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《ロクデナシに華麗なる日常を》4

今年初の投稿となります。

今年もver5.0.0をよろしくお願いします。

 何が恥ずかしいかって、急いで着たシャツが裏表逆だったのを指摘される程のことはない。相手がキャロなら尚更だ。


 決して広くない玄関先。慌ててシャツを脱ぎにかかった私だったが、裾をぐいっと引っ張ったそばから裏返った襟が首もとで支えて頭が抜けない。

 しまったと更に慌てたところで脱ぎかけのシャツが私の顔面を飲み込むように貼り付く。目の前が真っ暗だ。


 躍起になって、万歳の形で引っ張る。だが、当然のことながら引っ張れば引っ張るほど、頭が右へ左へぐらぐら揺れる。

 前が見えないのもあって、厭に目が回る。


 そんな自前地獄に私が倒れるのに、大した時間はかからなかった。


「ぐえぇ……」


 日頃日の光とは無縁な筈のへそをいっぱいに放り出して、万歳のままべたんと床に転がった。


 背中に床板が冷たい。


 はた目に見れば強盗か何かともみ合ったような出来だ。これを誰の手も借りず一人で演じきって見せたのだから、私もできた女優である。

 ある意味才能を感じてもらいたいものだ。


「だ……大丈夫、ですか?」


 もうどうしようもなくなって、ただひたすら無言を貫く私に、無慈悲にもキャロの優しさが刺さった。


「……。」


 シャツに頭を食われたまま立ち上がる。

 前が見えないままどうしようもなく突っ立っていると、いたたまれなくなったのかレミィが救出してくれた。


「ああ……」


 改めて、レミィがきちんと裏返してくれたシャツをいそいそ着込む。


「……おまたせ。」


 全く、人間焦ると何をしでかすかわからん。

 次回があるかは果たしてわからんが、その時がくるのならもっと時間に余裕を持って準備に当たることにしよう。





 キャロがやって来たのは12時ぴったり。時計が針を鳴らすのと玄関で呼び鈴がなるのとが重なって驚いたくらいだ。


 無事身支度を終えた私は頭を掻く。


「……悪いね騒がしくて」


「いえ、私たちもお出かけって考えたらわくわくしちゃって。少し早すぎました?」


「いやいや」


 軽く引くくらい時間ぴったりだったよ、とは言わない。


 と、そこでキャロの言葉に引っ掛かった。


「"私たち"……」


「こんにちは!」


 嫌な予感を抱く間もなく、視界に例の邪魔な奴が入ってきた。

 これには上げそうになった悲鳴を飲み込むのに苦労した。


 視界に飛び込んできたそいつ。呟いたその名前で口のなかに苦味が広がる。


「さ、朔太郎……!?」


 にこにこしている彼女の後ろには、きちんと奴がくっついていたのである。


 一瞬何かの間違いかと思った。

 きっと、さっき慌てて転げた拍子に頭の奥の大事なところがどうにかなったもんに違いないと。


 だが、目を擦っても頭をふっても、やはりいるのだからどうしようもない。


「きゃ、キャロ?今日って私たち二人だけなんじゃなくて?」

「あ、はい。そうです。特殊アバターは連れていけないところなので。」

「じゃあその朔太郎は!」


 私が指差すと、朔太郎はおずおず答える。


「僕は別用だよ。レミィさんに相談……ていうか、お話で」


「私に用ですか?」


 意外な用件もあるもんである。首を傾げるレミィ。当の本人もそれを理解しているようで、やや緊張ぎみだ。

 だが、私としてはそれが知れただけまずはひと安心だ。


「チクショー……脅かすなって、ははは……」


 心臓に悪いったらない。紛らわしい奴である。


「そんなにびっくりしました?」

「ごめんね。あ、でもそんなに大した用件でもないよ?」


 そう言うと何やら恥じらうようすを見せる朔太郎。


「……あ?」


 こん畜生のああだこうだなど、別にチリほどの興味もわかないが、家のレミィに関わるなら別だ。事によっては一発お見舞いする用意がいる。


 キャロの方に振ると、彼女も深くは知らないらしく首を振った。


「サクってば、私が聞いてもごまかすばっかりで……」

「なんじゃそりゃ」


 ますますわからんやつだ。

 それでも答えたくないらしく、朔太郎は両手の指をそわそわと握りあわせている。


「ご、ごめんキャロ……でも、別にやましい話なんかじゃないよ!信じて!」


「そこまで言うなら聞かないけど……」


 まあ相棒とはいえ聞かれたくない話のひとつやふたつあるもんなのだろう。そう割りきったようで、キャロもそれ以上問い詰めることはなかった。

 私もこれ以上は手を出せん。だか、まあ家のレミィも用心深さに関しては都会の野良猫だって呆れる程だ。わたしの心配はいらんだろう。


「ああ、それよりキャロ。もういかない?」


 これ以上こんなやつに割く時間などない。

 私は一秒でも長くキャロといちゃいちゃしていたいのだ。更に言えば、この食べてしまいたいくらい可愛い子ウサギちゃんを今日中にでも攻略してやろうと脳裏に策を巡らせているのだ。


