《XM8とM11-87》
今回はレミィと朔太郎のお話です。
ミケゾウの話はまた次回から……
ミケゾウとキャロが昼食を終えた、ちょうどその頃。
「ひいいいい!」
「か、勘弁してくれー!」
逃げていく男二人の背に、特殊アバターレミントンM11-87、またの名をレミィは自らの手首を揉みながら溢すのだった。
「造作もない」
通りを歩いていた二人に声をかけた段階でなら、まだ彼らにも引き返す余地は残されていた。だが、一瞬とはいえレミィの肩に手を触れてしまったことがあのナンパ男二人の不幸だった。
レミィの圧倒的なまでの戦闘能力を前に、男たちは手を引く間もなく打ち負かされてしまった。
「レミィさん……とっても強いんですね。すごい迫力でした。」
やっとのこと我にかえった特殊アバターXM8、またの名を朔太郎が言う。
「いえ、レアリティ6クラスの特殊アバターなら、並のプレイヤーよりステータスで勝りますから。滅多なことでもない限り……それこそ、嬢のような特化型ステータスや特殊なスキルでもない限り負けはしません。」
「それに」とレミィは付け足す。
「この身は主に捧げるためのもの。あんな低俗な輩に汚されるわけにはいきません。」
「そう……ですか」
その言葉から滲み出るただならぬ何かを感じながら、朔太郎はやっと笑顔を取り繕った。
「そ、それより……場所を変えませんか?」
「え?」
その言葉に、やっと彼女は気がついたようだった。
白昼堂々も名のままに、人通りの決して少なくない表通りである。
一悶着あったお陰で、少々周りの視線が痛い。
レミィは「しまった」と顔を赤くした。
「……そうしましょう」
朔太郎の提案で、一緒に外を歩くことになったレミィ。
キュウは「またお留守番!」と猛抗議したが、朔太郎がどうしても話があるということで、何かお土産ひとつという条件でおとなしくしてもらった。
これでまた出前自爆テロなんてことに走らなければいいが
やはり不安は拭えない。
「あの、やっぱり迷惑でしたか?」
コーヒーの液面を眺めながら思っていると、向かいから朔太郎の声がした。
「いえ」
「ごめんなさい、突然こんなこと頼んじゃって」
美形の多い特殊アバターが二人もならんて歩けば、それなりに目立つ。
人目を避けようと、一先ず小さな喫茶店に入ったのだが、朔太郎は先程からこのように、一向に話を始める様子がない。
「その……」
「は、はいっ!?」
遂に痺れを切らしたレミィの方から切り出すと、朔太郎が背筋を跳ねさせる。
「いえ、困りごとなら相談に乗りますよ。特殊アバター同士、遠慮はいりません。」
「こ、困りごとっていうか!その……相談っていうか……いえやっぱり!えぇと、相談ってほどでもないんですけど……」
徐々に細くなって、そして途切れる語尾。
なにやら恥じらう様子で頬を掻くと、朔太郎は小さな声で溢した。
「やっぱり……レミィさんって……その」
「はい?」
「な、なんでもありません!」
慌てて言うと場を取り繕うように自分の方のコーヒーを口に運び
「あちち……にがい……!?」
パニックを起こした。
「あぁ……どうぞ!」
「ご、ごめんなさい……」
紙ナプキンと、続けて砂糖とミルクポットを差し出すレミィ。
「本当に大丈夫ですか?」
「えっと、緊張してるっていうか、なんというか……」
ミルクを入れたコーヒーのカップを必要以上にくるくる回しながら、朔太郎はしゅんとする。
「あの……僕たちはその、特殊アバターですけど……」
「はい」
やっと話始めた朔太郎。レミィは神妙な面持ちで頷く。
「キャロと……あの、マスターと上手く付き合っていくにはどうしたらいいんですか!」
「は……はい?」
この問いには、さすがのレミィも面食らった。その表情に、朔太郎も早口になる。
「あぁ……あの、おかしな質問だってことはわかってます。でも、こんなこと聞けるのって、レミィさんしかいなくて、それに僕、三日前に生まれたばかりなので……」
「は、はぁ……確かに。」
何だか不思議な話だが、『朔太郎』という特殊アバターがこの世に生まれたのはほんの三日前なのである。
まだ単なる自動小銃、XM8であった頃の『物としての記憶』が残っているので、キャロが注いでくれた愛情やその他もろもろはよく覚えている。だが、逆にそれ以外に関しては全くの無知なのだ。
