《楽園の果樹》2
○●○●○●
「ちょ……ミケさん!?」
慌てて止めるカズマの声は、結局彼女に届くことはなかった。
散弾銃を抱えた小さな背中が曲がり角に消えていく。
「あぁらら……クラマさん何やってんですか本当に」
「えっと……私、不味いことを言いましたかね?」
頭を掻きながら、手のひらを返して見せるクラマ。この人の場合、素なのか演技なのかの区別がつかないから困る。
「……全く、そういうところですよクラマさん。ミケさん気が立ってるんですから。」
「やっぱり年頃の女の子の心はわかりませんね~……反省です。後で謝りましょう。」
「もう触んないほうがいいと思うんですけど……」
「追いますよ」と声をかけ、部下二人を先行させる。
「あぁ……所でクラマさん?」
彼女が下りていったらしい階段を見つけ、その先をライトで照らす。
「何ですか、カズマくん。」
「いや……なんか変な感じしませんか?」
「変な感じ?」
カズマは頭を掻きながら唸ったが、やがて「いいえ」と話を閉じた。
「……わかんないなら気のせいっす」
「リーダー」
部下からの声がしたのは、その時だった。
小声に絞ったのは、恐らく何かを見つけたからだろう。
「……。」
ストレッチャーがそのまま通れるように、広く幅の取られた扉。
おそらく処置室か何かだろう。
扉の両サイドには既にトニとロウの二人がついている。
彼らが指差す床を見ると、何か重いものを何度も引きずったような傷跡がいくつも中へと続いていた。
内容はともかく、大荷物が行き来していたのは確かなようだ。
「ミケさん見つかってませんけど」
カズマが小声で尋ねると、クラマは苦い顔をしつつも首を横に振った。
「彼女には彼女の用事があるようですから……」
「じゃあそういう路線で……」
横二人に「つっこむぞ」と手振りで伝えると、それぞれ頷きで返した。
「……私が正面を。後ろはお任せできますね。」
「了解っす」
拳銃一丁の人間を正面に出すなんて、本来ならあり得ない話だが、この男はことに限って監察班班長のクラマだ。
撃ち合いにしても説得にしても、この人が一番頼りになる。
それに、できれば後者で済ませたいという希望もある。
ロウが指を上げる。『二人』だ。
彼の感知スキルが、中に最低でも二人はいることを察知したのだ。
「……いけ!!」
カズマの合図で、ロウとトニが扉を蹴った。
クラマが拳銃を構え、声を大きくする。
「円卓の者です。直ちに武装を解かなければ、鎮圧対象とします。大人しく投降しなさい。」
先程までとは一変、鋭い叱声が広い部屋にこだまする。
間を空けることなく、カービンを構えた第七班のメンバーが滑り込む。
四筋のフラッシュライトが照らし出したのは、部屋中に敷き詰められるように置かれた謎の機材群れだった。
「……いない?」
床を大樹の根のように走る配管を跨ぎながら、カズマが呟く。
「いえ……確かに探知スキルには」
スキルにかかったのなら、いるのは間違いないはずだ。
M4カービンに取り付けたフラッシュライトが、部屋をさらうように照らしていく。
「これは……?」
機材に混じって、何かが吊るされている。
大きさはちょうど人間一人程。中身の見えない黒いポリ袋がかけられていて、その上からロープで巻かれている。
「死体……じゃないよな?」
カズマが顔をひきつらせながら振り向くと、ロウが首を振った。
「いえ、死体なら残りませんよ……それに、気配のひとつはそれです。」
「マジかよ……!?」
トニが吊るされた何者かを解放しようと手を伸ばす。
その時だった。
『ひょこっ』
「なっ!?」
袋に近づいたトニが尻餅を着く。
袋の影から、何かが飛び出している。
黒い布に、赤や紫などの布が張り合わせてあり、更に左右に色の違うボタンが目のように縫い付けてある。
「……人形?」
下から手を通して口や腕を動かす、ネコのパペット人形だ。
袋の影から現れたネコは、口をぱくぱくと動かして喋り始める。
『みなさん、こん、にち、わー。』
