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初日の終業式B

 独特な鳥の鳴き声で目が覚めると、ジリジリという蝉の鳴き声が俺の寝起きを悪化させた。横で寝ていたはずの紗綾の姿は布団ごと無くなっていた。Yシャツに腕を通し、学校指定の制服を着た。


「水戸くん、入っても大丈夫?」

「別に気にしないで入ってきていいのに。」

「私が気になるもん。」

「そうだな。ごめんごめん。」

「ご飯用意しておいたから食べてね~。」

「いつもありがとな。」


 彼女を和室に残し、俺はリビングに移動した。彼女が着替えている間に、彼女が用意してくれたご飯と焼き鮭、味噌汁を平らげた。普段ならのんびりと朝ご飯を一緒に食べて、ギリギリに登校するのだが、今日の彼女は何かに追われるように急いでいた。


「あとどれくらいで出られる?」

「歯磨きしたら、もう出られるよ。でも、どうして焦ってんだ?」

「えっと……その、4階に……。」

「そういうことか。」


 ガッツリあいつに惚れてるんだな、佐和。まぁ俺もそれに関しては同意見だったから、洗面所で一通り準備を終えて、鞄を手に取った。


「おし!じゃあ、行こうか!」

「うん!」


 普段ならエレベーターホールに向かうところだけど、今日は階段で一つ下へ。真下にあるその部屋の前に立った紗綾はなぜか俯いたままだった。


「紗綾、どうしたの?」

「な、なんだか緊張して来ちゃって。」

「俺はここにいるから、1対1でゆっくり話しな。」

「でも、三春くんが。」

「俺と一緒にいるように見えればいいんだ。」

「うん。ありがとう。」


 扉を開けた時、その扉で右の非常階段は死角になる。そして、エレベーターホールと階段のある左側に俺が入り、彼女が俺の死角に入るようにする。こうすれば、三春くんからは何が起こっているかは分からない。こちらにも伝わってくるほどの緊張をしたまま、彼女は恐る恐るインターフォンを鳴らした。


 しばらくの間のあと、足音と共に玄関の扉がゆっくりと開いた。扉の向こうに立つ中背の昴は、目の前に俯いたままたたずむ佐和だけをみつめていた。少しだけ、目線を上に上げ、彼と視線を合わせた佐和は、ゆっくりと口を開いた。


「お、おはよう…すばる……くん。」

「おはよう、紗綾。」


 さっきまでの佐和はどこにいったんだろうというくらいモジモジとした彼女。それを前にどうしていいか分からなくなってる昴。俺はこの時、察した。恐らく俺の存在を彼は認識していないと。


「昴。安心しろ、俺もいる。ってか、俺の事見えてなかっただろ。」

「あっ、ごめん。おはよう、水戸。」

「素直に謝られると悲しくなるんだけど?」

「普段ならそんなことないんだけどね。」


 「恋は盲目」を体現する昴。今は姿の見えない彼女が目の前に来たら俺もあんな感じなんだろうか、などと自問自答していると、昴は時計を確認しながら扉を少し大きく開いた。


「ここを出るまであと10分くらいだし、寄ってく?」

「いいのか?」

「規定は『許嫁以外の異性と二人きりになることの禁止』と『公で他の異性と交遊することの禁止』だからね。」

「確かにな。あっちもそこは盲点だろう。」


 広い玄関を抜け、奥にあるリビングに通された。なるほど間取りはほとんど同じようだ。そう考えると、コイツらの家もなかなか「良い家」なんだろうな。食卓の椅子に腰掛けた頃、ちょうど和室からハルが出てきた。俺の待っていた最愛の人。大分気が抜けていたのか、こちらの姿を確認した瞬間、少し大きな声を発した。


「ゆ、ゆうくん?!」

「おはよう、ハル。迎えに来たぞ。」

「昴!アンタ、ちゃんとアタシが出てきてから招き入れなさいよね!ちょっとでも早く入ってきてたらまだ着替えてるところだったのよ?」

「ごめん、ごめん。じゃああとは宜しくね、水戸。」

「ちょ、ちょっと!」


 顔を真っ赤にして照れるハル。本当に可愛いやつだなぁ。恥ずかしがるその表情が愛おしくて、思わずからかいたくなる。


「恥ずかしいところ見せてごめんね。」

「大丈夫。でも、せっかくだし、明日から5分くらい早く来ようかな~。」

「うぅ……べ、別に、ゆうくんが見たいなら、いいけど……。」

「えっ……?」


 予想外のカウンターにやられ、俺は衝動的に遥との距離をグッと縮めた。少しだけ荒い彼女の呼吸音が聞こえ、呼応するように俺の心拍数も高まった。その距離をもっと縮めようと彼女の顎に手を添えた瞬間、横で二度の大きな手拍子。


