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《ふたば同盟》3

 ●○○○●○





「あ……」



 《critical!!》


 《team A:MAX》


 《Kill:+100》

 《HeadShot:+100》

 《OneShot:+100》

 《LongShot:+50》

 《FirstBlood:+50》



 《score:400》




 次々と流れていくキルスコア。


「あたっちゃった……!」


 狙撃仕様のXM8を抱えたまま、キャロはぽかんと口を開けていた。


「わっ!やったねキャロちゃん!一番槍だよ!」


 サポートについていたふたば同盟のメンバー、ガスマスクがトレードマークの女性プレイヤー、コロネがその小さな体を抱き上げる。


「すごいよ、この体勢からあの距離狙っちゃうなんて!」

「そ、そうですか?ありがとうございます!」


 顔はちょっぴり怖いが、実際に接してみるととてもいい人で、初対戦に戸惑っているとサポートを申し出てくれた。

 表情は読み取りにくいが、見ての通りそれ無しでも十分に間に合うほど底の抜けた人なので、一緒にいてとても楽しい気分になる。


「でも、あの……いきなり頭撃っちゃったんですけど、あの人大丈夫なんですか?」

「大丈夫!ここはタワーが生み出す仮想空間よ。つまり、元のゲーム世界と同じ感覚でOK!」


 一頻り初キルの喜びを分かち合うと、コロネは「さて」と息をついた。


「はやく移動しなきゃ!」

「え、なんでですか?」

「え……」


 キャロの反応に一瞬間が空いたコロネだったが、すぐに頷く。


「そっか、初心者だもんね!いい?対戦の基本だから、よく覚えておいてね……」






 ○●●○●○






「マップなんか見て、どうした?」

「るせーだまれ」

「……っす」


 鼻っ柱に裏拳を食らったアルトが下がった。


 さあ、いよいよ空気が不味くなってきた。

 今私の目の前で繰り広げられているのは、想定していた中では最悪のシナリオだ。


 キャロ無双が、作動した。


 私の予想ではもう少し、具体的には最低でもあと20分は大人しくしていてくれる予定だったのだが、どこかで色々と前倒しがあったらしい。


 うるさく叱ろうとするレミィがいないのをいいことに爪を噛む。


 どうやらキャロのことを上手いこと乗せた厄介な奴がいるらしい。


「クソッタレめ……」


 私の可愛い人畜無害なキャロを逞しく育てやがって、許せん。


 だが、いつまでもこうやっている訳にもいかない。かじっていた親指にダメージ判定が入り始めている。


 目の前に展開した三次元マップを指先で拡大し、赤い光が灯ったポイントを素早くマークする。


「おい……だから何やってるんだって?」


 うるさい素人である。黙るということを知らんのだろうか。

 その横っ面をひっぱたいて、マップの方に顔を向けた。


「プレイヤーが殺られたら、暫くそのポイントがマップに表示される。」

「……ああ、確かに。この赤いやつ?」

「つまりその近くにキャロがいるってこと。……いや、たぶん経験者がついてるからな……もう移動してるだろうけど……まあ、だいたいの居場所は絞れるっつーこと。」


 これから二人目、三人目と被害者は出るだろう。

 それをマップ上にマークしていけば、いくら逃げ足が早くたって行動パターンは読めてくる筈だ。


 それを避けていれば、少なくともキャロとぶつかるリスクは軽減できる。


 幸い、ポイントはここからかなり遠いようだ。

 地形や建物の配置を考えても、あの付近からこちらに移動してくる可能性は低いだろう。


「とにかく、これで方針は固まった」

「どんな風に?」

「キャロに殺される前に殺せるだけ殺す。」

「変わってないじゃないっすか」


 アルトの顔が不服そうだ。

 いかにも私の立案に文句があるらしい。


「……なんか、さっきから負ける前提で作戦練ってる用に見えるんだが……いてっ」

「バカかおまえ?」


 一発拳骨を食らわせて、私は腕を組んだ。


「このマップでキャロが向こうに回ってる、おまけにとろろ先生が敵。その時点で完全に詰みゲーだし。」

「詰みって、まさかそこまでのことは無いだろう。キャロが上手いのも分かった、あのとろろとか言う女もそこそこやるようだし。でも、少なくともこっちにゃ筋肉モンス……お前と俺がいる。上手く立ち回れば、勝てないこともないだろ。」

