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《明けの流星》

 





 翌日

 再び呼び出された執務室で、レミィはアルフレッドから受け取った書類の封を切った。


「"明けの流星作戦"……」


 資料には、そう銘打たれていた。

 作戦名を繰り返すレミィに、隣で腕を組んでいた黄泉月が頷く。


「今度のは前の襲撃と違って、正規の作戦だからな。本来なら他所から手を借りるのは、メンツ的にも不味いのだが……」


「……。」


 彼女が視線を投げた先では、イナリが窓辺に腰かけている。

 今しがた寝床を這い出してきたばかりような顔は相変わらずで、室内には興味無さげにずっと外を眺めている。


「今回はあのちゃらんぽらんも使うことになったからな……まあ、なんというか、今更一人が二人になるくらいだ。特例措置だと思ってくれ。」


「てっきり、彼も団員なのかと」


 すると、他所を向いたままのイナリが唐突に口を開く。


「今はちがう。」


「では、その首のタグは?」


 レミィの指摘に、イナリはそれを摘まむ。

 しばらくぼんやり目を落としていたが、やがてそれを隠すように上着の襟元へと落とした。


「……俺のじゃない」


 何やら含みを感じる言い種だが、深入りは無用のようだ。


「標的は西部砂漠地帯の運び屋『バルクカンパニー』の輸送中継基地の一つに潜伏している。」


 話を切り替えるように口を開いたアルフレッドに、レミィは眉を寄せた。


「バルクカンパニー?」


 運び屋なら、ついこの前も世話になったばかりだ。

 バルクカンパニーと言えば、その運び屋の激戦区である西部砂漠地帯でも五本の指に入る程の大物である。


「運び屋が組織ぐるみで協力を?」


 もし本当なら、それは最悪な事態を意味する。

 相手は無法地帯の砂漠を縄張りとする武闘派集団だ。こちらから仕掛けるような真似をすれば、恐らく衝突は免れない。


「いや、組織的な関与は確認されていない。あくまで幹部の一人が、組織に隠れて数ある拠点の一つを間貸ししているだけに過ぎない。」


 アルフレッドは続ける。


「今回の作戦は、人質救出と白蛇確保の同時進行だ。」

「同時進行?」

「部隊を人質救出班と、『エデンの樹』の首領と思われる『白蛇』確保班とに分けてる。」


 資料を捲りながら、レミィはアルフレッドの目を見上げた。


「……人質救出に集中するという選択肢は?」


 一見、同時進行は容易に見える作戦内容だが、レミィは既に幾つかの問題点に気がついていた。


 この作戦に置いては『パペット』や『黒山羊』など、危険なアバターと遭遇する確率が非常に高い。それを考えると、戦力の分散は避けるべきである。


 そもそも、敵を刺激するような作戦そのものが、人質の安否に影響を与えかねない。


「資料では、マスターの他にも複数のプレイヤーが囚われていることになっています。それに、一幹部の行動とはいえ運び屋と敵対するような真似は危険すぎます。」


「……。」


「円卓の規模をもってすれば、交渉も不可能ではない筈。バルクカンパニーの上部にも協力を仰ぎ、人質の救出に専念するのが賢明です。最悪、ここで白蛇を逃したとしても次の機会が……」


