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帰郷

 それから一週間程、テルとユキは依頼を受けずにのんびり過ごした。宿の仕事の手伝い。入手した料理レシピの試食と批評。モーリスの工房に装備品の手入れを頼んだりムスタングと遠乗りに出掛けたり。ムスタングに乗せる2人乗り用の鞍と鐙の制作をモーリスに頼んだりもした。そして蹄鉄。


 「ほう?この鉄の蹄はお前の世界じゃ常識なのか?」


 「そうだな。人に飼われている馬は蹄が弱いらしくて殆どの馬に装着されているよ。」


 「そうなのか。私の時代では見た事は無かったな。」


 テルの知識では蹄鉄は競走馬や乗馬には当たり前に付いているものだ。そもそも、競馬とは明治以降、優れた軍馬を育成する事を推奨した施策から生まれたものであるので蹄鉄が普及したのも明治期からではないか、とテルは思っている。


 「よし、任せとけ。ムスタングにぴったりの奴を何セットか作っておく。」


 「ああ、頼むよ。」


 「それでお前、ムスタングの装備を充実させるって事ぁ…」


 


 


  


 「エツリアを旅して来ようと思う。」


 宿の客も食事が済み各々が部屋に戻り、厨房も片付け終わった後の食堂。


 「どうしても?」


 ストラトが悲し気に問う。


 「ああ。今回の革命の余波を受けてエツリアも変わろうとしているらしいからさ。見てみたいんだ。生まれ故郷が再生する様子をこの目で。」


 「…うん。」


 「ストラト、おやっさん。俺の家はもうこの森の梟亭だ。ここ以外に帰る場所はないし、家族がいる場所こそが帰る場所だと思ってる。」


 「いいんじゃねえか?ストラト、こいつは自分の心にけじめをつけたいだけなんだよ。別に帰って来ねえってんじゃねえんだ。人伝いに『エツリアは変わった』なんて言われても実感が湧かねえから見て来たいだけだな。まあ、旅行に行く程度に思ってりゃいいのさ。」


 スタインがストラトを説得してくれているが口調のせいかテルは自分が貶されているような気分になっていた。苦笑である。確かにスタインの言う通りだったからだ。


 「親父殿、それにストラト。エツリアという国は私の世界で言うところの『エチゴ』という国に相当する場所にあるそうだ。そこは私が住んでいた場所でな。私も行ってみたいのだ。こちらの世界での『私が生きていた国』を。それにテルの故郷も是非見てみたい。」


 「…そこまで言われちゃうと…もう、しょうがないなぁ!ちゃんとお土産、買って来てね!」

 

 ストラトはちょっと考える素振りをして続けた。


 「いっその事、もう行かなくていいように、時間を掛けてしっかりと見て来てね?そしてその後はずっと一緒にいて欲しいかな…」


 照れながら言うストラトに真顔でユキが言い放った。


 「ストラト、私と2人、テルに娶って貰わぬか?」


 「ぶっ!!」


 テルは思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまった。なぜかスタインは腕組みしてうんうんと頷いている。


 「テル兄さん。今度の旅が終わって戻るまで待っててあげる。それまでに結論を出して欲しいかな。私は今も兄さん…ううん、テル君が大好きだよ!そしてユキちゃんも!」


 「わかった。今度の旅の間に答えを出して来るよ。」


 (俺の日本での倫理観だけの問題なんだよな。ユキの時代だって側室を娶るのは普通の事だし。)


 数日後モーリスに頼んでいた馬具一式と装備品の調整が終わったとの連絡が入り、2人は旅立ちを決めた。モーリスにそのまま別れを告げ、ギルドへ行き暫く留守にする事を告げる。


 宿に戻りスタイン、ストラトと抱擁を交わしてから手を振り宿を離れる。


 街門では顔馴染みの門兵に挨拶をして。




 「あれがエツリアの関所だな。」


 「ふふ、緊張しているのか?」


 「ああ、2年前、命懸けで逃げ出した国だからな。いろんな感情が溢れてくるよ。」


 途中、宿場町で一泊して辿り着いた国境。関所の向こうは忌まわしい記憶ばかりを刷り込まれた国。それを払拭してくれるのだろうか、という期待と不安。


 関所で入国手続きをする。

 

 「身分を証明する物はあるかい?ああ、いいよ、冒険者カードね。…へえ!?すごいな、まだ若いのにAランクか。目的は?…うん、観光っと。名前はテルさんにユキさんっと。」


 ここで手続きしていた担当の兵士は初めて2人の顔に視線を向けた。


 黒曜石のような煌めく瞳と濡羽の如く艶やかな黒髪。少し前に訪れたオーシューの勇者だという少女にも劣らぬ可憐な少女。そして背中に届く後ろ髪を一本に束ね、それ以外がさっぱりとした短髪の整った顔立の男。その左の頬に走る2本の傷痕。


 「お、お前まさか…テリーか?」


 「グレッチ…?」


 「ああ、グレッチだ。お前…生きてたか…しかもこんな可愛い子を連れて凱旋帰国かよ…」


 「ああ。生まれ変わったというこの国を確かめるために。」


 「存分に見て行ってくれ。もうお前のような悲劇は起こさせない。それより今夜は騒ぐぞ!お前もいいだろ!?仲間に俺の親友を紹介させてくれ!」


 2人の再会の様子をぴとっとテルに寄り添い見ていたユキ。


 「テル。テルはこの国でも一人では無かったのだな。」


 「そうだな。俺をずっと忘れずにいてくれた友がいたよ。」


 テルの目尻に光るものを見たユキはそっとテルの手を握りしめた。自分の存在を忘れてくれるなよ、とばかりに。


 「ただいま。エツリア。生まれ変わったお前を見せてくれ。」


 

 ーーーーーー 完 ------


 

 『職業:冒険者。能力:サイキック。前世:日本人。』これにて完結です。ご愛読ありがとうございました。2人の今後の活躍はこの作品の本編でもある『いや、自由に生きろって言われても。』で語られる予定です。気になる方は是非本編の方をお読み頂けたら、と思います。



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― 新着の感想 ―
[良い点] SHO先生の古い作品を巡る旅を勝手に始めております。 仕事の合間にほぼ一気読み。 ……ユキが可愛い。お茶菓子でテンションあがるの可愛い。テルがカッコいい。というかこの2人の関係性が好き………
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