《亡霊を追って》2
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この閉鎖世界において、"治安維持"など直接利益を得られないような活動を行う組織は、おそらくここをおいて他に存在しないだろう。
ver5.0.0配信後、一人の女性の意思によって設立されたこの組織は、彼女を失った今も団員一人一人の強い意思によって働きを続けている。
しかし、数ヵ月前の『蛍火事件』後から、人手不足や資金問題はいよいよ悪化の一途を辿り、それ以外にも問題は山積みだ。
『白翼の円卓』、団長"アルフレッド"。
凶悪な見た目のアバターばかりのSOGOの中では珍しく、線の細く眼鏡をかけたいわゆる『インテリ系』。
愛称は"レッドさん"。『白翼なのに赤』というのが、一時期はお決まりの冗談になっていたのだが、今や激務の最中それを披露する機会も少ない。
円卓のトップを任された彼は、今日も執務室で報告書の山と睨み合っていた。
西では資金難。東では人手不足。北ではエネミーキャラのスポーン率変動。南ではプレイヤー組織間の抗争。
そして、現在一番の問題がそこにあった。
「……やはり、大本はあそこで間違いはないな……」
先日派遣した班からの報告を確認し、一人顎に手をやる。
となれば、行動を起こすのは急がれる。
「ひとまず、スズメ班に連絡を……」
音声通話を繋ごうとした、その時だった。
地響きのような音と共に床がぐらりと揺れ、天井から細かい埃が落ちた。
「……なっ!?」
地震か。
いや、ここは閉鎖世界。地震などはあり得ない。
なら、爆発か。この場合円卓本部を狙ったテロ行為であるとも考えられる。
だとすれば驚いてもいられない。
全員に指示を回そうと席を立ったその時だった。
『やめてくださ……いたいたいたい!こんなの絶対よくないですから!』
『だまれ!ここか、ここでいいんだな!』
外の廊下を怒鳴るような声と荒い足音が迫ってくる。
『こ……この扉です!』
銃を出すべきか、否か
咄嗟に机の引き出しに手を伸ばした直後、執務室の扉が、砕け散った。
「よお、クソッタレの親分」
細かく飛び散った木片に顔を覆うと、その向こうに見えたのは予想よりもずっと小さな影。
アルフレッドは思わず我が目を疑った。
「女の子……?」
奇抜なヘッドホンに、高い位置で纏めた前髪。見た目は美少女とも称せるそれだが、その目は猟奇的とも言えるほどの狂暴な光を称えている。
片手には散弾銃、そして更に片手には
「ぼ、ボス……すいません……!」
「カズマ!?」
少女は片手で絞め上げた第七班班長の顎に銃口を押し当て口にするのだった。
「わかってるだろうけど、無駄な掛け合いは無しだ。」
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扉を蹴破った先に見えたのは、茶髪に眼鏡をかけた長身の男だった。
身に着けているのはここへ来るまでに何度も見かけた白い制服。だが、雰囲気というか振る舞いというか、その辺の小物との差は何となくわかる。
この男がこいつの言っていた"ボス"と見て間違いはなさそうだ。
「リーダー!!」
そんなことをやっているうちに、後ろから無数の足音が追ってきた。
今首根っこを捕まえている奴の部下どもだが、やはり追ってきたか。
その中の一人が今にも目をひっくり返しそうになりながら、捲し立てるように言う。
「え、えっと、これはボス!例の候補者の"ミケゾウ"と接触を試みたところ、なんか突然ぶちギレ始めて!」
「黙れ」
背後へ向け肩越しに構えたM11‐87の先で、爆発のように赤い光が飛び散った。
どこを狙ったわけでもないが、頭でも吹っ飛んだか。
その気になれば片手で首をへし折るくらい造作ないのだが、改めて"人質"の顎に銃を押し付ける。
「おまえか、こいつら寄越したのは。」
私が訪ねると、男はしばらく黙ってから低い声で言った。
「まずは落ち着くんだ、その銃を……」
「……だ、か、ら」
私の握った銃口の先で、机の上の書類の山が爆ぜた。
「そういうの無しっ言ったろ」
「いいや、それは無理だ。君が暴力に働く限り、私は君の質問には答えられない。」
「チッ……」
