国家権力が後ろ盾
(何をするにしても即断即決、行動が早いな。しかも全員完璧に意思統一されている。)
テルは感心していた。傭兵時代の充分に訓練された精鋭部隊を彷彿とさせる。
(女王陛下を戦火に晒させる訳にはいかないもんな。)
テルは速やかに出立の準備を進めるカズト達をそんな思いで見ていた。しかしその認識が間違っていた事を思い知らされた。カズトという男を、そしてセリカという女王を見誤っていた。
一行が出立するに当たり、カズトはテルとユキにとんでもないものを授けて行った。
「いいか。今回はインテグラーレ公の進軍速度が全てだど言ってもいい。領境の山頂は必ず取るんだ。それが出来なきゃ街は火の海だな。『ソイツ』を使えば俺と間接的にだがアクセス出来る。インテグラーレ公の動向を逐一報告して欲しい。もしインテグラーレ公の軍が間に合いそうも無かったら俺達が足止めしよう。それから、山頂を陣取ったら守りに徹して無駄な戦闘はするな。いいか?絶対だ。公爵が何と言おうとだ。挑発にも乗るな。」
「い、いや、足止めって言っても敵は1万だぞ?」
カズトがさも当然のように言っているがシモンズの報告では少なくとも1万の大軍がこちらに向かっているのである。いくら強力なメンバーと言えども足止めなど出来るのだろうか?
「なに、問題ない。たかが1万だ。話を戻すぞ?山頂に布陣して守りを固めてしばらくすれば連中は引き返す。俺達がそう仕向けるからな。その時は一定の距離を置いて追撃だ。ここでも無駄な戦闘は一切無用だ。」
「カズト。そうは言っても一介の冒険者が公爵を黙らせるのは無理でしょう。テルさんこれを。」
華麗な装飾が施された儀礼用の短剣。鞘と刀身には王家の家紋が彫られている。こんなものをぽんと渡してくるセリカに驚愕するテル。
「こ、これは!?」
「それを持つ者の言葉は王族の言葉と同じ。もし今のカズトの言葉に従わぬ者があればそれを翳して黙らせなさい。」
「は!確かに! しかし陛下。ぜなぜこれ程までに…」
「あなた方は民を守る力を得ました。その力が思うように使えぬならば力が無いも同じ。インテグラーレ公爵は話の分かる人物ではありますが念のためです。」
「なるべくなら使わずに済ませたいものです。」
「そう願いたいですね。」
苦笑するテルでセリカも苦笑で返す。
出立の準備を終えたセリカ一行を街の出口まで見送る。いざ出発、というタイミングで暑苦しく汗だくになったドワーフが台車を引いて駆けてくる。
「おーーーい!よかった、間に合った!」
いつの間にか居なくなっていたモーリスだ。何を持ってきたかと思えば竜車を引いている地竜用の鞍だそうだ。貴重な体験をさせてもらったお礼らしい。
「急ごしらえで作りが荒くて申し訳ねえこってす。けどそちらにゃあガイア師がいらっしゃるんでいい感じに仕上げてくれるでしょう。戦場でこいつで地竜に騎乗したら敵も逃げ出すでしょうな!」
作りが荒いとか言っているモーリスだがこんな短時間でこれだけのものを作ってくる事に全員呆れた顔だ。カズトやライムの瞳がキラキラしているがなにか琴線に触れたのか。
「それじゃ、この街は頼んだ。死ぬなよ!」
「ああ、そっちも。カズトさんが死ぬ所は想像出来ないが陛下や女性陣は命懸けで守ってくれよ?」
「へへ、当然だ。ユキさんも元気でな!またいつか戦国の話を聞かせてくれ!」
テルとカズト、ライムとユキ、4人が互いの拳を突き合わせ、そして彼等は出立、いや、出陣していった。
一行を見送ったテル達は一旦宿に戻って身支度を整え、実戦装備でギルドへ向かう。そろそろ夜も更けるという時間帯だが街は誰も彼も忙しく動いている。
「よう、テル。陛下達は逃げたか?」
ギルドに入るなり声を掛けて来たのはギルドマスターのゼマティス。
「あの人達は逃げちゃいませんよ。そもそも逃げる必要がない。」
ゼマティスの『逃げた』の一言に少しだけ気分を害したが実際自分もそう考えてしまった事を思い出しなんとか普段通りの口調で返す。しかしゼマティスの方はテルの言う事が分からない。
「あん?どういう事だ?」
「陛下はカムリの軍を足止めする為に『出陣』したんですよ。インテグラーレ公の軍が到着するまでの時間を稼ぐ為に。」
「だが陛下はわずかな供しか連れていなかったんじゃないのか?」
「ゼマティスさん。俺とユキはその僅かな供の誰にも勝てなかった。セリカ陛下にも。しかも彼等は地竜にバイコーン、ユニコーンにケットシーを眷属として引き連れ、しかも風と水の精霊王をも支配下に置いているんです。」
話を聞いたゼマティスは口をあんぐりと開き、持っていたカップは手から滑り落ちる。
「…それはまた…兵の多寡など無関係と言う訳か。」
「それとゼマティスさん。」
テルは貰ったばかりの収納付きグローブから王家の短剣を取り出し、王家の紋をゼマティスに見えるように掲げる。
ギルド内にいた冒険者達や職員も何事かと注目しており、周囲は静まり返っていた。
「これは女王陛下より拝領した王家の短剣。この度の防衛戦は俺が指揮をとる様仰せつかりました。そしてその為の力も。」
再びゼマティスの口は大きく開いたままフリーズし、テルの凛々しさにローランドは目を潤ませる。
やや置いて、
「うおおお!テルが総大将だってよ!面白くなってきたじゃねえか!」
「アタシは乗った!テルの指揮下でやれるんなら命を懸ける価値があるねぇ!」
「俺もだ!魔物の間引きクエストは出られなかったからな!今度こそだ!」
魔物の間引きクエストでのテルの指揮能力はすでに評判になっていた。爆発的に盛り上がる冒険者達。
「ギルドマスターの想像を超えて大物になっていきますね、テルさん達。」
「ああ、まったくだ。みんなの士気も上がって大助かりだな。これなら傭兵たちの集まりもいいかも知れないな。」
テルを見込んだ自分達の判断が間違いではなかった事に誇らしい気持ちになったゼマティスとローランドだった。