《楽園の果樹》
「クラマさんの所は始めたみたいだな」
特設シナノ隊は既にターゲットであるオフィスビルの周囲に展開、突入の準備を整えていた。
距離にして僅か7キロ先では、一人突撃したイナリが爆音を轟かせている。
「若干フライング気味だが……まあクラマさんとイナリが組んでる時点で、多少の騒ぎは想定済みだ。」
今回の特設シナノ隊の指揮を任されているのは、クラマの率いる監察班所属のシナノ。目付きの鋭い白人系の男で、体格で言えば平均から劣るもののその実力は円卓のお墨付きだ。いつもは白い制服で固めているが、今日ばかりはそれも脱いでいる。
「うちはうちで締まっていくぞ。」
シナノは時計を確認し、再び突入する正面入り口を見た。
ヘリでも使い上から飛び乗る形で押し入れれば楽だろうが、場所柄円卓所属の機体を堂々飛ばすこともできない。
よって、オーソドックスに正面突破をかけることにした。
民間の建物は要塞とは違う。
一番目につく入り口が、一番入りやすく作られている。この手の人の出入りが激しい場所なら尚更だ。いくら警戒したところでその特性は変えられない。
「……まあ、この編成ならほぼほぼ失敗はないだろうが」
時計の針が突入開始の時間を告げる、その直後。
何処からともなく飛来した四本のラインが、室内外からの警戒の目を同時に潰した。
全弾同時の、寸分違わぬヘッドショットキル。各所に待機していた円卓屈指の狙撃手たちだ。
『一番ヒット』
『二番、問題なく』
『三番ヘッドショット確認、うっし!』
『四番もヒット』
現実では到底無理な芸当だが、スキルやシステムのアシストがかかるここでなら可能だ。
一部ガラスを割る音などは出たが、全員が高レベルの消音スキルと減音器を備えているため、銃声は全くといってもよいほどしない。
故に攻撃を受けたにも関わらず、建物は驚くほど静かだった。
「"ハヤブサ"、"カラス"、入れ。ただでさえ人手貰ってるんだ、ミスるなよ。」
その指示を合図に、二組の集団が入り口へと滑り込んでいく。
片方は周囲に合わせたグレーの統一色。
片方は真っ黒な服装にペストマスク。
特務隊第四班と第十班から選抜された団員たちだ。
戦闘に特化した両班。特に"カラス"の名で呼ばれる第十班は、かつて円卓最強と呼ばれた第一班の元メンバーを班長に持ち、"オオワシの落とし子"と円卓内でも恐れられている程だ。
入り口を見下ろす向かいのビルから、シナノは双眼鏡を覗きつつ、第十班の班長に繋ぐ。
「スルガ、暴発だけはよせよ」
『……バカどもの手綱ならきちんと握ってるつもりだが』
班長スルガの称す通り、第十班は戦闘に関しては優秀なメンバーを揃えている一方、その情緒面に難のあるメンバーも多い。
「それもあるが、あんたもだ。」
『何の話だ』
「イナリが絡むとあんたはペースを崩す。」
現に、ブリーフィングの時点から落ち着きに欠けていた。
シナノの指摘に対し、スルガは短い沈黙の後低く溢した。
『……俺は冷静だ』
冷静な人間がこの手の台詞を吐いた場面を見たことがないが、今はうなずく他ないだろう。
「ああ、それならいい。集中しろ。」
繋いだ音声通信から銃声が聞こえ始めたが、殆どが減音器を通したくぐもった音だ。
片付くまで、あと十分かかるか、否か。
シナノはクラマへと通信を繋ぐ。
「こちらシナノ隊。作戦は順調、問題なく突入。クラマさん、そちらは。」
淡々と報告したが、相手からの返事がない。
「クラマさん?応答を、クラマさん。」
すると、マイク越しにがさがさと激しいノイズが入った。
『はいはいシナノくん?こちら、イナリくん修羅場なうですよ~。』
「……。」
シナノは黙って目頭を揉む。
うちの班長はいつもならどこまでも頼れる男だが、どうもあのイナリが絡むと人が変わる。
立場的に上であるはずのクラマではなく、その下のシナノが全体の指揮を任せられるわけである。
シナノは双眼鏡を置き、叱りつけるような口調をつくる。
「班長、お願いですから仕事だけはしっかり。」
『ええ、もちろん。今から突入です。だから最後にイナリくんの勇姿を……』
「班長。」
最後に念を押すと、クラマも「はいはい」と笑った。
『人員はそちらより少なめですが、そのぶんこちらの方が攻略は容易です。イナリくんと、レッドさんのお墨付きの助っ人もいますから。ああ、あと通信役はスズメのレオンくんに任せたので、次からそちらに。』
「ええ、わかりました。どうかお気をつけて。」
『了解です。』
通信を終了すると、再びビルを見下ろす。
