《ミケゾウ》4
補足:当マップに登場する《白軍》《黒軍》は実際の組織団体とは一切関係ありません。
このゲームには《エネミーキャラ》という物が存在する。
読んで字の如く、敵だ。
NPCの一種で、特殊マップや無制限空間などに発生し、プレイヤーなどを発見すると何の恨みがあるのだか全力で攻撃を仕掛けてくる。
大抵は他のキャラクターと区別がつきやすいように人間離れした姿をしていて、皆揃いも揃っておっかない。
《BOSS》とそれ以外、つまりザコとの二つに分類され、倒すとこの世界で通貨となる『pt』や経験値、希にアイテム等を落とすことがある。
このマップ内では味方NPC『白軍』と対に『黒軍』と呼ばれていて、ゲーム内では最もポピュラーな《シャドウピープル》というキャラによって編成されている。
名前通り黒い靄みたいな物を纏った人型で、頭の作りは大したこともないが、10から5体で群れて行動していることが多く、囲まれると非常に鬱陶しい。
内分けも結構多彩で、様々な兵種も存在している。一番割合が多く、アサルトライフルなんかが主力の《ライフルマン》、離れた距離からでも結構な精度で一撃を見舞ってくる《マークスマン》、機関銃なり分隊支援火器なりの重装備で強烈な弾幕を張ってくる《マシンガナー》、他にもまだいるらしい。
因にライフルマンの中には希に無線機を背負っている個体がいて、そいつを放置すると周辺に他のエネミーを湧かせる。ので、まず群れを見つけたらそいつから潰すのが常識だ。
だが
「結構集まったね……」
私は崩れたコンクリート建ての廃墟を盾に、3~4体の群が見舞ってくる小銃弾を凌いでいた。
見つけた群れに背面から奇襲を仕掛けたつもりだったのだがうっかり無線機持ちを取り零したようで、こういう結果になった。
下らないドジを踏む奴もいたものである。私なのだが。
「うお……あぶな」
少し向こうを覗いてやろうと思ったら光の筋が際どい角度でコンクリートを抉っていったので、慌てて引っ込んだ。
この世界の仕様上、火器から放たれる弾頭はスキルを使用した特殊弾頭などを除いて、すべてレーザー光線のような軌道が目視できるようになっている。
如何せん素人揃いのゲーム世界。お互いに射手が発見出来ずにいるのも面白味がないとか、その辺りの理由だろう。
だが、お陰で集中放火を食らうと倍に恐ろしい。
やはり効率重視で散開したのは間違いだった。
こうやって嫌な距離から弾幕を張られると、私一人ではなかなか抜け出せない。
NPCの援護に賭けるという手も有るには有るが、専用スキルもなしにそんなことをすると大抵ロクなことにならないらしいので避けている。
そもそも、さっきこの辺りで前線を張っていた部隊を見殺し全滅させたばかりなので暫くは無理だろうし。
こんなことになるなら、おやつに持ち込んだえびせんなんて食ってないで白軍のフォローに回ってるんだった。
「しゃあないかね……」
私はえびせんのしょっぱい粉を払った手で、アイテムカーソルの小窓から少し不格好なジュースの缶のような形の物を取り出す。
間違えて三つほど引っ掛かって出てきたのは、SOGO内の表記では《スモークグレネード》としかないAN M17。間違えた、M18だ。表記の最後に記された色は黄色。
戻すのも面倒なので、私は敵に向かって三つ纏めて放り投げた。
視界が黄色に霞み、敵からの射撃も止む。
ここはゲーム。この煙幕が簡単に散る事もなければ、この程度のザコ敵が頭を使ってすぐに抜け出そうとすることもない。
混乱に乗じて私は遮蔽物から飛び出し、歩きで距離を詰めながら散弾をばらまく。
「……一番左にノーガードのライフルマン一体、そこから少し右に一歩後ろマシンガナー一体、更に右より半歩手前膝丈遮蔽物越しライフルマン一体……」
ずだんっ、ずだんっ、ずだんっ、
片手で構えた銃が跳ねる。
私は索敵が下手な分、敵の位置などをある程度予測したり覚えたりする力が磨かれている。
この距離なら、煙を撒かれたくらいで支障はでない。
肉の目はてんで役に立っていないが、たぶん外してはいない筈だ。視界の右上に表示される《+70exp》や《30pt》などがその証拠だ。
ちなみに、アイテムがドロップすると《DROP!》の表示が出るのですぐに拾いに行けるから便利だ。
「ただのカカシだねー……」
煙幕が薄くなる頃には、倒れたザコ敵たちが黒い煙のようになって消えていた。
アイテムのドロップは無し。折角煙玉を三つも使ってやったのに、ケチ臭い連中だ。
仕方なく私は踵を返す、筈だったが。
「……っ」
ヘッドホンの装備スキル《危険察知》が私の第六感に警鐘を鳴らす。
