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《鳥籠》4

 

 明けの流星作戦開始から、既にまる一日が経過しようとしていた。


『エデンの樹』の放ったerrorのほとんどは

 既に活動限界を迎え、禍々しい黒い泥へと帰している。


 作戦の始まった朝と同じ静けさを、砂漠は取り戻しつつある。

 しかし、その静けさが依然として大きな影を落とす"それ"を存在感を強く意識させた。


「巨大error、依然として動き無し」


 最後に帰投した第六班(メジロ)の報告に、その場に集合していた特務隊各班班長全員が黙った。


「動かざること山の如し……」


 誰ともなく溢す言葉。

 発生以来文字通り山のように動かないerror。

 それが直接的な脅威になりうるのか否か、その判断は未だ下されていない。


 しかし、その対処は急を要していた。


「現場周辺の封鎖もいよいよ限界を迎えている。」


 重苦しい沈黙を裂くように、団長のアルフレッドが口を開く。


「我々円卓は、今日に至るまでこのerrorという存在を秘匿してきた。その理由は、もはや説明の必要もないだろう。」


 ここにいる全員が既にerrorという存在の特異性と危険性を理解している。


 並の火力では動きを封じることさえままならず、アバターが触れればその体を侵食し崩壊させる。

 LPカウントストップや、エネミーキャラの立ち入れない戦闘区域外にさえ発生し、意思を持たない災害のように虐殺を続ける。

 加えて、その正体は変質した特殊アバターである。


 これらの情報が公になれば混乱は避けられない。

 予想される二次災害は、errorそのものの被害をも上回るだろう。


「我々には時間が残されていない。今すぐにでも、あのerrorを排除しなければならない。」


「口上が長いぞ」


 団長を遮るように口を開いたのは、生存した部下と帰投したばかりのスルガだ。


「アルフレッド、何を迷っている。仕留める手段があるならさっさと動くだけだ。」


 スルガの言動に眉を潜める者こそいたが、それを咎める者はいなかった。

 全員がその指示を待っているのである。


 しかし、団長の口は重い。


「アルフレッド……」


「おそくなった。」


 スルガが痺れを切らしたその瞬間、背後から黄泉月の声が割って入った。


「通せ、邪魔だ。」


 その口調は鋭く、ただならぬ威圧感を放っている。

 それに気圧されるままに道を開けた面々には目も向けない。


 アルフレッドの正面まで来ると、黄泉月はその顔を睨み付けるように見上げた。


「……やってくれたな、アルフレッド」


 黄泉月の隣、もとい肩を借りてやっと立っているのは、包帯を巻かれたイナリだ。


 その構図に、ただただ怯んでばかりいたカズマが声を上げた。


「まさか!?」


 悲鳴にも似たその声に、アルフレッドはやっと口を開いた。


「……この作戦には、イナリを使う。」


「無茶だ」


 続けて立ち上がったのはジェットだ。


「errorにやられたばかりだ。そんな状態で前線に出してみろ、間違いなく死ぬ。」


「その通りだ、正気じゃない」


「イナリを見殺しにする気か!」


 端々から非難が上がる。

 しかしアルフレッドの固い表情は崩れない。


「手段は他に残されていない。あれに抵抗できるのは、彼だけだ。」



「だとしても他に何か手段があるはずです」


「とにかくイナリを出すのは」


 紛糾の中で、突然一発の鋭い銃声が轟いた。


 空へ向けて煙を上げる9ミリ口径。

 それを握っていたのは、他でもないイナリだった。


「うるさいったら」


 銃を投げ捨てると、支えていた黄泉月をも振り払いながら団長の元へと歩く。


 鈍く光る二つの目に、それ以上誰も口を開くことができなくなった。

 それは既に人間の目の湛える光ではない。

 引き金を引かれるのを待つ、ひとつの武器だった。


「で、俺はどうすればいい」



 沈黙を払うように、団長が咳をする。


「これより、対象の巨大errorを『鳥籠』と呼称する。各班それぞれ指示を待て。」














 ●〇〇〇●●










「本当に俺たちだけで行くんだな……」


 夜明けの砂漠を、一台の四輪駆動車が砂を巻き上げている。

 ハンドルを握っているのは、第四班班長のジェットだ。


「今更だが、なんで俺を選んだ。」


「……」


 同乗者は、終始無言を貫いているイナリ一人。


「ジェットさんなら、俺が失敗しても最悪生き残れそうだから」


 間は開いたものの、悪びれることもせず答えると再び口を閉じてしまった。


『鳥籠』殲滅作戦。

 イナリを"鳥籠"本体に接触させる、ただそれだけの作戦だ。


 不安がないわけではない。そもそも、あんな巨大な物を、イナリは一人でどうやって始末するのか、検討もつかない。


 加えて、挑むのは車内の二人だけである。

 他には何の援護もない。


 これは、作戦の要であるイナリ本人の提案だ。

 彼いわく『必要最低限』だという。


「今更何人集めても、あれには敵いっこない。いるだけ被害が出る、いるだけ邪魔になる。」

「違いないが……いや、この話はやめよう。しかし、まさかご指名が入るとはな」

「嫌?」


 イナリの無表情な問いに、ジェットは乾いた笑みを浮かべた。


「そういう感情じゃないが……強いて言えば、心底おっかない。お前はどうだ?」

「……。」


 返す答えはなかったが、その表情でジェットは理解した。

 いつも通り、彼は何も感じてはいない。

 命じられたことを、命じられたままに実行するだけだ。