と、その時だった。
『こちらハヤブサ、ハヤブサ。シナノ、面倒なことになった。』
「なに?」
マイクの向こうでため息が聞こえる。
『鎮圧完了。だが……ハズレだ。ここはただの倉庫。中にいたのも雇われで、何か聞き出せそうもない。しかも在庫も運ばれた後らしい。見た感じ"引っ越し準備三日目です"ってところか?』
「クソッ……」
シナノはコンクリートの柱を殴る。
四つのターゲットの中では最有力候補だっただけに、この外れは大きい。
「念のためもう一度洗え。狙撃組も、装備を整えてから入れ。」
だとすれば、クラマ隊の方か、シモンズに任せた残り二つか。
なるべく後者であってほしくはないものだが、ここでないとなれば確率は低くない。
この薬騒ぎを快く思っていない様子ではあったが、横流しが起きないという確証が持てる相手ではない。
「……頼みます……クラマさん」
○●○●●○
銃声が二発。
二発の9ミリ弾が出会い頭の男の顔を砕いた。
「五人目、いただきました~。」
自働拳銃、ワルサーP99を下ろしたクラマがまたあの顔で笑った。
「クラマさん強え……」
これにはカズマも苦笑いだ。
正面で化け物が暴れているとだけあって、病院の背面はほぼがら空き状態だった。
「拳銃一本で……はしゃぎますねクラマさん」
「あなたたちこそ、ガチガチに着込んでる割りにはシケてますね~」
そう言うと、その場でフラメンコのステップでも踏むように回りながら更に二発。
物陰から呻き声が上がり、二つの死体が転がり出た。
「マジっすかこれ……」
「これくらいできないと、監察班なんて勤まりませんよ。」
「勤まらないって?」
「そうですね……」
マガジンを取り換えつつ、クラマは鼻を鳴らすように笑う。
「お仕置きは始末書や報告書ばかりではないということです。」
スライドの弾かれる音に、スズメ三人はそれぞれ目を逸らした。
「……みんな、明日からは悪いことしないようにな」
「してたんですか?カズマくん。」
「いえこれは言葉のあやっていうか……」
「黙れよおまえら」
私の一言に、視線が一気に集中した。
正面のイナリに群がって、ここが既に半ばもぬけの殻だということはわかっている。
だから、冗談なんて言い合っている。それも理解している。
だが
「……あいつは何処だッ」
壁に叩きつけた拳が、蜘蛛の巣のようなひびを走らせた。
突入した病院内の気配に、私の苛立ちはピークに達していた。
人が少なくなったからこそ分かる。
奴の気配が、てんで感じられない。
「……私はあいつに用があってきたんだよ。なのに……なんでいないんだよ、クソッ!」
「ミケゾウさん」
クラマが私の肩に伸ばした手をはがし、振りほどく。
「何だよ」
クラマは払われた手首を揉みながら困ったように首を傾げる。
「うちの団長になんと言われたかはわかりませんが、これはラッキーだったと思うべきですよ。あなたでは奴に敵いません。命は大切にしてください。」
「大切?ハッ」
下らない言葉を並べる狐顔を睨み、私は散弾銃を握る。
「やらなきゃいけないことほったらかして、だらだら死んでけって?大切にするってそういうことか?ぬかせよカマ野郎。」
「それは個人の価値観の差ですが……」
クラマはやれやれと首を振ると、少しだけ肩を竦めた。
「"カマ野郎"っていうのはちょっとだけ傷付きますね。」
「……クソッ」
こいつのこう言うところが嫌いだ。
曖昧に濁すばかりで、まともに受け合っちゃくれない。
「……わかったよ、私一人で十分だ。」
吐き捨てて、私は通路を駆け進んだ。
「ちょっ……ミケさん!?」
後ろからのカズマの声を振り払い、足の向くまま地下への階段を下る。
この機会を逃せば、恐らく一生見つけられない。根拠はないが、そんな気がしてならない。とにかく今は奴を見つけなければならない。
我ながら無鉄砲が過ぎる行動だ。いつもの私でもここまでの無茶はしないだろう。
だが、焦っているという自覚を持ちながらも、私には足を進めることしかできなかった。
奴には、問いたださなければいけないことがある。
「クソッ、どこだ……」
地下の通路は明かりが落とされ、酷く暗い。
感知能力のステータスが低い私では、壁を手で伝いながら進むのがやっとだ。
装備品にライトを入れてこればよかったと後悔するが、もはや後の祭りだ。
「……何だよ、ああ」
こんな筈じゃなかった
壁にもたれ掛かろうとしたその時だった。
突然、壁が抜けた。
「うわっ!?」
背中から床に転がり、後頭部がごつんという。