慌てて見回すと、視界の端に小さな黒い影が見えた。
シャドウピープル、形から推測される兵種は《グレネーダー》。先程の群れからはぐれた個体か。
一定確率でグレネードランチャー、運が悪いと死に際に自爆特攻なんて大玉をかましてくる。
この手の爆発物は、どんなに耐久値を上げても直撃を食らえば即死判定が下るので非常に厄介だ。
構えられた小銃のバレル下には5.56ミリが飛び出すのよりも少し大きな筒。
心持ち斜めに傾けられた大口は既に私の方を向いており、後は吐き出された40ミリの榴弾が私を吹き飛ばすばかりだ。
もはや被弾は避けられないかと思われたその時。
アイデア。私の頭に神が降りた。
「このッ」
発射音に重なる轟音。
私の視界は、巻き上がった埃と爆発音に撒かれた。
「助かったぜギリギリ……げっほげほ」
倒れた瓦礫の裏で、私は咳をした。
口のなかがじゃりじゃりと非常に不味い。
目の前に崩れてきた瓦礫の山が盾となり、爆発によるダメージは通っていない。流石の私も胆を冷やしたが、持ち前の怪力と俊敏さが命を救ったのだ。
相手が発砲する寸前に、私は左手にあったコンクリート物件目掛けて拳を叩き込み、そのまま壁をなぎ倒して盾にしたのだ。
一見強引な力業に見えるが、力加減を間違えれば壁は粉砕して盾にならなかったし、間違えて柱でもぶん殴っていたらこの建物が耐えられずに倒壊して私の命はなかっただろう。
まあ、だからと言って計算尽くだったのかと聞かれれば答えに困るのだが。
「いててて……」
しかし、困ったことに左の拳がダメージ演出で真っ赤だ。
部位欠損ダメージの判定は下っていないので形だけくっついてはいるが、暫くはまともに使えないだろう。
まあ鉄筋コンクリートの壁を素手で叩き割ったのだから、拳のひとつやふたつが駄目になるのは当然だ。仕方ない。
得物はいつも片手で構えているからいいとするが、それにしても困った。
これでは先程と同じだ。
「これ以上煙玉の浪費もできないし……」
如何せんさっき三つもぶん投げてしまったので在庫も少ない。
だがだからと言って、いつまたあの大玉が飛んでくるかも分からないまま長居するのも心臓によろしくないのだ。
それにまたザコの群れに絡まれでもしたら……
そこで、隠れていた瓦礫を複数の銃弾が弾く音。
「うげっ」
言うが早いか、敵側に増援到着の様だ。
「なんだよもう……」
壁を殴りたくなったが、拳が痛いのでやめた。
一か八か飛び出して滅茶苦茶に撃ちまくってやろうか。
日頃怠け者の割りに、変な所でせっかちな私の思考回路は早くも体当りを囁きだす。
M11-87をキュウの本体、OOB弾32連ドラムマガジンをぶら下げたAA-12に持ち替える。
こいつで全員穴だらけにしてやる。
先程より重くなった得物に顔をしかめたその時。
襲ってくる銃声のリズムの真横から、突然別のリズムが乱入してきたのだ。
また増援かと危惧するが、その途端にこちらに飛んでくる弾のテンポが一気に悪くなり、暫くするとしんと静かになった。
「あ?」
いったいどういう事だ。
何も起きない静寂が、五秒、十秒と長引く。
感覚で三十秒。
恐らく実際よりかなり早く数切ってしまったのだが、その時点で私の"我慢"は限界を迎えた。
瓦礫の盾から飛び出すのと同時にAA-12を小脇に抱え、射撃に入ろうとグリップを握りこむ。
被弾上等。今にも散弾をばらまいてやろうとしていたそこで、見覚えのある顔に手が止まった。
「レミィ……?」
相棒だ。
「少々遅れました。嬢、お怪我は?」
リュックを膨らませ、それでも入り切らなかったのか小銃三丁のスリングを肩にかけたレミィが、澄まし顔で銃口を微かに煙らせるM16に新しい弾倉を押し込んでいた。
背後には倒されたエネミーが三体折り重なっている。
「ああ、いや。壁パンして左手が駄目になってるけど……すぐ治ると思う、平気。」
「……何があったかは聞きませんが……ご無事で何よりです。」
「で、レミィ。その様子だとそっちは終わったの?」
私の問いかけに、レミィはリュックサックと余り三丁を私の前に出して見せる。
「アサルトライフル10丁、サブマシンガン4丁、ハンドガン2丁、合計16丁です。レアリティは3辺りが相場です……収穫としては上々です。」
「……レミィ、やるなおまえ。」
私なんてまだ空っぽだぞ。
それを見てとったのか、レミィは入り切らなかった三丁を私のリュックに詰め込み始めた。
「嬢にはこの手の仕事は不向きかと予想していたのですが……それにしても流石に収穫皆無だとは思いませんでした。」
「うるせえやい。きっちりポイントは稼いだって。」
「弾代の元くらいは取ってくださいよ?」
