《楽園の果樹》4
「それで、かっこよく登場したまでいいんですけどね、シドさん?」
「はいはいティガさん。」
アパッチ機内の前後に並んだ操縦席。二人の乗組員がヘッドセット越しにぼそぼそと話していた。
第十三班、通称オオカミ。閉鎖世界入りする前は戦車や戦闘機のみならず、レースゲームやロボットアクションゲームと、とにかく乗り物を愛し乗り物に愛されたいプレイヤーたちで構成された乗り物専門の班である。
ここにいるのは主に航空機を得意とする班長のシドと同じく相棒のティーガー。
マスクやゴーグルで顔を覆っているお陰で、端から見るとまるで操縦席の機材と同化してしまっているようにも見える。
「あの、あれです。」
後ろからぐっと手を伸ばし、ロケット弾の突き刺さったままの不気味な怪物を指差すティーガー。
「さっき撃ったロケット。」
「ハイドラ。」
「ええ、あれ。弾頭は?」
「炸裂を。」
「はいはい。」
高威力の炸薬を詰め込んだ、殺傷範囲50メートルの範囲攻撃用の弾頭である。
「三発とも不発ですね。」
「折角狙って当てたものを……そのようですな。」
あのerrorはこの世界のシステムを受け付けない。それはスキルのターゲット機能も同じだ。
「でも仮にあの三発が見事ヒットしていたら、もしや先輩がたも……」
「それは言わない約束だぞティガさん。」
「失礼。」
そう言うと、二人はそろって首を傾げた。
「errorですねえ……」
「errorですなあ……」
あの化け物はこちらの常識を毎回のように無視してくるので、そこまで驚いてもいない。だが、やはり弾が効かないのは困る。
errorを撃破する方法は、見つかっているだけで二つ。
ひとつ、ありったけの火力で粉々になるまで吹き飛ばす。
ひとつ、イナリに倒してもらう。
以上である。
後者については、イナリ曰く、errorはそれぞれ倒すための特別な"手順"を要するらしい。しかし、それを知ることができるのが今のところ彼だけ。つまり、それ以外には前者の選択しかないのである。
幸い今回のerrorは、比較的小柄だ。
だが、見下ろす二人は揃って首を傾げる。
刺さったロケット弾の残骸が、黒い体にずぶずぶと飲み込まれていくのが見える。
「また随分悪食なコンニャクさんで。」
「全くだ。でも直撃が駄目なら、足元なんか狙って吹き飛ばすまででしょう。」
「なるほど名案だティガさん。」
「でしょう。ではシドさん、さっさと吹っ飛ばしておくんなせ。」
「ところがどっこいティガさん。」
そこでティーガーも気がついたようだ。
「ハイドラが品切れじゃありませんか。」
「ついでにチェーンガンもこのとおり。燃料も、帰りを気にするとあと十分そこらで切り上げなくては。」
「あらまあ。」
如何せん、こちらは別の任務で大型エネミーを仕留めてきた帰りである。
燃費を気にした軽装と、戦闘直後という状況が二重に響いた結果だ。
シドがごそごそと頭を掻く。
「いやはや、焦って飛んできたのが裏目に。」
「まさにちくわすらねえと。ここまで来て打つ手なしですかシドさん。」
「いや、ちくわ程度なら。」
現れたっきりにうんともすんとも言わない無敵の兵器を、下からぽかんと眺めている面々が見える。
その光景が、何ともいたたまれない。
「使えそうなのが、ええと確か。」
「ありましたかそんなもの。」
「飾りで積んで来た対戦車ミサイルのカスタム弾が……」
「このあほめ」
「いたい」
後頭部を殴られたシドがぐるぐると頭を振るった。
ヘルファイアとは、このアパッチの詰む対戦車ミサイルである。先程のハイドラ70ロケット弾と比べるとかなり凶悪なサイズ感を有している。本来なら、戦車などの分厚い装甲を貫通するために炸薬の爆発を一点に集中させる成形炸薬と呼ばれる弾頭が搭載されているが、今回はスキル《弾頭カスタマイズ》で積んだ細かい芸のない炸裂弾である。