「はいはい。二人ともごちそうさま!もうそろそろ時間だよ。」

「佐和。このタイミングで区切ったこと、覚えておけよ~。」

「いいもん。私はこうしてすばるくんの腕にくっつけるだけで幸せだし。」


 こっちの止めたくせになんでお前は昴といちゃついたままなんだよ……。そうツッコもうとした俺よりも先に、横で先ほどまで憂う顔をしていた遥が左手を腰に当てながら佐和たちに向けて指を指した。


「ずるいわよ、さやちゃん!」

「せっかくだし、はるちゃんもやってみたら?」


 なぜウチの同居人は平然としていられるんだろうか。


「そ、それは恥ずかしい……。」

「僕、こんな遥を見たの初めてだよ。」

「うっさいわね!昴は黙ってなさい!」


 そう言いながらこちらを向いて拗ねるハル。彼女ももっと素直になりたいんだろうけど、性格上なかなか難しいだろうな。無論、それが分かっているからこそ、俺はこの子が好きなんだけど。そんなことを思っていたら、自然とハルの頭をポンと撫でていた。


「ゆうくん……ごめんね。」

「大丈夫。俺たちは、俺たちのペースで。な?」

「う、うん。ありがと……。」


 いつまでもその時が続くことを願ったが、目の前で昴の腕にくっついていた佐和がゆっくりと離れたのをみて、その時が終わったことを察した。


「よし、昴。そろそろ行く時間だろ。うちの子、よろしくな。」

「そのまま返すよ。紗綾のこと、よろしく頼む。」


 さっきまで目の前でしょんぼりとしていたハルも、こういったことに慣れているからなのか、大きく息を吐き出すと、昴の横に立ち、スッと彼の手を取った。


「さっ、行こうか。遥。」


 だが、意外にも不本意そうだったのはうちの同居人、佐和。


「む~。」


 これまで彼女がこれほどまで駄々をこねる姿は見たことがなかった。恋の力のいうのは一日でこれほどまで人を変えてしまうのか。もちろん、俺が昨日の夜、あの二人に何があったかを知る由もないが。チラッと俺の方を見たハルもまた不本意そうな顔をしていた。そしてその表情のまま、彼女は佐和に目線をやった。


「むくれないで、さやちゃん。アタシだってこんなやつと手は繋ぎたくないのよ?でも、招き入れちゃった以上、許嫁関係が存続してることをアピールしないと何されるか分からないから、しょうがなくやってんの!」

「遥……ひどい言い様だな。」


 少し困った顔をしたハルと昴に、とりあえず助け船。


「まぁ、その間は俺で我慢してくれよ。佐和。」

「……うん。」


 やっと機嫌を直してくれた彼女に安堵し、優しく彼女の手を握った。そこで、佐和も我に返ったようで、俺の耳元で小さく「ごめん」とだけいうと、テクテクと玄関へ向かった。ほんの少し先を歩く家主二人の姿に、若干の嫉妬心を抱きながら、俺たちは昴たちの家をあとにした。



◇◆◇◆◇



「明日から夏休みだよね。やっぱり部活とかあるの?」

「もちろん。さすがに体育館が使える日だけだけどな。」

「そうなんだ。」

「調理部は全休?」

「そんなことないよ。……水戸くん、文化部馬鹿にしてない?」

「してないしてない。」


 したらハルに怒られちゃうしな。


「ちゃんと夏合宿あるし、新作メニュー発表会とかもあるんだよ。」

「結構やることあるんだな。」

「うん。夏休み明けには小さいけど大会もあるし、今が頑張り時なんだ。」

「そっか。じゃあ一緒に頑張ろうな!」

「うん!」


 特に変わらない日常。こんな時間に普段登校することはないので、目の前にこの二人を見て歩くのは初めてだったが、不思議とそれが気になるということはなかった。どう聞いてもあの二人の会話は不自然だし、俺も紗綾もそれはさすがに分かった。恐らくこちらを気にしているのだろうか、二人はどんどんとその足を早め、やがてお互いの話していることは聞こえなくなった。


