表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/75

《亡霊を追って》4

 


 作戦当日、午後二時。

 崩れかけたコンクリートの影で、私は嫌な日射しに目を細めていた。

 こんな真っ昼間だが、やるものはやるらしい。


 あれから五日後。


 私は、結局作戦に参加してしまった。

 レミィには最後まで黙って来てしまったが、この調子でいけばこの秘密とも墓場までの付き合いになりそうだ。



『軽くおさらいだ。』


 リュックサックから伸びる長いアンテナ。

 私の隣の円卓のメンバーが担いでいるそれが通信機らしい。


 音声通信なら特殊エリアや一部の施設以外、いつでもプレイヤーメニューから可能だ。しかし、戦闘が始まるとそれを妨害するジャマー系のスキルを使われる可能性があるため、それに干渉されない通信ルートが必要なのらしい。


 全員の無線からノイズ混じりに喋っているのは、今回の指揮を務める別の隊のリーダーらしい。名前と所属は面倒なので覚えていない。


『連中の拠点としてあげられたのが四つ。恐らくうちひとつが本丸だ。そのうち二つを、俺たち"特設シナノ隊"と、そっちの"特設クラマ隊"でそれぞれ叩く。』


 つまり同時攻撃だ。

 そこまでするなら最後のひとつまで絞れんのかと思ったが、無理だったらしいので仕方がない。


 というのも、ここは『ネズミの町』と呼ばれる拠点の周辺の無制限空間。タイプは廃墟街。かつては雑踏に賑わっていたであろう町並みも、今やひび割れ崩れ埃を被り、すっかり黙り込んでしまっている。


 このネズミの町と言えば、閉鎖世界一の危険地帯として有名な拠点である。具体的に何が危険なのかというと、シンプルに治安が悪い。

 それこそ、一度入れば命一つ持って出られれば奇跡とさえ言われる程に。


 町を取り仕切るのは、"シモンズ"と呼ばれる組織。言ってしまえば"ヤ"の職みたいな連中である。

 ここまで言えば薄々勘づいて貰えそうだが、円卓とシモンズは馬鹿に仲が悪い。

 その為、この辺りには円卓も易々と探りを入れられず、今回の作戦にだって"必要最低限"の人員しか回されていない。


 その代わり、向こうとの密約で残り二つの拠点はシモンズの連中で片付けてくれるらしいのだが。


 この薬騒ぎにあのシモンズが噛んでいなかった、もといシモンズがこの作戦に尻半分とはいえ乗ってくれたというのが意外である。


 団長が言うには「シモンズは見映えほど乱暴な組織ではなく、実際には緻密に管理された統治組織だ」という話だ。私にはよく分からんが、まあそれはよその話なので気にしない。


 要は円卓もシモンズも、お互いこの薬騒ぎを厄介がっているもの同士ということだ。呉越同舟のいい例である。


『まあ簡単な話、そこにあるのは薬の工場か倉庫かどっちかだ。叩け。』


 それだけ言うと「以上」と音が切れた。


「ですってよミケゾウさん。」


 そう言ったのは、リュックサック型の無線機を担いだ狐顔の男。

 こいつだけは覚えておけと言われたので一応覚えている。確か円卓特務隊監察班、通称"フクロウ"の班長、クラマである。

 この監察班というのが、円卓の内部の見張り役らしく、あまり敵に回さないようにとのことだった。


 なんだかおっかなそうだと思ったのだが、顔を合わせてから小一時間、そういう印象はやや斜め下に吹っ飛んだ。


「いやはや、楽しみですね~。私、いつも身内にばかり目を光らせてますから、こういう現場に立つのって新鮮なんですよ。昨日は興奮してなかなか寝付けませんでしたよ、あははは」


