《ロクデナシに華麗なる日常を》
「レミィ、あのさー」
「はい」
レミィに言われてもう三回は確認を繰り返したので、たぶん忘れ物の心配はない。
リュックサックを担いだ私は、眉間にぐっとシワを寄せる。トラックを降りてすぐの埃っぽい風だ。
「ああ……砂漠マジ死ね」
私がだらだら文句を垂れる後ろでは、荷物の点検や車両の整備などにあたる組員があっちこっち忙しく走り回っている。
「なんでこいつらこんな働いてんだよ……見てるだけで暑苦しい……ああ死ね」
「随分荒れてるようですね、嬢。」
ため息のレミィ。
「いや、だってさ」
そこで口の中がじゃりりと言った。
「うえっ、ああっ、クソ!」
口に砂が入った。最悪だ。
この砂漠は自由におしゃべりも許しちゃくれないらしい。
「ぺっ!ぺっ!うえっ!……おまえレミィ、疲れて帰ってきたのにさ、なんでその足でまたあんな所往かなきゃなんないわけよ。おかしいじゃん?」
そう文句を言うのも、つい先程の話。
「到着したら、まずママの所に寄りましょう」
車に揺られるなか、レミィのその発言に始まった。
忘れかけている様だが、私たちはあの常夜の町の化け物に頼まれて武器の仕入れの真っ最中なのだ。
集めたには集めたのだが、それが済んだのならモノを届けなくてはならない。
「予定ではそう遅くはなりませんから、ちょうどいいでしょう。」
対する私といえば、言うまでもない。
「やだよ、ふざけんな!意味わかんないし!」
何が面白くて、こんな疲労感を抱えたままあそこまで歩かねばならんのだか。
嫌だ嫌だと繰り返し主張したのだが、レミィはどうしても聞く耳を持たない。結局それが認められる事はなくここに至ったというわけだ。
「仕方がありません。」
文句ばかりを量産する私にレミィは言う。
「明日に繰り越した所で、どうせ朝は『眠いからパス』、昼は『出掛けるからパス』、夜は遅くまで帰ってこないで、最後は私が行くはめになるんですから。」
「……ぐぬぬぬ」
完全に読まれているだけに、返す言葉が出ない。
「別にいいじゃん、レミィ行ってよ。私、先帰るし……」
「駄目です。これはあなたの約束でしょう。」
「代理……」
「駄目です。」
「だってだる……」
「駄目と言ったら、絶対に駄目です!」
レミィの雷が炸裂。
周りでちょろちょろしてた数名が振り向くほどの迫力だった。
「……へ、へい」
こうなってしまうと、もはや私にはもうどうしようもない。小さく頷くことがやっとだった。
「まァ~!!」
レミィ、私、キュウ。
加えてちゃっかり協力してもらったキャロと朔太郎。
合計五つのリュックサックの内容リストをするするスワイプしながら、筋肉達磨の厚化粧が奇声を発していた。
場所は変わって、常夜の町はママの根城『~ロマンス~』店内である。
ちなみに数分前、扉の前で渋りに渋って、最終的にレミィに追いたてられる形で入店した話は省くとする。
「こ~んなにたくさん!それにどれもいい品ばっかり!感激だわ~!!」
「……あぶね」
私を抱き絞めようと襲ってきた重機クラスの両腕を潜って避ける。あんな地獄の万力の餌食となって生涯を終える気はない。こっちだって毎日必死に生きているのだ。
それはそうと、ママも大満足の様子だ。
正直なところこんな化け物にいくら喜ばれたところで寒気以外にないのだが、評価されて当然だろう。
かき集めたのは、件の賊どもから剥ぎ取ってきたアイテムだ。
いや、単なる賊のものならそれこそ二束三文だが、今回の相手はプロの殺し屋どもである。
商売道具にケチん坊をするような連中ではない。
それが約束の数を越えて、ライフル等のプライマリ枠が30少し、ハンドガンから軽めの短機関銃のセカンダリ枠が20少し。
大漁も大漁。漁船三杯分は軽い働きである。
「どれも入念にカスタム化されてるし、すぐに並べられるくらい手入れもバッチリよ!」
