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True End《そして少女は》

 


 声がする。


 どこか遠く、地の果ての方から呼び掛けてくる。


 私の名前か



「……ん……だよ」



 身体に力が入らない。脳に血が回らない。

 とにかく、今はそれどころではないのである。


 しかし、それでも声はやまない。


「……ッソ……」


 目を開けようとした、その時だった。



「おー!きー!てー!!」


 世界が反転した。


「うおおおおおおおおおお!?」


 天と地がぐるりと回り、脳みそが否応なしに揺さぶられる。


「あ!?あ!?あ!?」


「ミケ!早くおきてー!!」


 かさつく目を無理やりこじ開け、私はやっと現状の理解に至った。


 無駄に図体のある女が、私をベットから引き剥がしぶんぶんと振り回している。


「うぉぉ……離せぇ!コラ、キューちゃん!!」


 金槌だって弾き返しそうな空っぽの頭をぽかすかぶん殴り、私は朝一番の雄叫びをあげた。









「あぁぁぁぁあ!チクショー!!」


 数分後。

 どこでどう間違えたのか、裏返しに着ていたシャツを急いで脱ぎながら、私はキュウの焼いた黒こげの食パンを齧っていた。

 世話を焼こうとする努力はありがたいが、正直付き合うのも大変なもんである。


「なんでもっと早く起こさなかったのさ!?」


 やはり、食えたもんじゃないトーストを放り投げると、ソファでキュウが頬を膨らませた。


「キューちゃん起こしましたー。ミケが起きなかったんだもん。」


「クソ!……あぁもう!」


 長い袖を通し、首もとを襟で隠す。


 あれ以来、全身に入れ墨のように残ったひび割れの跡。

 誤魔化すのにもなれてきたが、毎朝面倒な作業である。






 あれから二ヶ月、早いような短いようなである。


 結局、わからないことばかりが残されてしまったが、すべては終わった。

 本当に否応なく、終わってしまった。


 あのあと暫くは円卓の所で世話になっていた。世話になっていたと言えば聞こえはいいが、実際のところは治療半分監禁半分である。特に、あそこを出る際には念入りに釘を刺された。円卓はどうしてもあの騒ぎを広めたくないらしい。


 その間、私と同じくボロボロだったイナリとも話す機会があった。


 アイテムでも直せない、この傷の話。


 あの不気味な世界、errorの話。


 そして、黒山羊はもう私の前には現れないだろうという話。


 正直、半分も理解できない話ばかりだったが、黒山羊についてはなんとなく理解できた。


 奴は知っていたのだろう。私たちの迎えようとしていた結末を。


 黒山羊。

 結局最後まで得体の知れない妖怪変化だったが、やっと奴への執着を捨てられそうである。

 奴が憎かったのは、同時に惹かれていたのは、きっと奴のなかに認めたくない事実を、知らず見透かしてきたからだろう。


 黒山羊。

 常に背後に立つ影。

 光を浴び続ける限り生じる、もうひとつの側面。

 逃げども逃げられず、追えども追い付けず、そんな怪奇な存在。


 レミィの影があの鳥籠だったのなら、私にとっての影はきっと奴だったのかもしれない。






「あ~!!」


 こんな傷でもなければここまで熱心に向かわないであろう姿見を睨んでいると、台所から嫌な悲鳴と破壊音。


「キューちゃん!?」


 あわてて駆け戻ると、何故か漂っていた黒煙に噎せた。


「キュっ……おっまえ……!?」


 また何をしでかした。何をしでかしたらこんなことになる。

 このまま窒息してしまうのも敵わんので窓に飛びつくと、キュウが涙目でこんこん咳をしながらやってきた。


「おまえ……なにやってた!?」

「と……トースター……真っ黒にしちゃったから洗ってた……」


 平手で思い切り自分の額を打つ。

 そうだ、家のキューちゃんはそういう奴だった。私の落ち度である。


「あぁ……」


 何がどうなったのか、台所の壁が真っ黒である。


「どうしよこれ……レ……」



 振り返る。



 そして、思い出す。




 寂しく残された、壁にかかった時計の針の音。








 この家に、もう彼女はいない。


 寝坊がちな私を起こしにくることもなければ、頼まれないのに朝飯を作ることもない。口うるさく説教を垂れることもないし、また拗らせあって酒を飲み交わすこともないのである。


