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《暗闇のなかに》

 ●○●●●○


「はぁ……はぁ……」


 自分の足がまだ動いているのが、奇跡のように思える。

 一歩一歩が泥沼を踏み歩くように重い。


 意識は朦朧とし、気を抜けば今にもどこかへ飛んでいってしまいそうだ。

 背後から迫る、チェーンソーが壁を削る音だけが頭のなかで反響している。


「きゃはははは!がんばれ♪がんばれ♪」


 歌うような声と、軽やかな足取り。


「あんよが上手♪あんよが上手♪ほら、早く早く!逃げなきゃ捕まっちゃう!」


 すぐ後ろを、奴が追ってきているのだ。

 いや、追うというにはあまりにも狂った図だ。


 相手に私を追い詰める気など無いのは明確で、それなのに傷だらけの体でこの暗闇の中を延々と泳がされている。


 あの女の気が済むまでだ。


 全身に広がる脱力感は、限界を超えている。

 ダメージを受けすぎたせいか、デバフが効いている。


 真っ直ぐ二本足で歩くのもままならず、壁に手を着くが、それでも体は言うことを聞かない。


 遂に足が縺れて床へと倒れこんだ。

 衝撃で視界がぐらつく。


 今すぐに立ち上がらなくてはならないのは分かっている。

 だが、何れだけやってみても体が持ち上がらず、虫が這うような動きにしかならない。


「だめだめ、止まったちゃ!」


 背後まで迫った声が叱りつけるように言った。


「もう。じゃあ、捕まっちゃったから、また罰ゲームね♪」


 背筋を冷たい恐怖が駆け上った。

 エンジン音と狂ったような笑い声。


「や……」


 右足を万力のような力が掴み、撃たれた鹿のように逆さに吊り上げる。


「きゃはははは!じゃあ、罰ゲーム……すたーと!」


 体を捩って抵抗するが、今の私の力では片腕一本の力にさえ勝てない。


 恐怖で肺が裏返りそうだ。


「は……はなせ……!」


「だ~め!」


 次の瞬間、左足に火花が散った。


「ーーーーッ!?」


 支えを失った体が落下を始め、背中から床へとぶつかった。


「くっ……ぁ……?」


 左足に痺れのように残る異様な感覚。

 見下ろして始めて、自分の足、膝から下が無くなっているのが見えた。


「あははっ!足が無くなっちゃった!」


 足を押さえて転がる私を、狂気にぎらぎらと光る目が見下ろしている。


「ほら、まだまだ!よけてよけて!」


「っ!?」


 地面を削りながら迫ってきたチェーンソーを身を転がして避けると、通路の壁へとぶつかった。


「そうね、足が無くなっちゃったから、もう歩けないのね。ざんねん!」


 焦らすように目を細め、ゆっくりと迫ってくる影を、私は体を起こす事もできずに見上げていた。


 もう、何の策も思い付かない。

 指の一本たりとも動かせる気がしない。


 絶望が、硬い床から伝わる冷たさのように全身に染み渡っていく。


「きゃはっ!もう壊れちゃった?」


 顔を覗き込むようにしゃがんだ彼女が、私の頬肉を指で摘まんで、伸ばしたり押したりを繰り返している。


 もはや、声を出す気力さえ失ったいた。

 この調子でいれば、どうせ放っておいたってLPが底をつく。


 あとは泥沼のような死の奥底まで沈んでいくだけだ。


「あはは、じゃあもういいわね。ぜんぶ、バラバラにしてあげる!」


 目の前で唸りをあげる刃。

 これがあと数センチでも迫れば、私の残り僅かなLPは一瞬で消し飛ぶだろう。


 悔しくもある。

 悲しくもある。

 後悔もある。


 名前も知らないイカれた女に突然殺されるなんて、こんな下らない最期が許されるだろうか。


 それでも、そんな理不尽が当たり前のような顔をしてまかり通っているのがこの閉鎖世界だ。恐らく、誰かが、誰もが許してしまうのだろう。


 いや、


 最後の最後に、胸のなかで何かが脈打った。