校門に設置されたカードリーダーに学生証を読み込ませ、セキュリティーばっちりの校内に入ると、前の二人は入ったところで待ってくれていた。俺たちがこうしてのんびりと学校生活を送れるのも、昨日、三春くんを気にしないで自分の思いを伝えることが出来たのも、学校を囲う高い塀と高いセキュリティーのおかげだ。


「水戸、歩くの遅いぞ~。」

「ご、ごめんね、すばるくん!私が遅かったんだと思う。」

「そ、そうなんだ。じゃあしょうがないか。」

「昴。手のひら返しが過ぎるぞ~。」

「あはは……なんのことやら。」


 相変わらず調子の良いやつだな、昴は。ただ、俺もさっさとハルに会ってのんびり話したかったので、それ以上のツッコミはやめた。


「おいで、ハル。」

「い、言われなくても行くわよ。」


 俺と昴がだらだらと喋っている間もチラチラと遥がこちらに目線をやっていたので、呼んでみたんだが、まさかこんなに素直に向かってくるとは思わなかった。少しずつ素直になろうとしてくれてるのかな。


「ハル、寂しかった?」

「そ、そんなわけないでしょ!……ご、ごめん。癖でつい。」

「大丈夫だよ。昨日つきあい始めたばっかりだし。」

「うぅ……なんか手の上で転がされてる気分ね。」

「心地悪い?」

「そんなわけないでしょ。アタシは好きでアンタと一緒にいるんだし。」

「ありがとな。そういえばハル」

「へっ?!」


 ビクンと反応しながらこちらを見上げるハル。改めてこういう場所で呼ばれるのが恥ずかしいようで、頬は真っ赤。


「ハル。」

「な、なによ!」

「可愛い。」

「か、からかわないでよ。バカ。」


 頬を少しだけ膨らませ怒るハルもまた愛らしい。さすがに紗綾たちの用に公の場でいちゃつこうとは思っていないので、上履きに履き替えながら本題に入る。


「今日の放課後はどんな感じ?」

「アタシはいつも通り音楽室で練習よ。」

「あっ、そっか!もうすぐライブなんだっけ。」

「そうなの。ゆうくんはお休みなんだっけ?」


 さすが昴と一緒に住んでいるだけあって話が早い。ウチの部活は体育館さえ空いていれば毎日練習が入るのだが、今日はバスケ部の練習試合が終業式のあとにあるので休み、というわけだ。


