《ゲリラボス》4
特殊アバター『キュウ』こと、MPS AA-12は地下駐車場から離れた大通りを一人歩いていた。
自らの一部である全自動散弾銃のスリングをかけ、片手に持った車載用の発煙筒を高く頭上に上げながら。
「うーん……。」
せっかく外に出てきたが、何やら浮かない顔である。
手に持った発煙筒を振り振り、足元にあったコンクリートの欠片を蹴っ飛ばす。
歪な形をしたそれはカランカランと不規則に跳ねながら転がったが、狙っていた路肩の排水溝にはまることなく何処かへ行ってしまった。
「むぅ……」
飽きてきた。
さっきまではそこそこ楽しかったが、いつまでたっても主の言っていた《鬼》は来ないし、あのころころ転がる四本足もさっきから息を潜めている。
駐車場で集めてきた発煙筒も初めは花火みたいで楽しかったが、五本目になるともうつまらない。
楽しそうなものがあれば何もかもを放っぽり出して飛び付いいくが、つまらないと感じるものはとことん嫌い。
主から引き継いだ性質があるのだとしたら、たぶんそれだろう。
彼女は首を傾げると、燃え尽きてしまった発煙筒を捨ててもう一本の発煙筒を発火させた。
上空から見ると、高い建物の中からたなびく煙があっちこっちへ歩き回っているのがよくわかる筈なのだがーー
「……ん?」
ふと、彼女は空を見上げる。
曇り空は相変わらずむすっとしているが、その向こうから何かが聞こえてくる気がした。
ばだばだ、ばだばだ……
「わ」
それを見上げたキュウは瞬きをした。
真っ黒くて、大きくて、怖い顔がついたヘリコプター。
それが煙に釣られて高度を下ろしてきたのだ。
毛やら触角やらでもさもさした頭がこっちを見ている。
どうやら、特殊アバターという珍客に昆虫の脳みそを悩ませているらしい。
だが、別にキュウにとってはそこまで悩む事態でもない。
主に言われた通り《鬼ごっこ》に誘えばいいだけなのだ。
確か鬼を決めるじゃんけんはいらないと言われたが、だとしてもひとつ挨拶をしてやる必要はあるらしい。
「あ、そうか。」
それを思い出したキュウは、榴弾を装填した散弾銃を構える。
「えい」
そして、迷いなくその引き金を引いた。
だんだんだんだんだんっ
火薬の燃焼ガスに弾かれた榴弾が、ヘリコプターの堅牢な装甲の表面でいくつも爆ぜる。
だが、重機関銃の放つ12.7ミリのライフル弾さえ耐えしのぐ装甲はその程度では剥がせない。
寧ろ、この空飛ぶ戦車にとっては挑発行為でしかなかった。
ローター音と奇妙な叫び声を上げると、ベルゼブブは上半身が装備した機関銃二機と30ミリの機関砲で、目の前のロリータ服に大量の弾丸を放つ。
「ふわっ!すごーい!?」
それに驚いたキュウはぴょんと跳び跳ねると、脱兎の如く逃げ出す。
その逃げ足が結構早い。
意図的にか、それともただ気紛れなのか、あっちへこっちへぴょんぴょんと方向転換を続ける逃げ方は、機銃の放火もロケット弾もまるで追い付けない。
「ミケ!ミケ!見てる、すごいよ?弾がね、雨みたいに飛んでくるよ!」
怖がっているのか面白がっているのか、てんで分からない具合で言いながら、迷彩ロリータは町中を逃げ回る。
「えっと、あっちだっけ?こっちだっけ?」
時折首を傾げつつも、主の元へと走る。
●●
さて、準備は整った。
私は傍らに置いた巨大なドラム缶の束に手を着いた。
三つ束ねたでかい缶の中で、液体がたぽたぽ言っている。
さっきの燃料庫にあったもので作った特大焼夷爆弾モドキ、名付けて『ミケゾウカクテル』である。
地下駐車場に隠されていた燃料庫。
あれは誤ってディストラクターの爆炎が及んだ場合に、地下駐車場ごと吹き飛ばすという洒落にならないトラップ部屋だったようだ。
だが、私に見つかってしまった以上それだけで終わると思うなかれ。
先ずはそこら辺にあった燃料をよく錆びた空のドラム缶に半分より少し注ぐ。
ちなみにSOGOの世界には『燃料』しかない。
ガソリンも無いし灯油も無い。軽油も無ければ重油も無く、ただすべてが等しく『燃料』であり、車だろうがストーブだろうが全て同じ『燃料』で動く。
ちなみにこの『燃料』はガソリン等と同じく、よく燃えてよく揮発する。つまり物凄く爆発する。
燃料を注ぎ終えた次は、駐車場の放置車両を漁りに漁って集めた一円玉や車の部品他アルミ製品を、その辺に転がっていた工具やら何やらで粉々にする。
それを火薬庫の扉から剥ぎ取った錆の粉末と混ぜて、燃料ドラム缶に放り込んだ後によくよくシェイク。