「遠足前の小学生か」と突っ込んでおくべきだっただろうか。


 思いつつも、わざと聞かなかった体で自分の爪に目をやる。若干伸びたか。


 この男のにやけた感じが、どうも受け付けない。

 常に妙な笑顔を顔に張り付けていて、その奥がてんで覗けないのだ。不気味というか、気色悪い。


「クラマさんと同じか……」

「リーダー誰がくじ引きしたんですかー」

「バッカ、くじ引きとかなわけないだろうが。」


 そこで言い合っているのは、件のスズメ班の連中である。今回は人数制限でもあったのか、リーダーとあと三名だけだ。

 先日のあれが効いたらしく、顔を会わせた瞬間に全員で土下座をかまされた。


「なんですか~、第七(スズメ)のみなさん。もっとテンション上げましょうよ?アゲアゲ?って言うんですよねコレ~。」


 何やらげんなりしているカズマに狐顔が絡んでいる。


「……とか言いながらあとから報告書やらなんやら書かせるんですよね……」


「お仕事ですから~」


 なるほど、怖いとはそういう話か。

 私は装備品の金具で削った爪のカスをふっと吹いた。


 狐と言えば、もう一人だ。


「……。」


 無言でこれから押し入る場所を眺める青年。

 先日の、あの三階の窓から飛び降りる寝ぼけた顔の馬鹿である。カズマに聞いたが、『イナリ』というらしい。


 標的となるのは、元は立派な町であっただろう廃墟町の一角。打ち捨てられた病院だ。

 ところどころ崩れて埃にまみれた今では、医療の"い"の字も果たせそうにない。それでもやばい薬くらいなら作れるものなのか。


「ぱっと見ただの廃墟の一部……よく見つけたよなぁ、俺ら。」


 隣で溢したのは、狐顔の絡みを部下に押し付けて逃げてきたカズマである。


「……ったくだよ。……つーか、これ見つけたのもおまえらか?」

「うっす。」

「……便利だな、おまえら」

「お陰で連日仕事漬けっすよ」


 私の素直な関心に対して愚痴っぽく溢すと、カズマは自分の腕時計を確認し始めた。


「で、あと五分そこらですけど」


 もうそんな時間か。

 あまりにも緊張感に欠ける空間に、いまいち時間の感覚が狂っていた。


 ここは無制限空間である。

 拠点内とは違ってセーフティーはかからない。LPが0になればきちんと死ぬ。


「どうします、クラマさん?」


「はぁいカズマくん?」


 スズメの連中に絡んでいたクラマがにこにこ、というよりにやにやしながら振り向く。インベントリの中から巨大なアタッシュケースを幾つも取りだし始めた。


「多っ!?」


 その量に驚いたのはスズメ連中だけではない。

 あれだけ詰め込んでしまうと、重量ペナルティーで身動きひとつとれなくなってしまうのが一般的なところだ。

 やはりこいつも並みのプレイヤーではない。


 それをイナリだけが無表情で見下ろしていた。


 にこにこと続けるクラマ。


「当初はあなたがたスズメ班のメンバーの狙撃で相手の目を潰してから、という風に始まるのですが……」


「バリ突撃用で来てますけどうちら」


「同じく」と以下三名も口々にカービンを掲げる。

 それにクラマは両手を握り合わせる。


「エクセレント!あなたたちはとてもいい子です!」


「いや、クラマさんが作戦前そうしろと……」


「ここはですね」


 狐顔がぱちんと指を鳴らすと、どういう仕掛けかいくつものアタッシュケースが同時に開く。


 中から顔を出したのは、機関銃やらその他ライフルやらと、黒々と物々しい火器の群れだ。


「イナリくんにどうにかしてもらいます!」


「は?」


 イナリ以外の全員がハモった。


 その間にもクラマが「さあさあこれを」とイナリの前にバラエティー豊かな武器を並べていく。


「え、それって……」


 カズマの呟きにクラマが被せる。


「大丈夫ですよ~。現場でのフィーリングに勝るものなし!イナリくんの閃きに勝るものなしです!」


「いや、とは言っても……」


 そこで、イナリがなにかをがしゃりと鳴らした。


「いいけど、べつに」


 彼が両手にそれぞれ持っていたのは巨大なリボルバーのような兵器。

 その姿にクラマが両手を鳴らす。


「ダネルMGL!さすがイナリくんステキですね、似合ってますよ~。グレネードランチャーは華があります、やはり二つ持ってきて正解でしたね~。」


 でかい胴体に5発も榴弾を詰め込める、グレネードランチャーの親分だ。


「重かったんですよ」と今さらな事を言うクラマ。

 これにはスズメ班の面々も悲鳴のような声を上げる。


「ちょっ、イナリさんそれ二つも!え!?」


「大丈夫、結構持てる。」


 その他にも、重量のある兵器を次々と自らのインベントリに放り込んで行く。


「という訳ですから、私たちも臨機応変にやっていきましょう」


「臨機応変って……ああ、クラマさんのイナリラブ来ちゃってるよ……」


 頭を抱える上司に、三人の部下もお互いに視線を行き来させている。


「リーダーどうします?」

「これ荒れるやつですよ絶対」

「じーざす……」


「うまくいくのかこれ」


 私も呟いてしまった程だ。


 と、そこで身支度を終えたイナリが腰を上げた。


「じゃあ」


 その一言を放った直後だった。


 ぼんっ