一応予想はしていたが、その辺の破落戸とは訳が違うらしい。この程度の揺さぶりではびくともしない。
「我々はそのような卑劣な脅しには屈しない。」
「……そういう正義漢ぶってる態度がクソ気に入らないんだってさ……何なら今すぐにでもこいつの頭を吹っ飛ばしてやるけど。」
力を込めた腕のなかで、カズマが細かい悲鳴を上げた。
「ぼ、ボス……!」
「しゃべれよ、クソッタレの偽善者が。」
だが男は態度を変えることなく、首を横に振った。
「何と言われようと、それ以上の答えは出さない。それにここは戦闘区域外だ、その人質にも意味はない。」
それだけ言うと、男はいやに立派な職務机に腰を下ろした。
なるほど、奴は人を怒らせる天才らしい。
なら、乗ってやろう。
「あっそう」
腕のなかで、絞めていた男の頭が吹き飛んだ。
同時に後ろからの悲鳴のような声。
「リーダー!」
「おまえら……もっ」
振り向き様に引き金を絞り、二人続けて胸、頭と散弾を撃ち込む。更にもう片手にショベルを振り上げながら襲いかかる。
室内は私の領分だ。全員を血祭りにあげるのには五秒とかからなかった。
最後に、胸のポーチにかけておいた遠隔操作のスイッチを押した。
キュウから借りてきたSF世界の小型爆弾、『サーマルインプローダー』の起爆ボタンだ。
どこかで灼熱の火球が爆ぜた。
職務室の天井が再び軋む。
「今ので通路2~3本逝ったからな。助けが来るとか思うなよ。」
そして今度は、最後のひとつの爆弾を手に取る。
「これでおまえの嫌いな人質はなし。で、一応確認だ。」
親指でスイッチを押し込むと、私の手のなかで『起爆待機モード』の赤いランプが激しく点滅を始める。
あとは遠隔操作用の起爆ボタンを押せば、いつでもここを吹き飛ばせる。
「私と部屋ごと吹っ飛ぶか、おとなしくしゃべるか」
暫く黙ると、男はゆっくりと口を開いた。
「君は何が知りたい。」
そうだ、その一言を待っていた。
私は机の方まで歩みを進め、その上に叩きつけるように爆弾を置いた。
「……黒山羊」
口にするだけでも頭に血が上るような、その名前を舌の上で転がす。
「あいつのこと。私のこと。どこで、どうやって知った?」
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「レミィ」
肩を揺さぶられて、初めて自分が微睡んでいたことに気がついた。
「キュウ?」
「ミケ、あとどれくらいで帰ってくる?」
座ったソファの隣からなにやら心配そうに尋ねてくるのは、同じ主を持つ特殊アバターのAA-12"キュウ"。
見上げた壁掛けの時計が指していたのは、午後五時を回る頃。
少しだけ休憩のつもりが、思ったよりも長引いてしまったらしい。
「ねえ、レミィ」
頻りに肩に手をかけるキュウに、レミィは困ったように答える。
「夕飯までにとは言っていましたが、嬢の気分次第でしょうね」
「むう……」
それでも自棄に落ち着かない様子だったが、暫く隣で唸るとぽつりと溢した。
「キュウ、寂しい……」
「……。」
それだけ言うと、やがて何処かへ行ってしまった。
もっと彼女のように素直であれば、こんな拗れた関係にはならなかったのではないか。
時おり、ふとキュウのことが羨ましくなる。
ただ側にいるだけで良かった。
それだけでも良かったのに。
ーーだが、それでも
『自分はこうなるべくしてなったのだ』
いつもこの結論に至る。
自分はあのキュウとは違う。自分には自分の役目がある。
彼女を守り、育て、そしていつか役目を終えたその時には、彼女を笑顔で見送ろう。
三ヶ月前、あの日に自らに与えた使命だ。
「だから、苦しくなんてない……」
苦しくなんてない
そう、繰り返していた。
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あの日のことは、恐らく一生忘れないだろう。
いいや、忘れることができないと言い直しておくべきか。
私にとっては、それほどの出来事だった。
今から三ヶ月と少し前の話。
私がver5.0.0をインストールし、この閉鎖世界に飛ばされてきたばかりのことだ。
あの日、私は初めて本物の"死"に接した。
ここへ来たばかりの私がひどく荒れていたのは、兼ねてから話していた通りである。