 誰が許したって、たぶんレミィは最後まで許してくれないだろう。

 きっと腰に手を当てて怒鳴ってくるに違いない。


「レミィ……」


 地獄の底で最後に光が見えた気がする。


 どうしようもなく遠い、ちらちらと今にも消えそうな、夜空の星みたいな光だ。


「……なに、その目」


 エンジン音が止み、チェーンソーの刃が止まった。


 見上げると、狂気の笑みを浮かべていた少女の顔が一変、焦るように、恐怖するように、怒るよに唇噛み締めていた。


「その目……その目!その目が嫌い!大嫌い!」


「ぐあっ……!?」


 少女の細い手が私の喉を掴み、強く締め上げる。


「なによ……何でそんな顔できるの!?こんなに可哀想なのに、惨めなのに!」


「へ……へへ」


 何の話をしているのか分からない。


 じわじわと減少するLPゲージは、今にも底を舐めそうだ。

 だが、目の前の顔を見ていると、何故かまだ負けた気はしなかった。


「あなた、今から死ぬんだよ!なのに、なのに……」

「るっせー……ヒス女ッ……!」


 奇跡的に動いた手で、首を締め上げる腕を掴んだ。


「……死んでたまるか……死んでたまるか……!!」


「ッ!!」


 少女の顔に、燃えるような殺意がみなぎるのが見えた。


 首にかかる力が強まり、みしみしと軋み始めた。

 窒息死する前に首をへし折る気か。


 それなら望むところだ。


「へへ……へへへ」


 例え首をへし折られながらでも、私は勝ち誇って笑っていよう。

 この女の思い通りに死ぬなんてことだけはしたくない。


 レミィにはもう会えそうもないが、それでも情けなく死ぬよりはましだ。


「誰も私たちを見下させなんかしない!壊す!壊す!ぜんぶ、壊す!」


「何言ってるか……わっかんねぇよ……ははっ」


 最後に睨み付けてやろうとしたその時、何処からか声がした。



「マリィ」



 頭の奥に響くような男の声。


「っ!?」


 突然首にかかる力がほどけ、私は床へと落ちた。


 一気に肺へと流れ込む空気に噎せ込み、朦朧とした視界をすんでのところで保つ。


 頭の上から聞こえる少女の声は、ひどく狼狽えている。


「あなた……なんでここに?」


「……。」


 突然現れたもう一人の人物。

 姿を視界に納めようとするが、もう体が動く気がしない。


 しかし、少女の発したその人物の名に、体を電撃が走った



「"黒山羊(クロヤギ)"!」










 所々擦り切れた黒いシャツと、同色の裾のほつれたズボン。

 襟元などから覗く肌は血の気を感じさせず、白い手指は枯れ木のように骨張っている。


 痩身、亡霊のような足取り、


 そして、禍々しく捻れた角の仮面。


 あの日以来、一度として忘れることのなかった姿。


 私は、この男に会うためにここへ来た。


 黒山羊だ。


「……どいて、マリィ……」


 掠れるようなその声に、少女は得物の矛先を移し、威嚇するようにエンジンを唸らせる。


 床を擦るように退く足。少女は明らかに目の前の男を警戒、いや恐れている。


「嫌よ。あなたこそ、邪魔するなら手加減……!」


 言いかけたその時、少女の言葉が不自然に途切れた。


「だ、か……ら」


「きゃっ……!?」


 黒山羊の体がゆらりと傾くように動き、一瞬後にはその死人のような手が少女の顔を覆うように掴んでいた。


「どいて、てば」


「離っ……!?」


 突然の出来事に、少女はチェーンソーを振り回しながら逃げるように距離を取る。


 少女が焦っているのは見るまでもない。

 黒山羊の動きは決して素早い動きではなかった筈だ。だが、それでも反応できなかったのだ。


 少女は刃先で壁のコンクリートを抉りながら、威嚇する猛獣のように構える。


「あなた、何しに来たのよ!」


「俺は……」


 その質問に、一瞬だけ黒山羊の動きが止まった。