 片手で構えたグレネードランチャー。それを標的である病院へ向けて一発放ったのだ。


「あ」


 クラマのにこやかな「斬新ですね~」以外は全員が同じ反応を示した。


 緩やかな放物線を描く弾道。

 遅れて轟く鈍い爆発音。


「俺が正面から荒らすから、"穴"空いたとこから突いて。」


 軽く首を回すと、イナリは飛び出して言った。


「おい頭空っぽテメェ……!」


「ミケさんストップ!!」


 飛び付いてきたカズマに押さえられて、地面に鼻を強打。


「うごっ……」


「今バレたらそれこそ台無しっすよ、堪えて……!」


「うるせぇこんなの台無しも糞もあるか!」


 とは言え、始まってしまったのだから仕方ない。

 カズマに引きずられて物陰へと身を隠す。


 私を無事瓦礫の隙間に捩じ込むと、班長らしくさっさと指示を飛ばす。


「トニ、ロウ、東側から回って裏口へのルート確保!レオン、おまえはこっち残れ、通信任せた!えっと、クラマさんどうしますっ!?」


 忙しく部下を動かした後に振り向いてみたが、そこにいたのは隠れている瓦礫から身を乗り出して双眼鏡を覗くクラマだった。


「見てますかカズマくん!イナリくんすごくファイトしてますよ!やっぱり彼はすごいですね~。」


「ああもう俺いやだこの人!」


 カズマが悶えている。


「……なんだよこいつら」


 当の私はと言えば、地べたに座ったままそれをぼんやりと眺めていた。

 まあ、今は裏口を取りに行った二人と突っ込んでいった馬鹿がぶち殺されるのを待つしかない。


「あぁ、もう……自棄になってきた」

「おまえが自棄になったら終わるぞ、この作戦。」


 私の一言に、カズマも両頬をぶっ叩きながら何やら自分に言い聞かせていた。


「がんばれ三膳和真……クラマさんとイナリさんが組んでる時点で覚悟してたろ……」


「それにしても……」


 私は一人敵陣に突っ込んでいったイナリを見下ろし、苦笑いを堪えた。


「やべえなアレ」


 見下ろす先では、既にイナリが集中放火を浴びている。

 あんなものに晒されていたら、通常なら数十秒と持たないだろうが、なんとあいつはあれを避けている。


 いや、何度か被弾を示す光が漏れているが、それでもまるで動きが止まらない。自ら被弾箇所を選んでいるようにも見える。


 何にしろもはや人間の動きには見えない。


 滑るように地面を駆け回り、身を翻すように弾を避け、撃ち出すグレネード弾で次々と土煙を上げている。


「いつもああか?」

「ああって?」

「あの馬鹿、正気じゃない」


 カズマはそれを聞くと、短くため息をついた。


「……いや」


 それだけ言うと、耳元に手を伸ばした。


「トニ……分かった。ミケさん、クラマさん、そろそろ動きますよ。レオン、ここ任せた。」


 装備したM4カービンのスリングを通すと、

「続いてください」と姿勢を低く歩き始めた。


 どうやら、これは曖昧に濁されたと見るべきらしい。


「……なんだそりゃ」


 今気にしても仕方がない。私もその後に続く。


「気になりますか?」

「をっ!?」


 クラマが声をかけてきたのは、そんな時だった。


「……んだよ突然、気色悪い」

「おっとそれは失礼」


 またあの嫌な笑いを見せると、肩を竦めながら話始めた。


「彼のあの姿、あなたにはどう見えました?」

「どうって……」


 あのイナリの話か。

 それは、正気じゃないだとか、イカれているだとかだ。


「……私にはやはり理解できませんが、ごく希にあの姿を"美しい"という人がいるんです。」

「美しい……」


 銃声は絶えず、距離があるにも関わらず僅かに硝煙の匂いさえ感じられる気がする。


「……あいつ、死にたいのか?」

「あなたにはそう見えましたか?」


 私は黙る。

 そうと捉えれば直ぐに合点を着けることはできるが、それとも違う。


 かつてそうだった私には分かる。

 やつは私とは根本的に違う。


「彼は、自らの役目を果たそうとしているのです。」

「役目?」

「ええ、役目です。」


 そんな滅茶苦茶な話があるだろうか。


「役目って……誰がそんなもん任せたんだよ。誰が、何のために、何の役?」

「さあ?それを課したのは自分かもしれない。はたまたこの世にいない誰かかも……。となれば、それがどんな役かも、誰にも分かりません。よもや彼は、その役目がなんなのか、その答えを探しているのかもしれません。」

「なんだよそれ」


 そんな頓知仕掛けの話があるだろうか。

 私が鼻で笑うと、彼もまたクスクスと笑った。


「まあ、全て私の妄想に過ぎませんが……」


「……なんだよそれ」


 くだらない。くだらなさすぎる。


 視線を横にやると、戦いの起こしたものか、細く煙が上がっているのが見えた。


「……役ってなんだよ。あいつはあいつだ、それで何が間違ってんだ……」

「そうですね……まあ、その点我々とは違う法則下にいる生き物ですからね、彼は。」


「だから彼はステキです」などと気色の悪い事を言いながら、クラマは微笑んだ。


「……わかんないって」


「ミケさん」


 前に向き直ると、ちょうどカズマが口元で指を立てていた。


「着きましたよ、お静かに」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