「いいや」


 アルフレッドの声が、その提案を遮った。


「ですが……」

「作戦に変更はない。これは決定事項だ。」


 見つめたその目に、レミィはそれ以上の発言を止めた。


 先程までの雰囲気とは一変、鬼気迫るような険しさ。

 ひとつ咳をすると、アルフレッドは眼鏡を押し上げた。


「……質問がなければ、失礼させてもらう。まだ準備が残っている。」


 足早にその場を去るアルフレッドの背中を、レミィはただ見送ることしかできなかった。








「この作戦はあまりにもリスクが大きすぎる……」


 アルフレッドと黄泉月の去った部屋で、レミィは奥歯を噛み締めるように溢した。


「ここまでの危険を冒す理由が、私にはわかりません。最悪、こちらにも大きな損害が出る。」


 最後までその場に残り、窓の外ばかりを眺めていたイナリが、ぼそりと口を動かした。


「俺になにか言いたいの?」


「……。」


 その問いに、レミィは間を開ける。


「……あなたなら、何か話してくれるだろうと」


「……そう」


 それきりにまた窓の外を眺める作業に戻ったイナリへ、レミィは質問を重ねる。


「この作戦は何かがおかしい。団長はいったい何を意図してこんなことを?」


 イナリは小さく首を捻る。


「う……ん……わからなくも、ないかも。」


 彼はやっとこちらへ目を向けると、小さく目を細めた。


「……はやく終わらせなきゃって……そんなんじゃないかな」


「終わらせる?」


「はやく白蛇を捕まえたいとか。……あれは、いろいろやばい。」


 そう言うと、彼は小さく伸びをして歩き出した。

 レミィはその後を追い、部屋を出る。


「確かに、『蘇生』の能力は脅威です。ですが、その程度の、それ以上の敵も他に山ほどいます。それを敢えて白蛇にこだわる理由がわからない。」


「その辺はレッドさんも教えたがらないと思う。」


「知られたら困る内容だと?」


「……。」


 黙って返した視線は、「これ以上は喋らないぞ」という意思表示なのか。


 一旦口を閉じ、レミィは再び尋ねる。


「エデンの樹は、単なる麻薬組織ではない。円卓が血を流してまで処理しなければならない何かが白蛇にはある。そういうことですか?」


「……。」


 イナリは黙る。

 暫くすると、面倒だと主張せんばかりに頭を掻いた。


「話すと長いし、レッドさんに怒られそうだし、俺もこの話は好きじゃない。」


 更に質問を重ねようとすると、突然立ち止まったイナリが今度こそ目を鋭く細めた。


「俺が全力で逃げたら、たぶん特殊アバターでも追い付けない。」


「……わかりました」


 レミィは頷いたが、立ち去る前に彼の前へと出た。


「では、最後にひとつだけ。」


「……。」


 先程の言葉を実行に移しかけているのか、イナリは一歩足を引いている。


 その様子を見つつも、レミィはしっかりと口にした。


「あなたは、嬢を、私のマスターを救えますか?」


 底の見えないような深い瞳は、何処までも揺らぐことがない。

 まるで、ガラスの目玉の嵌まった人形と向かい合っているような気分だった。



「……別に、あのちっちゃいのにも、あとあんたにも興味ないよ。」


「……。」


 また足を進めたイナリとすれ違う。

 肩越しに、彼の声が聞こえた。


「でも、頼まれたからには全力でやる。」








 二日後、午前3時

 西部砂漠地帯


 夜明けの気配は未だ遠く、見上げる空は空気に墨を溶いたように暗い。


 移動に使用した輸送車(ハンヴィー)にネットを掛け、この日の為に結成された部隊はその時を待っていた。


「しかし……面白い場所だな、ここは。」


 場違いに呑気な事を溢したのは、指を通したカランビットナイフを弄ぶ黄泉月だった。

 彼女が眺めているのは、辺りの地形だ。


 てっぺんがテーブルのように平らになった山が、赤い岩の大地にどこまでも連なっている。


「ここは、遥か昔それはそれはでっかい河だったらしい。」


「なんだジェット、知ってるのか?」


「多少なら」


 双眼鏡を手にしたジェットが、口だけでそれに答える。


「あの高いのが山というより、この低い所が谷底って考えた方がいいだろう。」


「馬鹿にでかい河だったんだな。それにしても、それだけの水があったなら、いったい何処に消えた?もうからからだぞ。」


「さあ。」


 ここの地形は特殊だ。

 周囲を高い崖に囲まれた盆地状になっており、他からの侵入を受け付けない。


 二日前から現場に着いているメンバーの報告では、この谷底に沿って進んだ先に中継基地が存在することになっている。


「それにしても……"エデンの樹"か。かなりの優良物件を探し当てたもんだ。これじゃあ近づくだけでも骨が折れる。」


