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《ふたば同盟》

「そうそう、そういう視線ほしかった!気持ち悪い害虫を見下ろすような目線!ぐぅサイコー!よし今度は上目遣い、超プリティー!涙目意識してね?ああお目めかわいい、おめめ!おめめ!ちっちゃい手なんてぎゅってしてね……はぁ、はぁ、ぶひひ!」


 地べたを這いずるようなローアングルで切るシャッター。かと思えば突然がばりと立ち上がり、その恵まれた体格を存分に活かして見下ろすような角度を撮る。


「……あ、えっと、その……」


 怒濤の勢いで撮影され、その迫力に圧倒されているのか逃げ出すことも出来ず震えているキャロ。


「……。」


 今すぐにでも割って入るべきなのだろうが、一瞬だけ思考が止まった。


 このシチュエーションには覚えがある。

 そういえば、ここ最近同じような光景に出くわしたばかりだ。その時はレミィだったが、それがキャロに入れ替わっただけだ。


 この変態はあのとき女だ。ほんの二日前の話だ、間違いようがない。


 だが、どうもそれだけではない気がする。

 あのときもちらりと過ったが、SOGO(ここ)でか別ゲー(よそ)でか、私はこの女と会っている。

 何処の誰だかはどうも引っ掛かって出てこないが、確かにこの女を知っているのだ。


「だ……だれだっけ……えっと……」


 今はそれどころではなく、キャロの救出が最優先事項だということは理解している。

 だが、何故か忘れたままにしておいてはならない気がする。


 苛々と頭を掻き回していると、遂にキャロが逃げてきた。


「み、ミケゾウさん!」


 ここまで来てしまってはもう仕方ない。思い出すのは後だ。


「ありゃ?」


 逃げ出した被写体を追ってきたデジカメのレンズが、キャロを背後に庇った私に向く。


「おいこらそこの変態!」


 何処かで刺さった刺が抜けきらない感じもするが、今はキャロにいい面を見せるのが一番だ。


「これ以上私のキャロに……」


 ぱしゃりとシャッター音が鳴った。


「うそ、うひゃ!やったぜ!」


「あ……あ?」


「今日の私は大吉神社!ハッピーで幸せな気分!いやはやこんなに可愛いカップルに巡り会えるなんて、ロマンスの神様どうもありがとう!」


 これには流石の私も言葉を失った。

 私の剣幕に怯むこともなく、いや寧ろ更に調子よくカメラを構え始めたのだ。


 ぱしゃり、ぱしゃり


 右から、左から、前から、後ろから。撮影音は止まない。


「な……なんじゃこりゃ」


 一発拳を叩き込めばすむ話のはずだ。

 だが、どうもあっちこっちへ掴み所がない奴で、まるでうなぎと格闘しているようだ。


「うぅ……」


 すがり付くキャロを背後に隠す。

 だがそれでも相手はお構い無しだ。


「キター!そう、もっとくっついてくっついて!アメイジング!ここにタワーを建てよう!いや、もう建ってるか!」


「……っ!」


 一瞬、こめかみを電流が貫いたような気がした。

 このやかましい特徴的な喋り。どこかで聞いたことがある。


 こんなしゃべり方をする人間を、私は一人だけ知っている。


「……油屋、とろろ……?」


「ん。」


 私の呟いたその名前で、シャッター音が止んだ。


「……。」

「……。」


 まるで時間が止まったかのようにその場で微動だにしないカメラ女。


 私はその名前をもう一度口にした。


「油屋とろろ先生……すよね?」


「ありゃりゃ?」


 その名前に彼女はカメラを下ろし、ぐっと首を傾げた。


「びっくりしたー。え、知ってんの、私のこと?」


 その反応で、私の予感は確信に変わった。


「う、うおおおおおおお!!」


 思わず奇声が上がった。ぼけっとした顔で見下ろす彼女に駆け寄り、その手を掴んで大きく振り回す。


