《脆く、鋭く、きらきらと》4
「結局来たな……」
セントラルタワー、東地区。
SOGOの中心地であるここは、タワーの施設内のみならずその周辺もまた充実している。
鉄砲やら弾やらを仕入れる店はもちろん、それ以外の雑貨屋もある。飯も食える。酒も飲める。
故に、連日連夜人が絶えない。
道行く人々が残らず武装しているという点を除けば、さながら休日の繁華街だ。
さて、来たには来たが、これからどうしたものか。
いく宛のない視線を、ぼんやりと快晴の空に向ける。
あっちへこっちへ、働き蟻みたいに行き交う雑踏。それになかなか入り込めず、私は道のわきの自販機の影に逃げ込むようにもたれ掛かっていた。
元引きこもりには厳しい往来である。
"ふたば同盟"
レミィに薦められたのはいいが、まだ五分五分の思案が続いている。
「なんかな……」
考えるだけなら何も家から出ることなんてなかったのだが、それでも出てきてしまったのだから仕方ない。
だがそれにしてもこの人混みは堪える。
私は逃げ込むように細い裏道へと入っていった。
しかし、それでも頭の中は片付かない。
普段は神をも畏れぬような振る舞いで、破天荒を極めているように見える私だが、これでも根にあるのは引きこもりのそれ、"現状維持"の一言だ。
変わらぬ時間に起き、変わらぬ場所をぶらつき、レミィと変わらぬ会話を交わす。それがいつまでも続くのならそれで満足と、そう思いながら生きてきた。
その精神から見ると、ふたば同盟への加盟は間違いなく大事件である。
なら悩むまでもなく諦めてしまえばいいのだが、
「うがあ……」
一人、がさがさと頭を掻き回す。
そう思い切りのいいやつなら、そもそも引きこもりなんてやらないだろう。
「酒飲もうかな……」
現実逃避は悪い癖だ。
わかってはいるが、わかったところで仕方ないのである。
いい具合に空いていそうな店でも探そうかと、人気から遠ざかるように更に細い道を行く。
そろそろ歩くのも面倒な程の道に入ってきた、その時だった。
『ーー、ーーーー。』
『ーーー。』
「あん?」
人の話し声、もとい気配がする。それも一人や二人ではないのだ。
さて、いったいこんなところで誰がなにをしようというのか。
この手の話に聞き耳を立てるのはあまり頭のいい行いではないのだが、聞いてしまったからには今さら無視もできない。それが人間の性である。
ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ、
声は聞こえるが、どうも内容までは聞き取れない。
「……。」
やめておけばいいのに、結局は足が動いてしまった。
全く、日頃は引きこもりだの何だのと卑屈を捏ね繰り回しているというのに、こんなときばかりは好奇心がおさまらない。
好奇心は猫をも殺すとも言うが、
それでもやはり引き返そうとしなかった辺り私も大概な奴だ。
気配を追って、私は転がっているガラクタを足で除けながら嫌に狭い道を行く。
そういえば、キャロを見つけたときもこんな感じだったか。
まあだからと言って、ここでも美少女と巡り会えるかもなんていう期待はしていないのだが。
そんなことを考えていると、やっとはっきりとした内容をもったやり取りが聞こえてきた。
『お客さん、しっかりしてくださいよちょっと。』
若い男の声、いや、中身の年齢のそれと同じとは限らないのだが、なにやらうんざりした声が聞こえる。
私は体を壁に目一杯張り付けて、聞き耳を立てる。
すると耳を澄ました側からがしゃんという騒々しい音。
酔っ払いが転げて何か倒したか。
『ああちょっと、ほらちゃんと歩いて。……ったくめんどくさいなぁ』
どうやら店の人間が酔っ払いを追っ払っているらしい。