 彼女は、あの日私の腕の中で死んだ。


 だが、人間不思議なものである。

 あれほど大きく感じた胸の穴は、ゆっくりとだが塞がりつつあった。


 やはり私は薄情者だったに違いない。

 助け出されてから数日は口も聞けなかったほどだったのに、今はこの通りである。



 痛みを感じない訳ではない。

 現に、夜になって床につくと堪えられなくなることもある。

 床や壁に開けた穴も、二つや三つで済まない。


 痛くて、痛くて、仕方ない。

 だが、それもいつかは忘れてしまうだろう。そんな気がする。


 たぶん人間とは、そうやって忘れていく生き物なのである。


 だからこそ、私はこの痛みと向き合える。

 この痛みは彼女の残したものだ。

 この痛みが有る限り、私は自分を許していられる。


 むしろ、いつか消えてしまうと知っていれば、痛みすらも愛しく思えてくる。


 これが果たして正しい姿であるのか、それはわからない。

 だが、それでも暫くはこうしていたいと思う。






 玄関からノックが聞こえた。

 やはり、約束ぴったりの時間だ。


「っと、うぉぉぉ!」


 ただでさえテンパってジーンズがなかなか通らないというのに、時間の流れは無慈悲だ。床に這いつくばってショーツ一枚の尻を突き出した情けない格好でいると、飛んできたキュウが私を持ち上げてくれた。

 弾みで問題の尻がすぽりとズボンに収まる。


「ナイス、キューちゃん!そのまま玄関だ!」


「おっけー!」


 そのまま表まで運び出されると、キュウの肩から飛び降り、今一度難儀なくせ毛に手櫛を通す。


「よっ……し。お待たせ、キャロ!」






 私がこれから何になるのか、それはてんで想像もつかん。

 今さら大したものにはなれんだろうが、それでも一応は何者かにならずにはいられないだろう。

 少なくともそれが、彼女を捨て去り生きることを選んだが故の定めである。


 彼女は願った。自由になれと。


 それならそれで良いだろう。通すほどの我は持たないが、好き勝手やるのは得意だ。

 信念はないが執念はある。

 健かさはないが図太さはある。


 それさえあれば、私の場合十分だろう。








「今日はどこにいくんですか?」


 隣を歩くキャロは、この一連の騒ぎを知らない。

 いなくなった彼女についてはそこそこに誤魔化しているが、まあいつかは話すことになるだろう。せめてそれまでは、なにも知らずに笑っていて欲しいものである。


 今日は朔太郎も一緒だが、嫌な顔は見せられない。


「そうだな……」


 嫌な視線を送ってくる奴を尻目に、私は遥か彼方を指差す。


「遠くに行こうぜ、うぅんと遠くがいい。」





 風が心地いい。

 傷の痛みを忘れさせてくれる、優しい風だ。


 こんな風に私はきっと、これからも前に進む。

 だが、私に忘れ去られてしまったら、彼女の思いはどこにいくのだろう。


 考えても、考えても、わからない。


 それでも、私はたぶん二度と止まらない。

 拾って、捨てて、そしてまた忘れる。

 繰り返し、繰り返し、ずっと遠く彼方で朽ち果てるその瞬間まで。


 それが今のところの、私の「自由」の定義である。


 だが、少しだけ不思議な気もしている。



 その先で、たぶんもう一度出会える気がするのである。


 その瞬間がどんな形で訪れるかまでは、それは私にもわからない。


 だがその時、彼女はまた笑ってくれるだろうか?





 ぴりり、と


 彼女がまだそこにいるような、黒くひび割れた胸がまた痛んだ。














 

こちら、タイトル通りトゥルーエンドです。

本当はバッドエンドの方が綺麗に仕上がってて好きなんですが……今後のシナリオ上こちらを先に投稿させていただきました。


まだ拾っていないフラグが大量にありますので、またしばらく後となりますがその時までお付き合いください。


物語はまだこれから。

続き、もとい本当の始まりは次の作品となります。


ちなみに主人公は、ミケゾウこと黒江黒瀬から、イナリこと木崎翔真へチェンジです。

こちらも癖強めに仕上げて参りますので、ご期待ください。


以上、ver5.0.0~偏屈少女と散弾銃~でした。



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