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《明けの流星》2

 先行した第五班の情報では、標的の潜伏する中継基地の警備にあたっているのは"エデンの樹"に雇われた傭兵ということになっている。

 しかし、この先の検問所やそこを中心とした哨戒に当てられているのは、バルクカンパニーの人間だ。週交代の彼らは、恐らく中継基地での出来事を把握していない。


 つまり、白蛇を含めたエデンの樹の潜伏を知っているのは、中継基地に居座る問題の幹部『エシド』とその側近数名のみとなっている。



「だから、バルクの連中とはやりあえん。この先の検問もどうにかスルーせにゃならんというわけだ。」


 バルクカンパニーの社印が刻まれた合成樹脂のケースに腰掛け、黄泉月は舌打ちしながら言った。

 作戦に参加するメンバー全員が鮨詰めになったコンテナは、とても快適とは言いがたい環境だ。


 そんな彼女の足下には、ユニフォームを剥ぎ取られた男が一人縛られている。

 助手席についていた男だが、今はユズキがその代わりを勤めている。


 レミィは猿轡を噛まされた男を見下ろす。


「ですが、だからと言ってトラックを強奪するなんて……」


 最も衝突を回避できる手段なのかもしれないが、円卓が組織的に計画する作戦としては強引すぎる。

 そんなレミィに対し、黄泉月もため息をついた。


「……そう言ってくれるな。"借りてるだけ"だ。」


 だが、そう口にする黄泉月も男を見下ろしながら落ち着きなくナイフを弄っている。


 どうやら、他の団員も言い表せない不信感のようなものを抱いているらしい。

 あえて口にする者こそいないが、突入前の緊張感とは別に、どこか落ち着かない雰囲気が狭いコンテナに立ち込めていた。


「……」


 そして、レミィは無言でもうひとつの違和感に目を向ける。


 コンテナの隅が、不自然に空いている。

 というより、周りの人間が意図して避けているのか。


 トレーラーの駆動音に混じり、ぎちぎちという異音を放っているのは、先日と変わらずジャージ姿のイナリだ。


 手に取ったドッグタグを見下ろしながら、頻りに膝を揺すっている。先程から聞こえるのは、親指の爪をかじる音か。

 言葉のひとつこそないが、全身から激しい苛立ちを滲ませている。


 この前までの彼の様子を知っている為に、その姿には若干の恐怖さえ覚えた。


「……そんなに見つめてやるな。」


 黄泉月の声で、レミィは慌てて視線を逸らした。


「……いったいなにが?」


「……出掛ける前からひと悶着あってな。勘弁してほしいもんだ、全く。」


 小声で尋ねたレミィに、黄泉月は視線で示す。

 その先にいるのは、団長であるアルフレッドだ。

 確かに団長自らが直々に現場へ出るという決定には違和感を感じるが、そこに彼をあそこまで苛立たせる理由が見出だせない。


「やつは、アルフレッドが現場に出るのが嫌らしい」

「それにしても、何故今日から突然?」

「それをやつが知ったのが、たったのさっきの話だ。」


 話では、イナリにのみアルフレッドが作戦に参加するという情報が伝えられていなかったらしい。


「……ったく、アルフレッドも何考えてんだか……」


 レミィの耳は、微かにだが彼女のそんな呟きを聞いた。


「……何故そんなことを?」


「ああ。こうでもしないと、やつは絶対に認めんだろうからな。」


「彼がそこまで……?」


 自分が銃を手に部屋へ押し入っても、顔色ひとつ変えなかった男だ。


 黄泉月は頭の後ろで手を組んだ。


「さあな。そこからはもうやつの頭の中の話だ。誰にもわからん。……ったく、これでも苦労したんだぞ?やつをおとなしくさせるのに何人使ったと思う?ここに一人も欠けずいるのが不思議なくらいだった。」