「……あれ」


 軋むような動作で腕を動かし、自分の頭を掴む。


「……なにしてるんだろう、俺……」


「あなた、またそれ?」


「……。」


 黒山羊は暫くその形のまま固まっていたが、やがて諦めたように首を振った。


 その様子に、少女は得物を構えたままにじりよる。


「用がないなら消えて!」


「用は……あるよ。あった気がする。」


 その首がぐるりと動き、私を見下ろす。

 仮面から覗く目はまるで底無しの沼のようで、生気や感情が一切感じられない。


 そうだ、この目だ。

 あの日、同じ目が私を見下ろしていた。


 死にかけていた腕に、やけつくような熱が走る。


「……黒山羊……ッ!!」


 私は腕を伸ばし、やっとのことでその足を掴む。

 黒山羊はそれを払うこともなく、ただ私を無表情に見下ろしていた。


「覚えてるか……三ヶ月前の、この顔だ……!」


 その足にしがみつくように体を持ち上げ、胸ぐらを掴む。

 それでも黒山羊は人形になったように何の反応も見せない。私はその仮面を見上げ、大きく息をした。


「あの日おまえが殺さなかった女だ……!あの日、おまえに相棒を撃たれた女だ!!」






 ▲▽▲▽▲▽▲▽





 三ヶ月前。

 閉鎖世界を混乱に陥れた、あの『蛍火』の日だ。


 何度も呼ぶ声で、意識が戻った。そこから記憶している。


「嬢、返事を!起きてください!」


 不明瞭な視界に、薄曇りの空と、知った顔があった。

 覚えている。二人いたうちの、あの口うるさい方の特殊アバターだ。


 せっかく人が死のうとしていたところを、何の権限があって邪魔をしにきたのか。


 砂埃を被った喉を咳で通して、やっと口が動いた。


「……るせぇよ……なにしにきた」


「嬢、気がつきましたか!?」


 相変わらず顔はよく見えない。

 だが、温かい雫が一滴、頬に落ちるのは感じた。


 正直、その時は嫌悪感しかなかった。


 この声も、体温も、手触りも、涙も、所詮はこのふざけた世界の生んだ幻だ。人の形をしたただの作り物の癖に、どこまで私たちの真似をするのかと。


 だから、助けられた理解したその瞬間に、吐き気のように怒りが湧いてきた。


「……は……なせよッ!」


 転がるようにその特殊アバターの腕を抜け、私は近くに落ちていた拳銃に手を伸ばした。

 弾があといくつのこっているかは分からんが、一発や二発で事には足りる。


 地を這うようにしてやっとグリップに手が触れたが、いつも玩具のように扱っているはずのM9(ベレッタ)が、馬鹿に重い。


「嬢!」


 とにかく、いい加減こんな世界とはおさらばしたかった。

 銃口をこめかみに押し当てようとしたが、またあの声が邪魔をした。


「なんのつもりですか、そんなもの……」


 感情に任せて放った9ミリ弾が、目の前の特殊アバターの肩を掠めた。


 細く煙る銃を目の前の女に向け、私は更に咳こむ。


「……なんだよ……なんなんだよおまえら……!」


 再び放った弾丸は、彼女の伸ばした手を貫いた。


「くっ……!?」


「もう散々だ……こんなイカれた世界に閉じ込められて、私の頭までイカれちまった……!」


 特殊アバターは貫かれた手を掴み、苦痛に顔を歪めている。

 その様子に鼻を鳴らし、私は銃口を自分の顎に当てる。


「ツクリモノのくせに……痛いなんて感情があるなら邪魔なんてするなよ」


「嬢……やめてください」


 それでも、まだ手を伸ばす特殊アバター。

 あくまで私から離れる気はないらしい。


「私が消えれば、おまえも自由だろ?もう、何もかも嫌なんだよ……ほっといてくれ」


「やめてください!」


 私が目を離したその一瞬、特殊アバターが動いた。

 私の手を掴み、拳銃を取り上げようとする。


「はなせ……!」


「……ッ!!」


 いくら振りほどこうとしても、特殊アバターは手を離そうとしない。