「バッチリ~!」
出されたジュースをストローでちゅうちゅうやっていたキュウも自慢気だ。
「おまえは拉致られただけだろって」
まあ、置いていった私たちも私たちなのだが。
ちなみに、キャロと朔太郎はリュックサックだけ置いて早々帰ってしまった。
仕方がない。如何せん地獄の砂漠旅行の帰路である、疲れも出よう。
去り際の彼女は朔太郎にもたれ掛かるような格好だった。
帰ってしっかり休むのが一番だろう。
こんな疲労感を引きずってまで、化け物に顔を見せにいくバカは私一人で十分だ。
そんなことを考えながら継ぎ足したビールをちびちび啜った。
「嫌だ嫌だと言って、結局居座ってるじゃないですか。お酒まで飲んで。」
「うるせー」
来なくても文句、来ても文句。
嫌なレミィである。
「コレ飲んだら帰るし。」
またグラスに口を着けたその時、店の扉に吊るされたベルがからからと鳴った。
「アラ、お客さんかしら?」
カウンター越しに首を傾げるママ。
まさか。
表の札は『準備中』にしてあるし、それを無視して押し入ってくる客などいないだろう。
面倒ごとかとグラスを置く私。
だが、振り向いた瞬間に私は椅子から転げ落ちそうになった。
「げっ!?」
そんな私の声に、彼もこちらに気がついたらしく盛大に顔をしかめる。
「なっ!?」
そこからお互いに叫ぶのは同時だった。
「あのときの帽子!!」
「あのときの猫耳!!」
「あら、二人とも知り合いだったの?」
お互いに叫びあった私たちに不思議そうな顔をするママ。
いや、化け物の顔芸なんて今はどうでもいい。
「「なんでおまえがここにいる!!」」
カウンターを諸手にぶっ叩くと、続く台詞まで被ってしまった。
そう。店の扉を潜って現れたのは、見間違うわけもない、あの砂漠の町でやり合った帽子野郎だったのである。
「マ、ママ、どういうことだよ!なんでこの女がここに!?」
「おい聞いてねーよチクショー!なんでこの帽子が!!」
同時に詰め寄られたママは「世間は狭いわねー」なんて言いながら、こくこく頷く。
「会ったことがあるなら話が早いわ。ミケゾウちゃん、この子は店のお手伝いをしてくれてるアルトくんよ。アルトくん、仕入れの手伝いをしてくれてるミケゾウちゃんと、連れのレミィちゃんとキュウちゃんよ。」
「え、そんな……そりゃ」
「なんで、マジで……え」
お互いに言葉にできない思いをもごもごと口のなかで転がす。
「とにかくおまえ!」
「むがっ!?」
帽子野郎改め、アルト。私はその胸ぐらを掴んでぶんぶん振るう。
「あのときは良くもやってくれたなこの野郎、一回や二回殺されるくらいで済むと思うなよ!」
「ぐげげっ、しっ、死ぬ!マジで死ぬ!!」
このまま首をへし折ってやろうかと思ったが、そこで後ろから叱声が飛んだ。
「嬢!」
両手でアルトをげーげー言わせながら振り向くと、案の定腕を組むレミィがいた。
「お店の中です、おとなしくしてください。」
「でも」
「でもはなしです。」
「ぐぬぬぬ……」
時間をかけて、たっぷりと時間をかけて、やっと首を絞める手をほどいた。
「ぐへっ……」
「ぐぬぬぬぬぬぅ……」
唸りすぎて奥歯が欠けそうだ。
「げっほげほ……三途の川が見えたぜ……」
「渡ることにならなかっただけ善意を感じろよ畜生め。」
「嬢。」
「……。」
畜生、これでは手も足も出ない。
歯軋りする私と、それを横目に青ざめているアルト。
そんな光景が果たして何に見えているのだか、ママは随分機嫌が良さそうだ。
「二人とも仲が良さそうでなによりだわァ~。これからは一緒にお仕事してもらうこともあるかもしれないし、よろしくおねがいね?」
「……うぇ!?う、うっす」
私の隣で血の気の引いた顔が滝のような汗を流している。
いい面である。