 レミィが不安げな顔をすると、黄泉月は鼻を鳴らした。


「心配するな。今はヘソ曲げてるが、その辺の切り換えは利くよう躾られてる。」


「こんな時に……私には"ヘソを曲げている"程度には見えませんが。」


「おいおい、お前まで機嫌を悪くしてくれるなよ。」


 トゲを含んだ口調に、「子守りは一人で手一杯だ」と黄泉月は苦笑いした。



『検問通過、うまくいった。』



 誰の方からか運転席のユズキの声がした。


「よくやった。あとついでに急いでくれないか?早く呼吸させてくれ、これ以上ここにいたら弾食らう前にぶっ倒れそうだ。」


 答えたのはジェットだ。


『目的地はもう見えてるんだから、すこしくらい辛抱しろ。遠足のバスでもあるまいに。』


「こんな遠足あってたまるか。」


 ジェットが冗談を溢すのを合図に、続々と銃を操作する音が聞こえ始めた。

 離していたグリップを手で確かめ、安全装置を確認し、初弾を装填する。

 これで今すぐにでも戦える。


 イナリと少しでも距離を置くように、やはりコンテナの隅にいたアルフレッドが立ち上がる。


「全員降車準備。」


 同時に車体が小さく揺れ、そしてエンジンが停止した。


 狭いコンテナに、一瞬の静寂が訪れる。


「……もう出れますよ」


 出口付近にいた団員二人が小声で告げる。

 第二班のメンバーで、衣装の上からタクティカルベストを装着している。特注の品らしく、胸には大型のナイフシース、腰の後ろに予備のマグポーチが配置された奇抜な形状をしている。

 主装備消音器仕様の9ミリ短機関銃MP5SD5。艶消しされたグレーの塗装に、ホロサイトが搭載されている。


「表にエデンの傭兵二人……運転手とユズキさんが絡まれてる、バレたかこれ……」


 探知系スキルを使用していたのか、何処からともなく誰かが口にする。

 出口の二人が、無言でアルフレッドの声を待つ。


「……出ろ」


 次の瞬間、無音で扉が開き、外で消音器越しの破裂音と薬莢の跳ねる音だけがした。

 その間ほんの一瞬、誰も声を上げることはなかった。


『二人鎮圧……確認』



「早い……!?」


 思わず溢すレミィを、後ろから黄泉月が小突いた。


「この程度でビビるな、支えてるぞ。」


 コンテナから降りた団員たちが周囲を警戒するように散る。


 トレーラーが止まっているのは車庫で、他にも幾つか同じトレーラーが停めてあるがプレイヤーの気配はない。


「みんな、今のうちうまい空気吸ってろ?今に火薬臭くなる。」


 助手席から降りてきたユズキがバルクカンパニーのユニフォームを脱ぎ、部下から装備を受け取りながら言った。


「黄泉月さん」


 そのとき、先にコンテナから出た二班のメンバーが黄泉月を呼ぶ。


「片方生きてます。使えますか?」


「ちょっと貸せ。」


 腹に弾を受けた傭兵が、足下で呻いている。

 それを見下ろし、黄泉月はレッグホルスターから拳銃を抜く。


「ツイてるぞゴロツキ、今ならまだ見込みがある。人質と、あとお前のボスの詳しい位置が知りたい。わかるな?」


 向けられた銃口に、傭兵は震えながら口を開く。


「……俺はなにも知らない……!」


「なら用はない、チャンスをふいにしたな?」


「待て!」


 引き金に触れると、傭兵は慌てて腕を振った。


「喋る!人質は……たぶん別館の地下だ、あのイカれた女がよく出入りしてる!」


「じゃあ、お前らのボスだ。白衣着た白髪頭で芝居臭いことばっか言ってる野郎だ、見たことあるだろ?」


「それは知らん!本当だ、奴は滅多に外に出ない……!」


 黄泉月は舌打ちする。


「まだ渋るか。いいか、賢い方を選べ。死ぬか、喋るかだ。」


「待て、待ってくれ!」


 銃が額に押し付けられると、傭兵は泣き叫ぶように答えた。


「バルクの幹部なら知ってる!あいつはいつも本館で酒の話をしてるはずだ!きっと奴も一緒にいる!」


「ほう……よし、いい子だ。ごほうびをくれてやる。」


 最後にその頭に拳を振り下ろして昏倒させると、治療アイテムの注射を突き刺した。


「適当に縛ってろ。アルフレッド、これでいいか?」


「ああ、上出来だ。」


 アルフレッドは倉庫の外を眺めながら顎に手をやっていた。


「……この辺りは手薄だ。」

「それに、いたとしてもこの木偶の坊っぷりだ。傭兵なんて吹いてるが……その辺から引っこ抜いてきたチンピラに鉄砲持たせただけにしか見えん。全然なってない、0点以下だ。それに見ろ。」


