掌握する
明けて翌日。ギルドでは防衛戦クエストが発布され冒険者の有志を募っていた。そして代官の方も傭兵を雇ったり義勇兵を募ったりと戦力増強に余念がない。急使を受けたインテグラーレ公爵も軍を強行させ先程到着した。
「それでテル。陛下から指揮権を委ねられたお前さんの作戦を聞かせてくれ。」
ゼマティスに発言を促されるテルだがここは少々居心地が悪い。代官屋敷の一室。当然の事ながら代官や騎士団の隊長クラス、部隊の指揮官クラスにギルドマスター。この街の有力者が勢ぞろいと言っていい。しかもそれに輪をかけて公爵とその配下の軍務を司る責任者達。テルのような若輩に指揮権を奪われたという認識の者もおり、視線が厳しい。
ただしこの場の最高責任者であるインテグラーレ公爵はテルの手腕を買っている。以前の魔物の間引きの際に調査した結果だ。それにセリカの人を見る目も信用していた。
「ええと、作戦という程のものではありません。ただ領境の山頂を敵より早く制圧し有利に布陣する事。そして徹底的に守りの戦をする事。当面の指示はこれだけです。」
「こちらからは一切仕掛けるな、と言う事かね?」
テルの作戦とも呼べない内容に公爵が訝しむ。
「はい。攻め寄せてくれば迎え撃つ。そして戦線は山頂よりこちらに後退させない。」
「意図するところは何かね?」
公爵もここは承知の上でテルに尋ねている。この会話の中でテルという人物を見極めようとしているか。
「ひとつ、この街を戦火に晒させない事。ふたつ、人的被害を最小限に留める事。これは敵兵に関してもです。みっつ、大人しく守ってさえいれば敵は勝手に撤退していきます。だから無理に戦う必要が有りません。」
「なぜ敵兵が撤退すると言い切れる!?それに敵兵をなるべく倒すなだと?なぜ敵兵に容赦してやる必要があるのだ!我らは大軍を率いて山籠もりしに来た訳ではないのだぞ!」
公爵の家臣らしき男が物凄い剣幕でがなりたてる。それに対しテルは冷静に問いかけた。
「なぜ敵が撤退するのかと問われれば、それは陛下が出陣したからですと答えます。陛下の一行は昨夜カムリ公の軍を足止めする為に出陣なされました。しかし、これは俺の予想ですが…」
一息置き再びテルは続ける。
「カムリ公の主力はこちらに向かっているのでカムリ領の領都は手薄でしょう。そこを急襲すればおのずとこちらに来ている軍は引き返す事になります。」
「続けてくれ。」
公爵はあくまで冷静に耳を傾けるが家臣たちは目に見えて苛立った感がある。
「つまり、我々の役目は街を防衛しカムリ軍をある程度の期間足止めして陛下の戦の援護をする事。陛下はただ街と街の人を守れとだけ仰せになりました。しかし言われた事しか出来ないのは二流です。民の為に戦う陛下の役に立ちたいと俺は思います。」
「ぬう…貴様、我々に陽動をせよというのか?それは貴様の意見であって陛下の命令では有るまい!貴様の指示になど従えるか!」
はぁ、とあからさまに溜息をつきテルは問う。
「ではどうされますか?」
「当然敵を蹂躙しそのままカムリの領都まで攻め落としてくれるわ。小僧は引っ込んでおれ!」
「では軍令違反と言う事ですね?」
「貴様がそれを言える立場なのか!?」
「いい加減黙れ。」
テルは抑揚のない低い声で堪えていた感情を開放する。静かに王家の短剣を抜き、先程からがなり立てている家臣の男の前に投擲する。
ストン!と軽い音を立ててテーブルに突き刺さった短剣の輝く刀身に彫り込まれたオーシュー王家の家紋。
「その剣の紋をよく見ろ。それは陛下から拝領したものだ。俺の言葉を陛下のお言葉と思え。そもそもさっきからお前は何だ?今回の戦で手柄が欲しいのか?お前の手柄の為に多くの兵を死なせるのか?いいか。味方の兵も敵の兵も陛下から見たら等しくオーシューの民なんだ。守るべき対象なんだ。陛下は少しでも被害を少なくするために自ら命を懸けて敵の本拠地に乗り込むんだ。陛下のそのお心がなぜ分からない?」
「ぐ…」
男の顔色がみるみる悪くなり汗が噴き出して来る。
男の前に突き刺さっていた短剣はいつの間にかテルの手に収まっていた。男が剣を握り抜こうとした素振りを見せたからだ。
「く、くそおおおお!」
逆上した男がテルに飛び掛かる。しかし男の手がテルに届く事は無かった。テルの隣にいたユキが瞬時に反応したのだ。ふっとユキが動いた刹那、何をどうやったのか分からないが男の体は宙を舞い
床に叩き付けられる。そして男の首筋に苦無がちくりと当てられていた。
「ありがとうな、ユキ。」
「なに、この程度の事私が出るまでもなかったろうが、先程からこの男の物言いには耳が腐りそうになっていたのだ。どうする?殺るか?」
礼を言うテルに対して何とも物騒なユキ。可憐な見た目に反してやる事は過激だ。
「すまんな、テル、ユキ。この者の処遇は私に任せて貰えんか?」
場を収めようとする公爵にここは乗るのが良いとテルは判断した。
「ええ、ではお願いします。公爵閣下。」
近侍の者が男を連行していく。
「ちなみに私もお前に従わねば投げ飛ばされるのかね?」
「ええ、公爵閣下と言えども反抗するならぶっ飛ばせとカズトさんには言われました。」
「はははは!あの男は本気でやるからな。冗談に聞こえんよ。では皆の者。今回の戦の趣旨は理解したな?テルへの反抗はこの私への反逆、さらには陛下への反逆と心得えよ!」
この場は公爵の鶴の一声で収まったかのように見えた。しかし先程連行された家臣の男を論破したテルの言葉。セリカの心情を熱く語ったテルの言葉に戦士達の心は静かに燃え上がり、セリカの為に働く事を誓ったのだった。