「クソッ、クソッ!」


 夢中でもがく内に、指は引き金に触れていた。


 そのあとに何が起きたかなんて、もはや説明するまでもないだろう。


 私は、レミィを撃った。


 当時、まだ『レミィ』なんて名前もなかったレミィの腹を、薬室に残った最後の一発で撃ち抜いた。

 腰の辺りから真っ赤な光が弾けて、目の前をちらちら漂って消える。


 耳元で、結局最後まで私を離さなかったレミィの、苦しそうな息遣いが聞こえていた。


「死んじゃ……駄目です」


 すっかり肩から力が抜けた私を、レミィの腕が抱き締めた。


 もう、何が何だかさっぱりだった。


「あなたがいなくなったら……私は、何のために生きればいいんですか?」


 そんな頭のなかに、レミィの声だけが流れ込んでくる。


「私が嫌いなら……避けてくれても構いません。ですが……死ぬのは許しません。絶対です。」


「だって」と、レミィは続けた。


「私が、悲しいじゃないですか」


 それから私は、壊れたように泣いた。

 何の涙かなんて、自分でもよく分からなかったが、それでも止まらなかったので、仕方がなく泣き続けた。

 泣いて泣いて、たっぷり五年分は泣いた。


 それでもレミィは、黙って付き合ってくれた。


「帰りましょう、嬢」


 やっとまともに息が吸えるようになったころに、レミィが私の背中を擦りながら言ってくれた。


 腹に空いた穴からは相変わらずダメージ演出を吹いているが、それが嘘みたいに優しい顔をしていたのを覚えている。


 辺りの空気は硝煙臭く、まだそう遠くない場所で起こる殺し合いの音が聞こえる。

 これだけ泣きわめいて、やっと「ここにいてはいけないのだ」ということに気がつけた。


 ここは、生きている人間の来ていい場所じゃない。


 やっと立ち上がると、頭がぐらついてレミィの腕にしがみついた。

 だが、レミィもよろついて足を踏ん張っていた。


 お互い、満身創痍である。

 いいや、私たちだけではない。

 似たような格好のが、右にも左にも転がっている。


「ふふっ……」

「どうかしましたか?」

「いや」


 何だかつまらない話だ。


 みんな、同じ。

 私も、レミィも。今躓きそうになった足下の死骸でさえも。

 みんな同じ、この狭い狭い偽物の世界のネズミだ。


「……っ!?」


「嬢?」


 また倒れそうになった私をレミィが支えた。


「いや……」


 今度はただの目眩とは違った。

 もっと、頭の奥がぐらつくような感覚だった。


「何か……いる?」



 耳をつんざくような断末魔の叫びが聞こえたのは、その直後だった。


「嬢!」


 警戒したレミィが前に出る。


 そんな私たちの前に、奴は唐突に現れた。


「……や、やめろっ……はなせ……!」


 荒れた呼吸と、息が抜けるような声。

 それを引きずって現れた、黒い仮面の男。


「……はなせ……た、たすけてくれ、たのむ……!」


 命乞いをしているのは、その男に片足を掴まれて引きずられているプレイヤーだ。


「……」


 ふらりと現れた仮面が、不意に私たちの姿を認め足を止める。


「……まだいた……」


 その仮面からは感情の一切が読み取れないが、それでもその敵意は肌で感じとることができる。


「……嬢、下がって」


 引きずっていたプレイヤーを離した仮面に、レミィがM11-87を向ける。


「そこを退かなければ、撃つ」


 レミィの鋭い声。

 後ろにいる私でさえ痺れるような殺気を向けられているにも関わらず、仮面はぱきぱきと腕や肩を鳴らしている。


「ひっ……!」


 その隙を突き、捕まっていたプレイヤーが駆け出す。


 しかしその瞬間に仮面の腕が動き、インベントリから取り出した拳銃でその背中を撃ち抜いた。

 悲鳴を上げる間もなく絶命したプレイヤーが、端々に転がる死体の群れに加わった。


 ここを退く気はないらしい。


 レミィが銃を構える。