 倉庫の外に、立派な外観の建物が見える。

 庭には水こそ張られていないが、噴水のような豪奢な設備まで見られる。


「……"中継基地"だったか?セレブの別荘の間違いだろう。」


「……そう銘打たれてこそいるが、ここは実際、組織が自らの規模を誇示する為に金を叩いたものに過ぎない。」


「バブリーな真似してくれる。」


 黄泉月が鼻を鳴らす横で、アルフレッドは先行していた偵察、狙撃班に通信を繋いだ。


「本隊到着。」


 短く告げると、一拍おいて返答があった。


『待ちくたびれてた。タカから全班へ、共有開始。』


 それと同時に、全員の視界に不規則に移動する無数の赤い点と、そこまでの直線距離が表示される。


『二日だったけど、やれるだけポイントしておいた。ずっと中に隠れてるやつまでは届かなかったけど、これで警備ほぼ全員。行けますか?』


「問題ない」


 第二班は狙撃や潜伏の技術の他にも、全員が高いレベルの探知系スキルと観測手系スキルを有している。まさに部隊の"眼"だ。

 時間さえ与えれば、どんなに守りの固められた要塞も丸裸にしてしまう。


「ハヤブサ、確認。」


「ツバメ、確認。」


「カラス、確認。」


 突入する班が次々と答える。

 これで、敵の動きが手に取るように分かる。


『……団長』


 突入も寸前の部隊に、第二班から通信が入った。


『意味、あるんですよね』


「……。」


『この襲撃はたぶん……いや確実に、蛍火以来最大の死者数を出す。そこまでする意味、あるんですよね。』


 その問いを横から聞いていたレミィは、アルフレッドを見上げた。

 彼女だけではない。その場にいる全員が彼に視線を向けている。


 この作戦は、囚われた主にとってかなり危険だ。

 できることなら今からでも作戦の方針を切り替えてほしい。


 集中する視線に、アルフレッドは黙り、微動だにしない。


 不意に、その背後からイナリが口を開いた。


「決めてくれない、はやく。もう、一人死んでる。」


 アルフレッドは大きく間を開けたが、やがて淡々と口にした。



「作戦に変更はない。」





「障害は直ちに鎮圧し、目標を確保せよ。」





 そして、通信は切れた。


 深く息を吸ったアルフレッドが、言葉短く指示を出す。


「ハヤブサ、ツバメはタカの狙撃支援下で私と本館。カラスは黄泉月、イナリと別館地下。……特殊アバターも別館へ。」


「了解」



 遠く東の空が、藍色に変わる。

 "明けの流星作戦"は、遂に突入の段階に入った。









 ●●●●●●





 また、同じものを見せられた。


 真っ暗闇の底で、レミィを撃つ夢だ。


 泥沼みたいな眠りから這い出しつつも、まだ引き金を絞り切るあの感覚が手の中に残っている。

 それがどうしようもなく恐ろしくなってがむしゃらに手を握り締めると、やはり手首に巻かれたベルトが食い込んだ。



 ああ、またここか


 まだここか



 薄目を開ければ、暗い部屋に差し込んだ細い光で細かい埃がちらちら漂って見える。


 ここに来てもうどれくらい経つだろうか。

 この前も世話になったイカれ白衣女が味のしない飯を喉に押し込みに来る以外に変化のない空間だ。数分だが、数日だか、数年だか、それさえはっきりしない。


 起きたところで何もない。

 ならもう一度瞼を閉じて、一人で死んだ気にでもなっていようか。



 何かが聞こえてきたのは、そんなことをぼんやり考えていた時だった。


 表の方から、銃声やら足音やら、忙しい殺し合いの音がする。

 それも、一人や二人の小競り合いではない。


 久しぶりに感じた気配に、憔悴して鈍りきっていた感覚が急に冴える。


 レミィが来た。そうに違いない。


 咄嗟に左手の契約の指輪を見下ろす。

 まだひとつ分しか回復していないが、居場所を伝えるには十分だ。


 命令を口にさえすればいい。それでレミィには伝わる。


 掠れた喉に息を吸う。


 しかし、開きかけた私の口に何かが覆い被さった。


「っ!?」


 目で確認できないが、誰かの手だ。


 咄嗟にその手に噛みつくと、今度は逆にその指が私の喉の奥まで突っ込まれた。


「うぇぶっ……!?」


 思わずえずきながら指を吐き出すと、手は再び私の口をぴたりと覆った。


「いたい。」

「……!?」


 すぐ耳元でした抑揚に欠けたその声に、一瞬だけ私をここに閉じ込めた張本人の姿が過る。

 だが、あくまでたったの一瞬きりだ。これは奴とは違う。


 奴の気配はもっと異様で、近付くだけで鳥肌が立つような狂気を帯びている。

 対して、こいつは酷く空っぽだ。


「……支配権、使わなくてもわかってる」


「……。」


 私が頷いて答えると、口に当てられた手が離された。