「レミィさんは、その、ミケゾウさんととっても仲がいいじゃないですか?」
「まあ……はい」
仲がいいというか、つい先日その一線さえ踏み越えてしまっているのだが。
だがその事を朔太郎が知るわけもない。レミィは一人、やや目を泳がせる程度に抑えた。
「でも僕はそういうことよくわからなくて。レミィさんを見てると、僕はこのままでいいのかなって……昨日の夜、突然不安になったんです。僕はこれからキャロとどう接していけばいいのかとか、もし何かあったときはキャロを守れるかとか、そういうこと上手くできなかったらキャロに迷惑に思われるんじゃないかとか……あ、あわわわわ……!!」
「お、落ち着いてください!」
手に握ったカップをがちがち言わせ始めた朔太郎を慌てて宥める。
「大丈夫です!きっとうまくいきますから!」
「で、でも、どうすれば……!?」
「簡単なことです、どうする必要もありません。」
「え?」
ぽかんと口を開ける朔太郎。
改めて居住まいをただすと、レミィは一呼吸置いて人差し指を立てた。
「『自然体』、それが一番です。」
「自然体……ですか?」
「ええ。マスターと良い関係を築きたいのなら、自然体でいることです。互いに気負ったままでは、隣にいても心が休まることはありませんからね。」
レミィは落ち着いた表情で、一口ブラックコーヒーを飲む。
その姿に、朔太郎が羨望と尊敬の混じったきらきらした目を向けていた。
「大丈夫。あなたの心に主への愛があるなら、主もまた同じだけの愛を心に持っています。それを信じ続けることが出来れば、自ずと理想的な関係が見えてくるでしょう。不安を持つことはありません。」
「は……はい!レミィさん、ありがとうございます!」
曇りの晴れたはその表情に、レミィもまた表情を緩めた。
かくして、悩みもすっきり解消した朔太郎は自分のコーヒーを飲む。横から見ると、向かい合った二人はまるでやや年の開いた姉と弟にも見える。
「でも……やっぱりレミィさんは大人ですね。憧れます!」
「いえ、私もまだ未熟なところはあります……」
特に昨晩や今朝の話なんて、外に漏れては生きていけないだろう。
「そんなことないですよ。僕と比べると、強くて便りになりますし、賢くて物知りですし、落ち着いてますし、それに……あの」
「それに……?」
そこで言葉を切ると、朔太郎はやや頬を染めながら小声で言った。
「大胆っていうか……お、オトナ……ですし……。」
「……。」
レミィは思わず言葉を失った。
それに気付かないのか、朔太郎は指先をつつきあわせながらあちこちへ目を泳がせる。
「や、やっぱり、長いこと一緒にいると……そういう関係になっちゃったりもするものなんですか……?あ、いや……僕はそんなつもりないですよ!で、でも……もし、もしも!キャロが……その、僕のこと……僕のそういう部分を求めてきてくれるのなら……僕もそれなりに答えなきゃっていうか……ででも、やっぱりこういうことには勇気っていうか、できるなら今のうちに覚悟を……て、あれ?」
レミィが顔から湯気をあげ始めたところで、やっと彼女も気がついたらしい。
「……あ、ぁぁぁぁ……」
今度はレミィのカップががちがち言っている。
朔太郎はその様子に驚いて、目を真ん丸にする。
「え!その首もとの痕って……そういうコト……じゃ、ないんですか……?」
咄嗟に首元を庇うレミィ。
こんなところに痕跡を残していたとは、すっかり意識の外側にあった。
「あの……」
「は、はい……?」
「いつから……見えてました?」
「いつからっていうか……」
状況を理解してしまったらしく、朔太郎もすっかり赤くなっている。落ち着きなく両手を握り合わせると、やっとのこと口にした。
「ずっとちらちら見えてたので……隠すつもりないのかなって……」
「……。」
スイッチが切れたように固まるレミィ。
「あの……大丈夫ですか?」
「……ります」
「はい?」
やっと動いたレミィの唇が、耳を澄ましてぎりぎり聞き取れる音量で言った。
「……かえります」
次回から再びセントラルタワーです。
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