それを計三つ用意する。
続いて、SOGO内の超ベンリアイテム『ガムテープ』を用意する。
この手のゲームでは某国製のダクトテープなんてものの方が人気だが、だからといってここのガムテープを侮ってはいけない。
SOGO印のガムテープは非常に便利で優秀だ。
強度、粘着力がそれぞれ5段階で、性能だけで合計25通り。色は全6色、サイズ(横幅)は3段階なので全部合わせると450種類。
恐るべきガムテープ愛である。これほどガムテープを愛するゲームが他にあるだろうか。
その中で私がいつも持ち歩いている、強度、粘着力、共にマックスの黒いLサイズのガムテープがある。
一度くっついてしまえば私の馬鹿力を総動員させたとしても始末が面倒なそれで、ドラム缶三つをがっちりと束ねる。
このとき、装備に入れておいたプラスチック爆薬『C-4』と時限発火装置を巻き込んでおくのも忘れてはいけない。
粘土状でレンガのように整形されたC-4爆薬を惜しみ無くドラム缶に張り付けて、時限発火装置から導線を繋げた雷管をぶっさしてテープでさらにぐるぐる巻き。
爆薬と燃料の塊『ミケゾウカクテル』の完成である。
総重量なんてお構いなしに作ってしまったものだから、到底人間ひとりに持ち運べるような規模ではない。
だが、私にはできるのである。
この重機が要りそうなレベルの代物の運搬が。
八階建てのアパートの屋上で、私は額の汗を拭う。
担いできたドラム缶の束に肘を着きながら、そろそろやって来るであろう敵に静かな闘志と殺意を燃やしていた。
「見てろよハエ野郎……私を怒らせたことを後悔させてやる。」
無論、ただ外を飛び回っていたベルゼブブからしてみれば、私の怒りなど全くのとばっちりでしかないのだが、もうそんなことはどうでもいい。
私は今、猛烈に何かを爆発させてやりたいのだ。
なるべく巨大なものを、なるべく派手にだ。
となるとここにはやつしかいない。
撤退封じはとっくに解除されており、持ち帰る物を失った今、私たちがここに止まる理由はない。
だが、やらねばならない。
やらなければ気がすまないのだ。
もう少しでここの下をキュウが横切る事になっている。
そして恐らくそれより少し上をあの巨大なハエ野郎が横切る。
私は時限発火装置を三秒で設定すると、耳を澄ませた。
……近付いてくる。
風の音に混じって、あの羽音と派手に火器をぶっ放つ音が。
キュウの安否は少々不安だ。
だが、本体がここにある以上ロストの心配はないだろうし、あれでいて結構タフなのが彼女の特徴だ。
ーーむしろひとりであのデカブツを叩き落としていたりなんかして……
そんなことを考えている内に、「ミーケー!」という声が聞こえてきた。
ヘリの放つ騒音にほぼ掻き消されているが、その存在を認めるには十分だった。
「さて……と」
私はドラム缶三つをぐるぐる巻きにした物体を頭上に高々と持ち上げる。
ひと昔前、でかい剣やボウガンで巨大なモンスターを狩るというゲームが流行っていたそうだが、そのゲームには自分の体よりもずっとでかい爆弾を担ぐ猫がいたらしい。
「私かって……」
彼らへのリスペクトも兼ねて、派手に行こうと思う。
遠くに高速で接近してくるヘリコプターを発見、私は軽く助走をつける。
接近する羽音、高度は私と同じくらいか。
私の位置とヘリの位置がすれ違うその寸前。
時限発火装置のスイッチに触れる。
「おりやぁぁっ!」
私の全筋力をもって、ドラム缶爆弾をぶん投げた。
かなりの勢いで放たれたそれは、ベルゼブブの回転翼に命中。
翼がひしゃげて、亀裂の走ったドラム缶が内容物をぶちまける。
金属粉末混合液はしっかりと敵の上半身に降りかかり、缶の中で気化していた燃料が放たれた。
そして、そのタイミングで雷管から爆薬に火が走る。
空気が振動した。
巨大エネミーの悲鳴と、派手な爆音。
気化した燃料と爆薬は爆炎と衝撃波となり、火のついた燃料はアルミと錆のテルミット反応で2000度超えの目に眩しい灼熱地獄と化す。
「ふははははは!どうだハエ男め、私の怒りに焼かれる気分は!?」
世界広しと言えども、八つ当たりひとつにここまでする女はここにしかいないであろう。
私は狂ったように笑いながら屋上の手摺をぐらんぐらん揺さぶる。
いくらボスエネミーと言えどこの攻撃に耐えられる訳がない。
蝿の悪魔はあえなく墜落、凄まじい音を立てた後、高く煙を上げた。
とばっちり爆弾の大勝利である。
頭の後ろで腕を組み、私は晴れ晴れとした表情で屋上を後にした。
