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第一波撃退

 篝火が消えたのを見て夜襲を看破したテル達はすぐに全軍に通達し臨戦態勢を整える。この時点でカムリ軍の奇襲は奇襲では無くなった。正面切って要塞化が進む山に詳細も分からぬ状態で攻め込む羽目になったのである。しかもカムリ軍の士気は低い。


 「指揮官が無能だと苦労するのは兵達だと言う事を無能故に理解出来んか。」


 ユキが辛辣な言葉を吐く。しかし戦国の世に生き武田や北条と言った名将達と渡り合った上杉に仕えたユキにしてみれば無能な指揮官の下についた『不運』な兵士達の屍を無数に見て来たのだろう。実感がこもり過ぎていた。


 むやみに突撃しては馬防柵に跳ね返され、弓兵から集中砲火を浴び倒れていく。防御の薄い部分を見つけて駆け登って来ようとする者達もいるがそこはトラップだ。落とし穴に落ちたり上から転がり落ちて来る丸太に押し潰されたり。


 「隊長!この山はまるで堅固な城塞のようです!一旦立て直さないと被害ばかりが!」


 「うぬぅぅ!一時撤退だ!立て直すぞ!」


 堪らず敵の指揮官は撤退を指示する。


 「第一波は押し返したか。よくやった、テル。」


 「はい。ですがこの山が要塞化しているのを知った敵は次は何か手を打って来るでしょう。次からが本番ですよ。」


 「ふん、油断大敵か。」


 「俺とユキが生きていた世界には『勝って兜の緒を締めよ』という諺があります。こういう大勝の後は気が緩みがちになりますから。」


 「うむ。引き続き警戒を怠るなと指示を出せ!」


 本陣より戦況を見つめていたインテグラーレ公爵とその側近の元へ敵軍第一波の撃退の報告へ上がっていたテルとユキ。インテグラーレが部下に指示を飛ばすとテルもここでの用は済んだとばかりに公爵に一言告げて幕舎を出て来た。


 「それでは俺達も第二波に備えます。」


 

 「ようテル、公爵はご機嫌だったか?」


 「まあまあですね。それよりも被害の方は?あ、人的な方で。」


 本陣から戻って来たテル達を出迎えたのはゼマティス一人。


 「そりゃ皆無とは言わねえが随分と少ないと言えるだろうな。手柄を焦った正規兵が何人か死んだが冒険者の方は全員無事だ。軽傷が十数人ってとこだな。向こうはこっちの怪我人の十倍以上死んでる。」


 「第二波はこうは行かない筈です。防御柵や櫓も損壊した所もありますし次はトラップも使えません。流石に敵も頭を使って来るでしょうし。」


 「そうだな。次が本番か。」


 「そういう事です。では俺達は巡回を。」


 「ああ、頼む。」



 

 「これはやはり罠の類は使えんな。」


 ユキがトラップの残骸を見て忌々し気に言う。


 「ああ、次はここが逆に弱点になる。俺は次はこのルートを重点的に守るよ。」


 「当然私も一緒だ。」


 「ああ。」


 そう返事をしながらテルはユキの手をきゅっと握る。頬を染めながらも握り返すユキ。月明かりしかない闇夜の中で2人の周囲だけが桃色に見えるのは気のせいか。


 そんな2人の雰囲気を邪魔するのは申し訳ないな、そんな風に思っていたかどうかは分からないが、リッケンがこっそりテルの耳元で何かを囁く。


 「! ユキ、来たぞ。このルートに向かっている。済まないがゼマティスに報告してくれないか。俺はこの辺りの戦力を集めておく。」


 「うむ、承知した。無茶はするなよ!?」


 そう言い残しすっと姿を消すユキ。


 「流石だな。もう気配を追う事も出来ない。敵わないな。」


 移動だけならカズトに譲られたダンジョン産の脛当ての力を借りれば付いて行く事は出来る。だが完全に気配を消しての移動となると忍びのユキのような真似は出来ない。


 少しだけ落ち込んだ気持ちになるテルを慰めるような仕草をするリッケンにテルは微笑みながら言う。


 「大丈夫だよ。俺は俺のやり方でユキとみんなを守るさ。」


 「よう、総大将、この辺に居た奴はみんな集めたぜ?200ってトコだな。」


 修繕や偵察などで辺りに散らばっていた冒険者や兵達を集めてくれていた者が報告に来た。テルはその男に礼を言い、全員にこの場での待機を指示した。眼下には篝火が長蛇の列を為しているの目視で確認出来る。


 「ほえぇ~、俺達だけで大丈夫かね。」


 味方もこちらに集結すべく移動しているが別方面からの侵攻への備えも残しておく。敵味方とも、布陣が終わったのはほぼ同時だった。テルはそのまま最前線で敵を見据えていた。ゼマティス、シモンズにシャーベル、ローランド。そしてユキ。仲間達がテルの元へと集まってくる。


 「今度は正々堂々正面からガチンコって訳かぁ?」


 少しお道化たようにシモンズが言う。


 「どうでしょうね?ほら、何か来ますよ?」


 テルの視線を追うと敵陣から騎士が一騎、近付いて来るのが見える。


 《我はカムリ騎士団所属のジェンマ!一騎討ちを所望する!簒奪者たるセリカの下に一騎討ちを受ける武勇を持つ者はいるか!》


 「なるほど、そうくるか。おそらく女王陛下本人か、その側近を釣り出したいんでしょうね。」


 「しかしどうする?」


 「受けますよ。俺が行きます。」


 「し、しかしテル!」


 「分かってるよ。罠だ。でも俺以外の誰が行っても死ぬ事になる。だが俺は死なないよ。俺を信じろ。」


 まさかのテルの立候補に取り乱すユキ。テルはゆっくりと、ユキの目から視線を外す事なく囁くように語る。優しく、しかし力強く。


 「ユキ、オーガ2体をやるような男が騎士一人にどうにかされるかよ。大丈夫だ。敵がなにかしかけたら俺達が全力で突っ込むさ。ユキを泣かすんじゃねえぞ、テル!」


 テルは振り返らず手を上げ『了解』の意を示しつつ敵へと向かい歩を進めて行った。

 

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