 そんな私の腹など知らないキャロは、全くもって無邪気なものだ。


「行きましょう、デート!」


「行こう!」


 さあ、私のショータイムだ。


 意気揚々と出発しかけた私だが


「嬢」


「……。」


 案の定レミィの声が背中に刺さった。

 まさか今さら行くなとは言わんだろうが、レミィはレミィなので、呼び止められていい予感はしない。


 敢えて黙ったまま振り向くと、玄関先で何やら物言いたげな顔が見送っていた。思ったより三割ほどおとなしい反応である。


 平生の彼女には珍しく、何を言いたいのだか様子で視線をあっちこっち泳がせている。

 やっと私の方を見たかと思うと、口のなかで転がすようにもごもご言う。


「あまり……羽目を外さないように」


 最後に若干拗ねたように見えたのは、たぶん気のせいではないだろう。


 これは早速、いい方向に転がりだしているものと見た。

 可愛げのある奴である。


「やれやれ、わかりましたよって」


 私はさっと身を翻し、人差し指でちょちょいと手招きをした。


「……え」


 不思議そうに身を乗り出したレミィ。私はキャロの振り向かない内に、その頬へ素早く唇を当てた。


「……っ!?」

「いってきますの、ちゅー」


 すっかり赤くなったレミィに目を細めて笑ってやると、キャロを追ってさっさと家を出た。


「い……いって、らっしゃい……」


 背後に聞こえた声は、まるで別人のようだった。


「あーい、いってきまーす」


 さて、これでレミィは今日一日おとなしくしていてくれるだろう。私は安心して遊び回れる。

 あっちの蜜も悪くはないが、生憎今はこっちの蜜がいい。だからこっちに専念させてもらう。


「まずはごはん食べませんか?私、いいお店知ってるんですよ!」

「へえ」


 何も知らないキャロはご機嫌だ。

 もちろん私だってご機嫌だが、こんな癖になるような感情彼女にはきっとわかるまい。

 それでいい。ズルをする奴は私一人で十分だ。


「そりゃ楽しみ」





「はあ……おいしかったですね、ミケゾウさん!」


 店を出たキャロが満足そうに伸びをしている。

 全く、この生き物は満腹の動作一つでもなぜここまで可愛らしく演出できるのだろうか。

 いつもならこの奇跡をこの世に築いた天に召しまする某に感謝と畏敬の念を捧げる所だが、生憎いまの私には余裕がない。


「う……うん、超うまかった……マジで」


 確かにそれに違いはない。むしろ予想以上にうますぎて握っていたフォークが若干変形していたくらいだ。


 だが、至極簡単な問題がそこには生じているのである。

 私はキャロに聞かれないように呟く。


「……あんなにすんのかよあれだけで……」


 値段である。

 うまいものにはそれなりの対価が伴うものである。その最もポピュラーな所を行けば、自然と値段に行き着くというわけだ。


「お料理もとっても美味しいんですけど、デザートのムースもスゴく良かったですよね!あれ、大好きなんです!」

「ほんと、もう、ね……あはは。」


 相手が追加オーダーする手前、黙って見ているのも面子に関わるだろう。私も無いものを搾って同じものを食ってやったので、キャロが絶賛するのはよくわかる。


 しかし、事前に気付くべきだった。


 キャロの懐事情だ。


 あの立派な住まいを見た時点でそれなりに警戒しておくべきだったのだが、キャロは結構な金持ちだ。見た目こそ人畜無害な小動物という風だが、その貯蓄はそこが知れない。

 そもそもこれはゲームの内なのである程度は仕方のない話なのだが、それでもあまり裕福とは言えない私との金銭感覚の差は凄まじい。


 それなら私も容赦なくたかりにいけばいいのだが、事に限って相手はキャロである。

 ここで見栄を張らずにいられる私ではない。


 結局自腹で、きちんと出した。


「ぐぬぬ……」


 開幕早々手痛いのをもらってしまった。腹は満たされたが、懐の方は真冬の札幌だ。

 これがまだ続くと思うと心が折れそうになる。


 いっそ正直に話して立て替えてもらおうか。


「ざっけんなよ……」


 寸での所で、私は自分の頬を叩いた。

 ここで折れてどうする。ここで踏ん張らずしてどうする。


 決めた。

 例え全財産を叩いたとしても、私は今日一日中見栄を張り続けてやる。

 私の大したことのない意地に張りどころがあるとするなら、今日この瞬間を置いて他にないのだろうから。


「やってやる……やってやるからな……!」


 でもって、きっとキャロをものにしてやるのだ。




 と、まあ、頭を冷やせば間抜けに他ならない決意を固めた私だったのだが、それは意外な形で崩れ去る事になった。


「『タワー』です!」

「……。」


『エリアナンバー01:セントラルタワー』

 各開幕イベント後、ゲーム本編がスタートする地点であり、SOGOというゲームの中心となる施設でもある。


 どでかく聳え立つ円柱『セントラルタワー』本体と、それを取り巻く近未来的な、だが人類衰退による荒廃を感じる街並みはプレイヤーでごった返している。


 それにしてもおかしい。

 私は確か、キャロと二人で仲良く可愛くファンシーなデートを楽しむ予定だったのだが。


 この施設では『シミュレーション』と呼ばれるPvP対戦モードや、試射などの訓練が行える。いわば、プレイヤーたちが自らの腕を磨き、それを競いに集う非常に汗臭いところだ。