「ああ気分爽快。レミィの爆発物対応講座……覚えててよかった。」
さすが、この場にいなくてもレミィはレミィだ。
明日からはきちんと話を聞くようにしよう。
……今夜寝る前にまた思い出せればの話だが。
「うっわあ……あちい、きもい、けむい、くさい……」
地上に下りた私は、その惨状に口を開けた。
機体の方はともかく、生身部分の状態が酷い。
細かな描写は精神衛生面を考慮し省かせて貰うが、いい具合に焼き上がっているとのみ表現させていただこう。
しかし敵とは言え、炎に焼かれて死んでいく様というのはえぐいものである。
まあそれも結構痛快だ。
性格の悪い奴もいたもんである。私なのだが。
「いやあ、くわばらくわばら……」
「くわばらってなに?」
「おわっ……!?」
突然横から出てきたキュウに、私は飛び退いた。
少し埃を被っているが、結構無事だ。
「キューちゃん、怪我とかしなかった?」
「しなかった!」
「……すごいなおまえ」
「すごいよ!」
えへん、と胸を張るキュウ。
自前のミサイル二機が誇らしげに揺れていた。
……畜生。訳は聞くな。
まあ、彼女はよく働いた。
後で褒めまくってやろう。
キュウは安上がりだからこの点助かる。
さて、いちいちこんなキモチワルイ物の火葬に付き合ってやっている私だが、別に趣味でやってる訳ではない。
「出た。」
「わ、きれい!」
黒煙を上げる体から出てきたのは、私の頭ぐらいのサイズの赤い結晶。
これが今回の目標、《FLAG》である。
菱形っぽい形をしていて、某最後のファンタジーのクリスタルを想像してくれれば分かりやすいと思う。
あれをどうにか破壊せねばならんのだが、それにも色々とルールがある。
基本、殴っても蹴っても撃っても爆破しても構わないが、その動作主が半径三メートル以内にいなければ何をしたって壊れない。
特殊アバターを連れていたりスクワッドを組んでいる場合は、マスターかリーダーがその範囲内にいる必要がある。
つまりそれに該当する人物が途中で死ぬなり逃げるなりしたら『撤退』しかできなくなるので、非常に迷惑ということだ。
ということで私もそれを破壊したいのだが、ここで問題が発生。
「うわ、あっつ。」
「ミケ、やけどしちゃうよ?」
私は近づけた手を引っ込めてふうふう吹いた。
このハエ男が派手に燃えているもんだから、熱くて三メートルも近付けない。
一部私のせいでもあるのだが。
「なんか今日は物凄くついてない気がする。」
ということで、何の罰ゲームなんだかこんな気持ちの悪い物を前にキャンプファイアーでもするみたいにお座りである。
いったい私が何をしたっていうんだ。
そりゃあ今ここにレミィがいたら「つまらないことをするからです」と怒られるのだろうが、いや、そう言うことではないのだ。
目の前でめらめら燃える機体が音を立てて傾く。
さっさと燃え尽きてくれないものだろうか。
でないと帰るに帰れない。
私はあくびをしながら寝そべる。
だが、その時だった。
「ミケ!」
キュウの悲鳴にも似た叫びで私は飛び起きた。
その声の帯びたただ事ならぬ気配が意識を完全に覚醒させる。
咄嗟に手元のM11-87を構えたが、その目前に突き付けられたのは対戦車ミサイルだった。
焼けただれていた上半身が炎のなかで頭を持ち上げる。
「!?」
ギチギチと音を立てながら、エネミーの機体部がミサイルの軌道に私たちに入れようと傾いている。
灼熱地獄に包まれる中、最後の最後にこのボスエネミーは己の最大火力を放とうとしているのだ。
こんな状態で放たれてしまえば、私たちはひとたまりもなく吹き飛ばされる。
向けていた銃を咄嗟に離して、AA-12と共にキュウの方に投げる。
せめて彼女らの本体だけでも安全圏へ……
炎のなかで、焼けた爛れた怪人が雄叫びを上げている。
「……ああ、畜生」
最後の一瞬に、私はキュウを殴り飛ばした。
どこまで距離を作れるか分からないが、大丈夫だ。彼女の頑丈さで耐えうる最大の力で、遠くまで。
「……ミケ?」
キュウの目を丸くしているのが見えるのに、私の頭の中にあるのはここにはいない別の人間の顔だった。
まさか、死ぬ間際にまであの怒り顔を思い出すことになるとは。
もう見れなくなるのが、少々残念だ。
「レミィに伝えろ!私、おまえのこと……」
バギンッ
何か鋭い音がした。
「え?」
向き直ってみると、そこに蝿の頭は無かった。
誰かの射線を示す白いラインがその頭部があった場所を貫き、どこか遠くへと一直線に延びている。
狙撃か?
