にしか見えない。
しばらくグロスハイムの町を歩くと、ララは一軒の宿を指差した。
今夜はここに泊まりたいのだろうか。
この宿は俺が初めてグロスハイムに来た時に宿泊した宿だ。
丁度良いタイミングでリーゼロッテが戻ってきた。
部屋を三部屋借りて、俺はララとリーゼロッテ。
ギレーヌとグレゴールさんは一人ずつ部屋を使う事にした。
まずはギレーヌが盗賊から追われていた理由を聞かなければならないな……。
俺達は部屋に集まって早速話し合いを始めた。