激しく照らすフラッシュライトが、まるで舞台に浴びせられるスポットライトに見える。
「一応確認ですが、誰ですか?」
クラマが呼び掛けると、声の主が顔を出した。
背中には大きなタンクを背負い、顔はガスマスク。全身真っ黒で光沢のある厚ぼったい防護服が、分厚いブーツを鳴らしながら歩いている。
そんな無機的な姿と手にした人形のギャップが、暗闇のなかで不気味な存在感となってにじみ出ている。
この人物は、円卓の人間なら誰でも知っている。
『ネコでーす』
ガスマスクの怪人は人形を動かしながら、抑揚のない声で喋る。
クラマは銃を向けたまま鋭く声を発する。
「人形ではない、あなたです。」
『なにそれ、おもしろーい』
笑っているつもりなのか、『あっはっは』と手にした人形を動かす。
これだけ見ていると、手にした人形が持ち主の意思を離れ、自ら動いているような錯覚に捕らわれる。
カズマはその奇怪な姿に銃を向けつつ、耳元へと手をやる。
「レオン、本部に連絡とれ、不味いことになった。"パペット"と思われるプレイヤーと遭遇。"パペット"だ。」
"パペット"。
目の前にいるそれは、恐らくそう呼ばれる存在だ。
"黒山羊"同様、円卓のブラックリストに名を連ねる怪物である。
『それよりも、ねえ。』
人形を被せた左手以外は置物のように固まっていた体が、ゆっくりと軋むように動き始めた。
右手が背中の方へと動き、何かを掴み取る。
背中のタンクと管で繋がったそれが、闇の中で小さく火を上げている。
"パペット"を怪物たらしめる主武装、火炎放射機だ。
『少し明るくしよう』
○●○●○●
「クソッ、離しやがれ!!」
後ろ手錠で縛られた男が、同じく拘束されたプレイヤーと同じく壁際へと押しやられる。
シナノ隊の突入したオフィスビル。そこに潜んでいたプレイヤーの生き残りだ。
彼らは今後本部へ移送され、そこで取り調べが行われることになっている。処分はその後に決定される。
最後まで抵抗していた男を、後ろから黒いブーツが蹴り飛ばした。
「黙れ。」
低い声で言いながら腕を組んだのは、班員共通のペストマスクを外した男。第十班の班長、スルガだ。
壁に叩き付けられた男は呻くと、腕を縛られたままスルガへと飛びかかった。
「この野郎!!」
「チッ」
対するスルガはそれをあっさりと避け、無防備な腹に膝を叩きつけた。
「うごっ……」
「クズめ」
倒れた男を前にナイフを抜くと、その頭目掛けてそれを振り下ろした。
空気を切り裂くような悲鳴が上がる。
その頭をわずかに逸れたナイフの刃は、男の左耳を落としながらコンクリートの床を抉っていた。
のたうち回る男を壁際へと蹴り、唾棄するように言う。
「言ってもわからん奴に耳は二つもいらんだろう。」
ナイフを仕舞うと、壁際の列から嘲るような笑いが漏れた。
「それならてめえらには両耳ともいらねえな。上であぐらかいてる円卓の連中どもには、どうせ俺たちの声なんて届かねえよ。」
その声に縛られた男たちの中から同調する声が溢れ出す。
瞬く間に喧騒に包まれた部屋のなかで、スルガは歯を噛み締める。
「……クズどもが……!!」
ホルスターに伸びた手が自動拳銃を取り、安全装置を外す。
壁際へ銃口が向けられた瞬間、その手首を誰かが掴んだ。
銃声と共に、天井で火花とコンクリートの欠片が弾けた。
一瞬で静まった部屋のなかに、低い声が響く。
「やめとけ、スルガ」
「ジェット……!」
スルガの手を掴んだのは、同じく突入した第四班の班長ジェットだった。
「俺たちの仕事は"処刑"じゃない。」
「だが……」
「わかってるだろ、スルガ。」
ジェットはスルガから銃を取ると、それをホルスターへと押し込んだ。
「ここにいる殆どが、金も居場所もない"弱者"だ。許せとは言わんが……こいつらには他に道が無かったということを忘れるな。」
「だが……」
「それにそもそも、こんな薬が出回ってること自体が俺たちの責任でもある。世の中が荒んでたりしなければ、こんな物そうそう売れたりしない。」