「え、本当っすか!?本物っすよね!握手おねしゃす、握手!」

「うをうをっ、なになに?はいはいどーもどーも、とろろせんせーだよ?」

「うおおおおおおお!!」


 こんな偶然があるだろうか。

 キャロとのデートが予想外の方向に転がり出して、下がりぎみだったテンションが一気にはね上がる。


 油屋(アブラヤ)とろろ。

 アニメやゲームなどの二次創作(主に成人向け)を中心とした自作漫画をイベントなどで販売する、所謂同人作家である。

 その作品のクオリティはさることながら、プロ顔負けの腕前を持つゲーム狂としても知られ、シューティングゲームを中心に数々の有名タイトルでその腕を認められている。


「大ファンっす!マジで大ファンっす!」

「え、本当?うわ超うれしー!女の子のファンって結構珍しいからね。イベントとか来たことあるの?」

「一回だけ!あ、でもとろろ杯とかよく参加してました!」

「へえ、ありがとう!てことはかなりやりこむ人か!」


 この油屋とろろはオンラインゲーム上でも活発に活動しており、サークルでサーバーをたて、小規模ながらホストとして大会を企画することもある。

 その大会は『とろろ杯』と呼ばれ、某動画サイトでも度々取り上げられ再生数と知名度を伸ばしている。


「え、なに?何処で参加した?」

「OG2で一回、OG3で二回!」

「ほう、なかなかの常連さんか!」


『オペレーションジェネシスシリーズ』

 VRシューティング界の金字塔だ。

 正統派中の正統派。武器や乗り物の描写にこだわり抜いた演出と、超大人数から個人でも楽しめるようなゲームシステムで、ゲーム雑誌では連日取り上げられるほどの人気だ。

 同ジャンル内では世界最大規模を誇っていたが、親会社の経営だとか何だとかの問題で、昨年惜しまれつつサービスを終了した、なんとも残念な名作だ。


「元OG勢か~、いいね!向こうはレベル高かったからね、楽しかった!なんでサービス終わっちゃったんだろ。惜しいことする。で、どの辺まで来れた?」

「OG3の第六回とろろ杯でチーム優勝!」

「第六回、あー覚えてる!てことはもしかして、あの工兵の人?mike(マイク)さんだっけ?面白い動きしてたね、あの兵科で単騎突破仕掛けてくるからビビった。」

「工兵はビーグル捨てればガジェがあくんで、爆薬たっぷり詰めますから。あとミケっす。こっちじゃミケゾウでやってます。」


 話が弾む。

 今でこそこんな陳腐なゲームに縛り付けられているが、元々は私だって強豪集う最前線で日々腕を磨いていた、所謂『ガチ勢』だ。

 こんな二流ゲームに収まりきるたまではない。


「でも、とろろ先生もやってたんすねSOGO!」

「うんやってたよー。息抜きがてらって感じだけど。でもなー、まさかこんなんなっちゃうとは、なははっ」


 そう笑いながらまたぱしゃりと撮っていた。


「でもあながち悪いことばっかでもないじゃん?男ばっかりだけど、そのぶん女の子可愛いし。」


「こわいこわい催促電話もこないし」と付け加える。


「え……てことは、まだ描いてるんすか、ここでも?」

「あたりきよ!手が動く限り描くよ、手だけになっても描くよ。」


 両手をわきわきと動かして、また「なはは」と笑った。


「あの……」

「うん?」


 後ろから裾を引っ張られて、やっとキャロのことを思い出した。


「このひと……誰ですか?」

「ああ、えっと」


 と、ここで説明に詰まった。

 同人作家と称すれば聞こえはいいかもしれないが、言ってしまえば道楽のエロ作家である。


 いくら周りの評価に無頓着な私と言えど、キャロを前に如何わしい漫画の収集趣味を公言できるほどの根性は持ち合わせていない。

 それに、私の説明によっては今後キャロの抱くことになろう油屋とろろへの評価が不名誉の塊になりかねない。いや、初見からあの触りでは名誉も糞もあったものではないのだが。