対物級の大口径ライフル、頭部の堅い装甲を意図も簡単に貫く威力は徹甲弾か。
とにかく、その弾丸が私を救ったのだ。
「レ……ミィ?」
思わず彼女の名を呼んだが、そんなはずはない。
彼女はここにいないし、そもそもこんな火力と精度のある武器を持たせたことはない。
「じゃあ……」
私の目は薄れていく直線の元を追って、ある高い建物に行き着く。
そして、ちょうどそこから飛び立つ小さな影を見た。
「……?」
まるで蚤のように建物と建物の間を跳んでいくそれの正体は、最後の最後まで分からなかった。
「……み、ミケえ……痛いよう……」
「うわっ、キューちゃん!?」
私に突き飛ばされたキュウが涙目でこっちを見ていた。
私が慌てて近寄ると、地面に転がったままばたばたと手足を振り回す。
「ひどいっ!キュウのことぶつなんて、ミケのいじわる!」
「ご、ごめん……あれはキューちゃんのこと助けたくてさ……」
「それに!」
さっき私から押し付けられたM11-87を握りながら頬っぺたを膨らませる。
決まり悪く黙る私に、彼女にしては珍しく怒っているのと泣いているのを足して割ったような顔で言う。
「キュウがこれ持って帰ったら、レミィ絶対怒るもん!そんなのやだよ、ミケも一緒に帰らなきゃ!」
ああ、そうか。
私は今さら怖くなった。
あそこで私が死んでいたら、キュウはレミィにひとりでその事を話さなければならない。
ひとりで帰って、ひとりでレミィを探さなければならない。
そんなのだめだ。
誰が許したって、そんなことがあってはいけない。
「そ……そうだよね……ああ、そうだった。ごめんごめん。……ああキューちゃんのだいふくー!」
「むにぃ~!?」
畜生。いきなり染みることを吐かす奴である。
キュウの膨らんだ頬っぺたを無理矢理ぐにぐに引っ張って誤魔化し、私は立ち上がった。
完全に息絶えたベルゼブブは黒い煙となって燃え尽きて、フラッグを空け渡す。
キュウからM11-87を受け取りながら、私は結晶へと歩みを進める。
「帰るよ、キューちゃん。早くしないとレミィに怒られる。」
「……もう十分怒ってたよ?」
「げ」
ああ、そうか。
私が飛ばされた後もレミィの側にいたのがキュウだ。
「うわ……帰る気失せてきた」
暫くはあの顔とおさらばできそうにない。
帰ってからのレミィの怒り様が目に浮かぶ。これは外出禁止程度で済むだろうか。
赤い結晶に銃口を向けながら、私は頭を掻いた。
まあいいか。
怒ってくれる内は平和なのだ。
私は引き金を引き、結晶を撃ち抜く。
《目標達成》のテロップが流れて、エリア移動が始まろうとする。
「ねえ、ミケ?」
「なに?」
不意に尋ねてきたキュウに、私は振り返って見せる。
キュウは首を傾げると、人差し指を顎の下辺りに当てながら言った。
「ミケ、レミィになんて言おうとしてたの?『おまえのこと』までしか聞こえなかった。」
「そっ、それは……っ」
大事なことはすぐに忘れる癖にこの頭すっからかんは……
私はそっぽを向いた。
「知らん、全然知らん。」
ミケゾウカクテルこと急拵えの焼夷弾。
酸化金属をアルミニウムで還元させ、その過程で熱と光が発生するテルミット反応というものをかじらせていただきました。
実際にはアルミを集めるにも一円玉じゃ足りませんし、車のパーツでも合金ですから満足に反応しません。そもそも工具ひとつで粉末化も難しいですし……実際に地下駐車場は爆弾作りには向かないようです。とにかく皆さんは火炎瓶なんて作らないのが一番ですよ。
他にもつっこみどころはたくさんありますが……ゲームですので、ね。
それでは、ご意見ご感想、気軽にどうぞ!次回もお付き合いください!