自分の首にかけたドックタグを手に取ると、念を押すように言った。
「俺たちのすべきことは、薬その物を断つことじゃない。こんな物を必要としない世界を作ることだ。ちがうか?」
スルガは黙って聞いていたが、プレートキャリア越しに自らのタグに触れ、そしてジェットを睨み付けた。
「ああ。その為に、俺はこの世のクズどもを掃除する。」
「……。」
「物騒だね~、なんだか」
無言の睨み合いを遮ったのは、場違いにそこ抜けた声だった。
部屋の入り口に目を向けるのと、声の主が姿を現す。
「班長、一人隠れてました。」
第四班のメンバー二人に押されて入ってきたのは、白衣姿の女。両肩を掴む大きな手に窮屈そうに身を揺すりながら、彼女は口をへの字にする。
「隠れてなんかない、たまたまそこにいただけよ。」
頭の後ろでまとめた長い髪に、赤縁の眼鏡をかけている。すらりとした肢体に大人びた格好をしているが、振る舞いや言動はまるで幼い少女のそれだ。
どうにせよ、部屋に並べられた男たちとは全く異なる様子であることは確かだ。
「底までさらったつもりが、まさかこんな取り零しがあるとはな。」
ジェットが前に立つと、悪戯好きの子供のように目を細めて笑った。
「こっちこそ、引っ越しの様子見に来たつもりが、まさかこんなことになるなんてね。」
「で、おまえは何者だ。」
ジェットの問いに、女は得意気に胸を張る。
「ふふ、この格好で察して欲しいけど、わからないなら教えてあげる。」
歴戦の猛者であるジェットの目にも臆せず、女は身を乗り出しながら口にした。
「私こそがこの"コットン・キャンディ"の開発者。"天才"って呼んでくれてもいいわよ?"天災"でも可ね。」
「綿飴?」
「知らないの?円卓も大したことないのね。先生もがっかりするわ。」
「答えろ、そのコットンなんとかの話だ。」
「あらひどい。」
頬を膨らませ心外そうな顔を作ったが、またすぐにあの表情に戻った。
「あなたたちが『クスリ、クスリ』って、全く可愛くない名前で呼んでるもののこと。」
ジェットが目を細める。
これは、思ったよりも大きな物を掴んでしまったらしい。
ジェットの食い付きに気を良くしたのか、彼女は何やら嬉しそうに続ける。
「開発したのも私。それに、今のところ正しい製法を知ってるのも私だけ。」
「それはつまり……あんたを押さえれば、この騒ぎは終わるってことか?」
すると彼女は眉を上げながら首を傾げた。
「さあ?在庫はまだ他所にも残ってるし。」
「そうか。だが、あんたを逃がさないことに変わりはない。」
「へえ、どうかな?」
「なに?」
ジェットが眉を潜めた瞬間に、彼女がにやりと笑った。
「ばあ!」
突然彼女が両手を広げ、両肩を押さえていた第四班の二人を振り払った。
「うわっ!?」
「ぐっ……!」
直ぐ様反応した二人だったが、彼女を捉えようと腕を伸ばした瞬間に崩れ落ちるように膝を着いた。
「シド、フィン!」
二人の首にはそれぞれ小型の注射器のようなものが突き刺さっている。
「大丈夫、ただ失神のデバフがかかるだけだから。十秒そこらもしたら切れるんじゃない?」
外れたナイロンの手錠をつまんで見せ、女はにこりと笑う。
「手錠が緩くて助かったわ。抜けやすかった。」
「クソ!」
スルガが銃を向けるが、それと同時に女が缶の様なものを突き出す。
「ストップ、乱暴はもうお仕舞い。私が手を離したらみんな死ぬかもよ?」
引き金に指をかけたまま、スルガが固まる。
缶に取り付けられているのは、手榴弾の誤爆を防ぐレバーにも見える。
「さっきのはただの嫌がらせ程度だけど、今度のはホンモノ。出血と気絶のデバフが同時にかかる、私特性の"毒ガス爆弾"ってやつよ。少なくともこの部屋にいたら助からないわね。」
「悪あがきはよせ!」
銃口をどかさないまま、ジェットがじりじりと間を詰める。
「ここを凌いだところで、俺たちからは逃げられんぞ!」
「逃げたりなんてしないもん、そんなかっこわるい。」