「おまえはバカ言ってないと死ぬのかバカ。」

「一句で二回もバカって言われたのは初めてだぜ。」


 キャロとはぶつからなければ済む話として、真の問題はあの油屋とろろだ。


「あの人はヤバイ。とにかくヤバイ。」

「いや……ヤバイっつってもホラ、色々あるだろ。遠距離でも当ててくるとか、弾避ける立ち回りが上手いとか……」

「何でもできる。」

「は?」


 あまりにも間抜けな返事だったので、一瞬眉間に散弾でもぶちこんでやろうかと迷った。


「文字通りなんだって」


 あの人は、鉄砲の絡むジャンルに関しては天才的だ。


 突撃も、援護も、狙撃も、果てや罠や至近戦に関しても、とにかく一人でなんでもこなしてしまう。

 あえてそれをひとつの強みにまとめるなら、それらをこなす常人ならざる『器用さ』だろう。


 ステータスやスキルのバランスから見てもわかるように、プレイスタイルの自由度に関して見れば、SOGOはジャンル内でずば抜けて高い。

 そんな環境下で、この強みは一層光るだろう。


「マジでなに仕掛けてくるかわからないからな、あの人……」


 予測のつかない敵ほど恐ろしいやつはいない。なにせ、当たるまで対策の練りようがないのだ。


 だが、粗方の目星でもつけないうちには話にならん。

 まず、狙撃か私と同じショットガン突進の線は排除する。このマップでは狙撃は裏をとられるリスクの方が高いし、接近戦なら例えぶつかっても私の土俵だ。


 逆に困るのはLMGやトラップ持ちだ。

 LMGなんて担いでこられたら、運よく後ろでもとらない限り押し負ける。OGでやりあったのでよくわかる。耐久にモノを言わせたごり押しの通じるような相手ではない。

 そしてトラップに関しては、私の感知能力ではほぼ100パーセント気づけない上に、この拳銃バカが地雷だの爆薬だのに気を配れるようには思えない。


 だとすれば、私たちはどう立ち回るべきかーー


 いや、あの油屋とろろのことだ。

 私程度の考えで追い付ける訳もない。

 あの人は、常に凡人より一枚も二枚も上にいる。


 考えていて嫌になってきた。

 それもそのはずだ。勝ち目のないゲームを楽しめるほど、私は立派な人間ではない。


「ったく……」


 頭を抱えつつ狭い路地に入る。

 両側に見る高い壁が、風に吹かれて細かい破片や埃をパラパラ落としている。

 三分も立っていたら、粉で頭が白くなりそうだ。


「んだよ埃め……あぁ、クソ勝てねー勝てねー」


 その時、隣でアルトがため息をついた。


「おまえ、そんなに負けるのが好きか?」

「あん?」


 何を素人がクソ生意気な。

 一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、アルトの浮かべていた不適な笑みで拳を下ろした。


「少しは俺を信用してみろよ……さあ、お客様だぜ」


「……おん」


 どうやら自分の仕事は忘れていなかったらしい。


 ホルスターから抜いたSAAを、例のキザったらしい仕草で回している。


「……で、どこよ。わかんないんだって私。」


 M11-87を構えた私の後ろで、アルトがまた調子にのっている。


「慌てるなよ、俺に任せろ」


 こいつは一挙一動一言一句、逐一私の神経を逆撫でしていなければ気がすまんのだろうか。

 この場の都合さえ許せば、その首を三回はへし折っているところだ。

 だが残念ながらそういうわけにもいかない。

 こうなってからのこいつの集中力を、私は痛いほど知っている。文字通り、腹に45口径をくらう痛みだ。今はそれに頼らざるをえない状況なのである。


 アルトは銃を回す手を止めて、じっくりと周りを観察する。


「なるほど」


 そんな呟きまで勿体ぶって聞こえるのだから、こいつの語り口は気に障る。


 撃鉄に指を乗せると、突然私の方へと振り返った。


「そこだッ!!」


 私の顔の前で銃口が爆ぜた。

 壁に向けて放たれた射線が鋭く屈折し、ビリヤードの球のように軌道を変える。

