《ふたば同盟》2
「あぁ……ミケさん」
「あん?」
露骨に顔を歪めた私に、アルトは一瞬後悔したように言葉を切った。
「……なんでパートナーが俺なんすかね」
「るせーぶっ殺すぞ」
「……っすよね~」
必死に浮かべた愛想笑いは若干涙目だった。
八つ当たりも甚だしい散々な仕打ちだが、それも仕方のないことなのだ。私は今すこぶる機嫌が悪い。つまりアルトは私の憂さを晴らすための必要な犠牲だ。
マップは《市街地タイプD:昼》。軽く爆撃でも受けたのか、コンクリートの建物の群れが鉄骨を剥き出しに埃っぽく死に絶えている。
ルールは《サバイバル》。人数は8対8の16人。
時間内の生存者数で勝敗が決まる、最も単純なルールだ。
「あぁ最悪だよチクショー……」
悪態もそこそこに、私に蹴飛ばされた痩せっぽちな街灯がぎしりと傾いた。
という風になっているのも、話は試合開始前に遡る。
「はい、チーム分け完了。」
最後にやって来たアルトを含め、全員がエントリーを済ませた。
説明を後に回していたが、この『セントラルタワー』という建造物は単なる塔ではない。摩訶不思議な未来テクノロジーが集結させられた凄い塔だ。
なんとこの塔は、人類が衰退してなお自らを稼働し続ける巨大コンピュータ(という設定)である。故に、二階より上にフロアはない。代わりに何やらただならぬ機械がみっちりと詰め込まれていて、SF的なピコピコ電子音を鳴らしつつ仕事をしている。
ではそんな見た目のわりに広くない円柱のどこに、大人数が鉄砲を撃ちまくって騒げるスペースを収めたのか。
とんち臭くなってしまうが、実はそんなスペースなどここにはない。
私たちプレイヤーがどんぱちに使うのは、ここではなくタワーが産み出す仮想空間だ。仮想現実の中で仮想空間の話を持ち出すのも妙なものだが、その点はゲームの設定なのだから仕方ない。黙って納得して頂く他ない。
というようなややこしい設定を持ち込んでしまったが故に、このPvPマッチモードは『シミュレーションモード』と銘打たれている。
「じゃあチーム発表しますねー。ていうか届いてるよたぶん。」
仕切り担当には慣れているのか、総勢16人を前にしてもやはり愛想のいい油屋とろろ。
引きこもりの私には到底披露できない芸当である。その点も含めて尊敬だ。敢えて真似をしようとは思わんが。
「じゃあ初心者さんたちのために説明ね」
「はい!」
と、キャロ。
「うす」
と、アルト。
「お前もかよ。役に立たん素人だな。」
「横暴な……」
私たちの細々したやり取りを横に説明が始まる。
シミュレーションモードでは武器の耐久度や損傷度、マガジンやサプレッサーなどのアクセサリは終了後帰ってくるが、弾薬やグレネードなどの消耗品は帰ってこない。
その他、今回は短期戦なので回復アイテムやインベントリ拡張アイテムの持ち込みに規制がかかっている。
勿論のことだが、試合中のダメージはこちらには反映されず、殺害に関しても同じでデスペナルティは課されない。つまり存分に殺しあってくれて構わないという訳である。
「ということ」
ちなみに、こうなる前はたまに顔を出していた私は、さっさとチーム分けの通知に目を通していた。
そして、愕然とした。
同じチームに、キャロの名前がない。
ついでにとろろ先生の名前もない。
念のため全員分の名前を確認してみたが、私の名前があるのは青いタグの『Bチーム』、キャロととろろの名前があるのは赤いタグの『Aチーム』である。
「マジかよ」
「マジかよ」
自分の口から出た「マジかよ」と同じものを含んだ「マジかよ」が隣から聞こえて、私は首を巡らす。
アルトが頭を抱えていた。
「……なんでよりによってコイツとおなじ……」
「コイツって私じゃないよな」
「へ、いや!?」
五発殴るだけで許してやった。
という訳で、試合開始である。
一応試合前に、チーム全員で軽く挨拶はした。
スピードアタッカーのPDW使いが二人、重装LMG使いが一人、オーソドックスなカービンとアサルト持ちが一人ずつ、大口径バトルライフル持ちの恐らく後方担当が一人、そして私とアルトである。
素人の帽子一匹の混入はあるが、まあ悪くはないだろう。
「いや、俺はおまえに呼ばれたから……」
「るせー」
「うっす」
それにしても、何れも知らない顔ばかりだ。
「うちら緩さがうりなんで、気楽にやりましょー」
「楽しいが一番!」
「よろしくおねがいしまーす」
「弾足りねー、弾足りねー」
「なんでこっちいんだよOG勢!戦えないじゃんチクショー!」
という風に各々ウェルカムムードをもって迎えてくれたのだが、だからといって私の機嫌がどうにかなるわけでもない。私はそんな面々に正面から向かうこともなく、自分の爪を弄りながら
「……ぅっす」
まあ、ある意味平常運転である。
「……ガラわっる……」
「アルト死ね」
「……っす」
このやり取りには流石に向こうも苦笑いぎみだったが、ここで愛想が出るほど立派な私でもない。
結局、周りとの不可視の壁を生成しながら、試合が始まってしまった。
本当に『全ては私の不徳の致すところ』ままである。
SOGOは個人のもつ火力と耐久力のバランス的にも、少数対少数の戦いでは群れるより散った方が安全だ。
というのも、この数で固まったところで相手の特攻を受けて全滅を食らうリスクの方が高い。
ので、組んでも二人がいいところだ。