彼女の言葉と共に、その隣に黒い霧が立ち込める。
霧が晴れると、そこには車椅子のようなものを押す黒いコートを纏った背の高い女が立っていた。
白衣の女はその女ににこりと笑いかける。
「おつかれさま、"黒霧"さん?」
「……」
黒霧と呼ばれた女は無言で彼女を見下ろし、車椅子を空け渡すように後ろへ下がる。
車椅子に乗せられているのは、手足を固定され目隠しをされた少女だ。
「特殊アバター?」
「そう、正解」
ジェットの言葉に答え、白衣の女は車椅子をからからと押しながら語り始める。
「彼女の名前はゾイ。かつてあるプレイヤーの元でアサルトライフルとして働いていたの。」
「なんの話だ?」
鋭く言ったスルガに、女はくすくす笑う。
「いいじゃない、話くらい聞いてよ。ところで、話は変わるけど……"心"ってなんだと思う?」
一触即発の緊張感を孕んだ部屋の中で、彼女だけが爛々と目を輝かせている。
「私は理系派だからね。心っていうのは、つまり快と不快の波。ところが、この閉鎖世界のシステムはその一旦たる"不快"、その大部分を占める"痛み"を抑制してしまう。そして同時にその対局にある"快"の部分にもこのシステムには働いている。この意味がわかる?」
返答のない部屋を見回すと、肩をすくめながら続ける。
「この世界は、私たちから心を奪ってしまったの。ああ、嘆かわしい。だから私たちはこれから革命を起こす。」
そう言うと、彼女は赤い液体に満たされた注射器を取り出した。
「みんな勘違いしがちだけど、この薬の本質は"快楽を与えること"じゃない。それはただの上張り、苦い薬をシロップに混ぜるでしょ?あれと同じ。本質はシステムに縛られた感覚を解放することなの。」
「なに?」
それはつまり、この世界のシステムを真っ向から否定しねじ曲げるような行為だ。
プレイヤー一人の力でなせる技とは思えない。
「もちろん、私だけじゃここまでできなかったかも。……まあそれは置くとして、話を戻そうかしら。彼女の話よ。」
車椅子の上で人形のように動かない少女を撫で、その長い髪を解くように指を通す。
「彼女はね、持ち主に裏切られたの。一生懸命尽くしてきた持ち主に。」
首筋に近付けられた注射器の針に、ジェットが声を上げる。
「やめろ、何をする気だ!!」
「この薬の"本質"を見せてあげる。」
小さな舌でその針の先を舐めると、少女の白い首筋に突き刺した。
「……悔しかったね……辛かったね……怖かったね……」
女の囁きに、特殊アバターの少女の体ががたがたと震え始める。
目隠しの下から血のように赤い涙が流れ出し、こわばった唇からうわ言のように繰り返す。
「……こわい……こわい、こわい、こわい……」
「そう、吐き出して。隠す必要はない、抱え込む必要もない。それはもう、あなただけの苦しみじゃないんだから……」
少女の体にひびが走り、ノイズのような靄がかかる。
直後、部屋にいた全員が同時に呻き、頭を押さえた。
「うっ……クソ、正気か……!?」
突然頭の奥に走った痺れるような痛み。
この感覚を、彼らは知っていた。
「error!」
「正解!!」
女が指を鳴らすと同時に車椅子の拘束が外れ、痙攣を起こす少女が床に投げ出される。
「さあ、あなたはもう自由。殻に囚われる必要はない。存分に暴れちゃいなさい!」
「撃て!!」
ジェットの声で白衣の女に銃声が殺到する。
しかし、その間に"黒霧"が入り、黒い霧の壁が二人を包んだ。
「みんな、"ようこそ、楽園の終わりへ"!!」
その言葉を残し、二人は霧と共に消え去った。
「待て!!」
部屋を飛び出そうとしたスルガを、ジェットが止める。
「今はこっちだ、スルガ!」
少女の体が崩れ落ち、内側から半透明な影のような物が抜け出す。
辛うじて人を形を保っているようにも見えるが、その体には両腕がなく、もがくように全身を揺すっている。
ジェットは耳元に手を伸ばし、表で待機しているシナノへと通信を繋ぐ。
「シナノ、本部に伝えろ!クソ緊急事態だ!errorが出た!」