 公共施設なので金が掛からないのはありがたいが、私が想像していたそれとはあまりにも違う。


「えっと……なんで?」


 私の呟きに、キャロは相変わらずにこにこ。


「今朝予定立てたじゃないですか!もしかして、ミケゾウさんまだ寝惚けてましたか?」


「あ……あはは、いやそうだよね。うん。全然覚えてる。」


 慌てて汗を拭う。

 不味い。なんの話だかさっぱり覚えていない。


 何やらやる気に満ち溢れた表情で人波をゆくキャロ。


「私、ミケゾウさんといて思ったんです。やっぱり、強くならなくちゃって!」

「ほ……ほうほう。」


 同じチビ同士、目の高さが同じなので人混みに埋もれても見失うことはないが、こう躊躇いもなくずんずん進まれるとやや不安にもなる。


「今は朔太郎もいますし、私一人の身じゃありませんからね!もっと強くなって、誰にも負けないようにならないと。」

「で、鍛えようと……ここで?」

「はい!でも、タワーは特殊アバターを連れていけないって聞いたので。」

「ああね。……まあ、駄目って規則があるわけじゃないけど。」


 特殊アバターの出入り禁止は、あくまで暗黙のルールである。


 確かにここは腕を鍛えるにはちょうどいい設備が整っている。


 だが、おかしい。出会った頃の彼女はもっと、野に咲く花のように可憐でたおやかで、物音ひとつで可愛らしく震えているような人畜無害の平和主義者だったというのに。

 誰だ、私のキャロをこんなたくましい子に育て上げてしまったのは。


 決定打が私自身だと早々に気が付かなかった辺り、私も大概なやつだったと後で思った。





 軽いショックも乗り越え、やっとタワーまでたどり着いたのだが、偉い混みようである。

 ガタイのいい野郎ばかりなので尚更鬱陶しい。


 外とは違って、タワー内部はSF映画でみる宇宙船の内部のように未来的で小綺麗な仕上がりだ。


「すごいところですね……」


 周りの厳つい筋肉どもか、それともこの内装の話か、キャロは目を真ん丸にしてあっちこっちを見回している。


「来るの初めて?」

「は……はい、ずっと外でミッションとかしてたので……」


 やはりか。そうでもないと、よりにもよってキャロが来たがるような場所ではないのだ。


「……なんかなぁ」


 どうしたものかと考える。これは下手をするとトラブルの元になりかねん。

 レミィじゃないが、今日ばかりは私も敏感にならざるをえない。


「どうしたんですか?」

「いや、知らないで来たなら……ああ、面倒多いよここ。」

「面倒?」


「それは」と説明をしようとしたところで、何やら馬鹿にでかいものに肩をぶつけられた。


「いてっ」


「どこ見て歩いてんだチビ!」


「あん!?」


 舌打ち混じりに見上げると、いかにも狂暴そうな髭面がこちらを見下ろしていた。


「おまえみたいなチビの来る場所じゃねえぞここは」

「……っ」


 何時もなら有無を言わさずぶちのめしてやったところだが、生憎今日はデート中だ。キャロに怖がられては困る。下手をすれば今後、私の計画に障りかねん。


「……すんません」


 もはや限界への挑戦だった。

 反射的に出そうになった罵詈雑言を飲み込み、何とか詫びの言葉をひり出す。


「チッ、ふざけやがって……」


 悪態混じりの熊みたいな背中を見送って、私はやっと息を吐く。

 危うく大事な血管が二~三ぶち切れるところだったが、どうにか堪えきった。自分を褒めてやりたい。


「……まあ、つまり。ああいう奴も多いってこと。」


 元より民度の低さは名物となりかけていたSOGOだ。血の気の多い連中の集まるこの施設はつまり、その真骨頂とも言えるだろう。


