《亡霊を追って》3
注意:終始画面があらぶる場面が予想されますが、お使いのPCその他端末は正常です。恐らく。
「"黒山羊"」
白翼の円卓、団長アルフレッドは厳かな口調で語り始めた。
「猟奇殺人や略奪を繰り返す危険なプレイヤーは数多くいるが、その中でも飛び抜けた存在だ。だが、その目撃情報は少なく、正体も目的も不明。ここ一ヶ月前まで報告されていた『切り裂きジャック』『鎌鼬』と同一人物とも言われているが、それもまた謎だ。」
だが、ひとつだけはっきりしていることがある。
「逢ったら死ぬ……馬鹿みたいに強い、だろ。」
「……。」
私の溢した言葉に、アルフレッドは黙って頷いた。
情報が少ない原因はこれだ。
遭遇すれば、まず殺される。
これから殺す人間の前にしか姿を現さないと言うべきか。
「彼が記録上に現れたのは、今から五ヶ月前だ。」
「私が閉鎖世界入りする前、ね……」
「当初は円卓の傘下組織である『蛍火』の敵対者として報告されている。だが、近頃では目撃情報がめっきり途絶えている。最後に確認されたのが……」
「『蛍火事件』」
あの日、私は奴に遭った。
禍々しく捻れた角の生えた黒い髑髏のような仮面だけが、鮮明に焼き付いている。
「あの日、事件現場周辺で過去最多の目撃情報が上がっている。なんの目的で現れたのかは相変わらず謎だが、彼もこの事件に関わっていたと見て間違いはないだろう。」
「……。」
私は暫く黙って、机の上に置いていた爆弾を掴んだ。
再び安全装置をかけ、インベントリに仕舞う。もうこいつは必要ないだろう。
「ありがとう」
何の「ありがとう」なのか、彼は僅かに微笑みながら頭を下げる。
「我々の情報によれば、君はあの日、黒山羊に最も近づいた生存者だ。それで間違いは?」
「……ああ、そうだな……」
その通りだ。
私は、あの日奴と向き合い、そして生き残った。
いや、"殺されなかった"と言うだけでもあるのだが。
アルフレッドは頷き、重ねて質問をする。
「君はあの後暫く、黒山羊について調べて回ったそうだね。」
「……私は奴ともう一度会わなきゃいけない。」
そして、私はーー
拳を握りしめた私に、アルフレッドは鋭く問う。
「我々に協力する気はないか」
彼は補足するように言葉を連ねる。
「この辺りで出回っている"薬"について、説明はいるかい?」
「さっきそれで偉い目にあった」
「それなら話が早い。君にはその出元を叩く作戦に協力して貰いたい。」
「なんで私が」と言い返しそうになったが、代わりに机の天板に手のひらを叩きつけた。
この話の流れで、理解できない訳がない。
「……いるのか、あいつが」
私の目に全てを見てとったのか、彼は深く頷いた。
「確率としては、非常に高い。」
「……。」
手をついた机に、細かく罅が走っている。
彼はそれを見下ろしつつ、眼鏡を押し上げる。
「今回の相手は、今までのプレイヤーとは訳が違う。本来なら円卓内部で処理する案件なのだが、黒山羊レベルの相手になると一人でも多く、対等に渡り合える戦力がほしい。だが……いや、だからこそ、それなりの覚悟も用意してほしい。」
私の沈黙をどう受け取ったのか、アルフレッドは視線を向けずに言った。
「作戦は5日後。明後日までには返事がほしい。詳しくはそのあとに。」
「……やる」
小さく溢した言葉に、アルフレッドが顔を上げる。
再度、確認するような視線に、私はその胸ぐらを掴み寄せながら言った。
「やらせろ」
「……はぁ」
我ながら不味いことに巻き込まれてしまった。
いい具合に頭が冷えてきたところで、やっとそんなことを思っていた。
あのあと、作戦内容を簡単に説明されたのだが、やはりというか全く頭に入ってこなかった。
どこかにある薬の"工場"、"かもしれない場所"に押し入るとだけ聞いたが、それ以上にはさっぱり思い出せない。
私が爆弾で吹き飛ばした廊下は、早くも修繕が始まっている。
巻き添えを食ったらしい団員が担架で運ばれていくのがちらちらと見える。
ついでに見慣れないチビを怪訝そうに見る目も、ちらほらと。
酷いことをしたなと一瞬だけ思ったが、私を怒らせる方が圧倒的に悪いという形で落ち着いた。
その点便利な作りになっているのが私の思考回路である。
吹っ飛んだ廊下は落とした飴に蟻がたかるような混みっぷりだったが、逆にそれ以外は驚くほどのがらんどうだった。
なるほど、噂通りの人手不足らしい。
『猫の手も借りたい』とは、先人も言ったものだ。
私が貸せるのは握り拳と鉄砲で一杯一杯なのだが、まあ本物の猫のグーだかパーだかよりは幾分ましだろう。
無人の廊下を歩きながら、何となく口笛を吹く。
それにしても、この事をレミィにどう伝えるべきか。