 彼女は特殊アバターだ。傷を負った状態とはいえ、並のプレイヤーに負けるわけがない。


 だが、勝敗は一瞬にして、呆気なくついた。


 レミィが散弾を放つ。


 しかし、仮面はまるでそれを予期していたかのように避けた。


「っ!?」


「……何回やったと思ってるの……」


 その直後、レミィの眼前まで迫った仮面が、その首を掴む。

 レミィが振りほどこうと手を伸ばしたが、仮面の男は既にその胸に向けて引き金を引いていた。



 一瞬の出来事に、私は黒い仮面が目の前に迫るまで瞬きをすることさえ忘れていた。


 虚ろだが、明確な殺意を抱いた目が私を見下ろしている。


「……あ」


 まるで、魂を抜かれたような気分だった。

 体が冷たくなり、膝から力が抜けて、すとんと腰が落ちる。


 レミィを撃ったばかりの銃口が、虚ろに口を開けている。


 これは、死んだ


 冷たい確信を抱いた、その瞬間。


「……ッ」


 まるで電撃を食らったように、仮面の体が強ばった。


「ア……アァァ……アッ!?」


 自らの黒い仮面を掴むと、まるで何かを振り払おうとしているかのようにもがく。


「……しらない……なに、これ……あぁ……!?」


 うわ言のように溢すと、やがて糸が切れたように項垂れた。


「……あ、あぁ……」


 どれくらいのあいだ、その静寂は続いただろうか。その首がゆっくりと持ち上がり、私の顔を見つめる。

 先程とは一変、その目には言葉では表現し尽くせないほどの感情が渦巻いていた。


 仮面の淵から、血のように真っ赤な涙が流れ落ちている。


「……こんな、はずじゃ……なかった……もっとはやく……いや、ちがう!」



「うぅ……」


 その時、男の足下から呻き声が聞こえた。

 レミィがその足を掴んでいる。


「っ!?」


 仮面の男は、突然取り乱したように距離を取り、レミィへと銃を向ける。


「ちがう、駄目だ……駄目だ駄目だ、そんなの駄目だ、駄目だ!」


 うわ言のように繰り返し、頭を掻きむしる。

 その銃口の先にあったのは、私でなくレミィだった。


 そして、銃声が轟いた。



 気がつくと、そこにあの仮面の姿はなかった。


 残されていたのは、LPを失いアバターの消失(ロスト)が始まっているレミィだけだった。


「お……おい……!」


 慌てて駆け寄るが、レミィの体はぴくりともしない。


 焦りや恐怖が、底冷えのように這い上がってきた。


「そんな……おまえ、勝手に死ぬなよ!だって……こんなの……おかしいだろ……!」


 頭の中が真っ白になり、なにも思い付かない。


 騒ぎに駆けつけたママと遭遇するまで、私は崩れていくその体にすがり付いていることしかできなかった。



 その日以来、私はあの仮面のことを調べ続けた。


『黒山羊』


 その存在は巷ではそう呼ばれていたらしい。

 神出鬼没にして、正体不明。

 風が吹くように突然現れては、遭遇するプレイヤーを瞬く間に殺害して消える。

 その行動に、何の目的や意図があるのかも、やはり不明だ。


 その存在の特異さから、人なのか、それ以外の化け物なのかもはっきりしていない。


 だが、私はあのとき確かに見た。

 私の目を覗いた直後に豹変したあの男を。

 足をつかんだレミィに対しての、異常なまでの反応。


 それ以来、復讐とも違う感情がどうしても拭えない。


 とにかく、私は黒山羊との再開を望んでいた。

 こればかりは、言葉で説明し尽くせないものである。


 ただひとつ言えることがある。

 あのとき、黒山羊が私の目を見たように、私も奴の目のなかに何かを見てしまった。


 恐らく、見てはいけない何かだ。



初めのあたりにも語られていましたが、ミケとママが初めて出会ったのがここです。


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