というか、このオカマ妖怪は何やら勘違いをしているようだ。如何にも私たちがこの店の一員に加わったような流れで話を進めているが、極めてはた迷惑な話である。
「……言っとくけど、私は……」
ただ借りを返してやっただけで、これ以上は豚が逆立ちしたって付き合わんからな。くたばれ化け物め。
と続けるつもりだったのだが。
「協力者は多いに越したことはありませんから。今後ともよろしくお願いします。」
「ジュースおかわり!」
連れ二人によって、呆気なくはじかれた。
畜生の極みである。
どうしようもなく自分の額を平手で打つ。
「帰りたい……」
もうアルコールに逃げる他ないだろう。
再びぬるいグラスを手に煽る。
そのまま飲み干してやろうと思った矢先。
また、ベルが鳴った。
畜生め、どいつもこいつも表の札が見えないのだろうか。本当の本当に騒がしい店である。
残りをぶっかけてやろうかと構えたその時、さっきよりもずっとやかましい音量でそれらはわめきだした。
「ごしゅじーん!!」
「アルトのご主人はいますかー!!」
「アラ、スーちゃんにルルちゃん?」
ママがカウンター越しの鬼の笑顔で迎える。
「あ?」
だが、とうの声の主が見当たらない。
「……あ」
背の高いカウンターの椅子から見下ろすと、やっとその帽子二つ見えた。
見覚えのある帽子を被った幼女若干二匹が、両手をメガホンにしてわんわんきゃんきゃん騒いでいる。
「ママ!ご主人きてますかー!」
「ご主人、またどっか行ったんです!」
言動から察するに、この二人は特殊アバターなのだろう。同時に、何となくその「ご主人」が誰なのかもわかる気がする。
隣の似たような帽子に視線を回すと、案の定「げっ」と言っていた。
「スー、ルル……なんでここに……!?」
すると二人揃って「あー!」と言いながら、こっちへちょろちょろやって来た。
「ご主人、発見しましたー!!」
「もう、なんでいつもどっかいくですかー、ご主人!」
「ああ、騒ぐな騒ぐな!店のなかだろ。」
床の辺りで腰に手を当てる小動物二匹を、アルトが宥めている。
「昨日も一昨日も、ご主人ずっとずっとお出かけ!」
「スーとルルはお家でお留守番してたのに、ご主人はひとりだけズルいです!」
「そんなんじゃねえよ、昨日も言っただろう。俺はある重要な仕事をしてたんだ。」
「重要?」
「ですかー?」
「そう、重要な仕事だ。」
如何にも大それた事のように指を立てるアルト。
「俺はママに頼まれて、西部砂漠の星風組の組長に交渉に行ってたんだ。」
「こーしょー……こーしょー!」
「こーしょーですねご主人!さすがです!」
ああ、わかってねーなこのお子さまども。
隣で酒をずるずるやる私。
早くも煙を撒くのに成功しているアルトは調子よく続ける。
「近頃あの組はこの町での営業にも手を出してるらしいからな。そこで、今後の計画の足掛かりとして、協力を依頼しに行ってたんだ。」
「む、むむ……」
「なる、ほど……」
対するちびっこどもはと言えば、理解しているのだかしていないのだか、首ばかり頷かせている。
「ご主人はやっぱりすごい!」
「やっぱり最強です!」
「わかればいいんだよ。ほら、もう家に帰れ。留守番も大事な任務だぞ。」
「りょーかいです!」
「任務します!」
さて、そのままやかましいの二匹を撤収させる流れとなってきたのだが。
そこで、スーだかルルだかどっちがどっちかわからんが、何れか片っ方の方が背の高いカウンター椅子に座る私を見上げてきた。
「……むむ?」
何かを思い出そうとしているのか、それとも私の顔に穴でも空けるつもりなのか、じっとこちらを凝視している。
「んだよ?」
人の顔をまじまじと、生意気なチビである。
だが、こんなちっぽけな生き物だ。蹴っ飛ばしてやるのも不憫だ。
まあ、私の足じゃ届きそうもないというのもあるのだが。
それでもまだ、飽きもせずに私を見上げるチビ。