 ジェットは真正面に聳えるerrorを見上げる。


「……何故断らなかった?」

「何が?」

「……。」


 平淡な表情から窺うことはできないが、襟元などから覗く包帯が痛々しい。

 errorに受けた傷は、通常のアイテムでは処置できない。現に、この処置も効果があるとは言い切れない。


「死ぬのが怖いと思ったことはないのか?」

「……どうだろう。」


 バックミラーに写った彼は、胸元から取り出したドッグタグを眺めていた。


「……ここじゃ痛みも感じないし、戦うのにも慣れたし。死ぬことじたいは、たぶんあんまり怖くない。」

「……俺にはお前の考えがわからん。」


 ハンドルを握る手に力がこもるのを感じつつ、ジェットは目を背けるように前を向いた。


「なぜお前は、そこまで他人のために自分を捨てられる?」


 不意に底冷えのするような視線を感じ、ジェットの視線は再びバックミラーに縫い止められた。


「あんたにはわからないよ。」

「……。」


 剃刀で裂いたような鋭い目が、運転席を睨んでいた。

 ジェットは肩を竦めた。


「……すまない、わすれてくれ……」


 言いかけたその時、突然地鳴りがした。


「来るよ、避けて」


「……クソッ」


 慌ててハンドルを切ると、車窓を地面から突き出た杭のようなものが過った。


「奴ッ……地中から!?」


「前見て」


 目を剥くジェットを他所に、イナリは車窓から大きく身を乗り出す。


「危ないぞ、イナリ!」


 しかし、イナリはジェットの言葉を悉く無視する。


「……。」


 何を見ているのか、イナリは延々連なる砂色に目を凝らしている。


「右避けて」


「なに!?」


「右」


 ハンドルを切ると、またも杭が車体を掠めた。


「まだ来る、油断しないで」


 その言葉にジェットは確信した。

 イナリには地中からの攻撃が見えている。


 errorまでは目測1000メートルを切った。

 見上げるような巨影に遠近感が狂いそうだが、そう遠くはない。


 近付くごとに攻撃は激しさを増すが、ここは広大な砂漠だ。避ける場所には困らない。

 ジェットはハンドルを強く握り込む。


「行ける……飛ばすぞ、イナリ!」


「……。」


 しかし、突然イナリの指示が止む。

 不自然な沈黙に、エンジンの唸りと砂の乗った風の音だけが続く。


「どうした、イナリ!?」


 呼び掛けてもイナリの返事はない。


「おい!!」


 振り向くと、イナリは身を乗り出したまま大きく目を見開いていた。



「……なんで、あんたが」



「イナリ!?」


 呼び掛けながら正面に向き直ると、砂煙の中になにかが見えた。


「!?」


 黒い人影が、行く手を阻むように立っていた。

 反射的にハンドルを切ったが、車体は大きくバランスを崩す。


「クソッ!?」


 砂を巻き上げたタイヤは空回り、車体が傾ぐ。

 車内を衝撃が襲い、全てが砂煙の中に沈んだ。


「ぐっ……!?」


 割れた窓から這い出し、ジェットは吸い込んだ砂に噎せた。

 朦朧とした視界に、黒い影が映る。

 捻れた角と、冷たく刺すような気配。


 意識の途切れる寸前、ジェットは無言で対峙する二人を見た。


「逃げろ……イナリ……!」



 その声は彼に届いたのか。




 イナリがナイフを抜く






 ○●●●〇〇





「……。」


 砂を孕んだ風を目元から払い、イナリは立ち上がった。


 間一髪の所で抜け出したものの、車は横転して煙をあげている。

 あれをもう一度動かすのは、恐らく不可能だろう。ジェットの無事も確認できない。


 視線を巡らせ、イナリは正面に向き直る。


「なんで、あんたがいるの。」


「……」


 まるで自分の姿をそのまま落としたような、乾いた風に靡く黒い影は答えない。


「そう」


 イナリがナイフを構えると同時に、周囲で間欠泉のように砂が吹き上がった。


「……っ」



 errorの黒い杭が、巨大な触手のように二人を襲った。






 ●●●●●●


 ●●●●●●





 もしかすると、この世界を望んでしまったのは彼女だけではないのかもしれない


 既に気が遠くなるほど繰り返された時間のなかで、私はそんなことを考えていた。


 だんだんと忘れ、だんだんと彼女に染まっていく。


 不安が消え、恐怖が消え、瞼を閉じ夢に落ちるまでの一瞬のような多幸感さえ感じている。



「嬢」


 座ったままぼんやりとしていた私の背中を、不意に後ろから温かいものが包み込んだ。


 柔らかくて、心地いい。


「大丈夫です、私はここにいます」


 その声が温もりと共に染み込んで、思考を掻き消していく。

 もはや、私は抵抗する気力どころか、動機までも捨てかけていた。


「ここに足りないものなんてありません。あなたがいて、私がいる。それ以外に何が必要ですか?」


 ここは私の欲しいもので満ち足りている。


 温かさも、優しさも、全てここにある。


 孤独も、妬みも、劣等感も、自己嫌悪も、私を苛んでいたなにもかもを溶かしてくれる。

 私を優しく包み込む彼女が、私の望むままにすべてを与えてくれる。


「ここが、どこよりもあなたにとって幸せな場所……そうでしょう?」


 その通りだ。


 優等生ぶるのが嫌で、だからと言って悪行を働く性根もない。

 誰かと心を通わすなんて、馬鹿馬鹿しくて、恐ろしくて、とてもできやしない。

 それでも下らない羞恥心にぶら下がって、自尊心に乗っかって、まるで毎日が先の見えない綱渡りだ。そんなただひたら孤独な自分に、陶酔にも浸れず、嫌悪にも溺れられないまま、浮いたり沈んだりを繰り返す。