硬い装甲を持たない敵や複数の的に対しては成形炸薬弾頭よりも効果的だが、もちろんこの場で使うとなると下の仲間も巻き込まれる。
「でもうまくいけば一発で糸コンニャクの完成ですよ」
「その場合先輩がたもまとめて調理されてしまいますが」
「そこは仕方がないので……頑張っていただくしか」
ティーガーは暫く黙ったが
「ですね、是非とも頑張っていただきたい」
やがて頷くのだった。
『先輩~』
ヘリのスピーカーが喧しく鳴る。
見上げたジェットは、やってきたきりに弾一発も放たないヘリに怒鳴るように言う。
「なんだ!?」
恐らく聞こえてはいなかっただろうが、スピーカーが再び鳴る。
『ごめんなさい、さっきの三発で打ち止めです』
「は!?」
『ああでもご安心ください。ヘルファイアが二本残ってるので、こいつで吹き飛ばします。』
そう言うと、『頑張って逃げてくださいね』と距離を取りに機首を上げて後退し始めた。
「ヘルファイアって……」
「……いや、さすがに何かの冗談じゃ……」
十分に距離の空いた空飛ぶ戦車が、こちらに無表情な面を向けているのが見える。
横羽に下がっているミサイルが、心持ち凶悪に光っている。
「これは……」
部下三人の視線に、ジェットは大きく叫んだ。
「退避ーーーッ!!」
全員、屋上から降りる非常階段へと走る。
errorの巨体を支えた後の階段は今にも崩れそうで、悲鳴をあげるように軋む。
ギルがその上を歩いたその時、ついに脆くなっていた床が抜けた。
「うわっ!?」
「ギル!?」
ジェットが慌てて駆け戻る。
「班長、無理だ!errorが!」
追ってきたerrorの背中が避けるように割れ、人の腕ほどの太さもある触手が飛び出してきた。
足を取られたギルをジェットが引き上げる。
「班長、errorが!俺のことは……」
「命令するのは俺だ!おとなしく、着いてこい!」
その腕を力一杯引き上げると、穴を抜けたギルが階段を転がり落ちていった。
「お前ら、ギルを……」
「班長、後ろ!!」
ギルの援護を指示したその直後、errorの伸ばした触手がジェットの体を捕らえた。
「班長!!」
「クソッ!」
太い触手に巻かれ、武器に手が届かない。
胴体を守るプレートキャリアが、黒いゼリー質に触れて焼け焦げるような音を立てている。
「班長!」
「来るな、行け!!」
叩きつけるように叫んだその時だった。
非常階段を、猛烈な勢いで駆け上がる黒い影。
「ジェット!」
鋭い叱声が、まるで頬を叩くように響いた。
黒一色の装備に、魔物のようなペストマスク。
その手に握られているのは、大型のナイフだった。
「スルガ!?」
「あんたに死なれたら、替えが利かん!」
地を蹴って跳ぶと、ナイフを突き立てて触手を断ち切る。
「無茶しやがる……」
「立て、ジェット!」
背中から落下したジェットを無理矢理立たせ、スルガは走り始めた。
「お前、どこへ……」
「時間がない!」
見ると、開けた空に白煙が見えた。
アパッチから放たれたミサイルであることは、嫌でも分かった。
「飛べ!」
「なんだと!?」
「クソッ!」
スルガが、ジェットを突き飛ばすようにして屋上から飛び降りた。
一瞬だけ、世界がスローモーションに見えた。
白煙の尾を引くミサイルが、横をすれ違うように飛んでいった。遠くなっていく屋上が爆ぜ、爆風と共に黒い飛沫が散った。
errorが死んだ。
そう理解する間もなく、全身を落下の感覚が包み込む。
だが、それも束の間
「うっ……!?」
体にずしりと鈍い衝撃が走り、落下が止まる。
見下ろす地面が、遠くでふらふらと揺れて見えた。
「……今回……だけだぞ……」
首を捻って見上げると、苦しげな声を上げながら自分のベルトを掴むスルガの姿が見えた。
その腰からはワイヤーが一本、ビルの屋上へと伸びている。