「……。」
私の背中のリュックサックに、長い鉄砲が手品のように吸い込まれていく。
この世界の収納系アイテムはだいたいこんな感じだ。
火器その他問わず、この世界のアイテムには全て《重量コスト》という数値が振られている。文字通り、それがそのアイテムの重さだ。
各アバターのアイテム所持に関してもそうだが、収納系アイテムには《キャパシティ》という数値があり、仕舞うアイテムの重量コスト合計がその数値以下なら、どんな形だろうが、どんな大きさだろうが、驚くほどするりと収まる。
もちろん、キャパシティが埋まる毎に少しずつ重くなって嵩張るが(アバターの場合少しずつ体が重く感じるようになる)、それも微々たるもの。
取り出す時は、アイテムカーソルの小窓とは別で視界に表示される収納リスト内から取り出したい物を選択し、その収納に手を突っ込んで引っ張り出すという感じだ。
要約しよう。ドラ〇もんの四次元ポケットがあるだろう、あれの劣化版と考えて間違いはない。
「では、そろそろキュウとも合流しましょう。嬢のリュックサックをいっぱいにするのは道すがら。」
「ヘイヘイ、どうせ私の仕事はあてにならんよ。」
こうやってすぐ不貞腐れて卑屈になるのは私の悪い癖だが、治らないのだから仕方ない。
まあ相手とはそこそこの付き合いだ。
「大丈夫ですよ、二人なら何とかなりますから。敵ならいつまでも湧いて出ますし。」
困りつつも笑ってくれる辺り、私も腐りがいがある。
さて、では我が家のデストロイヤーを探さなくては。
比較的重装備の彼女がそこまで遠くに行くとは思えないが、如何せんこのごみごみとしたマップだ。
さっきのレミィは私の張った黄色の煙幕で気が付いたのだろうが、合図なしにお互いを見つけるのは難しい。
しかしこういう事態は予測済み、きちんと対策はある。
私はカーソルを操作して、アイテムの小窓から片手に握るサイズのカラフルな筒を取り出した。
こういう場合、本来なら照明弾や発煙弾などを打ち上げるところだが、専用の品を揃えるのが面倒だったので私たちはもう少しお手軽な物で代用している。
付属の厚紙の台に件の筒を固定して、一本だけセットになっているマッチで導火線に点火。
「うっし……」
三歩離れたその時に、筒から空に向かって飛び出す火薬。
それが空中で光を放ちながら爆ぜると、一拍置いて更に二発目、三発目と打ち上げられる。
「た~まや~」
三連発の家庭用打ち上げ花火だ。
この世界のショップでは本当に何でも売っているから助かる。
さて、暫くすれば向こうも何かしらの合図を送ってくることになっているのでそれを待つ。
「キューちゃん大丈夫かね」
「本体に問題がないなら平気でしょう。」
一分程待ったその時だろうか。
突然1ブロック先の建物が傾き、粉塵を巻き上げた。
「嬢……!」
突然レミィが小銃を構えた。
銃口が向いているのは、粉塵に煙るアスファルト道路の先だ。
コンクリート片が散らばっていたり、一部が崩れたりしている道の真ん中を、巨大な何かがゆっくりと迫ってくる。
「……何だあれ……」
「構えて。警戒してください。」
見たところトラック並のサイズだが、それにしては動きがどうもおかしい。
薄れていく粉塵の中を巨大な獣のような緩慢な動きで、瓦礫を踏み砕きながら近付いてくる。
シャドウピープルの中には装甲車や戦車と体が一体化したような化け物まで存在すると聞くが、それが現れるとされているのはもっと高難度のエリアだ。
だが、もし何かの間違いがあったとすれば
「部が悪すぎるって……」
私はAA-12を構えて後ずさる。
アイテム収集が目的なので、所持品は最低限。
まさか分厚い鉄板の鎧に対応できる得物なぞ備えて来るわけがない。
最悪の展開を想定しつつ、レミィが私に告げる。
「私が囮になります。嬢はその隙に"本体"を持って離脱してください。キュウに合図を送るのも忘れずに。
……最悪、キュウの分の支配権を。」
「わかった……仕方ないけどお願い。」
M16を構えるレミィの背中に言いながら、私は一歩ずつ後退する。
抵抗は無くはない。だが、だからといって足が止まる程でもない。
レミィの実力ならあの規模の敵でも撒けるかもしれないし、それに万一の事があっても本体の方が無事なら、特殊アバターであるレミィはまた生き返れる。
これが最善だ。
「行きます!」
「悪いね、相棒っ」
私が地面を蹴り、レミィが引き金を引こうとしたその時だった。
「わ~!ミケ、待って~!」
引き締まっていた頬がふにゃけるような声がした。
名前を間違えたり、戦場で花火を始めたり、ミケ氏はかなり滅茶苦茶です。
感想やアドバイス、お待ちしています。