だが、酔っ払いの方はうるさくぶっ倒れたきりに物音ひとつたてない。
もう潰れたか。
まったく、昼間から景気のいいやつである。
思ったより面白そうにもない。
拍子抜けして、さっさと何処かへ行こうとしたとき、それは始まった。
低く、獣の呻きのような声が聞こえる。
驚いて再び壁に張り付くと、今度は壁を殴っているのか、ごつごつがつがつという鈍い音が伝わってきた。
「おいおい……なんだいきなり?」
いったい何が起こっているのか。顔を出して覗けばわかるだろうが、さすがにそこまでの冒険はできない。
『なんだ、なにがあった?』
音に気がついたのか、店の中からもう一人出てきたようだ。
その間にも音は止まず、遂には何やら訳のわからない喚きまで聞こえてきた。
『また発作だ。ったく、どれだけキメたんだこいつ。』
『よし、どけ。』
「"発作"?」
なにやら話が見えてきた、その時だった。
たんっ、たんっ、たんっ、
突然、甲高い音が窮屈な空間に響いた。
後に続くのは、不気味な静寂。
「おい……マジかってば」
背中を壁に押し付けたまま、私は動けなくなってしまった。額に冷たい汗が浮かぶ。
いよいよ、不味いところに居合わせてしまったらしい。
何が何やら、いや何となくは分かるが、こんな町中で人を撃ちやがった。
『……ったく、騒がしい。もう使い物にならんだろう、表まで運べ。ごみ出しの時間だ。』
壁一枚向こう、角を曲がったすぐそこ。時間にして二分と少しの出来事だった。
「ああ……やらかした……なんだよクソ運悪すぎだろ……」
いくら何でもありの閉鎖世界とはいえ、これは不味い。
ここはさっさと消えるに限る。
そろり、と壁から身を引き剥がす。
そのまま踵を返したその時、だった。
鼻っ柱に何かがぶつかった。
「いてっ」
硬いには硬いが、壁にしては変に柔らかく、ついでに酒やら煙草やらの臭いがひどくハナをつく。
誰かにぶつかったと思ったときには遅く、タンクトップから剥き出しの腕に宿り木みたいに入れ墨を入れた山みたいな男が、只でさえ狭い道をみっちり塞いでいた。
「ああ、その……」
「……。」
無言で見下ろすその男に、私はもみ上げをくるくるいじくりながら、くねくねと腰を回す。
「……いや、私別にただの可愛い通りすがりだし、めっちゃちっちゃい人畜無害の美少女だし、つか何も見てないし聞いてな……」
と、いいかけた側からむんずと胸ぐらを掴むキャッチャーミットのような手。
私の体が面白いように地面を離れる。ぶらぶらした足が非常に心許ない一方、私を掴む腕が異様に安定しているのがまたおっかない。
「ちょ、たか、高い……たか……」
文句を言ってみたが、それでどうにかなるわけもなく鋭い目が私の顔を睨んでいる。
なるほど、おっかないやつである。
と、やっと巨木のような男が口を動かした。
「裏まで来てもらおうか」
まあ、怒って当然か。向こうとしては商売を邪魔されているわけである。だがだからと言って私も大人しく捕まるわけにはいかない。
なるべく穏便に済ませたかったところだが、猫を被るのもここまでだ。
「やだよバーカ」
両足で私を掴んだ腕に抱き付くように絡み付くと、両腕で馬鹿にでかい手を掴み、そのまま体を大きく捻った。
万力のような力に男の手首が耐えきれず砕ける。
「ぬっ……」
その間に男の腕をすり抜けて、私は久々の地面に両足をつく。
「どうだでっかい変態め。まだやるかコノ。」
「……。」
私の煽りに応えることもなく、男はダメージ演出を煌めかせる手首をぼきぼきと捻る。
そしてすぐにボクサーのようにがっちりと両拳を構えた。
なるほど、あれで戻るか。
私が言うのもなんだが、化け物じみていやがる。
「上等だキングコング畜生、でっかいサンドバッグにしてやる。」
この狭い道では銃よりも拳のほうがずっと早い。