いい加減追っ払ってやろうかと思ったその時、
「あー!!」
突然私の顔を指差し、大声をあげ始めたのだ。
「うえ?」
驚いて椅子から転げ落ちそうになった私に、人差し指を振り回しながらわめきたてるチビ。
「スー、こいつー!!」
片方が言うと、もう片方も釣られて「あー!!」と大声。
あまり広くもない店で、この騒ぎは鼓膜に優しくない。
「うるっ……な、なんだってマジで……耳いて……」
耳を押さえる私に、チビっこ二匹は人差し指を突きつける。
「ご主人、こいつ!こいつー!!」
「こいつ、ご主人が言ってたヤツとそっくりですー!!」
「あ?」
私が釣られて視線を巡らすと、途端にアルトの顔色が悪くなる。
「ばっ、お前らよせ……!?」
だが、止めにはいるには既に遅く
「「妖怪まな板ゴリラ!!」」
ぴったりと声を揃え、ちびっこ二人が叫んだのである。
「……。」
私が黙る横で、汗だくのアルトが二人を出口へと追い立てる。
「お、おまえらもう帰れって!留守番だろ、留守番!!」
「でもご主人!あいつやっぱりご主人が言ってたのとそっくりです!」
「目つきとげとげ!頭に変な耳!しかもまな板!」
「ひ、人違いだろ!人違いだ!人違いだっつの!」
何やら必死のアルトだが、二人が治まる様子はない。
「でもでもご主人、『今度会ったらぜったいぶっとばす!』ってー!」
「そうですよ、ご主人!こいつナマイキです、やっつけちゃってください!!」
そう言うと二匹揃ってくるりとこちらを向き、再び指差し。
「やい、妖怪め!かくごしろ!ご主人は世界イチ最強なんだからなー!」
「そうだそうだ!昨日はちょっと調子悪かっただけで、おまえなんてホントは簡単にぶっとばせちゃうんだからなー!」
「ほう……」
こっちがおとなしくしていれば、好き勝手騒ぎ回ってくれるいいお子さまどもである。
握りこんだ拳をバキバキいわすと、私の顔に何を見たのだか二人揃って「ひー!」と飼い主の後ろに逃げていった。
「い、今ですご主人!!」
「パパッとやっちゃってください!!」
「ほうほう……」
私は視線を上へ、後ろにチビふたつをくっつけているアルトを見やる。
「パパッとやっちゃってくれるんだって、ご主人?」
「あ、いや……これはその……」
「どうしてくれんだ」と言いたげに後ろの二人を見下ろすが、当の二人もヤバイものを感じてきたらしい。
「「そうだ!」」
見事にシンクロさせると、すすすと背後に下がる。
「スーとルルは、お家でお留守番しなくてはいけないです!」
「スーとルルはお利口なので、任務してきます!」
最後に「「ご武運を!!」」と一礼すると、店の扉の鈴をちりんと鳴らして一目散に逃げていった。
「……。」
「ほうほうほう……」
取り残されたアルト一人が、半開きの扉を振り返ったままがくがくと膝を震わせている。
やがて、ゆっくりと、時間をかけて振り向くと、青ざめた顔で口を動かした。
「こ、これは……その……」
「ほうほうほうほう……」
私が首を傾げて見せると、突然声を大きくした。
「ああ、そうだ!そういや、ひとつ用事が……」
弾かれるような素早さで扉に手をかけるが、それよりも先に私の手指がその肩にめり込んだ。
「ぎゃいっ……!?」
「まァてェよォォォアルトォォォオ」
低く言う私に、アルトは滝のような汗を流す。
「まままマジ勘弁してください見逃してくださいごめんなさいごめんなさい」
「レミィ、先帰っててくんない。少しこいつと飲んでくるわ。」
言われたレミィは無言で頷くと、キュウを連れて先に店を出ていった。
去り際に「ほどほどに」とは口にしていたが、止めはしないようだ。
「さてアルトくぅん?」
「……ごめんなさいごめんなさいごめ」
「一軒付き合えよ、なァ?」
その日、時計の針が午前0時を指すまで、私が帰宅することはなかった。




