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《ロクデナシに華麗なる日常を》3



 予想外にスッキリ目が覚めたものだから、自分でも驚いた。


 二日酔いの頭痛もしない。地獄の砂漠巡りの疲れもない。

 ひょっとすると、昨日のことがまるまる全て夢だったのではないかとさえ疑ったくらいだ。


 だが、私の中には確かにその痕跡が残っていた。


「レミィ……」


 呟くと何だかじっとしていられなくなってきた。


「うぐううぅぁぁぁぁ」


 顔を押し付けた枕の綿の中で声がくぐもる。


 あれだけ酔っていたのだから、一晩明かせば忘れるものだろうと踏んでいたのだが、やはりあれだけやらかせば嫌でも忘れられないものらしい。


 唸るだけ唸って、ちらりととなりを窺ってみる。勿論、レミィの姿はない。

 この時間だ。下で飯の片付けでもしているのだろう。


「……。」


 目を閉じて深呼吸をすると、いつもと違って布団からレミィの匂いがした。

 改めて実感する。


 きのうここに、レミィがいたのだ。


 レミィといたのだ。


「……。」


 記憶は不明瞭だ。だが思い出すと、何だか耳が熱くなるというか、体の奥がむずむずする。


 だが、終わってみると案外何てことないもんである。こういうものは後から波が来るものだと思っていたのだが、案外それほどでもないというか、かえって清々しいような気さえする。