「休みだと暇なんだよな~。部活見に行って良い?」

「だ、ダメよ!恥ずかしいもん!」


 ムキになるハルの照れ顔にほっこりとしながら教室に向かう途中、ふいに後ろから男子の声がした。


「内原、おはよう。」

「勝田先輩。おはようございます。」


 俺よりも大分背の高い彼は、にっこりと笑っていた。絵に描いたようなイケメンだ。


「ハル。こちらは?」

「は、ハルって呼び方やめなさいよ!」

「おっ。やっと内原も落ち着いたんだな。」

「何言ってんのよ、先輩!」

「まぁまぁ怒るな。俺は軽音楽部に所属している勝田だ。」


 あまりハルの周りの人をちゃんと知らなかったけど、こんなイケメンがいたのか。さすがにちょっと妬くな…。そんなことを思っていると、勝田先輩は俺の耳元でそっと囁いた。


「安心しろ。俺は内原にもうフラれてるから。」

「えっ?!」

「だから安心してくれ…えっと」

「水戸悠治です。」

「よろしく、水戸くん。」

「はい。」


 なんとなく感じた悪い予感はやはり的中した。自分でもびっくりするほど俺は不安を感じていたらしく、言葉がいつになく冷たくなっていた。


「水戸くん、今日の放課後は空いてる?」

「はい。」

「じゃあ見に来ない?うちのバンド練習。」

「せ、先輩!ダメに決まってるじゃないですか!」

「いいだろ?せっかくだし自分のバンドメンバーにちゃんと紹介してやれよ。」

「そ、そんなんじゃないって!」

「その子、彼氏じゃないの?」

「な、なんで分かるのよ~。」

「内原が必死で否定してる時は図星の時だからな。まぁ、内原も良いって言ってるし、是非来てくれ。」

「言ってない!」

「は、はい!ありがとうございます!」

「ゆうくん!」


 自分でも吃驚するほどの手のひら返しを行った俺は、いつの間にか勝田先輩の手を握ってお礼を述べていた。横で少ししょんぼりとしたハルの頭を一度だけポンと撫でた。


「やめてよ、ゆうくん。アタシは凛々しいキャラクターで通ってるの!」

「そうだったね。じゃあ、放課後までは少し距離置いておこうか。」

「……意地悪。」

「素直じゃないなぁ。」

「……知ってるくせに。」

「ごめんごめん。じゃあ、いつも通り話そうぜ」

「うん!」


 やっとほっとした表情を浮かべて笑うハルに逆にどきっとさせられた。こういうところがあるから油断できないんだよ、この子は。こういう場面でハルにこんな笑顔を見せられたらどんな男も惚れるだろうな。俺も頑張らなきゃな。


「またあとでね、水戸。」

「ちゃんと内原が集会で起きてるか監視しとくわ。」

「そんなことしなくていい!」

「はいよ。それじゃあ、先どうぞ。」


 教室が近づいたあたりでお互いにそう挨拶し合うと、俺とハルは少しずつ距離をあけ、彼女を先に教室に入れた。『許嫁』というお互いが持っている事情は割と学校でも知られているので、突然クラスにばらすのは事をややこしくすると俺たちなりに判断したからだ。


「おはよう~」

「おはよう、はるちゃん。今日は少し遅かったね。」


 中からハルを歓迎する声が聞こえてきた。文化祭も含め、地元の祭りだったりいろんなところでライブをやってきた実績もあって、女子からも実はかなり人気だったりする。あの見た目でかっこいいのは正直反則だと思う。


「そうなのよ。勝田先輩に捕まってね。」

「アイツしつこいね~。」

「そんなこと言わないの。一応先輩よ?」

「ごめんごめん。そんなことよりさ、ライブ楽しみにしてるよ!はるちゃんのギター!」

「えぇ。みんなに出来る限り良いものが届けられるように頑張るわ!」

「はるちゃん、かっこいいな~」


 去年までは、当時の軽音楽部部長たちと一緒にガールズバンド『PoinSettia』を組んでいて、かなり人気だった。今でも、卒業した先輩達と外部のライブハウスで演奏していて、集客力もある。部活が毎週土日にあるので実際に行ったことは無いが、行ったことのある友人曰く「アレは売れる」らしい。彼女たちがそんな会話が盛り上がっている間に、ぬるっと教室に入った。


「おはよう、水戸。今日はずいぶんと早いな。」


 出迎えてくれたのはいつもつるんでいる高浜と神立。失礼なことに二人とも驚いた表情だった。


「そうか?いつも通りだぞ。」

「チャイムと同時に入ってこないと水戸じゃないぞ。」

「明日は雪だな。」

「ひでぇ言われようだな。」

「高浜は逆にいつもより遅かったし……やっぱ明日は雪だな。」

「それはしょうがないだろ?銃声が聞こえたんだぞ?寝付けなくもなるわ!」

「そ、そうか。」


 三春さんの影響が思わぬ所に出ていて少し焦った。これまであんなことなかったもんなぁ。少しだけの冷や汗を掻きながら荷物を置いてからは、いつものしょうもない談笑。高浜の夜中の過ごし方とか、神立が野球部の遠征で出会った不思議な対戦相手の話とか。こんなことを話している時間だけは、自分の家の事情とか気にしなせずにいられる。教室の真反対側でハルと俺はそれぞれの時間を過ごした。



しばらくして、金町先生が教室に入ってくるやC組一同を廊下に並ばされ、終業式兼全校集会の行われる体育館へ向かった。



◇◆◇◆◇



 C組の列の後ろから5番目の指定位置に座った頃、全校集会を始めるための教頭の司会が始まった。「起立」という声を合図にダラダラと立ち上がった俺たち。さすがに夏休み前と言うこともあり、さっさとそちらに移行したい気持ちでいっぱいという意思表示が見事に一致した。一礼し、着席を命じられた俺たちの動きに合わせて、壇上に上がった校長先生は胸ポケットから四つ折りの紙を出した。どうやら俺たちの思いは届かなかったようだ。

5人分前のあたりにいる彼女と談笑したら朝の工夫が無駄になるし、いつも一緒に喋っている後ろのやつらは「俺、午後から試合だから」「俺も」とこのあとに行われる練習試合に備えて軒並み休息を取り始めたので、本当にすることがなくなった。すると、横から小声で同じバド部の植田が話し出した。