 言葉に困っていると、先に動いたのはとろろ本人だった。


「やあこんにちは、かわいいおチビさん。自己紹介おくれてごめんね、油屋とろろでーす。」


 撮影魔から一変。恭しく一礼すると、おどけたようににこりと笑う。


「とろろ……さん?」


 警戒からか、壁にした私越しに問い返すキャロ。


「そう、趣味で漫画描いててね。ちょっと待っててね……」


 そう言うと、何やらスケッチブックとペンを取り出して何やら描きはじめた。

 さらさら、さらさらと紙の上をペン先が軽やかに走る。


「う~んと、こうしてこうして、あ、ちょちょいの……ちょいっと、でーけた!」


「はい」と描き上げた一枚をキャロに差し出す。


「わ、ウサギ!かわいい!」

「なに見せてっ」


 覗きこんでみると、デフォルメ調のウサギのキャラクターがライフル片手に跳び跳ねていた。


「どんなもんよっ。イラスト素材は小遣い稼ぎにちょうどいいからね。」

「すごいです!」


 一瞬にしてキャロのハートを掴んでしまった。


 それにしても、器用な人である。

 あの手早い仕事もそうだが、キャロの好物をすぐに見極めてしまうとは。勿論それなりに観察すればわかるものだが、それでも並みではない観察眼だ。


 油屋とろろはにこにこと笑いながら首を傾げて見せる。


「で、タワーデートっていうのも珍しいけど、何処か宛とかあるの?」


「あぁ、いや……それ、なんすけど……」


 私は、ここまでの出来事をかいつまんで説明する。


「ふん、というと、来たのはいいけど……」

「……さて、どうしましょうと」

「なるほど。」


 とろろは小さく頷く。

 そして、大した間も置かず「そーね」と呟いた。


「なら一緒に遊ぶ?」






「あ?」


 呼び出してから15分くらいだろうか。

 例にもよって、私の体内時計は遅かったり早かったりと宛にならんだが、それくらいしてやっとアルトが顔を出してきた。


「遅えどこ歩いてた」

「誰すかこのひとたち」


 見事な会話のクロスカウンター。


「……。」

「あ、ちが……!!」


 私が睨み付けてやるとアルトは泡を食って申し開きに入った。


「いやいやいや本当に全速力で来たんだって!でも流石に限界が……」

「うっさい知らん。ということでツケ一枚……」


 アルトの胸ぐらを掴み、にたりと笑って見せた。


「覚えとけよ。」

「横暴だ……。」


 私の躾は完璧だ。アルトは食い下がることも出来ずに、泣き言のように溢すしかなかった。

 と、思い出したように周りの面々をさして言う。


「呼んだからにはこれがどういう状況かくらいいいだろ?なんの集まりだよこれ。」

「見てわかるだろ。」

「いや、そりゃわからんくも……」


 アルトは頭を掻く。


「『ふたば』だろ?」




 さて、話はしばらく前。


「え?」

「私たちと遊ぼうよ。とろろせんせーもちょうど暇だったの。」


 そう言いながら片手で何やらメッセージをうち始めるとろろ。返信が来るのに10秒とかからない。


「『ふたば同盟』、知ってるっしょ?」

「ふたばっすか?」


 勿論知らないことはない。


『ふたば同盟』とはこのセントラルタワーを中心に展開する非公式のプレイヤー組織のことである。その歴史はSOGO内の組織にしてはかなり長く、知名度も高い。


 SOGOの荒れ具合に関しては、もはや説明も充分だろう。この組織は、そんな荒れた環境の中においても敢えて純粋にゲームを楽しもうという物好きたちの集まりだ。

 つまり数少ない『まともな連中』と言える。『まとも』と言っても、この環境の悪さに見切りをつけて別タイトルに乗り換えなかった辺り、やはり『物好き』に他ならないのだが。


 まあそれを言えば私も同じ穴の某だ。それ以上言うまい。


「こんなことになって、まだ機能してんですか?」

「いやいや、世界がこんなになってるからこそなおいっそう機能しなくちゃじゃん?」


 まさしくもっともな回答ではある。


 だが、『同盟』などと大きくふれ回ってはいるが、実質は名前ばかりの集まりに過ぎない筈だ。何か立派な活動や方針があるわけでもなく、『ひとつ、互いに敬意を払うこと。ひとつ、楽しくプレイすること。ひとつ、強いこと。』と申し訳程度の心構えがあるのみだ。


 ごくたまに、それでいてそれとなく、名ばかりの『イベント』がこじんまり開かれるが、加盟者どうし繋がりが出来る以外に別段特典があるわけでもない。


「うちはそのゆるさが魅力なのよ~。それにね、ほら来た。」


「え?」


 とろろの視線を追うと、その向こうで誰かが手を振っているのが見えた。


「とろろさ~ん」


「はいは~い、おっつ~コロネちゃん!げんきー?」


 現れたのは、真っ黒なフルフェイスのガスマスク。

 その不気味な顔面に面食らったが、声や挙動、主に体格を見るとそれが女であることがわかった。


「募集見ましたよ~、ガンシュー女子と聞いて!女子人口増やしましょう!」


 と、彼女の挨拶が終わらぬ内に、後ろからも声。


「とろろせんせー、来ましたよー」


「OG勢!OG勢はどこだー!」


「マッさんもおつおつ~。シオコブ、お前は落ち着け!」


 あちこちからメンバーが集まってくる。

 中にはちょうど一戦終えてきたばかりなのか、リュックから予備マガジンを補充しながらという猛者も見られた。


 何れも知り合いらしく、とろろは愛想よく挨拶している。


「はいはい、みんなごくろーさん!準備できてるかー?」


「はい」だの「うっす」だの、疎らな返答が上がる。


「よっし!」


 とろろは腕を高くあげた。


「ルール、8対8チームサバイバルだ!あと四人まちまーす!」

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