 細かい火花を散らしながら走る射線は路地の入り口、物陰へと吸い込まれ、ダメージ演出の赤い光を散らした。


「ちょっ!?」


 驚きの声と共に、ごろごろと身を転がす音が物陰に逃げ込んでいくのが聞こえた。


「おぉ」


 この前世話になったばかりの跳弾である。

 二三発食らった身とはいえ、改めて見ると面白い。


「すげえ、当たんのかよ今の。」


 私が顎に手を当てると、アルトは得意気にホルスターに銃を押し込む。


「あたぼうよ、こちとらこの腕だけで這い上がってきてんだよ。」

「まだ殺ってないだろ、調子乗んな。」

「……あい」


 キル通知はまだ来ていない。

 ダメージの光しか見えていないので、これではどこに逃げ出したかもわからん。


「大丈夫だ。あの光、かなりの深手に違いない。」

「そうだろな。」


 回復アイテムが封じられている今、満身創痍を引きずってここを逃げ延びたところで、どうせ次の活躍は期待できない。普通なら諦めて押し通してくるだろう。


「今に腹括って突っ込んでくるぞ。次こそ眉間をぶち……」

「口じゃなくて手を動かそうな」


 これ以上調子にのられては堪らない。視界にうざったい帽子をぶっ叩いて、M11-87を構えた。


 たぶん、突っ込んでくるのなら一瞬だ。


 散弾銃を握った片手に、緊張感や興奮が染み込んでくるようだ。

 間抜けなエネミー相手には、こんな感覚は味わえまい。これぞPvPの真骨頂である。


「おら、来いよ……ぶっとばしてやる」


 無意識に上唇を嘗める。


 そして、その一瞬は突然やってきた。



「おっ…シャァーーーー!!」



 私の目には、灰色の塊がいきなり視界中央で巨大化したように見えた。


「ぬをおっ!?」


 それが常識ではあり得ないスピードで突進してきたプレイヤーであると認識できたのも、私の短くないゲーム歴が育てた勘の賜物だろう。


 市街地用のグレーの戦闘服と厳ついゴーグルの男だ。表から見える装備はMP7と、胸の周りのポケットに押し込まれたそのマガジンのみ。

 つまり、本当に必要最低限の武装。

 今さら理解したって遅いのだが、スピード極振り野郎と見て間違いはないだろう。


 読んで字の如く、俊敏性のステータスと機動力ブースト系のスキルに全てを注ぎ、人間離れしたスピードを実現したスピード狂である。


 咄嗟に狙ったところでこんなすばしっこい奴を射抜ける訳もなく、私の放った散弾の一撃は明後日の方向に飛んでいった。その間にも相手の銃口がこっちを向く。


 しかも、恐ろしく近い。少しでも時間をもらえるのなら、覗き込んだ銃口から内側の溝堀が数えられそうだ。


 もちろん、相手がそんな時間をくれるわけもなく


「もらったぁぁぁぁぁ!!」


「おおおおおおおおお!?」


 この距離で弾を食らったら、流石の私も生きていられる自信がない。


 三人くらいやった後、キャロの弾を食らって終わる予定だったのだが、どうやら今回は無理そうだ。


 せめてキャロかとろろ先生と同じチームだったら、踏ん張りようもあったのだが、もちろん今さらながらのことで、もはやかないそうもない。


 すっかりやる気も萎えてしまったし、もうおとなしく退場してやろう。

 マイナスのスコアを背負っていくのは悔しくもあるが、それもいまに始まった話ではない。それより今はもうさっさと終わりにしてしまいたい。


 こんな距離で鉄砲が鳴るのを見ていても仕方ないし、目をつぶって弾丸が眉間をぶっ叩くのを待つ。


 だが、どうもおかしい。


「あえ?」


 目を開けると、目の前には銃口はなく


「あえあえあえ?」


 件のスピード野郎が、顔面を思いっきりぶん殴られたように、空中で反り返っていた。

 もちろん私が殴ったわけではない。いや、確かに私は人をぶん殴る。毎日欠かさずぶん殴る。それに関しては否定のしようがない。だがしかし、まさかいくら私のものとはいえ、動かさない拳が勝手に人をぶん殴るわけはないだろう。