拳を振り上げ、私は男に飛びかかった。
小細工なしの右ストレートだが、ここではそれが一番だ。
対する男は避けようもないこの一撃に両腕をガードに回す。
なるほど、受けてられるもんなら受けてみるがいい。
「どらっ!!」
凡そ肉と肉同士の発するとは思えない音が路地に響いた。
拳を受けた男は大きく後ろに飛んだが、両足で地面を削って踏みとどまった。
両腕から若干のダメージ演出が出ているが、堪えた様子はない。
「……クッソ硬え」
それに私の右拳にもダメージが入っている。
「もうお仕舞いか」
「……うをっ」
だんまりを決め込んでいた巨木が突然口を開いたので、思わず妙な声が出た。
そんな私を見やると、今度は男が接近してくる。
動きは緩慢としているが、壁が迫ってくるような圧力を放っている。
「チッ、一発耐えたくらいで……!!」
そのとたん、目の前に拳が迫っていた。
だがその程度なら佳そう済みだ。
対格を活かしてするりとくぐり抜け、カウンターの一撃を構える。
しかしその直後にはもう片方の拳が視界の端に見えた。
「をっ!?」
間一髪打点をずらしたが、豪腕を食らった軽量級のアバターは呆気なく宙を舞った。
「いってえ……」
転がりながら着地すると、男は相変わらず手堅く構えていた。
それにしても、不味いことになった。
この男、手慣れている。リアルか他のゲームで格闘技でもやっていたのか。
とにかく力押しで誤魔化していける相手ではない。
「舐めるなよこのイカれ筋肉……!!」
拳で効かないのならほかで殴るまでだ。
インベントリからショベルを引きずり出し、ぐるりと回す。
こいつで殴られてもまだそんな壁みたいな顔をしていられるか、試してやる。
飛びかかろうと構えた瞬間だった。
突然頭のてっぺんで火花が散った。
「がっ……!?」
世界がゆらりと揺れて、LPゲージが一気に削れる。何かで頭を殴られたようだ。
立っていられなくなって地面に倒れ込むと、背後で声がした。
「全く、次から次へと騒がしい。」
しまった。
ここでやっと思い出した。敵は一人などではない。
だがこうなってしまってはもう遅い。
失神のデバフが入り、体にうまく力が入らない。
畜生、私のピンチは毎回こうである。
肝心なところで詰めが甘い。
レミィを呼ぶか。
いや、しかし支配権はこの前使ってから回復しきっていない。キュウの方も同じだ。
これは、いよいよ詰んだかもしれない。
埃っぽい地面の上で立ち上がろうとしては転げるのを繰り返す私を、後ろから男が掴む。
「まだ意識があるとか、化け物かよこのチビ。」
「まあチビでも女だ。使いようならいくらでもあるだろ。それに、アレ使えば小一時間でお人形の完成さ。」
"キメすぎなけりゃな"と聞こえたので、背中を寒気が駆け上がった。
私は、これから何をされるのか。
初めて感じる類いの恐怖だった。
力が入らない筈の四肢ががたがたと震える。
「は、なんだ?今さら怖くなったのか?そりゃ運がなかったと思いな。覗きなんてする方が悪いんだぜ。」
「……や……めろ……さわるな……!」
「こら、騒ぐな」
脇腹を蹴られて、私は呆気なく地面に転がった。
ここまでの無力感を、敗北感を味わったのは初めてである。
屈辱なのか恐怖なのか分からない感情で頭が爆発しそうだ。
這うようにして逃げる私を、件の巨漢がごみのようにつまみ上げる。
「諦めろ、お前はお仕舞いだ。」
「はな……せ……!」
全力で身をよじったが、もう手を振りほどくことはできない。
絶望的だ。
頭の中で、考えたくもない展開が次々と流れていく。
「やめろ……やめろ……!!」
抵抗することもできないまま悲鳴のように溢した、その時だった。
「なに、やってるの」
上から、何かが降りてきた。