どうなるかは想像するまでもない。きっと「今すぐ断ってこい」と怒鳴り付けるだろう。
だが、こればかりは引けない。
私がレミィ相手にどこまで隠し通せるかは未知数だが、秘密にするしかないだろう。
「請けたの?」
背後から声がしたのは、半ば上の空になっていたその時だった。
「……あ?」
間抜けな声を上げながら振り向くと、そこには誰もいない。
「薬の工場、潰すやつ。」
声のする窓の方を見ると、やっと声の主が見えた。
窓枠に腰かけた青年が、ポケットから何かを摘まみ出しては口に運んでいる。
制服姿ではないので、団員かは怪しいのだが。
それよりもここは三階だ。なかなか肝の据わったやつである。
「……おまえ」
この喋りと寝ぼけた顔には覚えがある。
あのときは気を失ってしまったが、路地裏で世話になった顔だ。
私は窓辺まで歩くと、そのとなり、というよりその窓の下に腰を下ろした。
私の足であそこまで上ってしまうと、ぎりぎりのところで宙ぶらりんになるので、下手をすれば落っこちてしまいかねん。
「……殴らなきゃなんないやつがいる。」
「……そう。」
ぼそりと言うと、声をかけてきた割りにはそれっきりの置物になってしまった。
長い沈黙。座ってしまった手前、私もすぐには立ち上がれない。
「なに食ってんの」
私が堪らず口を開くと、彼は大きく欠伸。
「……あげない」
「いらねえって」
誰がそんな得体の知れないものを食いたがるか。
また始まる沈黙。
昼時を回った日が、そよ風と一緒にやんわりと廊下に注いでいる。
これは、否が応にもあの話題をひり出さなくてはならんらしい。
「さっきの、あれ」
「ん」
しらを切っているのか、それとも本気で思い至らないのか、反応が鈍い。
嫌なやつめ。
だが、言い出した矢先に私も黙れない。歯に物が詰まったようなむず痒さのなかで、私は言葉を選ぶ。
「あれよ……ああ、あの……助けてくれたやつ」
「……ああ、あれ。うん。」
それだけ言えば向こうも何か言うだろうと思ったのだが、やはりそれっきりに黙る。まるで、"おまえになど微塵も興味がないぞ"と言わんばかりに。
なんだか腹が立ってきた。
「別に頼んでもねえんだからさ、勝手に恩人面すんなよ」
「俺も恩人になったつもりないから、気にしないでいいや。」
「な……ッ」
いよいよ喧嘩を売られたようなもんだ。
拳を握りながら見上げると、それを見越していたのか、それとも何の気なしか、見下ろすその目と視線がぶつかった。
「……。」
その目を見ていると、浮かんだ文句さえも消えていく。
私を貶して遊んでいるでもなく、真剣に会話をしているわけでもなく、
何だか、私を見ているようで、何も見ていないようで、
首筋に寒気がして、私は視線を前に戻した。
「おまえ……なんかキモいんだよ……」
そんな言葉が無意識のうちに漏れてしなった。
嫌悪感とはまた違う感覚だが、私の拙い語彙力ではこれが限界である。
「……そう。」
彼はそれだけ呟くと、また何かを口に運んだ。
そんなにうまいものなのだろうか。
こんな調子の奴を見ていると、こっちも毒気を抜かれる。
「……おまえ、名前は?」
尋ねながら見上げる。
しかし、そこには既に何もなく、窓から吹き込むそよ風が小さな木の葉をひらひら運んでいた。
「……あ?」
消えた。
いや、落ちたのか。
慌てて窓から身を乗り出す。
「お、おい!たいじょ……」
見えた中庭には、伸びをしながらふらふらと歩く彼がいた。
まさか、ここから飛び降りたのか。
だとすれば、あのときの登場も納得である。
驚きと安堵が胸の中で同居しているが、今はまたぶり返してきたあの怒りが喉元までせり上がっていた。
「バッカヤロー!おっこちて死ねー!」
私の声に僅か足を止めた様子だったが、彼は頭を掻いただけで何処かへ消えてしまった。
○●○○●○
あの日のことは、きっと忘れない。
黒い仮面。覗く目は深く淀み、まるで何もかもを飲み込んでいくようだ。
「……あ、あぁ……」
苦悶の呻き。
全身を軋ませながら、それでも目だけはずっとこちらを捉えたまま離さない。
「……わかってるんでしょ……」
心を飲み込むような、そんな闇が迫ってくる。
「……あんたの顔は……作り物だ……」
背筋を冷たさが這う。
まるで心臓を掴まれたような気がした。
「俺と同じ……あの人と同じだ……」
違う、そうじゃない
「それは誰のための顔……?……いまに……堪えられなくなる……このままじゃ……あんたはこわれる……あの人……みたいに……!」
違う
「俺が……そうしたみたいに……!」
次の瞬間、目の前で銃口が爆ぜた
「レミィ」
「ッ!?」
目の前にあったのは、驚いたような主の顔だった。
「嬢……?」
「大丈夫か、汗すっごいけど」
「ミケ、タオル!」