 苦しくて仕方ない。

 それでもそこから抜け出したくない。


 それが、どうしようもない黒江黒瀬(わたし)だ。


 でも、ここではそれを忘れていられる。

 彼女が、全てを許してくれる。


「さあ、おっしゃってください。あなたの欲しいものを。」


 耳元を掠める囁きが、頭の奥を甘く蕩かしていく。


 欲しい、欲しい

 彼女の優しさが、熱が、欲しい


 すべて、私のなかに凝り固まったくだらないものなにもかもを、綺麗に忘れさせて欲しい


 受け取っても、受け取っても、まだたりない


 もっと、押し込め、他に何の入る余地もないように、

 もうたくさんになっても、他の全てを押し潰すまで、この身体がはち切れて、元の形を忘れてしまうまで


 レミィの甘い笑顔が視界に入る。


 ふと、生ぬるい涙が頬を伝った。


 いっそ全部消えてしまえばいいのに

 とりとめもなく垂れ流していた日常が、ふと頭をよぎるのである。


 健気で、ひた向きな、かつての彼女はもういない。

 私が変えてしまった。


 こんな私は、いっそ彼女(レミィ)に壊されてしまった方がいい


 彼女の望むまま、篭のなかの鳥になってしまえばいい。


 ここは、そんな私のための世界なのだろう



「……っ」


 ふと、身体が軋むのを感じた。

 自分の手のひらを見下ろすと、レミィと同じように黒い皹が走っている。


 凍りついたように冷たくて、張り裂けるように痛い。


 なのに、それさえも苦しいとは感じなかった。


 私は、彼女の一部になろうとしている。

 歪んだ理想に飲み込まれようとしているのだ。


 それなら、それで構わない。

 これがきっと私の結末だ。



 レミィの満ち足りた笑顔が見える。


 そうだ。



 私は、これでいい







「本当にそう?」




「っ!?」




 突然頭のなかに響いた声に、私を包み込んでいた熱が解けた。


 まるで、時間が止まったように全てが静止している。

 私を抱いたレミィも、私自身の身体さえもだ。


 目を見開いても、その姿は見えない。


 だが、気配だけが確かに目の前にある。


「おまえ……」


 私はこの声を知っている。


 あのときと同じ、私を助けに来た声だ。


「本当にそれでいいって、思ってる?」


「……くくっ」


 返す言葉は思い付かない。だが、乾いた笑いがせりあがってきた。


 この閉じられた部屋も、ねじくれた愛情も、執着も、全て私が生み出してまったものだ。


「そうだよ……こうなって当たり前だった。」


「じゃあ、これはあんたにとっての正しいことなの?」


「……」


「俺にはそう見えないけど」


 声はどこまでも平淡で、まるで刺すように冷たい。


「あんたは今、あんたの相棒に立ち向かってるわけでもない、逃げてるわけでもない、受け入れてるわけでもない」


「……!」


「ただ甘えてるだけだよ。現状を変える気なんて微塵もない。」


「……黙れ」


「いつも通り、ただ流されてるだけだ」


「黙れッ言ってんだろ!!」


 空気に皹が入るような衝撃が走り、何もない空間にできた亀裂から二つの目だけが見えた。


「おまえはなにがしたい!?私に何をさせたい!?何が望みだ。」


「べつに、俺はなにも望まない。ただ、呼ばれてきただけだ。」


 その言葉に、思わず息がつまった。


 その目は奈落のように深く、凪いだ水面のように静かだ。


「望むのはあんただ。俺はそれを聞きにきた。」


「……」