「マジ死ね……あぁ」
機嫌の悪い私はアルトに当たるしかない。
対してアルトは肩を竦めてばかりだ。
「なら俺なんか連れて歩かなくても……」
「ちげぇバカ。」
アルトの恨み言はもっともだが、何もサンドバッグにするためだけに連れているわけではない。
「近くでの叩き合いなら私の領分。でも、それはあくまでお互いにお互いを確認してる場合の話。」
「つまり?」
「索敵だっつの愚図」
私の感知能力の致命的な低さは、今までも説明してきた通りだ。故に、危険察知スキルなどで対応してきたが、あのスキルの弱点はプレイヤーに対しては効果が弱まるということだ。
例えば、エネミーキャラなどのNPCなら近づいただけで察知してくれるが、プレイヤーの場合その範囲が狭く、しかも相手がこちらを射線に収めるか、狙撃などの長距離アシストスキルを使用するかでもしないと拾ってはくれないのだ。
隠密行動系のスキルでも詰まれようものなら、もうどうしようもない。
「本当はキャロが適役だったんだけどな……」
キャロは私とは真逆。敵の動きを敏感に察知し、精密な射撃と機動力で、相手が距離を詰める前に仕留めることができる。
代わりに耐久力が低く、不意の接近には弱いが、その点は頑丈かつ衝突に強い私がカバーできる。
対歩兵戦ならこれでほぼ死角はなかったはずなのだ。
「おまえ、前やりあったときにかなり私の動き読んでたろ。」
「まあ、な。」
「私の鼻になれ。それ以外に使い道ないだろどうせ。」
「どうせって……」
「あ?」
「……。」
ちなみに今回の私の持ち物は、レミィの方こといつもの散弾銃M11‐87と弾がいくらか。あとはグレネードと近接武器くらいである。
キューちゃんの方ことAA-12はない。あれは便利だがかなりかさばる。インベントリ拡張アイテムの規制があるので、重量コストによるペナルティとマップとの相性を考えて置いてきた。
火力は落ちたが、代わりに機動力が増したと考えてくれればいい。
しかし、あのチーム組みを見たときは正直勝ちを諦めた。
「キャロが敵に回ったのがでかすぎる……」
「キャロって、あの長くて凝ったXM8の?」
「うっせえ気安く呼ぶな殺すぞ」
肘で一発鼻をぶっ潰す。
「……ひでぇ……つっても市街地戦だろ?この障害物だらけで、嫌でも交戦距離は縮むんだ。大した脅威には……」
「アホか、このアホ」
「どうせアホじゃん……」
「よく見ろっつの」
「え?」
周りは崩れかけたコンクリート建築により、視界的な圧迫感は強い。
だが、よく見れば意外と切れ間が多く、長い射線の通るスポットは少なくない。
いや、改めて探せば周りはそんな切れ間だらけだ。
「面の広いカービンやマシンガンじゃ通せないし、そもそも届かない。あまり動けないスナイパーじゃ活かせないし、裏取られて掘り起こされるリスクの方が高い。キャロみたいな撃ち方でもしないと……」
「つーことは……変にだだっ広いマップよりタチ悪いじゃねーか、おい」
これを上手くモノにされれば、いつどこから弾が飛んでくるのかわからない。加えてこちらの弾は届かないときた。
私たちではなす統べなく、一方的な殺しが始まるだろう。
それは非常に困る。
もちろん、あのキャロが初っぱなから人を撃ち殺せるとは思っていない。それでも、この『遊び』という環境に慣れるのには大して時間はかからんだろう。この緩い空気感の中だ。
私は大きく舌打ちした。
「キャロ無双、来るぞこれ。」
だとすれば、いまの私たちに出来ることはひとつ。
「キャロに殺される前に殺しまくる」
それ以外にないのだから仕方がない。
だが、それを聞いたアルトは首を傾げて言う。
「え?完全にやりようが無いって訳でもねえし、さっさとキャロを見つけ出して、こう、ちょちょいっとやっちまドゥフッ」
「おまえをちょちょいっとやっちまおうか、あン?」
キャロに危害を加えるという旨のふざけた案など存在しない。つまりそんな案を出すやつも存在してはならないのだ。
「わかってるな、アルト?」
「……イエス……マム」
「よろしい。」
私の鉄拳でアルトがおとなしくなったその時。
「ん?」
無音の通知が入ってきた。
アルトも同じく届いたらしく、空中を見つめている。
その内容に私は眉を潜める。キル通知だ。
敵か味方か、いやまさか味方ではないだろうが、開幕早々から敵とぶち当たって脱落していったどんくさい野郎がいる。
「ええと……」
《B team:Max》
「は?」
やられたのはまさかのこちら側だ。これは戦犯モノである。
G36C使いの、確かとろろ先生に「マッさん」と呼ばれていたやつだ。振る舞いからしてそこそこの玄人だと踏んでいたのだが、こんなにも早く死んでしまうとは、大したことのない奴である。
さて、この間抜けは何処の誰にやられたのかと、通知の続き、つまりマックス某をあえなく地獄行きにした敵の表示を待つ。
それにしても、相手も相手だ。いくらそのマックス某がどんくさかったとはいえ、開始してまだ数分そこらだ。手心の少しくらいあってもいいだろう。容赦がないにも程がある。
きっとデジタルな反り血とキル数に餓えた、鬼みたいな奴に違いない。どうやら天下のふたば同盟にもイカれた奴はいるらしい。
表示を待つ、その間僅か2秒ほど。
そのキル魔の名が視界に現れたそのとき、私は愕然とした。
《A team:Caro》
いじめ、ダメ絶対 (アルトくんより)