「おまえは……確か」


 やっと私の視界の中まで入り込んできたのは、見覚えのあるジャージとあの気味の悪い目。ここに来る前まで一緒にいた、あのシカト野郎だ。


 私がその名を記憶の奥底から捻り出そうと悶えている内にも、奴はよだれでべとべとになった手を私のぼろぼろになった服へと擦り付ける。


「別に思い出さなくていい。俺もあんたのことよく覚えてない。」

「……ああ、そうだ、そのクソ苛つく態度だけは死んでも忘れねえ。」


「そう」


 イナリは、そう言って私の手首の拘束を解いた。




「……なあコラ、主人公」


 どこから入ったのかと聞いて、穴の空いた天井を指された時には流石に驚いたが、何故かしっくりきたので深くは聞かなかった。

 だが、天井裏までは私の小柄なアバターではよじ登れない。仕方なく治療アイテムの効果が出るを待って、扉を素手で破った。


「聞いてんのかって」


「俺、なんで主人公?」


「クッソバカみたいに強いからだよバーカ」


 あの監禁部屋から出て初めて気がついたが、ここは地下のようだ。

 上は大層な騒ぎになっているようで、建物が銃声で揺れている気さえする。


「どうだろ」


 そんなことを言いながら、曲がり角で待ち構えていた敵三人を足をMG3汎用機関銃で薙ぎ払った。

 その間、足を止める事もない。

 敵の死に顔は、まるで姿の見えない死神とすれ違ったような様だった。


 こんな狭い空間で、無茶苦茶にもほどがある。


「……ああ、畜生。それより私の武器、どっかで見てない?」


 ここに来てから、アイテムカーソルを幾らスクロールしても空だ。

 レミィが無事な辺り処分されてはいないらしいが、それでも見つからないのは問題だ。


「……さっき見た。」


「どこで!?」


「師匠に預けた。」


「誰だよ師匠って……」


 とにかく彼女らの安全は確保できたようだ。

 だが手元に無いようでは、私は全くの丸腰である。


「おい主人公。どうせ余らしてるんだろ、それ寄越せ!」


 だが対するイナリは全くの無言。

 私のペースも気にすることなく、10キロ以上もある鉄の塊を抱えて化け物じみた快足を飛ばすのみである。


「無視すんな!おい!」


 すると突然、何かが鼻の頭を強かにぶった。


「イッ……!?」


 目頭がじわりと熱くなる。


 彼が振り向きもせずに投げて寄越したのは、目の前で化け物みたいに火を吹いている機関銃と比べると玩具のようにも見えるリボルバーだ。


 .38口径、装填数5発、バレル長5センチ弱、重量500グラム弱のS&W M360。

 同系統の品が日本警察でも支給されていることで知られている。


「うるさい。あげる。」


「はぁっ!?」


 何かの冗談とも疑ったが、よりによってこの状況である。どうしたって笑えるものではない。


「ふざけんなよおまえ!こんな豆鉄砲で戦えるか!」


「……」


「なんか言え!」


「"あー"」


「クソが!!」


 やはりこいつの考えることはさっぱりわからん。

 こんな豆鉄砲では、せいぜい自分のこめかみを撃ち抜くか、目の前の忌々しい後頭部を吹っ飛ばすかの二択である。


 さらに文句をつけようと息を吸ったが、そこでイナリが立ち止まった。

 おかげで私は大きく転げて、また鼻を潰すはめになった。

 見栄えばかりが取り柄だった顔に、酷い仕打ちである。


「……うるさい、邪魔」


「……野郎……!」


 立ち上がろうとすると、その頭をイナリの腕が再び床に叩きつけた。


「おぅっ……!?」


「……下がる」


 何としても抗議してやると力んだが、それを遮るように無数の銃弾が頭の上を通り過ぎる。

 それが、一発や二発といった話ではない。


 あれが私の頭をぶち抜いていたのかと思うと、髪の毛が逆立ったような気がした。


 首根っこを掴んだ手が、私の体を引きずって一気に後退する。

 おかげで顔面で床を掃除することになった。


 やっと顔を上げることを許されると、あの寝惚けた面が唇の前で指を立てている。

 弾を食らったのか、抱えていた銃と腕が穴だらけである。


「……あ!?」


「だから、邪魔だからさ」


 使い物にならなくなった銃を捨てて、逃げ込んだ曲がり角から微かに様子を伺っている。


 地上へ続く階段を前に分厚いバリケードが並べられ、またどこから湧いて出たのか銃を抱えた男が何十人と待ち構えていた。


 イナリは治療アイテムの注射を打ちながら、僅かに目を細める。


 ここまできて、最後の難関だ。



「そこいて。あれどうにかしてくる。」




なんで黄泉月さん白蛇の特徴こんなよく知ってるんですかね

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