「いってえ……あん!?」
頭を振り回しながら体を起こすと、目の前でばたんという音がした。
そこで、やっと自分がもたれ掛かった物が壁ではなく扉であったということに気が付いた。
「……はあ」
いよいよ、本気で落ち着かないと不味い。
ただでさえ周りの見えない私だ。このままでは壁に頭をぶつけて死んでしまうなんて、冗談みたいな最期を迎えかねん。
暗闇の中で、私は目を凝らす。
だがどれだけ眉間にシワを寄せても暗闇は暗闇だ。空気の淀みから、そこそこの広さのある部屋であることは何となくわかるのだが。
「うっ」
手探りで歩みを進めていると、指先に何かが触った。
布のような質感で、指を押し込むとその向こうに何か有機質の柔らかさを感じる。
これがなんなのかはさっぱりわからないが、壁でないのは確かだ。
「……なんだ、これ」
よく確かめようと両手で触ろうとしたその時、突然目の前が真っ白になった。
「うっ!?」
思わず目を覆うと、部屋のなかに誰かの声がする。
「フフフッ、なに?侵入者?」
誰かが電気をつけたのか、下手に暗闇に慣れていた目が痛む。
「……んだよ、いたなら驚かせんな畜生」
「あらごめんなさい。でも、私もいまきたところなの。」
私の軽口に応じる辺り、その辺の小物とは違うようだが。
目を擦りながら前を向くと、そこには入ってきたドアを背にするように、何かが立っていた。
「……ガキ?」
女の声だとは気づいていたが、そこに立っていたのは何かしら拗らせた女が着たがるようなゴスロリ風のドレスを着たチビだった。
「ガキなんて失礼ね。あなたも似たようなものじゃない。」
「うるせー」
何か大きな物を手にしているが、チューバかそこらのでかい楽器を仕舞うようなケースにも見える。
服装もそれだが、そのケースまでもがしつこく飾り立てられているから脱帽ものだ。
私は首をかしげつつ、手にした散弾銃を振って見せる。
「で、なに。私いま人探してんの。ファッションショーとか付き合ってらんないからさ……」
「へぇ、人探し?」
くすりと笑った彼女に、私は銃口を向けた。
「どけよ、ひらひらチビ」
銃口が爆ぜ、12番の散弾が散る。
しかし鉛の粒は少女を砕く前に火花を散らせ、役目を果たさずに終わった。
「危な~い、レディをいきなり撃つなんて」
盾にしたケースを下ろし、少女は気取った仕草で口元に手をやった。
「バカ言え、レディが散弾受けて直立不動かませるかっての」
腰のポーチから掴み取った装弾を数発分押し込み、OOの散弾を送り出す。
装填したのは、鉄をも貫くスラッグ弾だ。
「これも受けるかレディ?」
今度こそ顔面を粉々にする。
しかし、立て続けに放ったスラッグ弾を少女は再びケースで弾いた。
「やだ、重~い」
これには流石に笑うしかなかった。
少女が先程から片手で振り回しているケースの表面には、傷ひとつついていない。
「……化粧品仕舞うにしちゃ硬すぎないかこれ?」
あれは単なるケースじゃない。何かしらのスキルが効いたアイテムだ。
「フフフッ、残念♪中身は~……」
少女がケースを置くと、がちゃりと重厚な音を立ててケースが口を開ける。
化け物が大口を開けたような真っ赤な内張りから出てきたのは、何かの取手か。
エンジンを内蔵した胴体に、伸びた刃に通っているのは、細かい牙を生やした金属のチェーン。
手元を守るシールドが増設され、ケース同様器用な塗装や装飾が施されている。
「どう、かわいいでしょ♪」
「……どーだか」
少女が勢いよく引いたスターターに合わせて、装甲の内側からエンジンが雄叫びを上げる。
イカれたケースから出てきたのは、巨大なチェーンソーだった。
「あなた、キラキラしてる」
「キラキラ?」
「うん……だ・か・ら♪」
少女の目が獰猛に光る。
エンジンの唸りと共に刃を高速回転させると、その重量を無視したような身のこなしで襲いかかってきた。
「バラバラに!壊しちゃう!!」
読者のみなさまへ、たたみから申し訳ないお知らせ。
とんでもないヘマをやらかしてしまったため、拾ってないふフラグがありました。
次のお話を読む前に以下のURLをご確認ください。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/388158/blogkey/1691647/
活動報告に飛びます。
ということで申し訳ありません。
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