情報戦で圧倒
夜半を過ぎて布陣を終えた敵軍が行動を起こす。と言っても偵察だ。
「敵はこの山が要塞化されている事をまだ知らない筈です。イニシアチブを握る為には敵の斥候は逃がさない事が重要です。」
本陣の幕舎の中で交わされる意見の中でのテルの進言。
「この山の全容が分からないうちは敵も本格的な攻撃を仕掛けて来れないでしょう。まさに陛下の援護の為の時間稼ぎにうってつけです。」
テルのこの意見が決め手となり各エリアに敵を間諜を待ち伏せする部隊を配置する事になった。2~3人を1チームとし、満遍なく配置する。
「俺とユキはこう言った仕事が得意なので前線の拠点で敵の排除に動きますので。」
そう言いテルとユキは前線に戻ってきた。
「シモンズさん、さっき編成した部隊のエリア分けは出来てるよね?2~3人のチームに分けて配置するから。」
戻るなりシモンズに指示を飛ばすテル。
「敵の偵察を帰さないって事だな?」
「そういう事。俺とユキはちょっとやる事があるから頼んでいいかな?」
「おう、任せとけ!」
これでよし、と言いたげに頷くとテルはユキの肩に手を置き、
「ちょっと山頂まで飛ぶから。」
そういうなり文字通り本当の意味での山頂、この山の最も標高の高い場所へと瞬間移動する。
眼下に広がるのは漆黒の山肌と自陣の篝火。遥か先の平坦部に布陣するカムリ軍の篝火も見て取れる。
「それじゃあリッケン、結界を頼むよ。」
嬉しそうに羽根をはためかせてテルの周りを一周した後、風の精霊王の分身であるリッケンが魔力を放射する。特に人並み外れた魔力を保持している訳ではないテルなので結界と言っても物理的防御力を持たせたりはちょっと無理だ。空気の揺らぎを感じ取り敵の来襲を事前に察知する事が出来る、その位だろうか。
リッケンが魔力を放射する際、山頂から山肌を伝い山麓に至るまで優しいそよ風が吹き下ろしたという。
「ありがとう、リッケン。敵が侵入してきたら教えてくれ。あと、サンタナ様に今の状況を伝えてくれるか?」
テルの肩に座りコクコクと頷くと空を見上げるリッケン。本体である精霊王へ念話でも飛ばしているのだろう。
ちなみに超能力と言われるものの中に【念話】と言うものがあるがテルはまだその能力は発現していない。
「大丈夫か?テル…」
先程の風の結界で魔力をごっそり持って行かれたテルが少しきつそうにしているのを見たユキが心配そうに声を掛ける。
「ああ、大丈夫だ。少し肩を貸してくれるか?」
「ふふ、いいとも。」
ユキの肩にもたれかかったテルはそのまま前線の拠点へと飛んだ。
「おう、戻ったか、テル。やはりかなりの斥候が入り込んで来てるみたいだな。ってどうした?随分とげっそりしてんな?」
戻ったテル達を本陣から戻ったゼマティス達が出迎える。
「ええ、ちょっと山全体に薄く結界を張りました。まあ、俺は魔力を提供しただけなんですけどね。コイツが敵の侵入を教えてくれますよ。」
肩に乗っているリッケンを指差してテルが答える。それを見るとローランドが青い液体の入った小瓶を差し出して来た。
「これをどうぞ。魔力回復薬です。貴重品なんですよ?」
すごくいい笑顔で手渡してくるローランドにイヤな予感がするテルだったが、
「お前な、指揮官がそんなヘロヘロじゃ軍の士気に関わるだろ。グイッといけ、一気にグイッと。」
ゼマティスの言葉も尤もだと思い青い液体を一気に飲み干した。
「~~~~ッ!!にがっ!!」
ははは、と周囲から笑いが巻き起こる。
魔法適性のないテルは今まで魔力欠乏は起こした事がない。ユニークスキルである超能力も主に精神力に負担が掛かるもので魔力にはあまり関係がない。なので初体験の魔力回復薬の味に悶絶するテル。
しかし効果の方はちゃんとある様で体に魔力が行き渡るのが実感できた。グローブに施された空間収納から木製のカップを取り出しバッカーに水を注いでもらう。口直しに一息にあおると漸くテルも落ち着いた。
「えーと、貴重品ありがとうございました。」
そんな時、リッケンがテルに耳打ちをする。
「どうやらこっちの警戒網を抜けて来た奴らがいるみたいなのでちょっと狩ってきます。行こう、ユキ。」
「うむ。」
今度はユキがテルの肩に手を置くと2人は一瞬でいなくなった。
「まったく、便利な連中だな。絶対に守ってやらねえとな。」
テルとユキが居た場所を見つめながら呟くゼマティスに深く頷くローランドだった。
突如出現したテルに反応できずに声を上げる事なく屠られる敵の斥候。気配も感じさせる事なく背後に現れ口を押えられて急所を一突きされて息絶える。
ユキはまさに忍びの面目躍如と言ったところだ。完璧に気配を消し樹上に潜み、死角からの一閃で斥候の命は一瞬で消え去る。
もっとも敵の斥候も本職なのだろう。なんとなくだが異常な雰囲気を感じ取っているようで落ち着きなく周囲を見渡している。だがテルもユキも完全に敵を捕捉している状態なので見つかる様なヘマはしない。
テルは使い捨てのナイフを念動力で宙に浮かべ、敵の背後へとナイフを飛ばす。背後からの急所への一撃で為す術なく倒れる斥候。
(これで全部か?リッケン?)
コクコクと頷くリッケン。
「確かに敵の気配は感じられないな。」
ユキも気配を探っていたようだ。
「よし、それじゃあ戻ろうか。」
防衛戦の緒戦はテル達の完封で幕を閉じた。