このふざけたような世界に自棄を起こして、毎日プレイヤー同士の小競り合いを見つけてはそれに混じり、喧嘩に喧嘩を繰り返していた。
何かをぶん殴っていないと、拳に何かを感じていないと、自分がここにいるという確信が持てなかった。
何かと戦っていないと、自分が生きているという感覚を掴めなかった。
と言っても、それは所詮戦闘区域外の拠点の中。
どれだけ殴り殴られても、どれだけ撃って撃たれても、セイフティーが私たちを平等に守り、それが死に繋がることはない。
勿論、その時には既にレミィもキュウもいた。だが、今の関係とは程遠い仲だ。
彼女らも、言ってしまえばこの閉鎖世界の産み出した幻で、私にとっては嫌悪の対象でしかなかった。
顔を見るのだって嫌だったし、あの日まで口を聞くことさえなかった。
という風に、我がことながら荒み切った日々を送っていたのだ。
いや、あの日さえ迎えなければ今もそうだったかもしれない。
『蛍火事件』
詳しくは私も知らんが、円卓の絡んだ騒動であるという事は聞いている。
『蛍火』だとかいう、円卓の下についていたはずの組織が、何を思ったか突然連中に反旗を翻したとかいう話だ。
閉鎖世界始まって以来のその惨劇の舞台となったのは、セントラルタワー近くの無制限空間。
何を想定したのだかは私には分からないが、両組織の合同演習の最中だったらしい。
まあ、そんなことは私に関係ない。
確かあの日、私は悲劇のすぐ近くにいた。
セントラルタワー周辺の酒場だったか。
何故いたのかはよく覚えていない。最も、理由があって酒を飲むような奴でもないのだが。
そんなときに、連中が現れた。
"我々はこの世界の未来を創る者だ"
"今こそ円卓の支配からこの世界を解放する"
アルコールの効いた脳みそに、そんな熱心な演説が染み込んできたのを覚えている。
まあ、つまりはこう言った鬱憤のたまっていそうな場所から、有志で戦力を集めていたらしい。
口車に乗せられた酔っぱらいの荒くれどもが、妙な制服を着た連中を追って店を出ていく。
その頃の私がまともな思考力を持っていなかったのは言うまでもない。
なにか、敵が存在するのか。
私にこんなふざけた世界を押し付ける元凶がそこにいるのか。
勿論、頭を冷やせばこの話のあらなどどこからでも見出だせたはずだ。
それでも、私はその亡者の列のようなそれに混じってしまっていた。
そして、戦闘区域外のセーフティから抜け出したその瞬間だった。
群衆が暴発を起こした。
今考えれば、当然の結果とも言えるだろう。
半ば短期催眠的な形で集めた荒くれどもが、言うことを聞くわけもない。
戦地につくその前に、蛍火の連中とそれ以外の、いや若しくはその区別もなく、殺し合いが始まった。
そしてその中には当然私もいる。
その時、初めて自分の手のなかで人が死んだ。
私が殺したのだ。
手をかけた相手が絶望だとか恐怖だとか怒りだとかの表情を浮かべながら動かなくなる。
その感覚は、今も体の奥の方に残っている。
征服感と優越感、そして遅れてやってきた罪悪感。
それらが混ざりあった不思議な感覚が体の奥でむず痒くのたうって、頭が痺れた。
自分の行動に理解が追い付いていたかは謎だ。だが、ただ"勝った"と思った。
それからは記憶が曖昧だ。
誰彼構わず手をかけて、その感覚に酔っていた。
たぶんあのままだったなら、私は人間ではなくなっていたかもしれない。
殺して、殺して、殺しながら、ただ殺されるのを待っている人ではない何かだ。
そんな時に、レミィが来てくれた。
現場では既に、無事な奴の数よりもそうでない奴の数の方が多くなっていた。
だが、それでもまだ弾丸と殺意が飛び交っている中で、レミィが私の頬をぶったのだ。
その時になって初めて気がついた。
私は死にたがっていたのだと。
レミィは言った。
『あなたは死んではいけない』
『あなたが死んだら私が悲しむ』
『だから自分を大切しなさい』
その言葉に何と返したのかは覚えていない。だが、その言葉が私を人に戻してくれたのは確かに覚えている。
レミィの胸の中で、ただ滅茶苦茶に泣きじゃくった。
そんな私に、レミィは帰ろうと言ってくれた。
まあ、恐らく、それきりの話ならよかったのだが。
そこにやつが現れた。