 表でこれなのだから、実際に部屋を開こう物ならとんでもないことになる。

 始まれば暴言や嫌がらせの嵐。下手な動きをすれば味方からの非難(ファンメール)殺到。上手いプレイでスコアトップにでも立とうもんなら敵味方問わず難癖や言いがかりが飛び、やはり非難(ファンメール)殺到だ。


 おまけに近頃は出待ちや晒しなんて、陰湿かつ狂暴なのまであると聞く。


 要は、荒れ放題の無法地帯ということだ。


「……」


 言葉を失って縮こまる、つまり何時ものキャロになってしまったキャロ。

 私としては最大限穏便に済ませたつもりだったのだが、それでも彼女にとっては堪えるものだったらしい。


 だが、だからといって私から「帰ろう」とは切り出しづらい。


「ううん……」


 困った。

 見方によっては私がリードして優位に立つ絶好のチャンスでもあるのだが、元から野良プレイしかしない私にはこういう時に頼れる仲間もいない。


「ん、待てよ……」


 こういうときに無茶を振れるやつなら、若干一名ほど心当たりがある。


「キャロ、ちょっと待ってて」


「え?」


 昨日追加したばかりのアドレスなので、メニュー画面を開いてからすぐにその名前は出てきた。

 音声通話の項目に触れ、着信音を聞きながら返答を待つ。


 四秒、五秒


 まだでない。


 六秒、七秒


 いい加減腹が立ってきた頃、やっと回線が繋がった。


『……うす』


 今にも死にそうな声が、青く浮かんだ画面越しに聞こえてきた。

 どうやら昨日のがよく効いているらしい。その声からは限りなく恐怖に近い畏怖の念がひしひしと伝わってくる。


「やあアルト、暇だよな。」


『"だよな"って……な、なんだよ……昨日あれだけ付き合ったんだから俺はもう……』


「あ?」


『いえいえいえ、いや、なんでもないっす!!』


 昨日付き合わせた店の二軒目辺りで聞いた話だが、確かリアルでは私の一個下らしい。

 後輩にタメ口を許すほど寛容な私ではない。


「おいおまえ。今から五分以内にこっち来い。」


『はあっ!?』


 何か物を倒したのか、がたんという音が聞こえてきた。


『ちょっ、なんだよいきなり!てか、ここってどこっすか!?』


「タワー」


『タワーって、冗談じゃ……』


「よしじゃあ選べよアルト。四分以内におまえがこっちに来るか、私がそっちに行くかだ。」


『い、行きます!行きますって!!てか一分縮んでるし!!せめて、十分は……』


「四分。」


『八分!』


「四分。」


『七分!』


「うるせーしつこい三分っつってんだろ。来なかったらマジで行くからな。」


『さ、三分って、え!?ああもう、わかりましたよ行きゃいいんだろ!勘弁してくださいってマジで!』


 終始泣き出しそうな声で言うのを聞いて、私は通話を終了した。


 さて、これで話はいくらか落ち着くだろう。

 丸腰で逃げ回るあいつを的にすれば、きっといい練習にもなる筈だ。我ながら名案だ。


 今は三分待つばかりだ。それくらいならキャロを愛でているだけで余裕で潰せる。


「さてキャロ、暫く……」


 と振り向いたのだが



「やっほー、そこの超絶キュートなおチビさーん?怪しい者じゃないよ。あ、でも怖がっていいよ、ぜんぜん。わおっ、うん!そのめちゃ警戒してる感じとかすっごいイイ!」



 私のキャロを見下ろすような格好で、奴は立っていた。


 長身、眼鏡、癖の強い喋りの女。


 気のせいか、すごく見覚えのある女。


 ただならぬ物を感じさせる笑顔を浮かべ、彼女は言った。



「写真撮っていい?」

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