一拍置いて、やっと助かったという実感が湧いた。
『先輩~生きてますか~?』
嫌なスピーカー音が、やかましい羽音を連れて戻ってくる。
「クソッ……」
スルガの悪態が聞こえた。
ジェットはシナノへと通信を繋ぐ。
「悪いが、屋上に一人寄越してくれ。引き上げてほしい。」
数分後、スルガとジェットは回収され、救出した面々も大人しく拘束された。
未だ燻るビルの下、シナノ隊の面々は後処理に追われていた。
第十三班のアパッチは、『燃料の都合』という理由をこじつけ、文句を言われる前に逃げるように飛んでいってしまった。
「あの乗り物バカども……!」
「まあ許してやれ、お互い緊急事態だったんだ。」
額に青筋を立てる部下を、一番の被害者であるはずのジェットが押さえている。
「まあとにかく、今回はerrorの規模もあり被害はほぼ無しだ。結果としては百点満点に近い。」
シナノは護送用のトラックの到着を待ちながら、本部への報告をメッセージ機能で行っていた。
もちろん、内容は第十三班の無茶である。
「その辺りは後でクラマさんが動くだろう。」
「それを聞くと何だか悪い気もしてきたな……」
三班の面々も治まりがついてきた時、シナノへと通信が入った。
『こちらクラマ隊、クラマさんたちが"パペット"と思われるアバターと遭遇!ミケゾウさんとも連絡取れません!』
『あっちこっちあっちこっち……ああ、目が回るなあ……』
なぎ払うような炎が部屋中を焼いていく。
部屋の中央に陣取った"パペット"が、火炎放射で辺り一面見境なしに攻撃しているのだ。
炎の渦の中で、不気味な影がゆらゆらと揺れている。
「……マジでかあの人形、火達磨じゃん……!」
空気の逃げ場のない地下室で炎を撒けばどうなるか、それは想像に易い。
やけつくような熱を帯びる空気に咳き込み、用途不明の大型の機材に隠れた第七班の班長カズマは頭を振った。
ここはあくまでゲームの中。酸素など空気に問題が出ることは無さそうだが、この熱だけでも十分に危険だ。
「蒸し焼きにされてるアサリの気分……って、うあっ!」
カズマの隠れた機材を、火炎放射機の炎が炙り始めたのだ。
『隠れてないで、早く真っ黒焦げになっちゃえ』
「あっ……づづづづづづ!?」
炎の直撃は免れても、熱までもは防ぎきれない。
遮蔽物に隠れたまま身動きも取れず、LPが徐々に削れていく。
「リーダー!」
パペットの背後を録るように飛び出したロウとトニが、業火を吹く背中へと銃弾を叩き込む。
しかし、その背中から散るダメージ演出はごくわずかで、辺りを舞う火の粉に紛れて見えなくなる程だ。
『痛いよぅ~』
分厚い防護服が緩慢とした動きで振り向く。
「まずっ……」
「隠れろ隠れろ!」
二人同時に飛び出したのは、一人が集中放火を浴びるのを警戒してだろう。
押し寄せる炎を反対方向へと避け、また機材の影へと滑り込む。
「リーダー無事っすか?」
「……ミディアムレアって感じだ……」
這うように機材の影を抜け出すと、また次の遮蔽物を探して走る。
とにかく、同じ場所に留まっていればあの炎にじわじわと焼き殺される。
「無事ですかカズマくん」
「げっ、クラマさん」
次に逃げ込んだ場所には、既にクラマが潜んでいた。
「情報通りですね。パペットの防護服は炎も弾も受け付けない。その分稼動域が制限されているようですが……」
「今の武装じゃ手も足も……これじゃ作戦どころじゃない。一旦逃げましょうクラマさん。」
「それができれば苦労しませんよ」
クラマが示す方を見ると、出口である扉が熱でひしゃげているのが見えた。
開幕からあの火炎放射で扉を焼かれてしまったのだ。
何人かで押せば破ることも出来そうだが、そんなことをしていれば背中からあの火炎放射でまとめて炙られるだろう。
「向こうも逃がすつもり無いって訳っすか……」
