戦争が残す負の遺産
セリカの決闘勝利後、少し落ち着いた所を見計らってテル達はセリカの下へと訪れていた。そしてカズト達一行や別動隊として沿岸部を進軍していたカズトの仲間達、それに眷属達とも親交を深めつつ、別れを告げて帰路についている。
ムスタングの背に揺られてのんびりと進む道中。今までは戦時という事で交易商人達も往来を控えていたのだろう、事が済んだと見るや商機を逃さんとばかりに荷馬車を進める者達が目立つ。
「ストラト、お土産喜んでくれるといいな。」
「大丈夫だろう?あの娘の事だ。テルの無事な顔が見れただけで大喜びだろう?それこそ親父殿の方は大丈夫だろうか?」
「それこそ問題ないさ。あの頑固親父はこういう物の方が喜ぶ。」
ギルドでのクエストを受けて2人の懐事情はかなり改善されていた。加えて領境での防衛戦の働きをインテグラーレから聞き及んだセリカから臨時特別報酬も頂いた。代わりに、という訳ではないが『身に余る』との理由で王家の短剣は返上してきたが。
そんな『ホクホク』の2人が選んだ土産について話していた時、不意にムスタングの足が止まる。
「ユキ。」
「ああ、分かっている。」
街道には見える範囲ではテル達しかいない。賊が潜んでいて襲撃を掛けるとすればいいタイミングか。尤もテルとユキの常人離れした気配察知能力とムスタングが感じた違和感。それにより賊の奇襲は不発に終わる。さらにテルとユキはムスタングから降り武器を手に取る。それぞれオーガのナイフと苦無を。
これは賊に対してのアピールも兼ねている。『お前らの存在は割れているぞ』と。これでやり過ごせればテル達も深追いするつもりはなかった。この場を見逃して他のだれかが被害にあったとしても、それは仕方のないことだ、ユキは思う。戦国の、いや、それよりはるか昔より逃げ延びた敗残兵が山賊や盗賊となり旅人を襲うのはよくある話だ。しかも今は終戦直後である。むしろ警戒しない方がおかしい。
しかし賊は開き直ったのか出て来てしまった。
「なんだ、バレてたのかよ。仕方ねえな。野郎ども、出て来い。」
バラバラと茂みから出てくる賊は7、8人。身なりや装備を見るに、やはりカムリの敗残兵だった。
「男は殺せ。馬と女は貰っていく。女は慰み者になってもらかはっ!」
首領格の男が全てを言い終わる前にテルは間合いを詰めて喉を掻き切っていた。テルの目はいつかユキがチンピラに絡まれていた時の『人斬り』の目。
「てめえら…ユキをどうするって?」
2人の賊がテルに向かい剣を振り上げ襲い掛かって来るがまだ遠い間合いでテルは回し蹴りのモーションをした。そう、賊からしてみれば絶対に届かない間合いの蹴り。それはただのモーションと言える。しかし。
「けっ、そんな間合いでど素人かっ!? がはっ…」
「な!?」
ただの蹴りの空振りと思われたがテルの足から弧を描いて放たれた『風』が賊の2人を両断していた。
「力量差も分からぬ輩に素人呼ばわりはされたくないなぁ?テル?」
そうユキが語り掛けた時には既に2人の賊がユキに斬り伏せられていた。
すでに5人が瞬殺された。残る2人はガタガタ震えながらも辛うじて剣を構えているが今にも泣きそうな表情だ。
「まったくだ。折角警告してやったつもりなのにな。」
テルがそう言いながら5人の死体に視線を向けると《ボッ》《ボッ》…と次々に発火していく。テルの得体の知れない力…発火能力…を目の当たりにした残った賊は剣を放り投げて逃走を図る。
それを見たテルは背中の鬼骨穿刀を抜きユキの肩に手を掛けた。ユキも背中の忍刀を抜くと2人の姿が消える。
「うわあああっ!? な、なんでだ!」
「くそ!さっきまで後ろに!」
賊の逃走経路を塞ぐように突如として現れたテルとユキに賊は腰を抜かし…
「まあ、他人の命を食い物にしようとしたお前らが悪い。」
賊がこの世で聞いた最後の言葉だった。
せっかくユキと2人水入らずの道程を邪魔されたテルは不機嫌極まりなかったが、邪魔されたのが不機嫌の原因かと問われればどこか違う気がしていた。
「相変わらずテルは私を汚そうとする輩には容赦がないな。今も『人斬り』の目をしていたよ。竦んでしまいそうな程鋭くて冷たい目だが…私の為にするその目、私は好きだよ。ふふ。」
(ああ、そうか。それで俺は…)
ユキが汚される、それが我慢ならなくてテルは奥底に秘めた防衛本能とでもいうべき暗い感情、つまり『自分を害する者は殺す』という直情的な一面が表面に出てくるのか、と理解した。
ここで暗くなりそうな所なのだがユキにとっては好ましい性質であるらしい。
「ふふっ、テルはそれほどに私を好いているのか?うふふっ」
人が深刻になりかけていたのに頬を染めながらくねくねしているユキを見るとちょっとだけ憎らしくなるテル。瞬間移動でユキの背後に回り込み不意を突いて背中からユキを抱きしめる。
「なっ!?それは反則だぞテル!」
「イヤならやめる。」
「くっ…意趣返しにしても意地が悪い…そんな事を言うのも反則だろう…」
【ブルルルッ!】
いつものように桃色空間を作り出す2人に呆れたように一声上げるムスタング。そこで漸く我に返る2人だった。