「ねぇ、水戸くん。今日このあと暇?みんなでカラオケ行かない?」

「ごめん!めっちゃいきたいんだけど、今日用事があるんだ。」

「そっか!あの許嫁の件?」

「いやいや。今日は先に予定が入っててさ」

「そっか。残念。」


 植田はそう淡々というと、自分の前に座る内郷に同じ件を話し始めた。背の高い連中バスケ部とバドミントン部ばっかりだからなぁ。俺も少し寝るか。



目が覚めたのは、植田が肩を揺らして起こしてくれたときだった。


「おはよう、水戸くん。」

「ありがとう。」


ゆっくり現れて、さっさと帰る集団であるC組のこういった行動における団結力は凄まじい。颯爽と教室に戻り、先生も「とりあえず、宿題は計画的に終わらせること。せっかくの休みだ。やりたいことはちゃんとやれ。ちなみに先生はスキューバーダイビングだ。以上。」と手短に挨拶を終えて帰りのHRを終わらせた。


「じゃあね、水戸。」

「じゃあな、内原。」


 教室での別れをハルにつげ、朝と同じように時間差をつけてそれぞれ音楽室へ向かった。



◇◆◇◆◇



「おっ、本当に来たね。」

「もちろんです。彼女が演奏してるところ、見たいので。」

「言うね~。」


 勝田先輩に苦笑されながら奥に案内されると、既に他のバンドがステージのようなところで演奏を開始していた。その音楽室の端で他の部員と談笑しながらチューニングを行うハルの姿があった。どこで着替えたのか、彼女の所属しているガールズバンドの名前が入ったTシャツを着ていた。


「あっ、お出ましだよ~。」

「うわぁ、割とイケメンじゃん。遥ずるいな~。」

「ゆ、ゆうくん……。」


 ほんのりと化粧をした四人に囲まれたハルはギターを専用の道具に置くと、照れくさそうにこちらに向かって歩いてきた。そして、それを茶化すように後ろからその四人も付いてきた。


「じゃあ早速紹介宜しくね~、遥。」

「うん。うちのバンドのベースの佐倉千歳さん、ボーカルの日向瑞紀さん、キーボードの松尾穂乃花さん、ドラムの飯岡望さん。今は皆さん大学生で、この部活のOBよ。」

「よ、宜しくお願いします。」


 近くで見ると彼女たち五人からは芸能人のようなオーラを感じた。ウチ一人は最愛の人だというのに、徐々に緊張している自分がいた。それを察してくれたのか、率先して話しかけてきてくれたのは、ベースの佐倉さんとボーカルの日向さんだ。


「緊張しないで。私達も去年までは君たちと同じようにここに登校してきてたんだから。」

「は、はい。」

「で、遥。早く彼紹介してよ~。」

「う、うっさいわね~。今やるってば!」

「相変わらず先輩にも容赦ないな~。」


 タメ語で先輩達と話せるのも同じバンドが長いからか。微笑ましい風景を他人事のように見ていたいところだが、間もなく巻き込まれるのは明白だ。


「こ、コイツは……アタシの同級生の水戸悠治よ。」

「えぇええええ。」

「同級生は見れば分かるって?」

「遥がごまかした~。えーん。信じてたのに~」

「先輩達、うるさい!」


 一斉にブーイングが起こる。先輩達もなかなかに容赦が無い。


「ってことは、ウチがアプローチしちゃっても良いの?」

「えっ、ダメダメダメ!」

「なんで~?いいじゃん!」


 彼女を茶化すのが面白くなってきたのか、後ろで見ていたドラムの飯岡さんが手を上げて彼女の両肩に手を乗せて、ニヤニヤしだした。


「ダメなものはダメなの!」

「先輩方、すみません。自己紹介します。ハルの彼氏やってます。バド部の水戸悠治です。」

「ば、バカ!何勝手に彼氏名乗ってるのよ!」

「観念しな、遥~。」

「うぅぅ…。」


 ハルはこっちを気にして必死に堪えようとしてくれていたが、これ以上隠すことを頑張ってもらうのも心苦しくなったので思わず名乗り出てしまった。だが、彼女にとって、それはまたそれで相当なダメージだったようで、ウルウルとした目でこちらを見ていた。