「そのようです」
室内は火炎放射機の炎で熱せられ、いよいよ目を開けるのも辛い状態だ。
これがLPへの干渉を始めれば、間違いなく勝ち目はない。
「とにかく、あの火炎放射をやめていただかなくてはですね。」
「……アチチ……でもどうやって?」
「そうですね」
クラマは何故か視線を上げながら首を傾げている。
天井に何かがあるのだろうか。
カズマはそんなクラマに首を横に振る。
「配管破って水を撒くとかいうのは無しですよ。こんなところで、焼け石に水どころか余計に蒸しますって。」
「ええ、熱伝導のお話ですね。カズマくん、意外と知っていますね。」
「……いや、知らないんですけど、なんとなく」
こんなところでも冗談めかすクラマにため息をつきながらも、カズマは冷静さを保てている自分に驚きを感じていた。
この人がいればなんとかなる。
根拠はないが、そう感じさせるだけの何かをこの人は持っている。
それを見てとったのか、クラマはにこりと笑った。
「正確には私ではないのですが」
「え?」
そう言った直後、クラマが拳銃を構えて飛び出した。
「こっちですよ、猫さん」
『んー?』
黒いガスマスクがぬるりと振り向く。
『いた、ちょろちょろ元気なネズミさん』
「ネズミ、ですか」
クラマの目が、一瞬だけ鋭く光った。
スキル《スマートショット Lv9》
拳銃専用スキル。リロード後の初弾のみ有効。
反動、弾道のブレを無効化。射撃アシストにより迅速に正確な射撃が可能。
「"窮鼠猫を噛む"」
ワルサーP99が火を吹く。
放たれた9ミリ弾が真っ直ぐに突き刺さったのは、ミトンのように火炎放射機のハンドルを握る猫のパペットだった。
三角形の右耳が千切れ飛び、弾丸に切り裂かれた手の甲から赤い光が散る。
『あ、ああっ!?』
その手から火炎放射機が落ち、床の上で音を立てた。
「今です、イナリくん!」
クラマの声に合わせて、天井で何かが砕けた。
通気孔を塞いでいた金網が落ち、 続いて大きな影が猛禽のように急降下する。
「ごめんおくれた」
『っ!?』
短く口を開いたのは、パペットの目の前へと着地したイナリだった。
火炎放射機を拾おうとしたパペットを、空を裂くような蹴りが襲う。
小柄ながら重厚な装備に身を包んだアバターが、たっぷり五メートル以上床を滑って止まった。
「重……」
重量が響いたのかその場で片足を軽く揺すると、イナリは被った埃を全身を振るって落とした。
『……い……たい……』
床に倒れたパペットがふらふらと立ち上がる。
「……あぁ」
その様子に緩やかに首を回すと、イナリはアイテムストレージからVz61スコーピオンを取り出した。
「硬いな……。」
「イナリさん!」
カズマの声に、イナリが首だけで振り替える。
「奴の服は弾を通さない、気を付けて!」
「ん」
若干目を細めると、取り出したばかりのスコーピオンをその場に放った。
『あぁ、猫が……猫が……あぁ嫌だ、許さない許さない許さない!!』
小さな火を溢す火炎放射機を向けるが、その頃にはイナリは手の届く距離まで積めていた。
「その服……なんかやだね」
火炎放射機を蹴り落とすと、パペットを再び床へと踏み倒した。
「はい、おしまい」
逆手に振り上げた大型のハンティングナイフを、ガスマスクの下の喉へと突き立てた。
引き抜いた刃を追うように赤い光が吹き出し、終始無表情なイナリの顔へと降りかかる。
『せん……せい……たす、けて……』
掠れた声は、やがてガスマスクのフィルター越しに聞こえなくなり、こと切れた。
力の抜けた体を爪先でつつくと、クラマの方へ振り返り首を傾げて見せた。
「……もういい」
あくまで無感動な様子を貫く姿にカズマたちが顔をひきつらせる横で、クラマだけが笑顔で手を叩いていた。
「素晴らしい、今日も百点満点ですねイナリくん。」