「……図太いな」


 我がことながら、しみじみそう思う。

 と、その時だった。


 目の前に青く光る画面が現れ、着信音を鳴らす。

 このアドレスならしっかり覚えている。何せこの前交換したばかりだ。


「……キャロ?」


 こんな時間から、などと一瞬思いかけたが、よくよく考えるみれば世間的な時間感覚ではちょうどいい頃合いだ。おかしいのは私である。


 軽く喉を通して、『受信』のアイコンを触る。


「もしもーし?」


『あ、まだ寝てました?』


「いや、ちょうど起きてた。」


 やはり寝起きなのは隠しようがなかったか。

 あくびをひとつすると、キャロはくすくす笑った。


『きのうはお疲れさまでした!』


「ああ、うん、そっちもおつかれー。ちゃんと寝た?」


『私はもう元気ですけど、ミケゾウさんの方こそ昨日夜更かししてませんか?』


「あ、バレた?」


 冗談めかして笑う。


『でも、ミケゾウさん元気そうですね』


「まあ……きのうはな、その。色々あったから?」


 自分で言っておいてなんだが、背中がくすぐったくなってきた。

 だが、嫌な気はしない。なんだか優越感を伴うくすぐったさである。


『なんですかそれ、気になります!』


「そう?あ~、でもキャロには分かんないかな~?」


 まあ、そのうち私の手でたっぷり分からせてやるつもりだ。焦ることもないだろう。

 一頻り妄想を膨らませていると、キャロが「そう言えば」と話題を切り替える。


『今日、予定空いてますか?』


「今日?」


 詰める予定があるほど勤勉な私ではない。寧ろ暇だけなら売ってもまだ腐らすくらいにもて余している。


「全然オッケー。」


『だったら、二人で少しお出かけしませんか?』


「っ!?」


 無作為についていた手が枕を握り潰した。

 とばっちりを受けたカバーがみちみちと悲鳴を上げたが、そんなこと気にしていられない。


「二人で?え、二人で?」


 つまり、あの邪魔な朔太郎なしの二人きり、と言うことで。

 この単語は非常に重要だ。意図をはっきりさせなければならない。


「二人でって、私とキャロ?」


『そうですけど……』


「朔太郎こないの?」


『はい、特殊アバター連れだと入りづらそうなので……』


 と、そんなことが耳から流れ込んでくるが、私の頭のなかは既に「二人」という単語でいっぱいいっぱいでそれどころではない。


「そ、それってつまりさ……」


『はい?』


 尋ね返すキャロ。

 私は生唾を飲み込むと、一つ呼吸を置いてから、ついにその一言を口にした。


「デート……的な?」


 キャロは面白そうに笑う。


『あ、確かにデートみたいですね!じゃあ、ミケゾウさんと私とで、デートです!』




 私の脳天を雷が貫く。

 なんということだろうか。あのキャロと、デートである。

 当人との認識のズレは否めないが、それでもデートである。

 デートなのである。


 私が口をぱくぱくやっている内にも、キャロは楽しそうに予定を練り始めた。


『えっと、じゃあ今から準備しますから』

「あ、ああー、うん、うん」


 まずい。

 興奮しすぎてキャロの立てる予定がちっとも入ってこない。


『12時にお迎えにいきます!』


「お、オッケイ!ばっちり!うん、よろしく!!」


 それだけ聞き取ったところで、通話が終わった。






「……ぅううっシャァァァァア!!」



 布団を蹴っ飛ばしてベッドから飛び出し、天井に向かって枕をぶん投げた。


「やっほー!聞こえるかSOGOー!!私は、幸せだチクショー!!」


 迸るセロトニンの為すままに部屋を飛び回っていると、部屋の扉が音を立てて開いた。


「嬢!?」


「あ」


 自らの一部である散弾銃を構えたレミィが、目をいっぱいいっぱいに見開いていた。


 万歳をしたままの私と、銃を構えたレミィの視線が、暫く無音のまま交差する。


「あ、その……おはよう」


 やっと口にした私に、レミィは深いため息をついて銃を仕舞った。


「朝から何なんですか……全く、心臓が止まるかと思いました」

「いや、その程度で止めてくれるなって。」


 私が言うが、レミィは視線を横へずらして黙る。


「あ、どうしたよレミィ。」

「いや、その……こほん」


 何が苦しいのやら咳までして見せると、やはり目を背けたまま小声で言った。


「き、着てください」

「あ?」

「服を……です」

「……。」


 改めて自分の体を見下ろしてみると、のっぺりした胸から爪先にかけて、日差しを知らない生っ白い肌が地平線のように広がっていた。


 そう言えば、昨日脱いだっきりに着るという作業を怠っていた。


「おっと、」

「まったく、あなたという人は……」


 怒っている体を装いたいのだろうが、明らか視線が泳いでいる。