走ってきたキュウから「よしお利口」とタオルを受け取り、額を軽く拭う。
「帰ってきたら眠ってて、んでたまには寝かせておこうと思ったんだけどさ……インフルエンザとかやめてよ頼むから?……つーか、特殊アバターって病気すんの?」
「いえ……それは」
されるがままに頬、首筋、うなじ、胸元と拭かれていると、壁掛けの時計の針が見えた。
もう八時だ。
「……すみません!今すぐ夕食の支度を……」
「ああ、いい、いい。私がとっといた。」
「とっといたって……え?わ!」
ミケゾウの細い腕が呆気なくレミィの体を持ち上げる。
「じょ、嬢!?」
「なに?抱っこは嫌い?」
「ま、まったく……もう」
「にひひ」と笑って、いつもの食卓にレミィを人形のように座らせた。
テーブルの上には既に幾品か料理が並んでいてる。
やけに豪華である。
「嬢……これは」
「出前。」
「そんなお金何処から!?」
怒鳴ろうとすると、ミケゾウは両手を振って押さえる。
「どーどー、落ち着け餅つけ。臨時収入ってやつ。」
「……。」
だが、それがかえってレミィの表情を悪くするのを彼女は想定していなかった。
「……なにをしたんですか?」
「え?あ、いやそれは言えないけど……。」
「嬢、まさか誰かから巻き上げたんじゃ……」
「いや、違う!違う違う!これは正当な報酬というか、賠償というか……」
そう言うと、誤魔化すように箸を動かし始めた。
「……。」
破天荒を装うような性格だが、根は小心者な主だ。まさか本気で悪さをするようなことはないだろう。
「わかりました、深くは聞きません。」
「うん、それがいい」
それなら、今は気にせず食べるとしよう。
「なあ、レミィ」
「はい?」
「ふたばの話だけどさ……」
時折ものを口に放り込みながら、何やらもごもごという。
「あれ、また今度にする」
「……それは、嬢の自由ですが……」
やけに目を合わせようとしないように見えるのだが
「何かありましたか?」
「……。」
彼女は暫く目を細めると、やっとこちらを見た。
「やることができた」
「やること?」
「ああ」
●○●○
「結局搾られちゃいましたねー、リーダー」
「すっからかんだー」
「同じく」
円卓本部、正面入り口の前にて。スズメこと特務隊第七班の八人はLPカンストの寸前でごみのように投げ捨てられていた。
犯人は、あの昼間押し寄せてきた獣の耳のついた女の子の形をしたモンスターだ。
ことの発端は暫く遡る。
ひとまず彼女が本部をあとにする寸前に復活。一応来客扱いなので見送ろうとしたところ、話の流れである事実が露見してしまったのだ。
「……あれ仕事でしたよね?」
「……仕事だった、うん。」
先日の旧都市部北西、廃工場群における出来事。
候補者"ミケゾウ"の実戦上の能力テストだ。
この作戦に参加して貰うには、やはりある程度の実力が求められる。本来なら"観察"でそれを判定するはずだったのだが、それが間に合わず、結果こちらから仕掛けることになってしまった。
もちろんそれがバレては困るので、あくまで他のプレイヤーからの嫌がらせという体を装っての実施だ。
遠くからの狙撃で、その動きを観察するという簡単なテストだ。
使用したのは、変態揃いの円卓開発部特製の『ノーダメージ弾頭』。失神値などに影響する衝撃ダメージは通るが、LPへのダメージ値はゼロという仮想現実万歳な優れものだ。
さて、極めて安全に終わるはずのテストで、望ましい結果を残せた筈だったのだが、そのあとなんと彼女はエリアの中ボス枠とエンカウント。苦戦を強いられたらしい。
もちろん、怒られないわけがない。
ということでしっかりと少女の形をしたモンスターの怒りを味わい、たっぷりと金銭を絞られたという訳だ。
「これ労災下りますかね、リーダー」
「……いや、逆に過失でクラマさんに怒られる」
「うっわ、きびしい」
そもそもあれは期日間近で下した100%現場判断のテストである。
「だからさ、これ絶対ばらしちゃだめだからな、みんな」
「はいはーい」
「うっす」
「あいー」
「腕いたいー足いたいー」
というのが、警備に発見され本日二度目の担架にのる三分前のやりとりである。
一応、"ツバメ"こと第七班の紹介。
円卓 特務隊第七班
偵察や後方支援、情報収集までなんでもこなす少数精鋭部隊という立ち位置だが、実質便利な使いっぱしり隊。特務隊の雑用係とも暫し……。
全員が高い狙撃スキルと観測手系スキルを持つ。
土下座がお家芸。
○隊長:カズマ(呼:リーダー)
○キリマンジャロ(呼:キリちゃん)
○トニ
○ヘイジ
○ロウ
○レオン
○まいける(標記:マイケル)
○リュート
……適当な名前つけてゲーム中盤あたりから後悔するというあるある。