「ご、ごめん、ハル。」

「別に良いけどさ。」


 首をそっぽに向けたまま、彼女は楽器の方に戻ってしまった。耳が真っ赤になっている辺り大分恥ずかしかったのだろう。


「あとは任せて、水戸くん。」

「すみません。宜しくお願いします。」


 前のバンドの演奏が終わり、楽器の片付けに入った。彼らも良かったが、コピーバンドと言うこともあってどうしても本家と比較してしまうなぁ。素人ながらそんな感想を抱きつつ、ステージ前に用意してあった部員用の椅子に僕も座らせてもらい、彼女たちの登場を待った。誘導してくれた勝田先輩はそのまま俺の横に座った。


「水戸くん。普段ライブとか行くの?」

「部活があるので、ほとんど無いです。」

「そっか。じゃあたぶんびっくりするんじゃないかな、彼女たちに。」

「そんなにすごいんですか?」

「すごいから、惚れたんだよ。あのバンドにも、彼女にも。」


前のバンドの撤収を確認すると、PoinSettiaのメンバーは音楽室のステージに移動し、そのまま準備を始めた。ハルは銀色のよく分からないケースを広げ、たくさん並んでいる変な機械の端っこから出ている太いシールドをアンプに差し込んだ。そこから、ハルはこちらを一度も見ることなくアンプとにらめっこ。改めてチューニングを確認すると、ギターの音出しを開始した。淡々と有名洋楽の早弾きリフを試奏すると、小さく「良し」と呟いて前を向いた。音楽室奥を見ているのは、恐らく俺を見ないためだろう。


「PoinSettiaです。今日は部員以外にもお客様がいるので頑張りましょう~」


 MCを兼ねた日向さんのマイクチェックにも全く動じることなく、ハルは運指を確認していた。バンド全員が飯岡さんと目を合わせてから数秒。飯岡さんはスティックを顔の高さくらいに上げ、数回カウント。一拍の間の後、一斉に鳴り出す楽器達。オリジナル曲なのでもちろん何か比較することはできないし、音楽に関しては完全に素人なのでちゃんとした評価みたいなのはできない。ただ、間違いなく彼女たちはうまかった。それは素人の俺が聞いても分かる。安定したリズム隊とその上で楽しそうにギターをかき鳴らすハル。目を疑うような速さで左指が動いているのをみて思わず自分の彼女であることを忘れ、普通のアーティストのライブと同じように体がリズムを刻んでいた。


「すごいだろ。」

「はい。」


 俺も勝田先輩もステージから目線を外すことは無かった。


「じゃあ、二曲目いきまーす。」


 ノリノリな演奏とは裏腹に淡々と進めていく彼女たちに、俺は完全に夢中になっていた。



◇◆◇◆◇



 演奏を鑑賞し終わった俺は、気持ちはファン目線になっていた。演奏した五曲はどれも疾走感のあるポップロックスだったが、そのどの曲にも個性があり、キャッチーなフレーズばかり。横にいた勝田先輩は自分のバンドの発表のためにギターケースのある倉庫に向かい、ステージから降りた彼女たちが輝いて見えた。先輩方が再び先ほどの位置に戻って談笑する中、ハルは楽器を抱えたまま、こちらに向かってきてくれた。


「ど、どうだった?」

「かっこよすぎた。」

「あ、ありがとう。アタシ、これくらいしか特技無いからさ。」

「あまりにかっこよすぎて、少し遠く感じたよ。」

「ほ、ホント?」

「うん。」

「うれしい。」


 彼女は純真な笑顔を浮かべていた。あまりに穢れのない笑顔だったからか、楽曲がアップテンポで盛り上がっていたからかは分からないが、心拍数は恐ろしいくらい高まっていた。


「これから反省会だから。他のバンドも楽しんでいってね。」

「ありがとう。」

「じゃあ……アタシ、先輩たちに呼ばれてるから。」

「うん、いってらっしゃい。」

「いってきます、悠治。」


 周りをチラッと見回し、それぞれが忙しそうにしていることを確認したハルは、ゆっくりと顔を俺の頬に近づけ、優しく触れた。


「えっ。」

「今日のお礼よ…ありがと。」


 呆然する俺を置いたまま、ハルはPoinSettiaの面々が待つ方へ移動した。その光景を見ていたらしく、そのあとやたらと冷やかされていたが、先ほどまでとは違い、彼女は幸せそうな笑顔のままそれを受け容れていた。



アイツには敵わないな……。

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