 どうやら昨日のが堪えているのは私だけではないらしい。

 いや、レミィの場合は私よりも反動がでかいに違いない。


 その点開き直りの早いというか、無頓着な私とは作りが違うのだ。


「何だかんだ言って私よりノリノリだったし」

「……っ」


 私の一言に露骨な反応が見えた。どうやら自分でも思い出したらしい。

 しかし、そこはしらを切るレミィ。


「なんの……話でしょうか」

「別に?覚えてないならなんでもいいけど。」

「……」


 面白いやつである。


「いやあ、あれは完全に浸かってたね~、つーか漬かってたね~。」

「あ、あれは……そのっ」

「はいはいレミィかわいいかわいい」


 冷やかすように言って、私はその辺に転がっていた下着をつまみ上げた。

 そんな私にレミィが険しい顔をする。


「……嬢、それは昨日のでしょう……」

「あれ、そうだっけ?」

「それが年頃の女子の振る舞いですか」

「うるさいな。どーせズボラだよ私なんて。」


 改めて指先に触ってみると、何となく湿り気を帯びている気がした。

 というか肝心なその部分を触ってみると結構しっかり湿っている。


 我ながら派手にやったもんだと思う。


 そう考えながら下着をまじまじ見下ろしている私から目を逸らすように、レミィは服を詰め込むタンスへと向かう。


「そ、そんなの早く洗濯してしまいますよ……!今新しいのを……」

「ていうかこれさ、レミィ」

「……まったく、嬢!たまにはタンスの整理もしてください!……私がどれだけ丁寧にたたんでもこれでは」


「レミィのじゃね、これ」


 直後、レミィが固まった。


「……ああ、これ完全にレミィのだ。だってサイズちがうし、私が履いたら落ちるってこんな。……つーか結構いいの履いてるのなおまえ」


 率直な感想をつらつら述べている私の方を、レミィがぎしぎしと音を立てながら振り向く。


「じょ……嬢……それを」


「ん?」


 今までにないくらい顔を真っ赤にしたレミィがわなわな震えていた。


 ああ、なるほど。


 私はその顔ににたりと笑うと、そのレミィの下着を高々掲げ


「レミィのぱんつ~!」


 思いっきり顔面に被った。


「きゃああああああ!!」


 それをスターターに、レミィが聞いたこともないような悲鳴を上げて飛び付いてきた。


「おっと危ない……いえーい、レミィのぱんつ~!ふすーっふすーっ……」


 流石は特殊アバター。驚異的な瞬発力を私は華麗な前転で回避、ほんのりピンクのレースが可愛らしいショーツの空気を胸一杯に吸い込む。


「レミィのにおい~!レミィのぱんつ~レミィのぱんつ~!」


「きゃああああああ!か、返して、返してくださぁぁい!!」


 あっちへ跳ね、こっちへ転がり。

 真っ赤なレミィと真っ裸な私の攻防が狭い部屋いっぱいに繰り広げられる。


「やいやい、そんなもんかレミィ!ほしけりゃここまで飛んでみな、そ~れ~!」


「ほ、ほんとうに、怒りますよ!嬢!」


「なに~!ぜんぜん聞こえない!私にはレミィのぱんつのにおいしかわからんな~!」


「ほんとに、わたしの……わたっ、わたしの……うぅ!」


 だんだん言葉が不明瞭になるレミィ。

 遂には部屋の真ん中に座り込んで両手で顔を覆ってしまった。


「あんまりです!最悪です!最低です!こんな……こんな!!」


「あ、あぁ……その」


 レミィのガチ泣きである。

 これは少しやり過ぎただろうか。


「ご、ごめんって……」


 こんなシチュエーション、小学生以来である。

 ただの悪ふざけなのだから、何も泣くことは無いだろう。


 ただ、これではどうも返しにくい。

 というか、被っているパンツを返すという構図がそう簡単に思い付く訳もないだろう。


「じゃ、じゃあ」


 私は「こほん」という、ひとつ提案する。


「レミィがちゅーしてくれたら返したくなるかもな~」

「……。」


 流石に駄目だろうか。

 いい線を踏んだと思ったのだが。


 するとレミィは顔を上げて、鼻をぐずぐず言わせながらぼそりと言った。


「……一回だけですからね」

「え、いいの?」

「しません。」

「して!」


 かくして泣くのをやめたレミィだったが、私を前に目を細める。


「なんだよ」

「いや……人の下着を被った真っ裸な人にというのは……」

「わかったよ、はい」


 名残惜しい気がしなくもないが、背に腹は代えられまい。

 さっさと脱いで、「ほら」と首を傾げた。


「ただの真っ裸な人」

「……」

「なんだ、注文多いな。あんまうるさいと返さんからな。もっと嗅いでやる、舐めてやる!」

「し、します!しますから!それだけは!」


 レミィの方も妥協せざるを得ない情況なのは同じだ。


「はやくはやく」と私が構えると、レミィは決心を固めるように息をつく。


「で、では……」

「うんうん」