 谷底を進むにしても、中間地点には簡易的ではあるが検問所が設けられており、気付かれずに通るのは困難だ。上から直接崖を降りていくのも、手段としては現実的ではない。

 まさに天然の要塞だ。


「……ったく、第五班(タカ)の連中はどうやってあそこまでたどり着いた?」


 ジェットのため息を着くような声に、黄泉月が鼻で笑うように言った。


「上からロープで降りたらしい。まあ奴等の特技は狙撃だ。上で狙ってる奴もいるだろうし、もしかしたら崖に張り付いてる奴もいるかもしれんぞ?」


「二日も崖に張り付いてるのか!?」


「奴等なら平気でやるだろうよ。蝶のサナギみたいにな。」


 だが、突撃のための装備を整えた部隊ではそうはいかない。

 見つかって下から狙い撃ちにされかねない。


「だから私たちは下を行くんだがな。」


 今は、そのために待っている。


 ジェットが時間を確認する。


「そろそろだが……」


 彼が覗いているのは、谷底のちょうど中央ライン。車両の往来を窺わせるタイヤ跡が幾重にも重なり道になっている。

 その上に立っているのは、グレーの軍服姿の五人。


 円卓の看板とも言える、現特務隊筆頭『第二班』のメンバーだ。


 双眼鏡越しでもその視線に気がついたのか、その中の一人が大きく手を振った。


 ジェットは小さく呟く。


「ユズキの野郎……自分の仕事わかってやってるんだろうな……」


「そう言ってやるな」


 弄んでいたカランビットを仕舞いながら、黄泉月がにやりと笑う。


「あれでもウチのエースだ」


 ユズキ

 ツバメこと第二班の班長である。








「さて、と。」


 ジェットへと振り返した手を下ろすと、ちょうど遠くに土埃が見えた。

 どうやら最初のターゲットがやってきたらしい。


 ユズキは背後に控えさせた部下たちに手をあげる。


「全員、まだ武器には手を振れないように!」


 それだけ指示を出し、手にしていた発煙筒を点火。赤い炎と煙を上げるそれを高く掲げた。


「お~い!そこの車、止まれ~!止まりなさ~い!」


 土埃の主は、重厚な装甲を纏った大型トレーラーだった。


 発煙筒を手に進路を塞ぐ謎の男に、運転手はブレーキを踏む。


「よし、止まった。」


 発煙筒を放ると、その運転席の窓を叩く。


「バルクカンパニーの輸送車、行き先はこの先の中継基地だな!我々の話を聞いてほしい!」


 訝しげな表情で見下ろしていた運転手だったが、円卓のタグを見せると助手席のもう一人と一言二言交わしつつ渋々窓を下ろした。


「円卓の人間……しかも特務隊がこんなところで何だ?」


「ある事件についての調査中なのだが……一先ず降りてもらおう。」


「……。」


 最後まで渋い反応を見せていたが、円卓との衝突は避けたいらしく、やがて扉を開けた。


 降りてきた運転手の肩には銃のスリング。繋がっているのは短機関銃UZIだ。

 かなり警戒しているようだ。


 対するユズキは、サイドアームさえ置いた丸腰だ。


「何だ、うちは暇じゃないんだ。早く済ませてくれ。」

「まあ落ち着いてくれ。最近巷で流行りだした薬の話は知っているだろう。」


 運び屋は仕事柄情報が早い。表情を険しくしながらも、運転手は頷く。


「それがどうした。」

「この辺りがその輸送経路になっているとの情報が入った。」


 ユズキは荷台を指差す。


「そこでだ。調査のために積み荷を確認させてもらいたい。」


 もちろん、これは車を止めるための出任せに過ぎない。そもそも、バルクカンパニーが薬の輸送に関わっているという証拠は一切上がっていないのだ。


「冗談はよせ!」


 運転手は両手を振ってそれを拒む。


「そんな話聞いたこともないぞ!それに、積み荷も簡単には見せられない!」

「これもこの世界の秩序の為だ、協力してほしい。」

「ふざけるな!」


 その肩を取った手を振りほどくと、運転手は席に戻ろうとする。


「調査だか何だか知らんが、まずはボスに連絡を入れろ!そもそもうちがそんな訳のわからん仕事に手を出すわけがないだろう!」


「……。」


 ユズキは困ったように首を振る。


「そうか……なら致し方ない。」


 運転席のドアへと触れた手を掴み、素早く手錠をかける。

 呆気にとられた顔の運転手を地面に押さえつけると、そのまま後ろ手に拘束した。


「な、何だよこれ!おい、外しやがれ!!」


「なるべく穏便に済ませるはずだったが……すまない」


「おい、何があった!?」


 異変に気付いた助手席の男が銃を手に降りてきたが、その背中には既に潜んでいた別の団員の銃が向けられていた。


 運転手から武器を取り上げながら、ユズキは短く言った。


「車を借してもらう。」

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