 その代わりに、後ろから鼻にかけたような声がした。


「そら見ろってんだ。」


 正直振り向くのも嫌だったが、仕方がないので振り返ってやると、やはりというかアルトの奴が今日一番の得意顔で鉄砲を手にしていた。


 一方、地面で大の字になった男は、45口径を食らった額を見上げて口を開けている。


「おお。」


 芸術的なまでのヘッドショットである。

 これには食らった本人も感慨深げな表情で、額を擦りながら溢す。


「……うまいなぁキミ。びっくりっていうか、こんな綺麗にきめられると一周回って気持ちがいいっていうか。」


 最後には「なんかありがとう」とまで溢すと、ひらひらと手を振りながら赤い光の粒になって消えていった。


「あ~あ、とろろさんに笑われる……じゃお先に」


 キル通知が入り、スコア換算が始まる。


「どうだ、ミケゾウ?少しは俺を頼る気になれたか?」


「……。」


 私のネジ曲がったプライドが目の前の胸糞の悪い得意顔をぶん殴れと叫んでいる。

 実際に拳を握りかけたが、もう片方の手でそれを下に下ろした。


 悔しいが認める他ない。こいつは有能だ。


「……ったよ、降参……」


 非常に気分が悪いが、もはやどうしようもないだろう。


「わかれば結構。行くぞミケゾウ、俺に任せ」

「ああ無理だわごめん」


 結局生まれもっての性には抗えないのが人間だ。

 後頭部を拳骨で打ち抜いてやっと胸が透いたところで、大人しく移動を再開した。


「いくぞてっぽうむし」


 ところが、今度はあのうるさいのが全然後ろに着いてこない。


「あん?」


 なにを突然だらだらと。

 いや、少し溜めていたとはいえ、もしや加減が足りなかったか。

 気絶でもしていたら面倒だとかを考えながら振り向くと、その光景にぎょっとした。


 地面に膝を着いたアルトが、目を鉢のなかの金魚みたいにしている。

 押さえた胸から吹き出す赤い光は、まるでイカれた蛇口だ。


 私と同じく、本人も何が起こったのかさっぱり分からんという顔で、穴の空いた自分の胸を見下ろしては口をぱくぱくやっている。

 やっと呼吸という言葉を思い出したかのような顔をすると、たっぷりと息を吸いこみ



「な、なんじゃこりゃああああああ!」



 先に事を理解したのは私の方だった。


 まずい、誰かに撃たれていやがる。

 分かったならすることはひとつだろう。


「ミケゾウ、手を貸……!?」

「あーばよー」


 悲鳴だかなんだか分からない声をあげるアルトを置いて、回れ右をして一目散に逃げ出した。


「あ、ま、待てミケゾウ!置いてくな、相棒だろ!!」


 後ろでどたばたとやかましいのが聞こえる。

 しかし戻ったって仕方がないだろう。残念な気もしなくはないが、あれはもう助からん。手遅れである。

 見込みのないやつは置いていくのが私のルールだ。


 そんなことより、今は自分を可愛がらなければならない。

 これから死ぬやつのために粗末にできるほどの持ち合わせなどあるわけがない。それならば屍でも墓標でも、跨いで逃げるのは当然の行いだ。決して間違いでない。間違いであってたまるか。


 だが十分そこらとはいえ隣同士を歩いていた付き合いだ。一言ぐらい添えてやる義理はあるだろう。


「あばよアルト!その帽子だせえんだよバーカ!死ね!!」


「はあ!?」


 相対性理論を聞かされた猿だって、もう少し知的な反応は示せただろう。

 餞別くらいもっとましな顔で受けとってほしいもんだ。


 重ねて何か言ってやろうと振り返ってみたのだが、ちょうどその頭が銃弾に吹っ飛ばされるのが見えたのでやめた。


 いかん、少々置き土産に時間を食い過ぎた。奴はともかく私の頭までああしてもらっては困る。

 都合よく小さい体を瓦礫の影に押し込んで、隙間から覗いてみる。


「誰だよチクショー」


 こんな混みごみしたマップであんな射撃芸を披露するなんて、まともな奴じゃない。


「まともじゃない……?」


 そこまで考えて、やっと思い当たる人物がいた。


 キャロはずっと遠くにいるはず。




 なら、ここにいるのは




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