 目を閉じて、レミィのく唇を待つ。

 だが、いくら待ってもレミィの唇はやってこない。


「隙ありです。」

「ありゃ?」


 手の中からするりと抜ける感触。

 はっとして目を開けると、私の手からすり抜いた自らのショーツを手にレミィが部屋の扉に向かっていた。


「もうたくさんです、失礼します。」

「あ、てめっ!やったな!この……私を出し抜こうなんざ……!」


 部屋を跡にしようとしたレミィの背中に、私は床を蹴って飛び上がる。


「百年早い!!」

「きゃっ!?」


 後ろからがっちり捕まえたレミィを、また部屋の中へとずるずる引きずり戻す。

 腕っぷしだけならまだ私の方が上だ。もう逃がさん。


「きゃあ、や、やめてください!」

「やだね、逃げる方がわるいし。」


 それをベッドの方に放り投げると、すかさずその上へと飛び乗って両手を封じるマウンティングポジションを取る。


「あ、朝からこんな……乱暴な……」


 また涙目のレミィだが、今度は様子が違う。


 見上げる目に、私は生唾を飲み込む。


「レミィおまえ……」

「……。」

「なんでスイッチ入ってんだよ……」


 すると、レミィは若干目を逸らし


「……入りが少し昨日と似てて、その……」

「……。」


 何だかんだ言って、こいつも大概である。


 自分のことを棚に上げるようだが、少しため息が出た。


 だが、とうとうお互いに引き際を失ったような空気感覚である。


 こうなったらもう仕方ないだろう。

 一旦だ。一旦燃やそう。燃やしてから考えよう。それでも遅くはないはずだ。



 さて。

 昨日は向こうに合わせてやったんだ。今日は私だ。


「覚悟しろいやしん坊ーーー!!」

「……あ、いきなりは……っ!」







「……。」

「……。」


 居づらい。

 というより、普通に辛い。


 汗だくで肩で息をする私に、まだ余裕そうな、というか若干活々しているレミィがため息をつく。


「あんなにはしゃぐから……」

「はしゃぐって……畜生、こんなに疲れると思うか普通?」

「それにしてもはしゃぎ過ぎでしょう……全く」


 やれやれという顔のレミィに、さすがに私もカチンと来た。


「レミィだって悪いだろ、あんな煽るし」

「煽るってそんな……」

「いいや、あれは煽ってたね!ぜったい!ほら、いまだってそんな済ました顔してさ。そんな顔して…… 」

「……。」


 黙るレミィ。


「……。」


 黙る私。


 何だか出口が見つからない。


「やめようか。」

「やめましょう。」


『節操』という単語の欠如は、最早お互いの問題である。気を付けねば。

 顔を背けて、レミィはシャツに袖を通した。


「洗濯物も若干増えましたし、早いところ……」


 と、そこで、部屋の外から音が聞こえた。


 とっとっとっ、と足音が廊下を駆けていく。


「……。」

「……。」


 黙ったあと、二人して大汗を流した。


「……そう言えば、洗い物の途中でキュウが」

「……。」


 私は無言で額を打った。





 きちんと着替えて食卓まで顔を出すと、私の顔を見たキュウがびくりとした。


「お、おはようミケ……」


「……。」


 カチコチと音が聞こえそうな、嫌な雰囲気の挨拶である。

 私が返さない内に、キュウは間を埋めるようにみっちり言葉を詰め込んでくる。


「きゅ、キューちゃんは何も見てません、キューちゃんは何も見てません……ミケとレミィはらぶらぶだもんね……ヒミツ、ヒミツ……ヒミツもあるもんね……」


「……。」


 後ろでレミィまで汗を拭っている。

 これは参った。キュウの事だからまた訳のわからない解釈で済ませてくれると思ったのだが、この点に関しては何故かフィルタリングが効かないらしい。


「その……うん。」


 これ以上はさすがの私も折れそうだ。やめよう。

 物はポジティブに取るべきだ。むしろ変に解釈されて外で騒ぎ回られても事である。


 いや、私としては別に困ったこともないのだが、問題はレミィの方だ。この手のスキャンダルに強い彼女ではない。仕舞いに心中でも迫られたら一大事である。


 それにしても、すっかり飯の入る腹ではなくなってしまった。


「レミィ、適当に飲み物……」

「はい」


 とりあえず卓についたちょうどその時、着信音が鳴った。


「あ」


 慌てて時計を確認。


 壁掛け時計の短針はそろそろ真上。正午までもう五分もそこらである。


「や、やらかした……!?」


 キャロが、来る。

気移りまでが神速なミケゾウでした。


年末は立て込むので、年内の投稿はおそらくこれが最後です。

ver5.0.0、お付き合いありがとうございました。


来年もまたよろしくお願いします!

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