 ふと、レミィと最後に酒を飲んだときのことを思い出していた。

 あのとき、レミィは私に言った。


「出せ……」


「……。」


 黙って見つめ返す目に、私は叩きつけるように言う。


「出せ!私を、ここから出せ!できるんだろ!?」


「それでいいの?」


「黙れ!!私は、私は!!」


 彼女は、私のために望んだ。

 私が、私のままでいられるようにと。


 たとえ、それが彼女を捨て去ることになろうとも。


 だから私はそれを望む。

 望まなければならない。



「私は、自由にならなきゃなんないんだよ!!」



 私は、救いようのない偏屈な少女の殻をここに捨てる。


 重いしがらみと、甘く短い夢と一緒に


 彼女の見せてくれた、美しい時間と一緒に




 遠く記憶の彼方で、彼女が微笑んだ気がした。






「キャァァァァァァァ!?」



 黒い飛沫を立て、私を抱いていた彼女が倒れた。


 彼女の首筋を裂いたナイフを握ったままに、あのときと同じ目が私を見下ろしている。


「なぜ……!?なぜ……ここに!?」


 倒れた彼女が掠れた声で繰り返す。

 それには目もくれずに、彼はへたりこんでいた私の腕を持ち上げた。


「イナリ……か?」

「……。」


 その顔を覗く間もなく、部屋を構成する世界に皹が入り始めた。

 私を捕らえていた鳥籠が崩壊を始めている。


「……」


 イナリはナイフを握ったまま、膝をついたレミィへ近づく。

 その身体は崩壊が始まり、再び黒い皹に覆われている。


「もう、終わり」


 すがるような目で見上げる彼女へ、イナリは刃を向ける。


「愛されたいっていう、願いも、苦しみも、全部間違いなんかじゃない。でも、あんたの理想は誰かを傷つける。」


「……いや……やめて……!」


「誰も、そんなこと望んじゃいない。だから……」



 ふと、その言葉が止まった。


 ナイフを握った腕を掴む手。


「……。」


 これには、自分でも驚いていた。

 イナリを止めたのは、私だ。


「……ごめん……ごめん、ごめん……」


 何に謝っているのかは自分でもわからない。それでも口からこぼれる言葉を押さえられない。


「私が……終わらせたい……」


「……」


 それを聞くと、イナリは黙って踵を返した。

 離れた場所で背を向けた彼は、なにもしない。


「……」


 私は鼻をすすり、再びレミィを抱き締めた。


 何を言っていいのか分からなかった。

 私たちが産み出してしまった"彼女"を、私は、未だに憎めない。


「大丈夫です」


「っ!?」


 不意に頭を撫でられ、身体が震えた。


「私は、きっと幸せでした。」


「レミィ……」


 これがどちらの彼女なのかはわからない。


 それでも、とても穏やかな声だった。


「短い……とても短い夢でした。それでも、私はあなたをこんなにも愛することができた。」


「レミィ……私は……」


「いいえ。」


 レミィの声が私を遮る。


「言葉はいりません。あなたは、あなたの選んだ答えを出せばいい。」


「……。」


 レミィの手が離れる。

 私は再び立ち上がる。


 手には、いつの間にか銃が握られていた。


「さぁ、夢を終わらせましょう。」


「……」


 奥歯を噛み締めても、手の震えが止まない。


 彼女は、最後に微笑んだ。



「これで、いいんです」















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